
3.11の「醜態」を教訓に! 新型コロナ対策でプロ野球界に求められる球団の利害を超えた対応
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がスポーツ界にも大きな影響を与えている。Jリーグ、Bリーグなどに続き、NPB(日本野球機構)も26日以降のオープン戦を無観客試合とすることを発表した。スポーツライターの広尾晃氏は、“国難”とも呼べる現在の状況に際し、東日本大震災時の苦い記憶がよみがえったという。現時点では延期の対応で足並みをそろえている日本野球界。今後さらなる決断を求められた際に「あるべき姿」とはどんな姿なのか?
(文=広尾晃、写真=Getty Images)
延期の対応を迫られた各リーグ
新型コロナウイルスの感染拡大は歯止めがかからない。私たちの生活にまで影響を及ぼしつつある。プロスポーツの興行も次々と中止や延期などが決まり始めている。
Jリーグは、2月25日に翌日に開催予定だったルヴァンカップの延期を発表。さらに、この日開かれた理事会では、3月15日までに開催予定のJ1~J3の全公式戦94試合の延期を決めた。
理事会後、会見した村井満チェアマンは「サッカーを楽しみにされている皆さまには申し訳ない思いもありますが、ある種の国難といってもいい状況で、ここは協力するという趣旨をお伝えしております」と語った。
日本プロ野球も26日に東京都内で12球団代表者会議を開催し、今後のオープン戦全72試合を無観客試合にすると決定。3月20日から始まる公式戦については、状況を見て今後、判断するとした。
会議は2時間以上かかったが、各球団からはさまざまな意見が出たようだ。オープン戦の興行収益は、球団にとっては決して小さくはない。本拠地での主催試合では1試合当たり少なくとも数千万円の売り上げがある。会議では「密閉されたドーム球場はともかく、屋外の試合はいいのではないか」という意見も出たと聞く。
しかしこの日、安倍晋三首相が「多数の方が集まる全国的なスポーツや文化イベントについて、今後2週間は中止や延期、規模縮小の対応を要請する」と表明したことが決定的だった。斉藤惇NPBコミッショナーは、「断腸の思い」としながらも「感染がこれ以上拡大すると、国難に陥りかねない。今はプロ野球が感染拡大を防ぐためにできることは何かということを考えた」とコメントした。
バスケットボール男子のBリーグ、日本ラグビーフットボール協会もジャパンラグビートップリーグの延期を発表するなど、ここまでのスポーツ団体の姿勢は「横並び」だといえよう。
しかし、3月20日から始まるペナントレースは、NPB球団にとっての「メイン事業」。入場料収入や球場内での物販収入は、各球団にとって主たる収入源となる。
一番やりたくないのは「無観客試合」ではないか。球場使用料などの経費が掛かる上に、放映権以外に収入は見込めない。無観客となれば、入場料収入も、スタジアムでの物販収入も「0」である。
経営サイドからは何としてもペナントレースだけは、観客を入れて通常通り実施したいという意見が出てくるだろう。中には強硬に通常開催を主張する球団も出てくるはずだ。
どうしても、というのなら延期にしたいところだが、それもなかなか厳しい。
プロ野球は6カ月、180日で143試合を消化する過密日程だ。しかも今年は、東京オリンピックに配慮して、ペナントレースを7月21日から8月13日まで中断することが決まっている。日程のやりくりが付かず、延期ではなく打ち切りになる可能性も出てくるだろう。
この決断に際して、NPB、そして各球団は「プロ野球の見識」を求められることになるだろう。
東日本大震災の“醜態”と“苦い記憶”
思い出すのは、2011年3月の東日本大震災時のプロ野球界の動きだ。
3月11日に発生した大震災では、東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠・仙台市も被災した。
パ・リーグの各球団やプロ野球選手会は、3月25日のシーズン開幕を延期すべきだと主張したが、巨人を中心とするセ・リーグは予定通りの開催を主張。巨人の渡邉恒雄球団会長(当時)は「終戦後、半年でプロ野球を再開した歴史もある」と、開催を強行しようとした。
セ・リーグ側の意向を受けて、当時の加藤良三コミッショナーはパ・リーグ各球団の説得に出向いた。本来であれば、大局を見て慎重策に傾いてしかるべきコミッショナーが、巨人のお先棒を担ぐような行動に出たことに批判の声も起こった。
しかし説得は不調。話し合いは決裂し、セ・リーグは3月25日、パ・リーグは4月12日と、両リーグの足並みが乱れる形で開幕することに一度は決まった。しかし、民主党政権下の節電啓発担当、蓮舫大臣からの強い要請を受けて、セ・リーグ開幕のわずか1日前、3月24日になってセ・パ両リーグが4月21日に同時開幕することが最終決定した。
この間のやり取りは、逐一メディアで報じられた。
一方、Jリーグは3月にはすでに公式戦が始まっていたが、3月12・13日に開催予定だったJ1、J2のすべての公式戦の中止した上で、14日には3月中のすべての試合の中止を決定。続いて3月22日には4月20日までの全試合を中止し、リーグ戦を4月23日から再開することが大東和美チェアマンの名前で発表された。この間、各クラブには一切の不協和音はなかった。
リーグ全体の決定事項に、各クラブが異を唱えるような文化はJリーグにはないのだ。
ガバナンス不在のNPB いまこそ勇気を持って決断を!
プロ野球のコミッショナーは、野球協約上は「日本プロフェッショナル野球組織を代表し、これを管理統制する」と規定され、プロ野球の最高権力者とされている。しかし、その権力が発動されたことはプロ野球史上ほとんどない。実質的には12球団の利益の調整役でしかない。コミッショナーが非常勤であることにもその地位の軽さが表れている。
ひとたび事件が起こって球団間の利害が対立する事態になると、コミッショナーは右往左往するだけで、12球団は己が利害を主張してきた歴史がある。
今回の事態でも、NPBが何らかの決定をする前に、巨人が2月29日と3月1日のヤクルトスワローズとのオープン戦(東京ドーム)を無観客で実施すると発表し、他球団に同様の対応を促す呼びかけを行った。無観客試合決定の是非はともかく、一球団がNPBの決定を待たずに動いた。要するにNPBのガバナンスは、依然として利いていないのだ。
当事者は気にも留めていなかっただろうが、2011年、東日本大震災時の開幕戦をめぐるごたごたは、日本のプロ野球球団が公益よりも私益を優先しているかのような悪いイメージを世間に与えた。
2009年、すでにセ・リーグ、パ・リーグは事務局を解体し、コミッショナーのもとに統合されたことになっていた。しかし、東日本大震災への対応で、両リーグ、各球団が利害をめぐってあからさまに対立したのだ。当時はプロ野球ファンからも「それに引き換えサッカーは」という声まで聞こえたのである。
楽天、嶋基宏選手会長(現ヤクルト)の「見せましょう、野球の底力を」という感動的なメッセージによって野球界は致命的なイメージダウンこそ免れたが、NPBと各球団の引き起こした混乱はまさに「醜態」と言っていいものだった。
1950年の2リーグ分立から、日本のプロ野球界では、公の会合で各球団が「うちの商売をどうしてくれる」と平気で言いつのるのが当たり前になっている。会議の場でライバル球団の足を引っ張るような発言も普通にあり、コミッショナーがリーダーシップを発揮して球団をまとめ、プロ野球界全体として危難に当たる、毅然とした姿勢を示したことはこれまでほとんどない。
昨年、NPBは2653万6962人という史上最多の観客を動員した。しかし一方で若年層を中心にした「野球離れ」は、もはや小手先の施策ではいかんともし難い状況になっている。
中体連の調べによれば、2010年から18年までの間に中学校の野球部員数は4割も減っている。プロ野球は、これから起こり得る“国難”ともいえる事態への対応を誤れば、国民、プロ野球ファンに不信を抱かせ、それが「野球離れ」を加速させることになりかねない。
26日のNPB発表では、斉藤コミッショナーが「プロ野球12球団および日本野球機構は、感染予防および拡散防止のために最大限の努力をして、2020年度プロ野球公式戦開幕に向けて準備を進めてまいります」と強い結束を強調した。今のところ渡邉恒雄氏の発言も聞こえてこない。
プロ野球は、政府の要請や他のスポーツの後追いで物事を決めるのではなく、「野球の未来のため」「子どもたちのため」、自らの利益を思い切って放擲して、率先して勇気ある態度を示してほしい。
<了>
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