契約の決まらないJリーガーのリアル。増嶋竜也の挑戦「サッカー選手になったことを後悔してほしくない」

Opinion
2021.12.24

Jリーグの2021シーズンが終わり、残留、移籍、退団、そして引退……と、ファンにとっても落ち着かない時期ではあるが、選手たちにとってサッカー人生の分岐点となるシーズンオフ。その中で、移籍先が決まらない選手たちのリアルな厳しい現状をご存じだろうか? トライアウトでだめなら仕方がない――それでいいのか。柏レイソルやジェフユナイテッド千葉などでプレーし2020年に現役を引退した増嶋竜也さんは、未所属リーガーたちに再びJの舞台へ戻るためのトレーニングキャンプを行うプロジェクト「#Reback」を立ち上げた。「サッカー選手になったことを後悔してほしくない」と語る増嶋さんに、このプロジェクトにかける思いを伺った。

(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部])

「他の場所で続けるよりも、地元でやめることを選ばないほうが一生後悔する」

――増嶋さんは2020年に35歳で現役を引退しましたが、近年は同世代で活躍した選手の引退が続きました。

増嶋:そうですね。「じゃ、俺も」みたいに引っ張られるような感じで、引退する人が増えたかもしれないですね。

――30代半ばごろになると、まだプレーできる段階でも引退時期について考えるようになるのですか?

増嶋:意識するかもしれないですね。まだいけそうな気もするけど、いろいろな情報が入ってくると「セカンドキャリアのことも考えなきゃな」とか、「サッカーだけやっていればいいというわけにはいかないな」と思ってくるんじゃないですかね。まだ動けるけどやめなきゃいけないという場合もあるので、難しいです。

――ファン目線だと、「まだ現役でできそうなのに……」という思う選手もいますよね。

増嶋:そうですね。たぶん、それぞれ自分が一番納得するやめ方があるというか。やりたい人はずっとやりたいと思うんですけども。

――増嶋さん自身が引退を決めた時は、どういう状況だったのですか?

増嶋:ちょうど引退を発表した日が、昨年の今日(※本インタビューは12月20日に実施)なんですよ。自分の中でやめる時の理想を決めていたんですけど、1つ目が地元でやめること、2つ目が試合に90分出続けてやめるということ。それがちょうど重なったタイミングだったんです。他のチームからオファーはあったんですけど、他の場所でプレーを続けることを選ぶよりも、地元でもあるジェフ(ユナイテッド千葉)でやめないほうが一生後悔すると思って。まだ全然動けたけど、そこでやめましたね。

――いつ頃から、引退する時のことを決めていたのですか?

増嶋:引退する2~3年前あたりから、セカンドキャリアにすっきり行く方法って何だろうというのをずっと考えていて。やれる限りずっとやり続けても、ゆかりのない地域でやめるというのは何かすっきりしないと思ったんですよね。ずっと見守ってくれていた人たちに見届けられながらやめたかったんです。

――実際に引退する時、未練は感じなかったですか?

増嶋:未練は全くなかったですね。むしろすっきりしています。だから、またサッカーをやりたいとか、もっとああしておけばよかったというのも一切ないです。

――やめるタイミングを決める時は、周りの人にも相談しましたか?

増嶋:奥さん(※潮田玲子さん)にも相談しましたし、いろいろな方に会うたびに「やめ時ってどうでしたか?」というのを聞いていましたね。

――17年もの間プロサッカー選手として活躍し続けてきた中、やめてからのこの1年を振り返ってみるといかがですか?

増嶋:つらかったですよ。サッカーがどれだけ楽だったのか、と。毎日決められた時間に自分が一番好きなことをしに行って、終わって帰ってくるという生活がどれだけ恵まれていたかということと、毎日サッカー以外のことを考えなくてよかった時間というのが、すごく幸せだったんだなと感じますね。もちろん大変なこともいろいろありましたけど、引退して仕事を自分で生み出さなきゃいけないとか、見つけなきゃいけないというほうが、何十倍も大変でしたね。お金を稼ぐって大変だなと改めて思いました。

引退してからより仲が深まった、家族の存在

――現在はどんな活動をしているのですか?

増嶋:今はテレビの仕事や、解説、営業の仕事なども行いながら、YouTubeチャンネル『増嶋家ちゃんねる。』も家族でやっています。いろいろなお話をもらった上で、自分にどんな仕事が合うのかを模索しながら過ごしていますね。本当にあっという間の1年でした。

――今は何をしている時が一番楽しいですか?

増嶋:家族といる時間が一番楽しいですね。

――『増嶋家ちゃんねる。』を見ているとすごく家族の仲がいいのが伝わって、ほっこりします。

増嶋:めちゃめちゃ仲いいですね。今まで子どもの行事や習いごとに顔を出せなかったので、この1年、子ども中心に生活したのがすごく新鮮で。現役時代は絶対に行けなかった授業参観や三者面談などに今年は全部行けたので、めちゃめちゃ楽しいです。幼稚園の行事とかどんどんやってくれと思いましたし(笑)。奥さんの仕事が忙しかったので、そういう時は僕がなるべく家庭のことをサポートしてあげようと思いながら過ごしました。

――パートナーとしてとても素敵な夫婦ですね。

増嶋:そうですね。お互いリスペクトし合えているのかなと。お互いの仕事を見てきたからこそ認められる部分があるから、今は自分が頑張る時、今は支える時というふうに接し合えるので、あまりぎくしゃくはしないですね。

――引退することを伝えた時、家族の反応はどうでしたか?

増嶋:子どもはそこまで理解できていませんでしたけど、奥さんとは、よく2人で泣きながら話をしていましたね。

「トライアウトでだめなら仕方がない」? 未所属Jリーガーたちの厳しい現状

――12月9、10日にフクダ電子アリーナで行われた(JPFA)トライアウトへ行ったそうですが、実際に見てどう感じましたか?

増嶋:初めてトライアウトの現場に行かせてもらったんですけど、率直な意見としては、この試合の短時間でオファー来るのかなと思っちゃったんですよね。やっぱり20~30分ぐらいしかアピールする場面がないので、その中でスカウトの目に留まるというのは本当に難しいんだなというのを感じました。このチャンスを逃したらもう先はないですからね。残酷だなと。

――サッカーを続けたいけれど所属クラブが決まらない選手たちは実際どういうふうに動いていくんですか?

増嶋:契約上、1月31日までは元の所属チームに籍があります。でも、翌年になると次のシーズンのチーム練習が始動してしまうので、やっぱり今までいたチームでは練習できないんですよ。なので、年を越す前に契約をしたいという選手がほとんどなんですけど、決まらない選手は公園で練習したり、ジムに行ったり、家の近くを走ったりと限られた中で自分でトレーニングしなきゃならないんです。それこそ東北にいる選手は雪の影響で外でトレーニングできないので、ジムでやるといってもボールが蹴れないし、体育館ではサッカーができない。その中で、いざ新しいチームからオファーが来たり、練習参加の誘いがあっても、おそらくコンディションとしては最悪な状態です。

――コロナ禍で、各クラブは運営面でも厳しい部分があると思いますが、選手の契約における現状を見てどう感じますか?

増嶋:ここ2年間は明らかに新型コロナウイルスの影響は出ていると思うし、選手をたくさん抱えられないチームがほとんどだと思います。高額年俸と年齢が高い選手はなるべく切っていって、若い選手でチームをつくっていくのが最近Jクラブの多くのやり方だと思いますね。どれだけ活躍しても、やっぱり年齢があるから先を見据えて早めに世代交代しなきゃいけない。

――契約満了を告げられてからなかなかチームが決まらない時というのは、メンタル的にかなりつらそうですよね……。

増嶋:いやもう、メンタルはボロボロでしょう。待つしかないですからね。代理人にお願いしていろいろ回ってもらったりしても、自分でできることって、結局コンディションをなるべく落とさないように待ち続けるしかないので。相当孤独な期間だと思います。

――先ほどお話しいただいたように、その間の練習環境がなかなかないというところも大きな問題なのかなと思うんですけれども、トライアウト以外に選手たちのサポートというのはあるんですか?

増嶋:Jリーグからのサポートは一切ないですね。だからトライアウトを1回やった後はお任せしますという感じです。それでチームが決まらなかったらしょうがないというのが現状ですね。そういった問題を解決したいと思い、サッカーを続けたい選手たちができるだけいいコンディションでいつ呼ばれてもいい状態で準備するためのトレーニングキャンプの場をつくるために、昨年から「#Reback」というプロジェクトを始めました。

「いつか協会に引き継いでもらいたい」。選手の可能性をサポートすべく立ち上げたプロジェクト

――昨年12月に現役引退後、今年2月に第1回目の#Rebackのクラウドファンディングをスタートしましたが、引退後すぐに動き出したんですか?

増嶋:引退直後は家族で旅行したりゆっくり過ごしていたんですけど、いろいろな選手から「練習場所がない」「チームが決まらない」「焦っている」といった相談を受けて。何かサポートできるシステムがあったら選手たちの助けになるかなと思い立ち、1月中旬ぐらいにTwitterでつぶやいてみたんです。すると思った以上に反響があって。じゃあ何かやってみようと思い2月5日にクラウドファンディングを立ち上げて、練習場所を探して、10日後にトレーニングキャンプをスタートしました。

――そのスピード感、すごいですね。

増嶋:そうですね。思い立ってすぐに調べて、人を集めてやりましたね。Twitterでつぶやいた時に「一緒にやりたいです」と声をかけてくれた人たちと一緒に進めて、トレーニング場所も、大阪に住んでいる方にJ-GREEN堺というところを紹介してもらい大阪で行いました。同じ思いを持ってくれる人たちとともにつくり上げたので、意外と早く進みましたね。

――具体的にはどのような活動を行うのですか?

増嶋:未所属Jリーガーを中心に3週間のトレーニングキャンプを行います。トレーニングやトレーニングマッチをJクラブのスカウトの人たちに見に来てもらって、再びJの舞台へ戻るためにトレーニングをし続けながらアピールの場をつくるという活動です。来年2022年の1月17日から2月7日まで2回目となる「#Reback22」を宮崎県新富町で行う予定です。

――トライアウトとトレーニングを合体させたような感じですね。

増嶋:そうですね。実はヨーロッパでもよく行われていて、いろいろな大陸で合宿をしながら見てもらい、クラブからオファーをもらった選手はどんどん抜けていくというシステムがあるんですよ。これを日本でも取り入れられたらいいなと思ってやりました。

――「#Reback」の活動は増嶋さんが先頭に立ってクラウドファンディングで行っていますが「いつかRebackプロジェクトをサッカー協会、選手会が引き取ってもらえるのが僕の夢です」というツイートをしていましたね。

増嶋:そうですね。やっぱり協会や選手会がこのような活動を行うとなれば、選手はもっと安心してチャレンジできるし、それだけのサポートがあるならJリーガーを目指す子どもの親御さんたちも安心して応援できると思います。Jリーガーになっても結局すぐクビになって、何もサポートされずに大学へ通い直すとか、就職しなきゃいけないという人生って、あまり魅力的じゃなくなっちゃうと思うので。しっかりその人の可能性をサポートしてくれる組織があったほうが、もっともっとJリーグの魅力が高まると思うんです。そのモデルとしてまずは僕がつくって、早く協会やリーグに受け取ってもらいたいなという思いがあります。

「サッカー選手になったことを後悔してほしくない」

――前回は何人ぐらいの選手が参加したんですか?

増嶋:前回は浦和レッズや大宮アルディージャ、京都サンガF.C.などで活躍していた加藤順大選手や、昨年5月に負った両目の大けがを乗り越えてオセアニアでプレーを続ける松本光平選手など、大学生を含め20人ぐらいの選手が参加しました。松本選手は目がほとんど見えないながらも(※2020年5月にトレーニング中の事故で失明の危機に陥り手術、リハビリを経て12月にオークランド・シティFC<ニュージーランド>で現役復帰)一生懸命プレーしてました。

2月15日からプロジェクトが始動しましたが、2月を区切りに引退する選手がほとんどだったのでその人たちを引き留めることができたらよかった、という思いがあります。なので今回はもう少し早い段階から宣伝して、少しでも可能性を信じて参加してくれる人が増えたらいいなと。

変な話、このプロジェクトへの参加を最後に引退すると決めてもいいと思うんです。トレーニングや試合を家族などに見てもらってから、次の道に進むための機会にもしてもらいたくて。一人で公園での自主練を最後にやめていく人生って、すごく寂しいと思うんですよ。やっぱり最後は、それまで応援してもらった人たちにプレーしている姿を見てもらってから、次の人生を歩んでほしいなという思いもあるので、そういう意味も込めたプロジェクトにしたいと思っています。

――すごくいいですね。後悔が残ったままやめていくのは、かなりつらいですよね。

増嶋:つらいですよ。先日のトライアウトでも、ミスして失点している選手がいっぱいいましたから。「ああ、これは相当落ち込むなぁ」とか思いながら見ていたので、この場だけでは100%発揮できないよなと思ったんです。それがプロの世界ですから仕方がないんですけど。でも、サッカー選手になったことを後悔してほしくないですよね。

――「#Reback」に参加した選手たちは、同じ状況下の選手たちと一緒に過ごしながら話ができるというところもいいですよね。

増嶋:前回も、同じ境遇に置かれた選手同士でモチベーション高く「お互いまだ頑張ろうね」というような声を掛け合いながらやっていたので、そういった意味でもすごくいいのかなと思います。

――前回の反響はどうでしたか?

増嶋:クラウドファンディングで目標金額を上回る678万円の支援金も集まり、選手は無償で3週間のトレーニングができましたし、練習環境も申し分がなく、選手は気持ちよくブレーしていましたね。

――その中でJクラブへの復帰が決まったのは?

増嶋:宮崎智彦選手(ファジアーノ岡山へ加入)と佐藤和樹選手(福島ユナイテッドFCを経てヴァンラーレ八戸に復帰)と兵藤慎剛選手(SC相模原へ加入)の3人が、このプロジェクトを経てJクラブへ復帰しました。1人でも決まればラッキーと思っていたので、3人の選手がJリーグの舞台に戻れたというのは自分の中では成功でした。

――他の選手たちは、その後どういった道に進んでいるんですか?

増嶋:海外や地域リーグのチームに加入したり、GMなどの職務でチームが決まった選手がほとんどでしたが、就職した選手もいました。

――周りの人たちからはどういった反響がありましたか?

増嶋:共感してくれたり賛同してくれる人がすごくたくさんいて、「やり続けてほしい」という声を多くもらいました。家族も応援してくれていて、今回の#Rebackでは、Rebackのキャンプを行う新富町にあるヴィアマテラス宮崎という女子サッカーチームから問い合わせをいただいて、そのチームの子たちへ向けて奥さんに講演してもらうことが決まりました。

――ご夫婦でお互い助け合えるというのは、すごく素敵ですね。理想のご夫婦です!

増嶋:そうですね。お互いの長所を生かしながら、協力し合いながらやりたいなという思いでいます。

――支援者はどういう人が多かったですか?

増嶋:やっぱり千葉の人がとても多かったです。ジェフや(柏)レイソル時代に応援してくれていた人たちからのご支援がたくさんありましたね。自分が立ち上げたプロジェクトにこれだけのお金を皆さんが支援してくれたというのは、すごく感謝しています。びっくりしていました。

――現役生活を地元で終えたということも、千葉の人たちにとって特別な思いがあるのでは。

増嶋:そうですね。もう小さい頃からずっと千葉でお世話になっていたので。だからそういう方たちに、思いが伝わったのかなと思います。

前回は僕や参加選手たちのサイン入りグッズやメッセージを返礼品としていましたが、今回の#Rebackはそれらと合わせてトレーニングキャンプを行う宮崎県新富町の野菜やフルーツのセットを返礼品にできることになりました。ふるさと納税みたいに、野菜を買う感覚でいろいろな人に支援していただけたらいいなと思っています。

「最後までやりきって、サッカー人生の分岐点にしてほしい」

――前回の経験を、今回どのように生かしていきたいですか?

増嶋:前回は大阪で行ったのでJクラブのスカウトの人が見に来たり、練習参加に声がかかるという状況がなかったんですね。なので今回は、一番多くのチームがキャンプをする宮崎で行うということが一番の狙いです。

宮崎だったら車で20分あればどこでもキャンプ地を回れると聞いたので、Jリーグチームがやっている練習場の近くでプロジェクトを行うことで、Jリーグチームから「今日だけこの選手貸して」とか「けが人が出たからこの選手貸して」という状況が生まれれば、もっと可能性が増えるのかなと。

――それはすごくいいアイデアですね。それから、今回もチャレンジ枠として大学生も受け入れるんですね。

増嶋:Jリーガーになることを諦めきれない大学生選手から「参加したい」という問い合わせが結構多かったので、チャレンジ枠として数名受け入れる予定です。

――このプロジェクトには、いろいろな可能性があるというか、夢がありますよね。

増嶋:そうなんです。だから絶対、いずれは協会や選手会で続けてほしいんです。

――今回のプロジェクトにかける思いを教えてください。

増嶋:選手たちに後悔を残したまま引退してほしくないし、サッカー選手になったことを後悔してほしくないので、最後の最後まで可能性を信じてやるだけやって、Jクラブに戻っても、引退を決めてもいい。このプロジェクトをサッカー人生の大きな分岐点にしてほしいんです。

多くの選手に参加してほしいので、一人でも多くの方に賛同していただき、ぜひ協力してもらえたらありがたいです。正直なところ大変ですけれど、続けていくことができれば絶対何か形になって残ってくれると信じているので、みんなでこのプロジェクトを育ていけたらと思っています。

――増嶋さんご自身としては、今後どのような展望を考えているのですか?

増嶋:僕はやっぱりサッカーにお世話になったし、サッカーに恩返ししたいという思いがあります。なので、指導者の道も諦めていないですし、#Rebackの活動のようにサッカー選手、サッカー界に恩返しをするプロジェクトも残していきたい。サッカーは大好きなんです。自分で何か事業や大きなことを生み出せる人間になりたいなと思っているので、こういった活動を継続しながら、来年はまた何か「お、そんなことするんだ?」という驚きを与えられたらなと思っています。

――楽しみですね。

増嶋:家族ありきの話ですけど、せっかくの人生だし、自分でできる範囲で人生楽しみたいなという思いでいます。やっぱり、日本代表などで活躍した有名な選手たちと同じことをやっても同じものを与えられないので、僕なりの視点でサッカー界に恩返しできることを考えながら生きていきたいですね。

<了>

「#Reback2022-増嶋竜也と新たな再挑戦in宮崎」のクラウドファンディングページはこちら
https://readyfor.jp/projects/reback2022
【開催概要】
プロジェクト名:#Reback2022
期間:2022年1月17日(月)~2月7日(月)
開催地:宮崎県児湯郡新富町内
参加希望の選手はこちら:https://forms.gle/YssggeHCbkX19XED7

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PROFILE
増嶋竜也(ますしま・たつや)
1985年生まれ、千葉県出身。小学校2年生からサッカーを始め、一般入試で市立船橋高校へ入学。同サッカー部でFWからDFに転向し1年生時からレギュラーとして活躍し全国高等学校総合体育大会で優勝、2年生時は全国高校サッカー選手権で優勝、3年生時には高円宮杯全日本ユース選手権優勝と、高校年代3大タイトル全てを収めた。高校卒業後の2004シーズンよりFC東京へ加入し、ヴァンフォーレ甲府、京都サンガF.C.、柏レイソル、ベガルタ仙台プレー、2018シーズンよりジェフユナイテッド千葉へ移籍。同年12月に現役を引退し、現在は解説やメディア出演、YouTubeチャンネル『増嶋家ちゃんねる。』などの活動を行いながら、「#Reback」をはじめサッカー界への貢献を目指し活動中。

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