
なぜ豪州代表を選んだのか? 「自分の力で環境を変える」ラクロス山田幸代の「マイナースポーツ普及論」
日本ではまだまだマイナースポーツである競技の一つ「ラクロス」。先日11月16日に、国内で3回目となる国際大会「WORLD CROSSE 2019」が開催されたが、主催者である山田幸代は、日本初のプロラクロス選手として競技の普及のため精力的に活動を続けている。マイナースポーツを普及していくことというのは、そう簡単なことではない。日本の女性アスリート界の“お母ちゃん”として多くのアスリートたちから慕われているラクロス界のレジェンドが、高い壁に立ち向かい続けられる精神や、大切にしている想いとは――
(インタビュー・構成=田中滋、撮影=軍記ひろし)
オーストラリア代表に挑んだ理由は、日本の子どもたちのため
山田さんが代表取締役を務める会社「LITTLE SUNFLOWER」という社名には、どういう思いが込められているのですか?
山田:小さなヒマワリがどんどん大きくなってほしいという思いもありますし、ヒマワリはみんなが同じ方向を向いて育っていく。そういう意味もあって、とても好きな花だからです。あとは、「よし、会社を興そう」と思った時に、当時オーストラリアにいた際にメルボルンでよく行っていたカフェの名前からもらいました。会社を立ち上げたのは「ラクロスを普及したい」と口で言っているだけでなく、行動で自分の本気度を示したい、という気持ちからです。当時は、オーストラリア代表選手になるためにメルボルンに住んでいて、自分の年齢も33歳、34歳になろうという時でした。このままプレーを続けることで残せるものがあるのかを突きつけられた時期でもありましたし、自分の夢に向かって次のステップを踏み出さないといけない時期でもあったので、大学院を卒業することと会社を興すことを決意しました。
何度も選ばれてきた日本代表ではなく、オーストラリア代表を目指された理由は?
山田:日本人ラクロス選手に、世界のトップを見た人が一人でもいれば、それを持って帰ってきて日本を強くすることができるんじゃないかと思ったからです。私がオーストラリアのリーグに入れてもらった時、初めは“お客さん”扱いでした。パスが回ってこないこともありましたけど、そもそもオーストラリアの選手たちも自分たちが実力で抜かされることはないだろうとタカをくくっていたので、いじめられるようなこともありませんでした。でも、私が同じくらいのレベルでプレーできるようになってきて、自分のポジションが奪われるんじゃないかという危機感を抱いた時、彼女たちの目の色が変わり、態度や接し方も変わりました。そこまで到達しなければ、世界と本気の勝負ができないことを強く実感しましたね。日本代表の一員としてオーストラリア代表と試合をしても、良い試合をすることはできるんです。でも、その人たちの目の色が変えさせることは残念ながらできませんでした。だから、本物の目をした人たちの中でラクロスをすることこそが、世界のラクロスのてっぺんを知ることだと思い、日本代表でトップを目指すのではなく、オーストラリア代表としてトップを知って、それを日本に還元することを目標にしました。そうすることで日本のレベルを上げて、メダルに近づけることができれば、日本の子どもたちのための環境も整えてあげることができる。それが、オーストラリア代表にチャレンジした理由です。
たぶん、私はシンプルなんだと思います。何に向かっていくのかを、あまり迷うことなく進んでいます。かなえたいことを実現する方法を知りたいと思うだけで、自分の行動はすごくシンプルなんです。だから、オーストラリア代表を目指したのも「日本を強くしたい。強い日本を子どもたちに見てもらったら、きっとラクロスをやりたいと思ってくれるはず。じゃあてっぺんを見てこよう」という順序をたどっただけです。
何かを変えようとする時に大切なこと
目標をクリアしていく過程で、壁にぶち当たった時はどうしているのですか?
山田:寝ます(笑)。でも、壁に当たった時は少し戻って、越えられる壁なのかそうでないのかを見て、越えられない壁なら少し道を変えてみる。そうしたらいつの間にか壁を越えていたこともあります。「越えるぞ!」と思って全精力をそこに傾ける時というのは壁しか見えなくなりがちですが、「なにくそ」と越えるんじゃなくて、越え方を変える。すると、あとからその高い壁を越えていることに気づくこともよくあります。
具体的にはどうするのですか?
山田:自分だけで解決できない、わからないことは人に聞きます。人と話すことで得られることや学べることはものすごく多いからです。マイナースポーツと呼ばれる競技は日本にもたくさんあり、競技をしている人たちは誰もが自分の競技を普及したい、もっと広まってほしいと思っているはずです。でも、そのために何をすべきか、自分の競技の中だけにとどまっていたらなかなか見えてこない。私はサッカー日本女子代表のなでしこジャパンの選手とも仲良くさせてもらっていたり、ラグビー日本代表の田中史朗とも大学の後輩なのでよく話をするのですが、そうした方々と話している中で気づいたことが一つありました。
田中選手は、前回のラグビーワールドカップ2015で南アフリカを倒した時から、「ラグビー人気に火がついた時、自分たちは何ができるのか考えないといけない」と言い続けていました。それは、自分たちの中でラグビーはマイナースポーツだという認識があったからだと思います。でも、なでしこジャパンの近賀ゆかり選手と話した時に「一つ後悔してることがある」と言っていて。2011年のFIFA女子ワールドカップで初めて日本が優勝した時に「誰かがやってくれるだろう」というスタンスで、チャンスが来た時に「自分たちは何ができるのかを考えなかった」と教えてくれました。2人の言葉は私の中で強く残っていて、ラクロスをどうにかしたいなら一歩でも進んでいかなければいけないと強く思いました。
そのためには、自分たちの立場をわきまえなければならないし、何かを変えようとする時は自分たちが置かれている現状を正しく認識しないといけない。だから、わからなかったら人に聞く、という行為は私の中ですごく大切にしています。
やりたいことがあっても、なかなか飛び込んでいけない人のほうが多いですが、その一歩を踏み出せるのは「知りたい」という欲求があるからですか?
山田:確かに頭の中にハテナはたくさん持っているかもしれませんね。そういう時でも、「何が問題なんですかね」と聞いてしまうこともあります。知らないことは知りたいし。
マイナースポーツを普及促進していく上で必要な精神とは
現在日本ではプロリーグがないラクロスですが、山田さんはプロラクロス選手という立場を確立してきました。他のマイナースポーツの選手から「どうやってスポンサーを獲得したのか」などの相談を受けたりしますか?
山田:はい。私はアスリート仲間の中で「お母さん」とか「母ちゃん」と呼ばれているので、アドバイスすることはありますね。例えばスポンサーさんのことや、どうやったら競技で生活できるのか、と聞かれたら、「自分の中でブレない何かをつくるべき」と答えています。誰かに見つけてもらうのではなく、自分で環境をつくっていくことがマイナースポーツの世界では大事だと思うので、行動すること、伝えることはすごく大事だと伝えています。
待っていても、環境は何も変わらないと。山田:そうですね。あとは常にアンテナを張っておかないといけないと思います。実は近くにチャンスが転がっているのに、それに気づかず過ごしてしまう時間はとてももったいないので、いろいろな人に会って、たくさんの時間を過ごすことが大切。それはスポーツ界だけの話ではないはず。
それから、自分自身が子どもの頃から親の教育方針で癖づけられてきたことなのですが、目の前の人に何かをしてもらったら、自分は何を返せるんだろうって考えるようにしています。そうすると、良かれと思ってやったことが実は違うこともある、ということに気づくことができるんです。何かをしてもらって「ありがとうございました」で終わってしまうと、その先に繋がらない。自分が「お願いします」と頭を下げてスポンサーになっていただいた企業さんには、常に自分が何を返せるのか考えています。人として、それは大切なことだと思うんです。
それはマイナースポーツを普及促進していく上で、ものすごく必要な精神かもしれませんね。
山田:そうですね。学ぶことを楽しいと思えるのは、マイナースポーツだからこそかもしれません。とあるスポーツで、日本代表に選ばれたのに世界基準を満たしていなくて代表資格を得られないという事件がありましたけど、それは選手自身がその大会に出たいのなら自分自身で調べておくべきだし、結局はそういう「知りたい」という気持ちが少ないから起きてしまう悲劇だと思います。能動的に情報を得る姿勢があれば、そうしたことは起きないはずです。自分がどうしてもやりたいことがあるならば、どういうルールが存在して、何を満たすことができればチャレンジできるのか調べるべきです。
そういう“学ぶ姿勢”をメジャースポーツの選手が持っていたら、その世界でトップ・オブ・トップになれるんじゃないかと思います。環境に甘んじることなく、自分がやりたいことにチャレンジするのであれば、知りたいと思わないといけないし、知らなければいけない。それは他人任せではなく、自分の力でやるべきことです。それはマイナースポーツをやってきたからこそ、強く感じます。
怪我をしたサッカー選手が国立スポーツ科学センターでマイナースポーツの選手と一緒にリハビリをすると、すごく学びを得るという話もよく聞きます。
山田:そういう出会いから、知らなかったことを知るというのは素敵ですよね。アスリートは良くも悪くもさまざまな人と出会える機会が多いと思うので、それをラッキーだと思ってほしいですね。その中で、出会いが自分を成長させてくれていることに気づけるかどうかは、アスリートとして成長する上でもすごく大きなことだと思います。選手たちは常にそう考えていてほしいですね……って、お母さんみたいでしょ(笑)。
非難があっても続けていくことで「文化」になる
女性アスリート同士で、女性ならではのトークをしたりもするんですか?
山田:女性にとって、結婚や体のことからは逃げることはできません。やっぱり現役でいられる時間は限られているので、その時間をどれだけ密度濃くできるかは、女性アスリートに掲げられた課題だと思います。
つい先日は、女性アスリートの容姿やメイクについて取り沙汰されました。
山田:放っておいてほしいですよね。自分のやりたいようにやればいいはず。ラクロスでもしっかりメイクしてプレーする選手がアメリカにはいますが、それは個人の自由ですし、それが問題になってしまうこと自体がおかしいと感じます。そんな意見で左右される必要はないと思います。(話題となった高梨沙羅選手の)スキージャンプは人と接触するスポーツではないので、プレー中に他の選手にメイクが付いてしまうこともありません。あくまで自分との戦いの中で、メイクをすることで気合いが入るのならアスリートとしてすごく正しい選択だと思いますし、モチベーションが上がる一つの理由になるのならいいと思います。それなのに、人の意見によってメイクを落とさなければいけなくなるのなら、「なんでそんなことを言うの?」と周りの人たちが言い出した人に注意すべきではないかと。
サッカー選手がヘアバンドをし始めた時にも、非難の声もありましたけど、今ではもう普通になりましたよね。文化をつくるという意味では、非難があっても続けていくことで文化になることもあります。それで文化というものは動いていくと思います。
最後に、ラクロスを普及する上でどういう部分が日本人の心に刺さると思いますか?
山田:やっぱりラクロスはファッショナブルなスポーツだと思います。競技として追求していく面はもちろんあるのですが、「ラクロスってかっこいい」「ラクロスってかわいいよね」というイメージは残していきたいです。あと、子どもたちに教える時に必ず伝えるのですが、ラクロスは海外がすごく近く感じるスポーツです。日本ラクロス協会が打ち出して、私たちラクロスに携わる人たちが共有しているワードに「LACROSSE MAKES FRIENDS」というものがあります。これは世界に出ても同じ精神があって、世界中に友だちをつくっていくことはラクロスだからこそできることだと感じます。ラクロスを通じてその先を見ようということは、伝えていきたいことの一つです。先日行われたラグビーワールドカップ2019によって、ラグビーにはノーサイドの精神が息づいていることが日本中に広まったと思いますが、どのスポーツにも同じような精神はあると思います。
<了>
山田幸代(やまだ・さちよ)
1982年8月18日生まれ、滋賀県出身。中高生時代はバスケットボール部に所属し、京都産業大学進学後にラクロスを始め、年代別の日本代表選出、関西リーグ得点王、ベスト12、MVP受賞。2005年には日本代表としてワールドカップに出場し、5位入賞に貢献。同年、某大手通信会社に就職し仕事と両立して活動していたが、2007年9月にプロ宣言し、現在は日本初のプロラクロス選手として競技の普及にも尽力しながら活躍中。2017年にはラクロスワールドカップ、ワールドゲームズにオーストラリア代表として出場し、アジア人初となる世界大会銅メダルを獲得。「WORLD CROSSE 2019」を主催する株式会社Little Sunflowerの代表取締役。
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