
川崎フロンターレの“成功”支えた天野春果と恋塚唯。「企業依存脱却」模索するスポーツ界で背負う新たな役割
“成功モデル”と呼べる日本のスポーツチームとして、真っ先に名前が挙がるのはサッカーJ1の川崎フロンターレだろう。そんなフロンターレで長きにわたり名物「仕掛け人」として数多くの企画を主導してきた天野春果。フロンターレを皮切りにサッカー界とバスケットボール界で重要な役割を担ってきた恋塚唯。彼ら2人は昨年、同じくフロンターレ出身の谷田部然輝とともに「ツーウィルスポーツ」という名のベンチャー企業を立ち上げた。すでにサッカーの南葛SCやバレーボールのSVリーグでの仕事をスタートさせている彼らが語る、スポーツ界の明るい未来とは?
(文=大島和人、撮影=福村香奈恵[セイカダイ])
川崎フロンターレという成功例を支えた存在
日本のプロスポーツにおけるお手本、成功モデルの一つは川崎フロンターレだ。Jリーグの中でも浦和レッズや東京ヴェルディ、横浜F・マリノスに比べて後発だったクラブが、「プロスポーツ不毛の地」と評された川崎に深く根付いている。フロンターレはまず地域に深く浸透し、街から必要とされる存在となることで、観客と収入を増やした。スタジアムも3万人近い規模に改装されて、4度のJ1王者に輝くビッグクラブとなった。
天野春果は1997年にクラブへ入り、「仕掛け人」としてさまざまな企画、イベントを主導してきた。具体的な企画は列挙するだけで『プロジェクトX』を何本も制作できるレベル。そこに興味があるなら『僕がバナナを売って算数ドリルをつくるワケ』『スタジアムの宙にしあわせの歌が響く街』といった天野の著書を読むことをおすすめする。
普通の人にはつなげられない「点と点」をつなげてストーリー化する奇想天外な発想と、実現不可能と思われるものを実現するパワーを、彼は持っている。サッカーとはおおよそ関係のないアーティストやコンテンツ、話題の人物を巻き込み、その展開を「エンターテインメント」にしてしまう異能の持ち主だ。
恋塚唯は2004年からフロンターレに加わり、クラブの成長を牽引したメンバーの一人だった。2014年からはバスケットボール界に転じ、リーグ(NBL、Bリーグ)で2シーズン、クラブ(アルバルク東京)で8シーズンのキャリアを積んだ。
ツーウィルスポーツ(Two Wheel Sports/以下TWS)は天野を代表取締役、恋塚と谷田部然輝(やはりフロンターレ出身)を取締役にして設立されたベンチャー企業だ。ツーウィル(Two Wheel)は日本語で両輪を意味し、「強化と事業」「街とクラブ」の両輪が協働することの重要性を示す名付け。彼らの新しいストーリーが、ここから始まろうとしている。
頭と体が動くこのタイミングでクラブを出て…
天野は独立、会社創設の背景をこう説明する。
「僕は(出向で)2020東京五輪、2002日韓ワールドカップといった国際大会の活動もしましたが、地域スポーツはサッカーだけでした。でも自分の持っている考え、自分のアクションは、他競技でも必ず表現できると信じていました。それが大変なことは分かっていても、僕は『何か新しいものを作りたい』タイプです。それをやるならフロンターレにいながらとか、副業では難しい。頭と体が動くこのタイミングでクラブを出て、自分の活動の幅を広げたいと思いました」
天野はかつての仲間に相談を持ちかけた。
「『フロンターレを辞めようと思う』と恋塚に電話して相談したんです。そうしたら『自分もそう考えている』という答えが返ってきました」
恋塚は振り返る。
「僕はアルバルク東京にいて、GMから事業部長に戻ったタイミングでした。GMをしていたからこそ、選手のセカンドキャリアとか、サポートをしていきたいなと漠然と考えていました。電話がきて『一緒にやらない』と言ってきたので『いいよ』と言ったら天野は逆にびっくりしていましたね。ちょうど僕も独立しようと考えていたので、一緒にやったほうが面白いかなと感じたんです。谷田部とも、天野さんとは別にそんな話をしていました。『じゃあ(谷田部も)声をかけよう』となって、3人で立ち上げることになりました」
天野はフロンターレ退社の背景をこう説明する。
「僕はフロンターレ創設1年目に入り、JFLからのスタートで合計27年携わりました。現在、川崎フロンターレはJ1リーグという日本サッカーのトップリーグで戦い、タイトルを8つも獲得しています。今が最高到達点ではないですけど、ある程度の形はもう見えています。それに(ポジションが上がると)どうしても会議が多くなるし、管理職的なところも求められますよね。もっと自分のやりたいことを極めたいのに、なかなかそういう時間が持てなくなっていました」
天野はスポーツビジネスにおける生粋のプレーヤーだが、52歳となり「管理者」「指導者」として振る舞うべき立場になっていた。
「プレーをしていなければ、新しい感覚が身に付きません。現場を離れて『先生』となった瞬間に、もう過去の栄光の話しかできないじゃないですか。もちろん人それぞれですけど、自分はプレーヤーとして刺激がないと、自分自身をアップデートできないと思ったんです」
恋塚はフロンターレの経験を活かし、実業団からプロというバスケットボール界の「転機」で大切な役割を果たした。しかしBリーグも「創成期」は終わりつつある。恋塚は独立の背景をこう説明する。
「アルバルクはある程度事業の形ができて、新アリーナの準備も進んでいます。アリーナの担当ではなかったですし、そこからできることを考えたときに、ならば自分でやりたいこと、もっとスポーツに関われることってあるなと思いました」

「地域密着」「企業依存からの脱却」を模索する日本のスポーツ界
天野はサッカー、恋塚はサッカーとバスケでキャリアを積んでいるが、TWSはスポーツ、エンターテインメント全体に目を向けている。天野はこう説く。
「スポーツが持つ力を、この世の中のためにどう活用できるかが大きなテーマです。そもそも日本には『地域スポーツ』という考え方がありませんでしたし、プロ野球も企業スポーツからスタートしています。でも世界を見たら地域スポーツが当たり前で、ホーム&アウェーの『エリアとエリアの戦い』として、街の代表として戦います。日本も30年前にJリーグができて、世界共通の『スポーツの力を地域に対して活用する』という考え方が入りました。その後Bリーグが2016年に開幕して、次にSVリーグという流れになっています」
サッカーを見ればJリーグはJ1からJ3まで現在60のクラブが全国に根を下ろしている。そのすべてがフロンターレのように成功しているかといえばノーで、Jリーグとて発展途上だが、さりとてお手本はある。
バスケのプロリーグも軌道に乗りつつあるが、昨今はバレーボール、ラグビー、ハンドボールとさまざまなチームスポーツが「地域密着」「企業依存からの脱却」を模索している。またサッカー、バスケも女子は男子に比べて集客、スポンサー集めといった部分で苦しんでいる。TWSが持つ地域密着、エンタメ化といったノウハウは広く必要とされるものだ。
天野は「スポーツの力」で街を元気にしようという真っ直ぐな思いがある。
「スポーツの力で街と人を元気にできる――。それをサッカーとは違う競技でも証明をすることが大切だと思っています。川崎フロンターレも責任企業の富士通があり、補助・補填で広告宣伝費が入っています。しっかり理念を持って僕らは進めていましたけど、恵まれている部分もありました。違う環境でそこがうまくいけば、しっかりメソッドとして確立されたことになる。それを自分の頭と体が動くうちにやりたかった」
南葛SCを「スーパーエンタメのクラブに」
TWSは「スポーツのあまりあるチカラを最大限引き出す」というビジョンに掲げている。フロンターレがどういう「チカラ」をもたらしたかについて、天野はこう説明する。
「もう本当に『明るく、楽しく、元気にいきましょう』ということです。『今週末ホームゲームがある。ちょっと残業がキツいけど、頑張ろうか』とか、居酒屋で隣になった人と同じチームを応援している縁で仲良くなるとか、そんな感じです。スポーツは万能です」
恋塚は少し違う視点でこう説く。
「スポーツはコミュニケーションツールでもありますが、『やる』でも『見る』でも、『一緒に参加する』でも心を豊かにできる、感情をあらわにできる活動です。そこがスポーツの強みだと思います」
もちろん街の知名度、求心力を上げることもスポーツの価値だ。例えば「鹿嶋」「磐田」といった地名をわれわれが認知しているのはJリーグを通してだろう。
彼らが実際に取り組むプロジェクトについては、まだ表に出せない「仕込み中」のモノが多い。表に出ているものとしては南葛SC、SVリーグの案件がある。
天野は南葛SCに週2日をメドに出社し、「プロモーション部長」の肩書で活動をしている。南葛SCは『キャプテン翼』の作者である高橋陽一氏が代表取締役を務め、今季はJ1から数えて「5部」に当たる関東リーグ1部のクラブだ。
天野はそこでの役割をこう言葉にする。
「革新的な、今までの日本のスポーツ界に無いようなものを作ろうとしています。それはめちゃめちゃ刺激的です。『コンストラクション』と僕らは呼んでいますけど、中に入って、コンサルでなく設計をしていく、形で見せるイメージです」
幅広い活動と並行して南葛SCの仕事に「準常駐」として取り組む難しさもある。
「自分のパワーの大体3分の1を使う感じですが、中に入ると『こういうこともできる』と見えて、週2の枠では収まらないです。それ以外の日も電話がかかってくるし、企画が思いついたら俺もすぐ電話をかけてしまって。でも新しいチャレンジとしてやれていて面白いです」
南葛SCで目指すゴールを、天野は言葉にする。
「スーパーエンタメのクラブにして、多くの人に愛してもらう存在を作ることです」

音楽、映画、スポーツを活かした地域創生
TWSはスポーツにとどまらず音楽、映画、スポーツを活かした地域創生など、幅広いプロジェクトを視野に入れているという。恋塚はこう説明する。
「フロンターレはスポーツを通して、いろんなものを掛け合わせたり、いろんな企画をやったりしてプロモーションにつなげました。同じように地域貢献、地域創生をどう展開するかアイデアが欲しい企業や組織はいくらでもあります」
天野はこう補足する。
「素材自体はいいけど、それをどうプロモートして価値を引き出せるか、発信できるかという課題はどこも共通しています。スポーツに限らず、音楽や映画もそうですよね。プロモーションのアイデア、やり方は私達がノウハウを持っています」
プレーヤーにこだわって独立起業を選択した天野だが、一人ですべてを達成できるわけではない。組織に入るにせよ入らないにせよ、クライアントと企画やイベントを作り上げていく「設計」「手順」を共有することが、スポーツの力を広げる前提だ。
天野はこう説明する。
「『なぜ集客が大事なのか』『どう集客していくのか』みたいな部分は、コンストラクションと一緒です。「ベース(基礎)」があって、「フェーズ1」「フェーズ2」といった段階があります。それは自分がノウハウをもっているだけではダメで、しっかり整理して伝えるようにしていますし、この歳になったらより多くの人に伝えていくことも大切です。これはSVリーグでも僕がやることです」
※3月10日に公開予定の連載後編では天野と恋塚のSVリーグに対する取り組み、思いを紹介する。
<了>
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[PROFILE]
天野春果(あまの・はるか)
1971年生まれ、東京都出身。Two Wheel Sports代表。南葛SCプロモ部長、SVリーグ女子集客推進アドバイザー。1993年からワシントン州立大学でスポーツマネジメントを学び、1996年のアトランタ五輪にボランティア参加。翌年、川崎フロンターレに入社し、ホームタウン推進室でクラブの地域密着を推進。1998年に長野冬季五輪・バイアスロン会場競技役員に参加し、2002年に日韓ワールドカップ組織委員会に出向。同年、大会終了後にフロンターレに復職。2011年、プロモーション部部長に就任。2017年に東京オリンピック・パラリンピック組織委員会に出向。2020年にフロンターレに復職。2024年にフロンターレを退職し、Two Wheel Sportsを設立。
[PROFILE]
恋塚唯(こいづか・ゆい)
1973年生まれ、東京都出身。Two Wheel Sports取締役。SVリーグ女子集客推進アドバイザー。1997年より出版業界で編集に従事。2004年に川崎フロンターレに入社。2009年に営業部からプロモーション部へ異動。2014年にフロンターレを退職し、日本バスケットボールリーグに入社。翌年、事務局長に就任。2016年にアルバルク東京に入社し事業部長に就任。翌年、事業部長兼GMに就任。2023年に商社に入社し、2024年に退職。同年、Two Wheel Sportsを設立。
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