[カーリング]ロコ・ソラーレが直面する“もう一つの闘い”。知られざる「陰のメンバーの重責」
10日、初戦を戦ったカーリング女子日本代表は、世界ランク1位で、前回大会金メダルのスウェーデンに5-8で敗れた。強豪との戦いが続く日本だが、“氷上のチェス”と評されるカーリングでは、対戦相手以外に“氷”との戦いがある。北京五輪の会場となる北京国家水泳センター、通称「氷立方」とロコ・ソラーレとの相性は? そして勝敗の行方を握る「5人目の選手」の存在とは? 作家・スポーツライターの小林信也氏に寄稿いただいた。
(取材・文=小林信也、写真=Getty Images)
一次リーグ初戦から刺激的な組み合わせ
北京五輪、カーリング女子の1次リーグが10日から始まった。1次リーグは参加10チームの総当たり9回戦。上位4チームが決勝トーナメントに進む。前回の平昌五輪、日本は5勝4敗の4位で準決勝に進んだ。準決勝で韓国に7対8で惜敗、3位決定戦ではイギリスに5対3で勝ち、銅メダルを獲得した。あの時と同じ、ロコ・ソラーレのメンバーが今回も日本代表として北京五輪に出場している。
金メダルに最も近いとみられているのは、平昌で金メダルに輝いた世界ランキング1位のスウェーデンと、過去に17回も世界選手権を制している伝統国・カナダ、それに世界ランク2位のスイス。他の7チームはほぼ横一線。どこが準決勝に進んでもおかしくないと多くの関係者、そして選手たちも予想している。
日本は序盤から着実に白星を重ねたいところだが、組み合わせはなんとも刺激的なものになった。初戦の相手がスウェーデン、2戦目がカナダ。いきなり優勝候補との対決から戦いが幕を開けることになった。だが、これはむしろ「幸運だ」との見方もある。
選手たちが対峙する刻々と変わる氷の状況
「強豪チームも、初戦から氷の状態を読み切って最高のプレーをするのは簡単ではありません。強豪を倒すとすれば、相手もまだ氷を把握しきれていない序盤戦がチャンスだと思います」
そう話してくれたのは、中部電力で日本選手権4連覇を果たし、今大会でもNHKの解説者を務める市川美余さん。
「氷の状態は試合中でも刻々と変わります。観客や関係者の数が多くなれば室温が上がります。それを見て、アイスメーカーが氷の温度を下げるなど調整します。選手は氷の上で戦いながら、室温の変化も敏感に感じ取って氷を読むのです。ロコ・ソラーレの選手たちは経験豊富なので、氷を読む能力と対応する柔軟性がすごく高いので楽しみです」
北京五輪の会場となる「氷立方(北京国家水泳センター)」の氷はどんな状態なのだろうか?
1月半ばのリモート記者会見で日本代表のスキップ・藤澤五月に質問すると、「わかりません! でも、国内でも合宿中のカナダでもいろんな氷で練習してきたので、どんな状態の氷になっても『どんと来い!』って感じです」と明るく笑い飛ばしてくれた。
選手たちは合宿先のカナダから5日に北京入りし、9日に初めて氷の上で練習した。北京からの報道によれば、藤澤は、「思った以上にすごくいい氷の状態。明日からいい試合ができるんじゃないか」と語ったという。どうやら、氷の質、そしてロコ・ソラーレとの相性は悪くなさそうだ。
アイスメーカーが語る「氷立方」の特徴
「今回も平昌五輪と同じ、カナダのハンス・ウーリッヒさんがチーフ・アイスメーカーを務めます」と教えてくれたのは、アイスメーカーの藤巻正さんだ。藤巻さんは通年でカーリングができる軽井沢アイスパークに所属。全国の他施設のアイスメーカーたちとチームを組んで、日本の国内大会の氷を作っているベテランだ。
「ウーリッヒさんがいますから、きっと素晴らしい氷になると思いますが、北京の湿度や空気の状態、人の入り方で微妙に変わります。会場の建物の形状や屋根の高さなどにも影響を受けますから、気の抜けない作業が続きます」
北京の施設は、2008年の夏季五輪大会では水泳競技の会場となったプールをカーリング会場に改修したものだ。プールの底にベースになる床を張り、氷を冷やす配管設備を施し、その上に水をまいて凍らせてアイスリンクにする。何度も何度も散水をして必要な氷厚を得て、ほぼ水平になったところでハウスの円やオリンピックのロゴを描き、ラインを引いて、さらにまた散水をして氷厚を増していく。
「水は地球に対して水平に広がりますが、凍らせると9%膨張するので、真ん中がふくらみます。微妙にうねりができるわけです。これをさらに水平に近づけるために水量を調整しながら何回も散水を繰り返します。競技をするためにはさらにジョウロのような道具(ペブル管)でリンクの表面に水滴をまくペブリング作業と、そのペブリングと氷面を削るスクレーバーという道具でカッティング作業を何十回も繰り返します」
水平な状態を作り出し、選手たちを迎えるまでに約2週間、昼夜も問わない作業が続くという。選手たちが熱戦を展開する晴れ舞台を準備するスタッフたちの努力は、ある意味、選手以上に大変だ。
大会が始まってからも、日々のメンテナンスはもちろん、試合中も氷の状態を確認し、冷やす温度の上げ下げを常に調整・管理する。
ストーンの滑りを左右する「ペブル」を読み切れ
大会中、アイスメーカーたちが最も神経を注ぐ作業の一つに「ペブリング」がある。ペブリングによる水滴は氷の上で雨粒のような小さな粒になって凍る。テレビではわかりにくいが、選手たちがストーンを転がす氷の表面はガラスのようにツルツルではなく、「ペブル」と呼ばれるこうした氷の粒に覆われているのだ。ペブルがあった方がストーンの底面と氷の間の摩擦を軽減され、滑りやすくなる。
試合が進めば、当然、ペブルは試合開始当初より削れてストーンとの接触面の形が変わり、摩擦度合も変わってくる。そうした氷の変化を読むのが勝負を分ける要素になるわけだ。
「平昌五輪の時は、会場の空調のバランスや水質によるストーンのトラブルがあり、大会の途中で、全チーム、全選手に告知して、ストーンのリメイクをしたんです」
石と氷の相性が合わなくて、選手・関係者がイメージするストーンの動きにならなかった。そこで、ストーンの接地面をサンディングし直し、微調整することで「良好な曲がる状態」を作ったのだという。イメージどおりに曲がってくれる石と氷が選手たちには望ましいのだ。石に抵抗力をつければ、当然、曲がりやすくなる。
「そうなれば、ペブリングの劣化も早くなるので、アイスメーカーはストーンとの相性を考慮して違うペブリングを打つなど対応が必要です」
なるほど、石と氷の抵抗が大きくなれば、ペブルが劣化しやすくなる。ペブル管にも数種類あって、水滴の大きさ、高さ、散布量を変えるなど、アイスメーカーが繊細に調整する。
氷と石の状態を見極める“リザーブ”の重要性
カーリングは「氷上のチェス」とも形容され、戦略性の高い競技といわれる。だが、目に見える攻防の裏には、氷と石を読み、氷と石を見事に自分のものにする洞察力と技術もまた駆使されているのだ。
今回のロコ・ソラーレには、一人だけ前回と違う新しいメンバーが加わっている。リザーブ(フィフス)の石崎琴美だ。一人だけ40代。平昌大会の後、メンバーから強く請われて、ロコ・ソラーレに加わった。リザーブという名前から想像するのは、メンバーの誰かが出場できなくなった場合に代わって出場する役目だ。もちろんそれもあるが、カーリングのリザーブは、それとは違う、もっと一戦一戦の勝負に深く関わる重要な務めがある。
それは、氷の状態の情報とともに石の状態を読み、石の情報をチームメイトに伝える役割だ。
試合で投げるストーンは、チームや選手が用意するのでなく、会場に備え付けられている。そこで、試合前夜のナイト・プラクティス(またはイブニング・プラクティス)と呼ばれるわずか10分程度の時間に、リザーブの石崎がシートにある8個の石をすべてチェックする。一つ一つの石の特徴を把握し、情報を持ち帰って仲間に伝えるのだ。
チームはその情報を基に、誰がどの石をどの順番で使うかを決める。最も安定感があって曲がりやすい石は、勝負を決める最後の一投を投げるスキップが使う。
カーリングの勝負は、すでにそこから始まっている。
10日に行われた初戦、スウェーデンとの試合は先制を許しながらすぐ逆転し、前半は優位に試合を進めた。いくつか、狙ったショットがイメージどおりの軌跡を描かずに表情を曇らせる場面はあったが、初戦としては氷とストーンとの相性にはそれほどストレスがないように見えた。ほぼ、石崎が提供してくれた情報どおりの動きだったのではないだろうか。
ただし、詰めるべき課題も見つかった。中盤から後半にかけて2度、3点を奪われた。4対8で迎えた終盤第9エンド。自軍のストーンをハウスに残したまま、相手のストーンを弾き出せば一挙に4点を取れるチャンスがあった。スキップの藤澤が放ったこの大事なショットが、イメージどおりに曲がらず、相手ストーンに浅く当たるだけで大きく飛ばせなかった。結果、日本は1点しか奪えず、しかも最終エンドは有利な先攻を相手に渡す形となった。この時点で、逆転は難しくなった。全体的には安定感のある攻防だったが、強い相手との勝負を制するには、こうした勝負を分けるショットの成功が欠かせないことはいうまでもない。「勝負の一投」をイメージどおり放つことが勝利への道。そのためには、氷と石の癖や相性を一戦一戦積み上げ、イメージと実際の誤差をゼロに近づけることが重要だ。
これから静かに展開されるカーリング女子の1次リーグ。ストーンの動きや位置だけでなく、氷の変化、ストーンの特性などにも思いをはせて試合を見たら、よりいっそうカーリングの深みを堪能できるだろう。
<了>
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