武井壮が語った、スポーツの未来 「全てのアスリートがプロになるべき時代」

Career
2019.05.24

今やテレビで見ない日はないほどの活躍を見せている、タレントの武井壮さん。陸上・十種競技において競技歴わずか2年半で日本チャンピオンとなるほどの経歴を持つこの男は、なぜその道を極めてオリンピックを目指すのではなく、芸能界を志したのだろうか

「日本一なのに絶望した……」
そう振り返る武井さんに聞いたのは、すべてのアスリートにも聞いてほしい“武井流キャリア構築術”だった――。

(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=軍記ひろし)

お金が稼げなかったら仕事じゃない

武井さんから見て、日本のアスリートにもどかしさを感じることはありますか?武井:アスリートが不満を言わない限りは、僕がもどかしさを感じることはまるでないんですけれど、ただ、“お金”の話をした時に、「スポーツをやるのはお金のためじゃない」と言う人が多いのは、アスリートの可能性を塞いでいるな、とは感じます。

 趣味とか、人格形成とか、体を鍛えるとか、楽しむとか、学生の時間をより充実させるためだけにスポーツをやるんだったら、それで十分だと思うんですよ。

 ただやっぱり、スポーツをやる時間って、正直言って「労働と何が違うんですか?」と思っているので、「スポーツをやるのはお金のためじゃない」という主張は違うなと。僕は、例えば、スポーツを志す人がみんな、トレーニングするとか、その競技の技を磨くとか、そういった時間に対してすら、労働の対価をいただけるような文化が生まれるのが一番いいなと思っています。現状は、その競技ごとのトップの数人とか、プロになってレギュラーにならないとまともに飯も食えないスポーツが多い。それって正直、夢ないですよね。

人生を懸けるほどの夢が、今のスポーツ界にはないと。

武井:オリンピックで最低でもメダルを取らないと飯も食えないみたいなことだったら、「その競技を自分の人生のうちの5年、10年、長い人だったら15年使うことの価値って何なんだろう?」ってすごく考えちゃいます。「それでもいい」「飯が食えるかどうかわかんないけど、25歳とか30歳まで頑張ってスポーツ続けます」というのは、僕はギャンブルしているのと大差ないような気がします。いろいろな知識を手に入れたり、ビジネスを構築したりできる可能性のある自分の貴重な時間を相当使って、飯が食えるかどうかもわからないギャンブルに20年使うってどうなんだろうと。

 だから、僕はやっぱり、スポーツをやるんだったら、自分がその労働した分の対価ぐらいは手に入れられるような文化になればいいなと思って活動しています。そういう(スポーツをやるのはお金のためじゃないという)風潮があまり好きじゃない、もどかしいなと思うのは唯一そこですね。

確かに、スポーツでお金を稼ぐのを良しとしない風潮はありますし、そういうアスリートも実際いますよね。

武井:仕事って、お金を稼ぐもんじゃないんですかね? お金が稼げなかったら仕事じゃないし、「お金もらえないけど一生懸命頑張っています」って、それは趣味なんですよ。

 プロの機能がしっかりしている競技、例えば、野球やサッカーに加えて、今は卓球もしっかりし始めてきてるし、相撲はもちろん、バドミントンやラグビーなんかも選手の給料はかなり高いところまできています。業界のシステムとして給与体系がしっかりしている競技以外の、日本一になってもサラリーマン程度のお給料しかもらえない競技だったら、僕はその競技の協会とか業界が成熟するのを待っていても、自分の選手人生には間に合わないだろうな、と思っています。

「競技人生が終わっちゃうよ」ってことですね。武井:「成績が上がっても生活が変わらなかった」と言って引退する選手もいますが、そりゃそうでしょうと思うんですよ。生活を変えるための活動をしていないわけだから。すごく厳しい言い方になるかもしれないけど、タダでお金くれる人なんかいないよ、ということを、(アスリートの)みんながもう少しよく考えた方がいいんじゃないかなと感じています。

 僕は学生時代に十種競技という競技で日本一になって、実業団から700万、800万のオファーがありました。ただ、日本一になってもそれぐらいの給料だったら、こんなハードな仕事やってられないな、と思ったんです。

つぎ込んでいる努力や持っている能力を考えたら、安すぎる報酬だと。武井:十種競技で日本一になるって、めちゃくちゃトレーニングしなきゃいけないし、体力も普通に働く10倍、20倍使うし、技術の量も多いし、試合の日数も丸2日あるからけっこう大変だし、こんなに労働しているのに、と感じました。競技連盟とかオリンピック委員会とかに、1円も収益がないならまだ諦めもつきますけど、現実はそうではないのに選手の労働が無償というのは、僕はおかしいと思ったんで、(競技を)やめました。この先の人生をこの競技にかけることはできません、と。

 大学を卒業して、何かのスキルを持っている、しかもそのスキルが日本で一番なんです、と。その後もそのスキルを使った仕事をしてくださいって期待されるけれども、「お給料はいくらですか?」って言ったら、それを統括している本部からは「0円です」って言われたら、就職しますか?という話なんです。絶対、そんな企業には入らないじゃないですか。実業団の選手は、その企業がスポーツ選手を広告塔として、もしくはスポーツをサポートしたいという理由でサラリーマンと同程度のお給料を払うので、(そういう)システムを利用して選手として活動してください、ということですよね? 僕はサラリーマンになるつもりもなかったし、陸上は学生時代に日本一になったというところまでで辞めると決めました。より高い対価を得られるスポーツ、業界を目指して活動していこうと決めたのが、24歳で2つ目の大学を卒業したタイミングでしたね。

収益は競技をやるだけでは発生しない 基本的なビジネスを学ぶべき

稼ぎたいと思っているけれど、「やり方がわからない」というアスリートに対しては、どういうアドバイスをしますか?武井:勉強をするべきじゃないですかね。どういう活動をすると経済活動が生まれるのか、どうしたら自分が収益を得ることができるのかという、基本的なビジネスの成り立ちを学ぶべきだと思います。それを知らないのに、「お金が少ない」とか、「なんでお給料もらえないんだろう?」と言っていたって、手に入るわけないですよね。「競技を頑張ってます」って言ったって、例えばそれを見に来る人がいなきゃ収益なんか生まれようもない。例えばその映像を誰かが買ってくれなきゃ、例えば自分たちのグッズを誰かが購入してくれなきゃ、ビジネスになりようがないんですよ。それで「僕、頑張ってるんで、日本一なんで、お給料ください」と言っても、そりゃくれるわけないですよね。僕が十種競技やっている時も、「お金を払って見に行こう」という人なんて、ぶっちゃけ一人もいない状況でしたから。この競技をやっていたら当然、無給なんだろうなと思ってやめました。

(やめた時から次の)オリンピックまで3年あったんですけれど、あのまま続けていれば、たぶんオリンピックには出られたと思います。だけど、出られたとしても、12、13位、すごくうまくいっても10位くらいだったと思います。じゃあ他の競技でオリンピック10位の選手を誰か名前を挙げられるかなって考えてみたら、誰一人知らなかったんですよ。「ああ、そりゃあ無給だわ」と。

スポーツ界のど真ん中で活動していた武井さんですら、他の競技の世界10位を知らなかったと。

武井:僕は将来的に芸能界を見据えていたので、十種競技を選んだのもそれが大きな理由の一つでした。陸上競技の全部の種目ができるので、全部の種目をしゃべれる。あと(中学で)野球もやっていたから野球もしゃべれる、プレーできる。その後はゴルフを選びました。テレビで扱うスポーツは、野球、ゴルフ、陸上長距離の駅伝・マラソン、それと相撲がすごく多いんですね。この4つのうち3つをクリアしていれば、スポーツを扱うタレントとしてはかなり有能なタイプなわけです。当時調べてみたら、その3つを自分でプレーできて、解説できる人はいなかった。この3つをちゃんと経験してからタレントになるというのは有効な手段だと思っていたので、陸上で日本一を取ったタイミングで、あと3年かけてオリンピックで10位を取りにいくのか、他の競技を身につけるのかだったら、僕には後者の方が魅力的だった、ということなんです。

そこで十種競技をやめられたのは、日本一になれたから、というのも大きいですよね。武井:そうですね。日本一になることを目標にして始めて、日本一になるための練習メニューをこなしていたので。偶然なれたというよりも、この競技だったら確実に日本一が取れるだろうと選んで始めたのが十種競技だった。ただ、あまりにもマイナーだったから、対価を得られるところまで競技を進めてしまうと、自分の人生のコストパフォーマンスが合わない。

すごい思考ですね。物心ついた時から、そういう考え方をするタイプだったんですか?武井:親と一緒に暮らすことがあまりできなかったから、自分でお金を稼がなきゃいけないというのが小学生の頃からテーマとしてありました。小学生の時は、近所の人たちにお願いをして、毎朝ゴミをゴミ捨て場まで運んで、一軒で月に500円、お小遣いを頂いてました。

それも自分で考えたんですか?

武井:そうですね。150軒くらいやっていたので、月7万5000円ぐらい稼いでいました。お金がないと生活できなかったですから。学校(中学・高校)も6年間トップの成績で、入学金も学費も全額タダにして、奨学金も6年間で100万円ぐらいもらって、教育を無料で受けさせてもらうことで将来への道を手に入れました。

小学生のころから考えていた武井流トレーニングメソッドとは

続いて、武井さんのトレーニングメソッドについて、聞かせてください。武井:小学生の頃から体育大学の教科書をずっと読んでいたので、基礎的な運動や力学の知識はありました。でも、その教科書には答えが書いてないんですよ、スポーツが上達する答えは何一つ。でも答えを知らないと、みんなと一緒に技術練習やって、いちかばちか自分が偶然うまくなる可能性に賭けないといけないから、なんとかして後から始めても他の人より早く上達する方法はないものかと考えるのがテーマでした。長い時間、正解がわからないまま技術練習をするのがもったいないので、まず、正解は何だろう、と。思いついたのは、スポーツは頭で思ったことをそのままできれば、ほぼ全部成功するんだから、まずはその能力を鍛える、その後で技術練習だ、って。じゃないと、思ったことができない身体で技術練習するわけだから、成功も失敗も常に五分五分のギャンブルじゃないですか。

うまくいくかどうか、偶然に任せることになるということですよね。武井:いつまでたっても成功か失敗かの50%のギャンブルってことですね。技術練習を山ほどやって精度が上がったとしても、ミスの幅が小さくなった50%のギャンブルなんですよ。例えば、(競馬の)18頭立て(のレース)で単勝を一発買った、勝つか負けるかは50%だけど、18分の1だっていう確率か、頭数を2頭に絞れて五分五分にするかだったら、絶対に2頭に絞ったほうを買うでしょ? だったら2頭に絞る方法はないのかと。その方法は唯一、“思ったことはできる”というのを作る。

自分の頭で思ったとおりに、自分の身体を動かせるということですね。武井:それをまず作れば、技術練習は全部成功する。ってことは、技術練習する時間は必然的に少なくなってくる。技術練習が少なくなれば、フィジカルを強くするトレーニングに時間を割ける。技術練習はあまりしないから、疲労は抑えられる。疲労が抑えられるから、疲労の回復もみんなよりも早い。疲労の回復が早いということは、みんなより高いパフォーマンスで練習ができる。高いパフォーマンスで練習ができているんだから、当然他の選手より試合のパフォーマンスレベルも高いし、記録も高い。スポーツをうまくなりやすいっていう状況をすべてにおいて作りやすいというのが、“思ったことができる”能力を持っていることなんです。

 そのトレーニングを小学5年生ぐらいからひたすら続けて、高校卒業する頃には、どんな写真を見ても、形はほぼマネできるようになりました。あとはその中にある物理的な要素なので、その格好をしている時にどの向きに自分の力が向いているのか、どういう方向にどのタイミングで力を出そうとしているのかが一致していれば、運動の内容は基本一致する。あとは筋力の違いで差はあるけれども、その差を埋めるトレーニングさえすれば同じ結果が出せる、という最短距離のトレーニングの仕方が身につくので、スポーツはもう僕にとってはギャンブルじゃなくなるわけです。大学3年から十種競技を始めたんですが、始めて3シーズン目で日本一になりました。僕にとっては、日本一になれるかどうかと思って始めたのではなくて、この競技は技術の総量が多いから、技術練習にみんな時間がかかる、なら技術に時間がかからない僕が日本一になる確率は非常に高い。つまり、頭数を減らして勝負ができる要素があった。

 でも、やっぱりビジネスに対する勉強が足りなかったわけです。だから、十種競技という競技があまり社会で求められていないにもかかわらず、そのトップを取りにいっちゃった。これが僕の一番の反省です。日本一を取った時に、「やってもうた」と。陸上全部で5年間、まあまあの労力を費やしたのに。毎日6時間ぐらいは練習して、回復にも3時間以上使っていたので、合計9時間は働いていたわけです。ということは、もう労働基準法の(法定)労働時間を超えているわけで。それぐらい労働しているのに、1円も給料をもらえない状況だったから、これは良くないなと。正直、陸上やってる途中で気づいてはいましたけど、でも最低限日本一を取っておけばその後のビジネス展開に非常に有利になることもわかってはいたので、とにかく、肩書きを手に入れるために日本一になりにいったということです。

十種競技の前には野球をやられていましたよね。プロ野球選手を目指すという選択肢はなかったんですか?武井:あんまりなかったですね、なりたかったですけど。やっぱり華やかだし。同世代にはイチロー選手、松中(信彦)選手、小笠原(道大)選手、ジョニー黒木(知宏)選手、三浦大輔選手、小坂(誠)選手、中村紀洋選手とか、スーパースターばっかりなんですよ。みんな億稼いでいたし、「うわー、これはだいぶ差を空けられたなぁ」と思って、すごく嫉妬してました。イチロー選手なんて、その後メジャーに進んで、10億、20億って稼ぎ出すわけでしょ。それを眺めているのはやっぱりつらかったですし、焦りもありましたし、やべえなと思ってました(笑)。でも、スポーツだけで生きていくとは最初から思っていなかったので。野球選手が野球をやめた後、野球より稼げる能力を持っているかといったら、たぶん持っていないだろうと思っていて、それが唯一、僕の中の安心材料で。今みたいにスポーツ全般をバックグラウンドに持ったタレントとして、彼らの引退後も長くお仕事をしていくことにフォーカスしました。

芸能界はスポーツよりも戦略的にいける

確かに、武井さんの今のポジションって、それまでに誰もいなかったブルーオーシャンですもんね。

武井:芸能界はスポーツに比べて偶然性はかなり低いですから。当たり前ですが、テレビ番組表を見れば、どの局で何の番組がやっているか全部書いてあるわけで、じゃあその番組に出られる能力を先に身につけておけばいい。

確かにそれを聞けば、スポーツ選手よりも戦略的にやりやすい。武井:全部の番組にアクセスできる能力を持った人なんて、芸能界にもほとんどいないわけです。(芸能人は)みんなスペシャリストだから、多くの業界を股がけしたジェネラリストがあまりいないんです。でも、僕はスポーツに関してはほぼ全種目を経験していたし、独自のトレーニングメソッドもあるし、すべてのスポーツについて独自のトークができます。そこにスポーツを扱う番組は山ほどあるわけです。僕が進行役をして、僕がコメンテーターをするっていうリハーサルをしてトークを磨きました。

自分一人で練習したんですか?武井:練習していましたね、若い頃は。“動物の倒し方”も、全部それで作ってるんで。僕が僕に質問して、僕がそれに答えるっていう。それをやっていると、言ってしまえば倍速でしゃべっているんで、普段のテレビでのトークはスローに感じるんですよ。

話を聞いていたら、武井さんがテレビで場所を取りすぎていて、これからそこを目指す人が入り込む隙がないように思えてきました……。武井:いや、入り込む隙は山ほどあるんじゃないですか。僕は一人だから、裏の番組に出られないし。全部の番組にはアクセスできないので、入り込む隙は山ほどあると思います。ただ、芸能界だけでいえば、武井壮の勢力は結構強いですから、マンツーマンではそんな簡単には崩れないと思いますけど(笑)。

もっといろいろな勉強をしないとダメだと。武井:芸能界とかスポーツだけじゃなくて、世の中には山ほど仕事があります。どんなサービスもどんな商品も全部仕事になるわけですから。日本は特に。人が必要としているものを事前に用意して提供できる人になってしまえば、それがすべてお仕事になるわけです。なのに、そういう原則をまったく学ばずにスポーツだけをやっているという現状は、僕はすごく嘆かわしいことだと思います。

 日本の中でも本当にトップクラスの体力を持っているのがアスリートだと思うんです。スポーツ選手以上に体力を持っている人がいるかといったら自衛隊ぐらいしか考えつかないじゃないですか。つまり、日本で一番体力があって、一番働いたり、勉強したり、運動したりできる人たちが、ほとんど勉強をせずに無償で運動だけしているのが日本のスポーツ界の現状です。で、お金のことを言い出すと、「お金のためにやっているんじゃない」って周りの大人も言い出す始末です。危機感はありますね。

お金を稼げるプロ野球選手の方が、お金を稼ぐための仕事を理解している

武井さんはよく、「セカンドキャリアなんてない。ずっとファーストキャリアだ」と言っていますが、そこにもつながる話ですよね。

武井:そうです。一切、稼ぐことには目を向けずに、スポーツだけは頑張って、何の経済活動もせずに、1円も生まないような競技生活をして、しかも日本で10番目、20番目だったら飯は一生食えません、マイナースポーツは特に。それで「スポーツ頑張っています」って言って勉強もしない。あとはもう、誰かが作った仕事に従事して対価を得る以外に方法はないんです。そのあり余る体力と今までの労働の結果、手に入れた能力を放棄して、まったく経験のない仕事に一からまた取り組むわけでしょう? こんなロスあります? でも日本ではそんな若者が数百万人いるんです。

 だけど僕は、彼らは何か一つのテーマを与えたら、その中で解決策を見つけて探求して努力を惜しまない素晴らしく優秀な人材だと思っています。ビジネスとか、お金を稼ぐとか、労働の対価を手に入れるということとスポーツを同時にやればいいと思うんです。日本一になった頃にはもう多額の収入を確保して「生活はやっていけるので、あとはスポーツに集中したいと思います」と言えるのが理想。

 僕は、スポーツを取り巻く大人がそれ(スポーツでお金を稼ぐこと)を良くないと話すのは、自分たちがその方法を知らないからだと思います。

知らないから教えられない、と。武井:はい、だから、ビジネスをやりながらスポーツやるのは「不純だ」って言っちゃう。それだと、選手は競技人生が終わった時に絶望すると思います。僕も日本一になったのに絶望しましたから。もし、自分が愛してしまったスポーツが1円も稼げないスポーツだったら、大変ですよ。スポーツに出会うのは偶然なんです。子どもの頃、そんな競技に出会って愛してしまったら、金にならないマイナースポーツを、1円にもならない労力を使って頑張らなければいけない。だけど、たまたま野球に出会って、たまたま指導者が素晴らしくて、たまたま先輩たちがすごく上手なところで育って、たまたま身体も大きく育って、他の子より筋力が強くなった子は、それをただただ続けて、何の知識がなくても億を稼ぎ出すわけで。そこにはもう差が生まれているんですよ。それは、プロ野球を選んだのが賢いわけじゃない、偶然それを選んだだけだから。

偶然環境があって、偶然身体も大きくなって、ということですよね。武井:だから、必ずしもプロ野球選手がビジネスマンとして優秀だとは思いません。ただ、彼らはそれが高額の報酬を得る重要な仕事だってわかっているから、アマチュアの選手よりファンサービスをしますし、アマチュアの選手よりテレビでパフォーマンスしますし、アマチュアの選手よりサービス精神旺盛だし、アマチュアの選手より上手にしゃべるし、アマチュアの選手よりファンの人に見てもらって自分たちの仕事があるってことを理解しています。偶然お金が稼げるところに入った人たちのほうがそれを考えているんだから、一生追いつかない。だから、マイナースポーツを偶然選んだ人たちは、彼らよりファンサービスしなきゃいけないし、彼らよりファンにアクセスしなきゃいけないし、彼らより発信し続けなきゃいけないし、彼らよりメディアを有効に活用しなきゃいけない。彼らはシーズン中、(テレビに)出演することはできないけれど、僕らはオフだろうがなんだろうが自分たちで発信していいわけで。だって雇われていないんだから、自由なんだから、アマチュアなんだから。

そこに対価がないわけですもんね。武井:だったらそこで対価を得られる技術と知識を得て、自分たちでその環境を整備する必要がある。それは国とか会社とか連盟がやるものだと言っていたら、いつまでも変わらない。戦後ずっとそれを続けてきての今なんだから。そういう活動を始めて競技力が落ちるっていうんだったら、そんなレベルなんです、そのアスリートは。それをやっても競技力を上げることはできるだろうし、実際僕がアスリートをやっていた時、余った時間がなかったかといったら、山ほどありましたよ。日本一になるのに5年間没頭してやっていたけど、(1日9時間使っても)あと15時間あるんだから。大学行ったりして数時間は使っても、あとまだ10時間残っていたし。その時間に友だちと遊んだり、アルバイトしたりとか、そんなことしていただけで、自分の生活を向上させるための活動は一切できていなかったから、大学で日本一になった時に絶望しちゃったわけですよ。これはいかんと。今まで手に入れたこの宝物を、キラッキラに輝いている宝石を、誰にも売ることができない自分になっていたわけです。これはヤバいと思ってすぐに陸上を引退しました。

 僕は、20代は宝物を手に入れる時間だって決めていたので、その後すぐにアメリカにゴルフしに行きました。それでプロになれなくてもいい、と。ゴルフをテレビで披露するぐらいの実力を身につけられれば、それでOKだと。あとは野球。台湾プロ野球でコーチの募集があって、フィジカルコーチをやるという名目で台湾に行き、初日に「コーチするのに皆さんがやっている練習を経験しないことには、皆さんの身体の疲労がわからないから、トレーニングメニューが立てられません。だから、全部一緒に練習させていただきます」と言って、プロ野球選手の練習を一緒にやらせてもらいながらトレーナーをしてました。そしたら、野球もうまくなって、投げる球も140kmぐらい出るようになって。日本に帰ってきてから萩本欽一さんがやっていた茨城ゴールデンゴールズに入団して、野球選手として過ごした1年もある。プロ野球選手ほどではないけれども、武井壮なら野球のことを話させてもいいじゃないか、という資格を手に入れて。ゴルフも同様の資格を持っていて、陸上はタイトルを持っている。

武井さんは現在、これまでにプレー経験のなかった卓球の番組(『卓球ジャパン!』(BSテレ東))にも出演していますよね。武井:今の僕は、やったことのない競技でもそれに触れる初日からプロとして活動できている、ということなんです。プロスポーツの選手としてトップの技術を身につけないとプロになれないという道よりも、スポーツを始めた初日から番組ができる。体験させてもらうことすらも仕事になって、道具が揃って、スポンサーがついて、「武井さんがやってくれるなら応援します」って言っていただける。技術がゼロでも1日目の労働から対価をいただけるという、自分が理想としていたスポーツ選手のあり方を、今達成できていると思います。タレントとして、武井壮でいるということは、初日からスポーツをビジネスにできるチケットなんです。

武井さんは、自分の人生を賭けて、まさにその宝石を手に入れにいったということなんですね。武井:賭けて、ではありませんけどね、確信がありましたから。これから先はお給料をもらいながらさらに番組で知識や技術、経験という宝石をいただける。技術的にはプロスポーツ選手ではないのに、スポーツを初日からプロフェッショナルとしてプレーできるビジネスを作れたと思います。

親は子どもに対して無責任にスポーツをやらせるな!

まずは、自分自身で“スポーツでお金を稼ぐ”を体現してみせたということですよね。武井:はい、一つのモデルケースとして、すべてのマイナーアスリートに、どうですか、こんな方法もありますよ、と。日本で一番の技術と体力を手に入れなくても、十分にお金を稼いで、日本一でいるよりも豊かな生活を送りながら、さらに新しいスポーツもプロとして楽しめて、ほぼすべてのプロスポーツ選手と交流することができて、楽しい番組をお届けする。こういうビジネススタイルもありますよ、と。僕の10分の1の仕事量でも、十分タレントとして成立すると思います。だから、一つのモデルケースの提案だと思っていただければうれしい。

 芸能界じゃなくてもこういう形を作ることはできると思います。例えば企業とより深いタイアップを結ぶとか、自分のその技能を使ってその企業に何かプレゼンテーションできることがあるかもしれないとか。ただスポンサーにお小遣いをもらうんじゃなく、自分たちの能力や培ってきたものを生かして、世の中から対価を得るための知識を身につけて。社会で生きる力を手に入れずにスポーツだけやる、そういう時代は終わったんじゃないかと思います。子どもにスポーツをさせるなら、せめて親御さんがお子さんに教えられるぐらいの知識は持ってほしいですね。

親が子どもに対して無責任にやらせるなと。武井:はい。ただ、たくさん稼げる競技を選ばせろってことじゃないんです。そのスポーツを選んだら将来的にどんな社会的なステイタスが手に入るのかを事細かく教えてあげるべきなんです。日本一になれたら、日本で10番目なら、100番目ならどんな選択肢が生まれるのか親もきちんと説明できる社会的な知識を持つべきです。きちんと将来的な設計を込みでスポーツを選択させるっていう時代が来ないといけない。僕のところに毎日5人、10人相談の依頼が来ますが、「スポンサーもいません、企業もこのスポーツはよくわからないから社会人として採用することができないと。あとは自分でバイトをしながら続けるしかないです。どうしたらいいでしょう?」って。そんな時代はもう終わりにしませんか、と僕は思います。

本当にそのとおりだと思います。武井:ちょっと厳しい言い方をしていますけれど……でも、本当に僕はアスリートたちが大好きなんです。純粋で、あることを頑張れよって言ったら本当に無欲で頑張れる素敵な素養を持った子たちだから、その子たちがたまたま出会って、たまたま愛しちゃったスポーツを10年頑張ったのに何も手に入らない20代を迎えなきゃいけないなんていうのは、そろそろやめにしなければいけない。僕もそういう経験をしたので。社会のことや経済活動を学んで、自分で収入を得られる能力を身につければ豊かな人生が送れるんだと教えられる大人が一人でも多く必要です。

 こんなふうに真っすぐに言うの、嫌いだし本当は嫌なんですよ。事実、アスリートの技術って、みんな素晴らしいんです。だから、本当はどのスポーツも日本国民みんなが楽しめるエンターテインメントになっていくのが一番なんだけれど、でも、日本がそういった国になるには、少なくとも10年、20年はかかるから、それを待っていたら自分たちの時代が終わっちゃうじゃないですか。自分たちの時代を、自分の人生を楽しむには、日本一になるギャンブルに身を投じて成功を願うだけなのか、それとも成功できる知識を得て成功しつつ愛するスポーツをプレーするのか、この二択なら後者をおススメしたいです。

 スポーツ選手はそのヒエラルキーの三角形の高さが高いほど食えない人の底辺は広がるんです。その三角形の中のどれだけ多くの選手が満足した収入を得た生活を送れるかがこれからの時代のスポーツのあり方なんじゃないかと思います。スポーツの技術の高さを競うことはそのままに、さらにそのスポーツのスキルというツールを使って経済的にどれだけ成功を収められるかという2つの戦いの総合点で勝負する、次世代のスポーツ選手の育成方法を模索しなければ、スポーツ界の未来は明るくはならないのではないかと感じています。『スポーツを頑張っている』ことだけでなんとなく良い事をしているような幻想から解放されて、現実的に社会で成功するアスリートが多く育っていくことを願います。そのために自分自身もまだまだ成長して全てのアスリートと一生をかけてスポーツと経済力の総合点で勝負していきたいと思います。

<了>

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PROFILE
武井壮(たけい・そう)

1973年生まれ、東京都出身。タレント。1997年、中央学院大学時に陸上・十種競技で日本チャンピオンとなる。卒業後、アメリカへのゴルフ留学、台湾プロ野球チームでのコーチ就任を経て、2005年に茨城ゴールデンゴールズに入団。2012年からは「百獣の王」として芸能界デビューを果たし、現在はスポーツ番組、バラエティから情報番組や大河ドラマまで、幅広いテレビ番組に出演。そのかたわらで独自のスポーツ理論をもってさまざまなスポーツへのチャレンジも続けており、世界マスターズ陸上4×100mリレーでは金メダルを獲得、現在はビリヤードのプロ資格も目指している。ツイッター、インスタグラムアカウント @sosotakei

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