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「ドル箱」ゆえの不正も 理想モデル・アメリカNCAAが抱える矛盾と葛藤
昨今、日本のスポーツ界ではさまざまな問題が噴出し、改革が叫ばれるようになった。大学スポーツにおいてはその旗振り役として、ことし3月、スポーツ庁により大学スポーツ協会(UNIVAS)が設置された。そのモデルとなった存在が、アメリカのNCAA(全米大学体育協会)だ。
“NCAA”という言葉を耳にしたことのあるスポーツファンは少なくないだろう。日本の大学スポーツ界が進むべき理想形として語られることの多いこの組織だが、その実情はあまり知られているとはいえない。
そこで、アメリカのスポーツ事情に精通している現地在住ライターの谷口輝世子氏に、“本家”NCAAが抱えている問題や実態、矛盾と葛藤について執筆していただいた。
(文=谷口輝世子、写真=Getty Images)
日本版NCAA「UNIVAS」が設立された背景を振り返る
今から1年前、アメリカンフットボールの日本大学と関西学院大学の試合で、日大の選手が関学大の選手に悪質なタックルをして負傷させたニュースに注目が集まった。関東学生アメリカンフットボール連盟は2018年5月下旬に臨時理事会を開き、悪質なタックルは日大の内田正人元監督と井上奨元コーチの指示だったと認定し、2人を除名処分。タックルをした宮川泰介選手と、日大アメフト部には2018年度シーズンの公式戦の出場資格停止処分が科された。(その後、宮川選手に対する明確な指示は認められなかったとして、内田元監督と井上元コーチの起訴は見送られた)
ことし2019年3月、大学スポーツ協会(UNIVAS)が設立されたが、当時日本の大学スポーツには、全体を統括する組織がなかった。各大学にも、一部を除いて運動部を統括する組織がない。これまで運動部活動は、学生の自主的な課外活動とみなされており、運動部側も大学からの管理を望んでいなかったからだろう。日大と関学大の試合で、悪質なタックルが起こった時、どこが対応の窓口になるか、誰が処分をするのか、処分の内容はどの程度が適切なのか、誰もがわかる明確なガイドラインが存在せず、そのことが問題をより混乱へと導いた。
米国の大学スポーツをまとめる「NCAA」とは
米国には、全米に約2300ある大学のうち、1117校(2019年現在)が加盟するNCAA(全米大学体育協会)という大学運動部を統括する組織がある。日本のUNIVASが設立に際して参考にしたのも、このNCAAだ。日本の大学スポーツ界が今後どうなっていくのかを考察する上で、このNCAAの現状を知ることは重要となるだろう。
NCAAをおおまかに分解すると、以下のようになる。
NCAAは1部、2部、3部に分かれている。そして、リーグに相当するカンファレンスがあり、各大学はそのカンファレンスに属して争う。各カンファレンスにはコミッショナーがいて、カンファレンスの代表者らがNCAAの理事のメンバーになっている。NCAAの内規では、大学学長が大学で行われたすべてのスポーツの責任を取ることが示されている。カンファレンスやNCAAに送る学校側の代表者も学長が任命しているケースが多い。この学校側の代表者は学生選手の学業などを監視している。しかし、実際に運動部を管理しているのは、各大学のアスレチックディレクターだ。アスレチックディレクターは、全運動部を統括する役職で、運動部の監督の採用を決める人事権などを持っている。NCAAの実情は、カンファレンスの代表、各大学のアスレチックディレクター、各運動部のヘッドコーチ(監督)から成る業界団体に近いといわれている。
NCAA1部は、10代から20代にかけての若いアスリートにとっては優れた競技環境だといえる。「数年前からNCAA1部に留学生選手が増えている」という報告があり、例えば、スウェーデンの10代後半のアイスホッケー選手たちは母国の上位リーグでプレーすると、スケジュールの都合などから学業との両立は困難なのだという。一方で米国の大学ならば、学業をしながら、高いレベルでアイスホッケーができ、NHL(北米プロアイスホッケーリーグ)のスカウトの目もあるというメリットがある。このような考え方は他の競技でも同様に広がっているようだ。
ただ、米国の大学運動部でも問題は発生する。
決して万能ではない“本家”NCAAの実態
昨年2018年の11月に、ミシシッピ州立大学とミシシッピ大学のアメリカンフットボールの試合で、乱闘が起こった。この時には、両校が属するサウスイースタンカンファレンスの事務局とコミッショナーが声明を発表した。出場停止処分はなかったが、同カンファレンスの事務局とコミッショナーが、両大学のアスレチックディレクターを招集し、改善を求めた。
また、2009年にはニューメキシコ大学の女子サッカー選手が、相手選手の髪を引っ張って倒すという反則を繰り返したことがあった。このトラブルにおいては、悪質な反則行為をした選手は誰なのかがはっきりしており、日大アメフト部の事件のように監督やコーチの指示でもなかった。ニューメキシコ大学は、学内の規則に照らし合わせて、この選手に出場停止処分を科した。カンファレンスのコミッショナーに、当該選手の処分について報告し、コミッショナーが大学による処分を支持して終了した。
他にも、NCAAの規則に違反して、競技優秀者に与える奨学金(スカラーシップ)の不正支給が発覚したり、高校生選手を規則違反してリクルートした場合などには、告発をもとにNCAAが調査をする。
このように書くと、NCAAや米国の大学のシステムはとても優れているように見える。だが一方で、こうしたシステムが必ずしもすべて機能しているとは限らない。NCAAのアメリカンフットボールや男子バスケットボールは人気があり、大学スポーツの収入源だ。そのため、お金を生む強力なコンテンツを守ろうとするがゆえに、実績のある運動部のヘッドコーチや選手の不祥事を故意に見過ごし、違反の報告を受けても調査が甘くなる傾向がある。
NCAAが誕生したのは、今から100年以上も前のこと。そのきっかけは、大学のアメリカンフットボールにおいて暴力的なプレーが多発し、1890年から1905年までに約300人が死亡したといわれている。そこで、セオドア・ルーズベルト大統領が有力大学の代表者を集め、ルールの改正や、適切な運営と管理を求めた。そして、1905年にNCAAの前身であるIAAUSという組織が設立され、1910年に名称を改め現在のNCAAとなった。
NCAAは最初から一枚岩だったわけではない。IAAUSの設立時は38大学でスタートした。その際、ルーズベルト大統領に呼ばれたハーバード大学、イェール大学、プリンストン大学などは加盟していなかった。理由は、他の大学に主導権を握られるのを嫌ったからだ。同様に、日本でもUNIVASへの参加を見合わせている大学もあるようだが、創成期にはありがちなことだろう。1950年ごろまでのNCAAは、加盟校と財源を増やすため、現在のような強固な規則ではなく、各大学にガイドラインを示しているだけだった。
しかし、ガイドラインを示したにもかかわらず、各大学の競争は過熱し、学生選手にまとまったお金を渡したりするようなことが頻繁に起こったという。この過熱に歯止めをかけるために、NCAAは、1960年代から1970年代にかけて、アマチュア主義の堅持と、「学生選手」だという理念を押し出すようになった。あくまでも学生であり、大学運動部は教育プログラムの重要な一つの構成部分として維持されるべきであり、選手は一般学生の一員であるべきだとした。つまり、競技者である前に、大学生であるということだ。優秀な選手たちには「裏金」ではなく授業料を免除する奨学金制度の形をとり、一定の学力を求めるようになった。
このように、NCAAはもともと、暴力的なプレーを管理するために作られた。アマチュア主義と学生選手という理念は、大学スポーツの商業化と勝利至上主義に歯止めをかけるものとして生まれた。ところが、皮肉な状態にもなっている。NCAAが規則を強化し、組織化し、大学スポーツを統括することによって、大学スポーツのテレビ放映権契約においても大きな力を持つようになったからだ。
かつてNCAAは、各大学やカンファレンスが、アメリカンフットボールのテレビ中継を、独自に契約をすることを禁じていた。1984年にオクラホマ大学が、これを反トラスト法違反だと訴えたことで、それ以降はカンファレンスごとに放映権の契約を結ぶことができ、カンファレンスを通じて各大学に分配するようになった。ところが現在も、男子バスケットボールのトーナメントのように優秀な大学生選手が出場する大会についてはNCAAが窓口になって、独占的に放映権契約を結んでいる。
テレビ局が大学スポーツを放映したい場合、NCAAから放映権を買うしかない。放映権料は高騰し、それによってヘッドコーチらの給与も巨額になった。メジャーリーグやNFL(米プロアメリカンフットボールリーグ)などのプロスポーツでも同じ構図だ。ただし、メジャーリーグやNFLがリーグやチームの収益に応じて選手の年俸も上がってきたのに対し、NCAAでは、選手はアマチュアであるため、金銭支援は奨学金の支給だけである。
「アマチュア選手」であり「大学生」である――葛藤と問題
選手たちはあくまでも学生であることを強調して、アマチュア主義や学業優先のルールがあっても、規則違反は少なからず起こる。他の大学よりも優位に立とうとすれば、規則や合意事項を破るのが手っ取り早いからだ。勝つことは人気につながり、人気は収入につながる。そのため、大学の単位を取るために選手に代わってコーチが宿題をやったことなど、規則違反とそのカラクリが頻繁に報じられている現状がある。
多くの米国人は、学業がおろそかになるケースや、選手たちがプロ選手であるかのように競技をしている問題について知っている。プロのように競技に取り組んでいる学生選手たちが奨学金しか得ていないことを、「搾取」と指摘する声も多い。
NCAAでも選手たちがしっかりと単位を取得しているか、一般学生と比べて卒業率が低くなっていないかなどの調査はされている。しかし問題点というのは、試合への熱狂や、勝利の追求、勝利が生み出すお金の力によってかき消されてしまいがちだ。
以前、ある米国人ジャーナリストが恐怖体験をつづっていた。ある大学アメリカンフットボール部の不正を暴こうとしたところ、熱狂的なファンたちから嫌がらせの電子メールや、取材するために滞在していたホテルに「今すぐに取材をやめて、街から出ていけ」という脅迫の電話がかかってきたという。
NCAAについて「高い競技レベル、優れたトレーニング環境、プロへの道を提供し、さらに学業の権利も保障するところである」と考えるならば、とても優れているといえる。しかし、あくまでも学業を本分とする学生が、アマチュアとして競技をする場だと考えると、ゆがみも浮かび上がってくる。
NCAAの理念と、NCAAと加盟校が利益と勝利を求める姿勢は、いつも綱引きをしているかのようだ。NCAAという組織は、このようにあらゆる葛藤を抱えているが、その中にいる大学生のトップアスリートたちは、規則によるさまざまな縛りを受けながらも、NCAAでしか得られない、特別な競技生活を送っているようにも見受けられる。
参考文献
『アメリカの大学スポーツ 腐敗の構図と改革への道』(ジェラルド・ガーニー、ドナ・ロビアノ、アンドリュー・ジンバリスト著 富田由紀夫訳 玉川大学出版部)
<了>
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