“ニューリッチ”が世界を席巻 最高峰チャンピオンズリーグで働く男が語る新時代2つの変化
サッカー界は大きな変化の時にある。昨日までの常識が、明日にも通用しなくなる、そんな時代が訪れようとしている。
「日本サッカーにとって重要なのは、今後の『変化』に備えること」
サッカー世界最高峰の舞台、UEFA チャンピオンズリーグに関わる初のアジア人、岡部恭英氏が、世界のサッカー界に起きている現象を、2つのキーワードでひも解く。
(文=岡部恭英、撮影=野口学)
サッカー界の「ピッチ外」で起こっている2つのキーワード
ついに、UEFAチャンピオンズリーグ(UCL)とUEFAヨーロッパリーグ(UEL)の準決勝も終わり、決勝カードが決まりました。UCLがリバプールとトッテナム・ホットスパー、UELがチェルシーとアーセナルの顔合わせとなり、創設以来、初めて両方の決勝でイングランド・プレミアリーグ所属クラブ同士の対決となり、まさに「プレミア一人勝ち」といえるシーズンとなりました。
しかし、このプレミアリーグ決勝対決は、UCLにおいては、2008年モスクワ決勝以来、11年ぶりのことになります。その後の10年間は、スペインのレアル・マドリードとバルセロナで合計7回の優勝を数え、「ラ・リーガ一人勝ち」状態でした。サッカー界も、「On the pitch(ピッチ内)」では、盛者必衰の法則が当てはまるようです。
それでは、サッカー界の「Off the pitch(ピッチ外)」では、いま何が起こっているのか? ビジネスにおける「パラダイムシフト」と、政治における「Multi-polar(多極化)」。この2つのキーワードを紹介したいと思います。
テレビ、メディア業界の劇的な変化による「パラダイムシフト」
ここ数十年の欧州サッカーやアメリカの4大スポーツのビジネス急拡大を支えた主な要因は、「テレビ放映権の高騰」です。
しかし、その右肩上がりであった状況に、変化の兆しが表れました。欧州サッカーリーグで最も高い金額で取り引きされ続けてきたプレミアリーグのテレビ放映権料が、直近の入札で、リーグ創設以来、初めて前回契約より額が下がりました。
理由は、いろいろ考えられますが、一つには「パラダイムシフト」が考えられます。有料テレビ放送局の成長とともに、右肩上がりで高騰していったテレビ放映権。しかし、インターネット、スマホ、SNS(ソーシャルメディア)の急速な普及とともに、「消費者の視聴習慣」が劇的に変わり、旧態依然としたテレビ業界のビジネスモデルにも変化が急務となっているのです。
「テレビ放映権料の高騰」に支えられて、急速に成長してきたサッカービジネスですので、テレビ業界、ひいてはメディア業界が変遷を遂げているのであれば、サッカー界も変化に適応していく必要があります。まさに、ダーウィンの「自然淘汰説」の世界です。
メディア業界の今後のさらなる変化、そしてその変化に対するサッカー界の適応力とスピード。今後も、サッカーから目が離せません!
ニューリッチの著しい台頭による「多極化」
上記は、サッカー界の「ビジネス」の話ですが、サッカー界の「政治」においても、変化が見られます。
一言でいうと、「Multi-polar(多極化)」でしょうか……。
もともと、栄華を極める欧州サッカー界において、サッカークラブのオーナーは欧州人で占められていました。しかし、グローバリゼーションが進み、世界の政治・経済において、オールドリッチである欧州からニューリッチ(米国、アジア、中東、ロシアなどの新興国)へのパワーシフトが起こったのと同様に、サッカー界においてもニューリッチの台頭が著しくなっています。
最もグローバリゼーションの進んでいるプレミアリーグがいい例ですが、クラブのオーナーの多くは外国人で、英国人オーナーは少数派となっています。今年のUCL決勝にコマを進めたリバプールのオーナーは、アメリカ人。今季は6位と低迷しましたが世界有数の人気を誇る名門マンチェスター・ユナイテッドも、アメリカ人。今年のプレミアリーグを制したマンチェスター・シティは、アブダビ王族。UEL決勝にコマを進めたアーセナルは、アメリカ人で、チェルシーは、ロシア人。
他の有名な欧州クラブでも、フランスの都パリのPSG(パリ・サンジェルマン)は、カタールの政府系ファンド。イタリアのインテルは、大手中国企業・蘇寧電器。いきすぎた投資を懸念する中国政府による行政指導で、最近は投資熱が鎮火していますが、それでも中国人による欧州クラブの買収はものすごいものがあります。マンチェスター・シティの株式も13%所有していますし、欧州中に多くのクラブを所有しています。(少し古い資料ですが、下記の図をご覧ください)

(引用:reddit.com)
チャイナパワーがスポーツ界を席巻 国内80兆円市場に欧州サッカーへの投資
チャイナマネーが世界のスポーツ&サッカー界を席巻するようになった事の始まりは、「2025年までに、スポーツ産業を約80兆円へと成長させる」(2012年度実績の約16倍!)という、中国政府による2014年の宣言です。共産主義の中国においては、中央政府の経済計画発表の後、そのガイドラインに従って各地方政府による計画が続くのが習わしだが、その計画を全て合わせると、既に80兆円を優に超えているようです……。周知の事実のように、習近平国家主席がサッカー好きということもあって、急激な勢いで資金と人財がサッカーをはじめとするスポーツ界に流れ込んでおり、まさに世界のスポーツ界にとって目の離せない場所となっています。
上記の蘇寧電器が所有するスポーツマーケティング会社CSMは、CSL(中国スーパーリーグ)放映権を獲得しましたが、その額、その前の放映権料の実に30倍以上、5年合計で約1500億円。最近、再交渉で数字が下がりましたが、アジアで最もプロフェッショナルに運営されているJリーグの放映権料よりも単年ベースで高い金額だったのです。
最近では、AFC(アジアサッカー連盟)のマーケティング権利も、中国企業であるDDMCが獲得しました。上記のように、中国政府による行政指導で、直近では投資熱が鎮火していますが、欧州サッカーに幅広く入り込んでいるチャイナマネーの今後に目が離せません。
それでは、中国、アメリカ、ロシア、アラブなどの富豪がクラブオーナーになることと、2つ目のキーワード「多極化」に何の関連性があるのでしょうか?
求められるフットボール新時代「変化」への備え
その関連性を述べるのに、大事な前提となるのが、欧州サッカー成り立ちの歴史的背景からくる構造です。
リーグがそのスポーツのトップに君臨して、各都市にチームのフランチャイズ権を与える「トップダウン型」の米国4大スポーツと、欧州サッカーの構造は、まるっきり異なります。古いものになれば数百年前にもさかのぼり、教会、学校、工場などを起源とするクラブがまず先に生まれ、その後、各国リーグ、欧州サッカー連盟(UEFA)とつくられていった歴史的背景からも明白ですが、欧州サッカーの構造は「ボトムアップ型」で、クラブが強いのです。
政治力の強いクラブ(特に名門クラブ)のオーナーが、欧州人ではなく、外国人ばかりになると、当然のごとく、今まで欧州で常識とされていた大会方式・マネジメント・運営に対する風当たりが強くなります。良い意味でも悪い意味でも、既存の大会やリーグに、さらなる成長を求め、イノベーションを要求してくるわけです。
「多極化」は、サッカー界のパラダイムシフトにつながる可能性があります。国際サッカー連盟(FIFA)を頂点とするサッカー界は、長らく欧州と南米の2強によって支配されており、ピラミッドのトップに位置するFIFA会長職も、歴史上、欧州人と南米人によって独占されてきました。ある意味、欧州と南米以外は、サッカー界においては、第三諸国だったのです……。しかし、第三諸国のニューリッチが、サッカーのメッカ、欧州サッカーの起源であるクラブを多く所有する「多極化」により、サッカー界に新たなパワーバランスが生まれつつあるのです。
オーナー(リーダー)が変われば大きく変わるのは政財界だけではありません。サッカー界も同様です。どのような変革が起こるのかは、私も現時点ではわかりませんが、アジアや日本サッカーにとって重要なのは、サッカー関係者が、人脈を生かして多くの鮮度の高いインテリジェンス(機密情報)を得て、頭をフル回転させて現状を分析し、今後の「変化」に備えることだと思います。
前例踏襲主義や過去の成功事例を模倣するのではなく、大局を見据え、今後の「変化」に備えるビジョンと計画が、より重要になってくるはずです。
まさに、アメリカ大統領であったジョン・F・ケネディー(JFK)の名言を思い出します。
“Change is the law of life. And those who look only to the past or the present are certain to miss the future.”
(変化は、生命の法則である。過去や現在しか見ない者は、未来において必ず失敗するであろう」
日本サッカーの明るい将来のため、未来を見据えて、頑張りましょう!
<了>
PROFILE
岡部恭英(おかべ・やすひで)
1972年生まれ。サッカー世界最高峰のUEFA チャンピオンズリーグに関わる初のアジア人。UEFA(欧州サッカー連盟)専属マーケティング代理店「TEAM マーケティング」のテレビ放映権/ スポンサーシップ営業 アジア・パシフィック地域統括責任者。慶應義塾体育会ソッカー部出身。ケンブリッジ大学MBA 取得。スイス在住。夢は「日本でワールドカップを再開催して、日本代表が優勝!」。
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