モータースポーツの発展は自動車業界の未来につながる。JAFがオープンイノベーションに挑戦する理由
この度スポーツ庁とスクラムスタジオが手を組み、スポーツイノベーションを推進するプログラム「SPORTS INNOVATION STUDIO(スポーツイノベーションスタジオ)」が産声を上げた。コラボレーションパートナーの一般社団法人日本自動車連盟(JAF)は「モータースポーツの興奮をより近く」をテーマに、事業共創に挑戦している。本記事では、既にJAFとオープンイノベーションに挑戦しているデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)の里崎慎氏、JAF モータースポーツ部にて、長年モータースポーツに関わってきた大野光一氏にお話を伺い、eスポーツを含むモータースポーツマーケットの価値やオープンイノベーションの可能性について掘り下げた。お二人のお話から、モータースポーツの価値を拡張するには、日本の基幹産業である自動車産業の一部としてモータースポーツを捉えて扱う重要性が見えてきた。
(インタビュー・構成=清野修平)
経営情報の開示によって得られる効果とは
――まずはお二人のご経歴やスポーツ界との関わりについて教えてくださいますでしょうか?
大野:JAF(一般社団法人日本自動車連盟)にはモータースポーツが好きという理由で入社いたしました。まずはJAFの基幹事業であるロードサービス部門で1年半の経験を積みました。今はモータースポーツに関わっていますが、当時は埼玉県でレッカーなどのロードサービスカーに乗って、ロードサービス業務を行っていました。モータースポーツ部門に異動になったのは入社2年目の10月で、ジムカーナやダートトライアルといったスピード競技や、ラリー競技などを担当しました。
その後、顧客管理部門に移動となり、全国の8地方本部を拠点としていた総合案内サービスセンターを一拠点に集約化したり、会員システムの最適化や会員向け発送物の改良などを担当しました。現在所属するモータースポーツ部には主管として戻り、モータースポーツ振興・業務推進プロジェクトチームのマネージャーとして業務にたずさわっています。
里崎:スポーツ界とは、デロイト トーマツのスポーツビジネスグループを立ち上げる際から関わっています。デロイト トーマツのスポーツビジネスグループは約7年ほど前に立ち上げ、当初はJリーグやプロ野球(NPB)のビジネス化を支援するために立ち上げられたのですが、近年はそこで得た知見を生かして、他のスポーツの支援も実施しています。
過去には、JAFさんのモータースポーツ振興の支援も行っていたことがあったため、その時のご縁もあり、2022年8月に行われたeモータースポーツリーグ立ち上げの公募に、eスポーツの大会運営やコミュニティ形成に強みを持つNGM株式会社(以下、NGM)、リアルのモータースポーツにも長年関わっている株式会社オートバックスセブン(以下、オートバックス)と共に手を挙げさせていただきました。現在は、eモータースポーツリーグを主催・運営する新法人である一般社団法人日本eモータースポーツ機構(JeMO)を立ち上げ、その一員として、リーグの開幕に向けて活動しています。
――里崎さんはJリーグとデロイトの取り組みであるJリーグマネジメントカップの立ち上げと運営に携わっていたと聞いています。立ち上げの経緯や運営を続けたことで見えてきたことや成果について教えていただけますか?
里崎:初回のJリーグマネジメントカップは、デロイト トーマツ のスポーツビジネスグループの立ち上げとほぼ同時期にリリースしました。活動を開始した7年前は、日本においてスポーツ×ビジネスの領域にアンテナを張っている方々が少なかったんです。また、昨今ではREAL SPORTSさんをはじめとした情報媒体が、スポーツビジネスに関しての情報を発信することは珍しいことではないですが、当時はスポーツ×ビジネスの情報が出回っていませんでした。
当社がスポーツビジネスの活動をサスティナブルに拡大していくためには 、スポーツ×ビジネスのタッチポイントを増やしていく必要性があると考え、Jリーグが公表している情報を集約し、親しみやすいかたちで世の中に発信するJリーグ マネジメントカップを2014年から始めました。2014年以降は、年に1回のペースでリリースしていますが、相当大きな効果がありました。直近では当社のホームページの中での年間ページアクセス数ランキングで、トップ5に入る非常に強力なコンテンツになってきています。
もちろんJリーグ マネジメントカップだけの成果ではないですが、ここ数年はスポーツビジネスという言葉が一般化しましたし、実際にスポーツビジネスの現場で活躍したいと考える人が増えてきている状況かと思います。このような情報発信を継続してタッチポイントを作っていくことが、新しいマーケットの創出に確実につながっていくのだという実感を得ることができました。
――Jリーグマネジメントカップのようにスポーツ団体やチームが経営に関する情報を積極的に開示する動きはオープンイノベーションに良い影響を与えるのでしょうか?
里崎:そう思いますね。経営や財務情報だけではく、コンテンツホルダーが持っている情報を開示することで、外部との化学反応を起こす機会は、圧倒的に増えると考えています。メジャースポーツもマイナースポーツも素晴らしいアセットを保有していますが、まずは情報を発信しないと人々のアンテナに引っかかりません。スポーツビジネスのマーケットを拡大していくには、競技のプロモーションだけでなく、保有しているアセットを外に向けて発信していく方向にマインドチェンジしていくことが必要だと考えています。
また、スポーツ団体とコラボレーションを検討している人や企業からすると、経営に関する情報が開示されていたり、財務的な体力規模が分かっていたりすれば、より具体的な施策の検討ができるようになると思います。少ない情報で、アイデアベースの議論を行うよりも現実的な取り組みにつながりやすいのではないでしょうか。
オープンイノベーションによって立ち上がる「eモータースポーツリーグ」
――ここからはeモータースポーツのリーグ設立についてお伺いさせていただきます。デロイト、NGM株式会社、株式会社オートバックスの3社とJAFが連携し、2023年秋頃からeモータースポーツリーグが開幕されることが発表されました。まずはeモータースポーツリーグについて教えてください。
里崎:われわれがチャレンジするeモータースポーツのリーグは、日本で唯一、JAFさんから公式ライセンスをいただいて開催するリーグ戦となります。リーグ運営の目的は、JAFさんがモータースポーツ振興の目標として掲げる「トップを光らせ、裾野を広げる」というモータースポーツの基本構想を、eスポーツを活用して実現していくことです。この構想の実現には、「eスポーツ×モータースポーツ」の特徴を捉えることが重要と考えています。
実はeスポーツの中でもモータースポーツというジャンルは、最もリアルスポーツとのギャップが小さいことが特徴です。他のeスポーツは、コントローラーや携帯端末を使ったり、マウスやキーボードを使って操作を行うことが一般的です。今回われわれが行う大会は、実際の車の運転環境と同じようにシートに座り、ハンドルやペダルによって操作を行うシミュレーターを採用しますので、実車を運転するような技術で競技することが可能です。
その特徴を踏まえると、eモータースポーツならではの取り組みとしてキーとなるのが「リアルとバーチャルの融合」です。通常のスポーツでは、eスポーツはeスポーツ、リアルのスポーツはリアルのスポーツとして運営や試合がなされますが、eモータースポーツでは、現役のリアルドライバーとeスポーツのドライバーが1つのチームを作って戦うかたちをベースに据えることで、「リアルとバーチャルの融合」を目指します。
一方で、とはいえeスポーツはデジタル領域で展開するコンテンツなので、デジタルの強みは最大限生かしたいとも考えています。例えば、デジタルコンテンツはメタバースやNFT、AIなどの最新技術との親和性が非常に高いという特徴も持ち合わせているため、そのような領域における新規ビジネスの開発にも積極的にチャレンジしていきたいとも考えています。JeMOは、ただ単にeモータースポーツの競技のみを行う団体ではなく、eモータースポーツというコンテンツをフックに、周辺ビジネスのエンティティを巻き込んでいくようなプラットフォームを目指しています。
ーーeスポーツが流行していますが、例に漏れずeモータースポーツも盛り上がっている印象です。eスポーツとしてのモータースポーツがリアルのモータースポーツにどのような影響を与えるとお考えでしょうか?
里崎:先ほどお話した「リアルとバーチャルの融合」は一つのキーワードになり得ると思います。例えば、現代では若者の車離れが進んでおり、JAFさんを含む自動車業界の大きな課題となっています。車は免許制ですので、自動車免許を取得できる18歳以上がモータースポーツのコア層になってきますが、eモータースポーツの領域であれば、自動車免許を取得する前から、ゲームを通じて車の運転をしたり、車に接点を持つことができます。事故でけがをするリスクがないうえに、シミュレーターの進化によって実車を運転している感覚と近い体験が可能となってきています。
これまでJAFさんとしては、運転免許取得前の若年層に対してアプローチをかけることは難しかったと思われますが、eモータースポーツの普及がこの課題を解決する可能性があります。リーグの立ち上げによって、安定的にライトなタッチポイントが供給されますので、非常に大きな意味がある取り組みではないでしょうか。
われわれの活動を通じて、もっと一般的にシミュレーターを体験できるようになってくれば、もっと早い段階で車に興味を持ってもらえたり、車というソリューションの活かし方を考える人が増えることにつながると思っています。そして、その結果としてリアルのモータースポーツや、リアルの車に対する価値の再認識につながってくると思っています。われわれの活動をかたちにしていくことは、クルマというコンテンツをフックに新たな体験価値を生み出すことにもつながるため、社会的にもすごく大きな意味があると感じています。
――JAFを含めて4団体での協業になりますが、DTFAが担っている役割について教えていただけますか?
里崎:JAFさんから入札の公募が出た際に、NGMさん、オートバックスさんと当社の3社で入札をいたしましたので、まず当面の目標はリーグをしっかり立ち上げることになります。その中で、DTFAが強い領域はビジネス化やガバナンス強化領域ですので、組織の運営やガバナンス設計、中長期計画や資金繰りなどの部分でフルコミットしていきます。
――今回のリーグ戦立ち上げは、オープンイノベーション的な取り組みですが、複数社と協業するメリットや実際に取り組んで分かったことについて教えてください。
里崎:DTFAとしては、実興行の当事者として動くという経験が不足しているのが正直なところなので、興行に対する経験が豊富なパートナー企業と組んで、相互補完関係を作りながらやっていけることにオープンイノベーションとして取り組む価値を感じています。
現在はリーグ戦の立ち上げに向けて手探りの部分が多いですが、協業によって多角的な視点から取り組みの検討ができることも大きなメリットですね。どうしてもDTFAだけでは意見が偏ってしまったり、ビジネスに関する理論が先行してしまうこともあるので、実務や現場サイドに理解が深い方から情報がいただけることで、価値創造に向けた効果的な作業ができている手応えがあります。
トップを輝かせるためのJAFの挑戦
――スポーツイノベーションスタジオでは、JAFやモータースポーツとオープンイノベーションに取り組みたい企業や団体を募っていました。JAFと相性がいい業界や連携のポイントについて教えてください。
里崎:特にデジタル領域に関してはいろいろなチャレンジができそうです。ポイントになるのは、モータースポーツに特化したソリューションの開発や検証ということよりは、自分たちが持っているソリューションやアセットをモータースポーツと掛け算したときに、新しい発想をいかに見いだせるか、だと思います。幅広く柔軟にイメージをしてチャレンジしていただけるとよいのではないでしょうか。
ーーeモータースポーツをはじめJAFはオープンイノベーションへ積極的に取り組みはじめた印象です。今回、スポーツイノベーションスタジオに参画した理由について教えていただけますか?
大野:まず、JAFは国内四輪モータースポーツの統轄団体として、競技会の管理やモータースポーツライセンスの発給制度の運用などを行っています。オリンピックで例えるとIOC(国際オリンピック委員会)がFIA(国際自動車連盟)であり、JOC(日本オリンピック委員会)がJAFという関係です。
JAFの組織内には、モータースポーツ未来委員会という会長直系の委員会が設置されており、自動車メーカー、タイヤメーカーなどから委員を招いた有識者会議を開催しています。現在議論されているテーマは3点です。1つ目は、カーボンニュートラルをふまえたモータースポーツや競技車両のあり方、2つ目は、モータースポーツと自動車関連産業の発展、3つ目は、モータースポーツの振興です。
モータースポーツへの参加障壁を低くする取り組みや、参加型モータースポーツにおける環境対応車両の参加促進の具体的方法などを模索しておりました。課題は山積みなのですが、今現在は、まずはトップドライバーを光らせて認知を獲得していくことが重要なポイントと捉えています。
例えば、野球の大谷翔平選手が象徴的ですよね。今年開催されたWBCでは、多くの方々が感銘を受けたと思います。トップを輝かせる施策を具現化し、モータースポーツを長期にわたり持続可能な興業として推進するために、モータースポーツ未来委員会の下部組織としてプロフェッショナルモータースポーツ小委員会を今年立ち上げました。とはいえ、ファンの満足度向上や獲得は一朝一夕には難しく、苦労しているという事実もございます。そこで外部の方々とのコラボレーションにも挑戦することにしました。
――すでにモータースポーツ業界に飛び込んだ立場として、モータースポーツビジネスのメリットやマーケットのポテンシャルについてどのようにお考えですか?
里崎:モータースポーツという領域だけでマーケットを区切った場合、正直なところ日本におけるマーケットのポテンシャルは限定的なものになってしまうと思われます。一方で、少し視座を変えてモビリティというマーケットとして捉えた場合、モータースポーツというコンテンツはさまざまな業種・業態・産業にリーチのできるコンテンツだと考えています。
特に日本の基幹産業である自動車産業との接点は非常に大きいわけで、車を作るだけでなく、車を生かしてどのような活動をしていくのかについては、まだまだソリューションが見出せると考えています。幅広くマーケットを捉えないとスケールさせるのは難しいため、小さくまとまるのではなく、モータースポーツをフックに様々な業種業態に接点を広げていけるかが重要ですし、その接点が広がれば自然とマーケットポテンシャルは大きくなっていくものと考えています。
――JAFさんはモータースポーツのマーケットについてどのようにお考えでしょうか?
大野:モータースポーツはカーボンニュートラルやカーボンオフセットの観点から向かい風が吹いている状況です。騒音や排気ガスが発生しますし、タイヤも激しく消耗します。表面上は、ものすごく環境に悪い印象を受けるのですが、モータースポーツで培われた技術やノウハウによって、現在の高度な技術が生まれたとメーカーさんからはお聞きしています。実際にF1で使用される燃料や排出される二酸化炭素の量は少なく、みなさんが日常生活で使用している車よりも数倍燃費がいいんです。
現在、このような情報が認知されずに、環境負荷の象徴としてモータースポーツが取り上げられてしまうことも少なくありません。今後のモータースポーツは、さらなる自動車の技術革新のため、最新技術のテストの場やその技術を発揮する場として発展し、次世代につながっていることを広報できれば、マーケットの可能性は大いにあるのではないでしょうか。
――最後にモータースポーツ・eモータースポーツのビジョンについて教えてください。
里崎:まずはJAFさん公認のリーグとして、トップを光らせること・裾野を広げることの両輪を実現させるために、eモータースポーツというコンテンツを最大限活用していくことです。さらに私たちはゼロから作り上げるリーグですので、柔軟な設計が可能といった特徴があります。先ほども例に挙げた、「リアルとバーチャルの融合」のほか、新しいビジネスを作り上げることにもチャレンジしていきたいと考えています。
既存の他のプロリーグ等では、新しいビジネスを作り上げていくことには時間や調整の労力を多分に要する印象ですが、われわれはゼロからチャレンジできる環境を生かし、そのような環境に興味を持ってくださるビジネスパートナーを募り、ともに世の中に新しい価値を創り上げ、それを多くのステークホルダーに還元していくことに取り組んでいきたいと考えています。
大野:まずはモータースポーツを見る方や応援する方を増やしていくことがファーストステップになります。スポーツイノベーションスタジオの取り組みを通じて、モータースポーツの魅力を伝える取り組みや、トップを輝かせる取り組みができる企業さんと出会えたらうれしいですし、良い成果を上げられるようにオープンイノベーションに挑戦していきます。
<了>
本プログラムは、スポーツ庁の令和5年度「スポーツオープンイノベーション推進事業(スポーツオープンイノベーションプラットフォーム(SOIP)の基盤形成)」において、SOIP 構築の推進を目的とし、スポーツ庁とスクラムスタジオが共同で推進している。スポーツビジネスを拡張させる共創プログラム「SPORTS INNOVATION STUDIO オープンイノベーション」とスポーツの新たな可能性に光を当てるアワード「SPORTSINNOVATION STUDIO コンテスト」からなる。
▼詳細はこちら
https://sports-innovation-studio.com/
伝説の元F1レーサー・現チームオーナー鈴木亜久里が語る、日本モータースポーツの現在地と未来
「フットサルとモータースポーツに、イノベーションを」スポーツ庁とスクラムスタジオが取り組むスポーツの拡張
[PROFILE]
大野光一(おおの・こういち)
JAF モータースポーツ部 モータースポーツ振興・業務推進プロジェクトチームマネージャー。2002年入社。ロードサービス隊に配属ののち、モータースポーツ局で3年半、スピード競技、ラリーを担当。その後、総合案内サービスセンターにて業務集約を担当、会員部マーケティング課主管、エージェンシープロモーション課主管を経て、2021年にモータースポーツ部スポーツ課主管として着任。Covid-19感染拡大の中、モータースポーツ競技会における外国籍ドライバー等の入国に関する水際対策を担当。2023年より現職。モータースポーツ全般の振興および社内業務システム構築プロジェクトを担当している。
里崎慎(さとざき・しん)
2009年に有限責任監査法人トーマツよりDTFAに転籍し、主に非営利法人の運営アドバイザリー業務に従事。2015年4月より立ち上がったデロイトトーマツ内のスポーツビジネスグループの設立発起人。一般社団法人日本野球機構(NPB)の業務改革支援や、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の組織再編支援業務にプロジェクトマネージャーとして関与。公益財団法人日本サッカー協会(JFA)のガバナンス・コンプライアンス体制検討支援業務にも関与。
[筆者PROFILE]
清野修平(きよのしゅうへい)
新卒でJリーグクラブに入社し、広報担当として広報業務のほか、SNSやサイト運営など一部デジタルマーケティング分野を担当。現在は広義のスポーツ領域でクリエイティブとプロモーション事業を展開する株式会社セイカダイにて、マーケティング支援やコンテンツ制作のプロデュースを担当している。
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