
なぜ日米で逆の発想? CS削減とPO拡大の特例措置、コロナ禍で露わ「決定的な2つの違い」
熱戦の続くNPB(日本プロ野球)は現在、レギュラーシーズンの8割を消化し、MLB(メジャーリーグベースボール)はプレーオフの真っただ中で、今月末にはワールドチャンピオンが決定する。新型コロナウイルス感染拡大の影響で開幕が遅れ、レギュレーションの変更を余儀なくされたのは両者とも同様だったが、そのアプローチはまったく逆だった。クライマックスシリーズを削減して、レギュラーシーズンの試合数を確保したNPBと、レギュラーシーズンを大幅削減して、逆にポストシーズンを拡充させたMLB。日米でなぜこうした違いが生まれたのだろうか? 2つの視点で解説する。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
日本プロ野球はレギュラーシーズンの試合数確保を優先も、MLBはまったく逆
2020年、全世界を襲った新型コロナウイルスの脅威は、国、プロアマ問わずスポーツ界に大打撃を与えた。
それでも、各国のプロスポーツリーグは「withコロナ」を合言葉にさまざまな対策を講じながら、徐々に競技を再開。収束はまだ見えないものの、世界に少しずつスポーツが戻ってきている。
もちろん、完全な形ではない。試合数を減らしたり、無観客もしくは入場者数に制限をかけるなど、それぞれのリーグが独自の「基準」を設けて、コロナと向き合いながら運営している。
日本のプロ野球も予定より3カ月ほど遅い6月19日にレギュラーシーズンが開幕。当初は無観客での開催だったが、人数を制限しながら徐々に観客も入れつつ、シーズンを戦っている。
一方、海の向こうのMLBはNPBよりも1カ月以上遅い7月24日(日本時間)にレギュラーシーズンが開幕。NPB同様、開幕から無観客で試合を行っていたが、プレーオフのリーグチャンピオンシップシリーズから人数を制限して観客を動員している。
日米とも、コロナ禍によって日程は大きくずれ込み、無観客でスタートしながら徐々に入場制限を緩和させていくスタイルは同じだ。
しかし、シーズンそのもののレギュレーションの変更は、真逆といっていいアプローチを行っている。
MLBがポストシーズン削減どころか、逆に拡大した理由とは?
NPBはレギュラーシーズンの試合数を120試合確保し、当初予定していた143試合から23試合減にとどめた。それに対し、MLBのレギュラーシーズンはわずか60試合。予定通りであれば162試合行うはずだったので、実に102試合も削減したことになる。
一方、ポストシーズンについてはNPBがセ・リーグはクライマックスシリーズ(CS)を開催せず、パ・リーグも出場枠を3球団から2球団へ変更。日本シリーズは通常通り行われるが、CSの規模を縮小する選択をとった。
ここで興味深いのは、MLBがポストシーズンを削減するどころか、むしろ拡張したことだ。
MLBでは例年、各地区の優勝チーム3球団ずつと、ワイルドカードの2球団ずつ、両リーグ併せて10球団がプレーオフに出場してきたが、今季は各地区の2位球団までとワイルドカード2球団の合計16球団がプレーオフに進出。現在、MLBには30球団が所属しているが、今季はそのうちの半数以上がプレーオフに出場する権利を得たことになる。
コロナ禍で日程を縮小しなければいけなかったのは日米ともに同じだったが、そこでNPBは「レギュラーシーズンの試合数をなるべく確保し、ポストシーズンを削減」することを選び、MLBは「レギュラーシーズンを削減し、ポストシーズンはむしろ拡張する」という真逆の選択をした。
なぜ、日米でこれほどまでに違うアプローチがとられたのか――。
そこには、NPBとMLBのビジネスモデルの違いと、日米のプロスポーツ文化の差が大きく影響している。
NPBとMLBの収入構造の違いとは?
まずは、ビジネスモデルの違いからひも解いていこう。
端的にいってしまうと、NPBとMLBではリーグ・球団における収益の内訳が大きく異なる。NPBは観客動員によるチケット代と、それに付随するグッズや飲食の売り上げ(チームによってはスタジアムと収益を分配するケースもある)が収益の軸になっている。一方のMLBは観客動員そのものよりも、放映権料で巨額の収益を得ている。
市場の規模や選手の年俸などではMLBに大きく水をあけられているNPBだが、昨季の1試合平均観客動員数を見てほしい。
平均観客動員数(2019年)
NPB 3万929人
MLB 2万8339人
球団数が違うのでリーグ全体の動員数ではMLBに軍配が上がるが、1球団あたりの観客動員力ではNPBのほうが上をいく。チケット収入そのものは、チケット料金の違いでMLBのほうが上という事実もあるが、それでも「世界一」といわれるMLBよりも高い動員力を誇るのは、NPB12球団の経営努力のたまものだろう。
2004年に起きた球界再編騒動以降、12球団は積極的にファンサービスを展開。地上波でのテレビ放映の減少も相まって「球場に人を呼ぶ」ことをメイン戦略として経営を行ってきた。
筆者が編集を行っている雑誌では昨年まで、「12球団のファンクラブ担当者にインタビューする」という企画を連載していたが、どの球団も「まずは球場に足を運んでもらう」ことにプライオリティーを持って営業戦略を立てていた。
MLBの観客動員数は減少傾向。それでも収益は右肩上がり
一方のMLBはというと、もちろん観客動員による収益も莫大にはなるが、それ以上に巨額の放映権料をリーグ全体、各球団が得ている。
参考までに、現在MLBが放映権契約を結んでいる主なテレビ局と、その推定契約額(2021シーズンまで)を見てみよう。
ESPN:年間7億ドル
FOX:年間5億2500万ドル
Turner Broadcasting System:年間3億2500万ドル
上記3局だけで、MLBには年間15億5000万ドル、日本円にして約1627億円の放映権料が入る計算になる。
これ以外にも、日本のNHKなどの海外テレビ局や、球団ごとに地元のテレビ局と独自に放映権契約を結ぶケースもあり、その総額は天文学的な数字になる。
事実、昨季のMLBは観客動員が下落したにもかかわらず、年間で史上最高額となる107億ドルの収益を上げている。
2022シーズン以降についてもすでに大手テレビ局との契約延長が続々と発表されており、MLBの「放映権ビジネス」は今のところ大成功を収めているといっていい。
奇しくも今季のレギュレーション変更は「観客動員重視」のNPBと、「放映権重視」のMLBの特徴が表面化したものといえる。NPBは各球団のチケット収入などを減らしたくないため、総試合数の確保を最優先とした。MLBはレギュラーシーズンよりも視聴率、視聴者数の見込めるポストシーズンを充実させることで、ダメージを最小限に抑え込もうとした。
もちろん、日米両リーグともに今季が大減収となるのは間違いない。その中で、いかにリスクを抑え、収益減を最小限に食い止めるかを考えると、両者が真逆のアプローチをとったのもうなずける。
選手も口をそろえて「リーグ優勝したい」と語る
そしてもう一つ、日米の「スポーツ文化の差」も今季のレギュレーション変更に大きな影響を与えている。
NPBがCSを導入したのは2007年と、そもそも「ポストシーズン」そのものの歴史が浅い(パ・リーグでは2004年からプレーオフ制度を導入。1973~1982年まで前後期の優勝チームによるプレーオフが行われたこともある)。
また、MLBのように1リーグ3地区制を敷いているわけではなく、同一リーグの1~3位がCSに出場できるシステムは今もなお議論を呼んでいる。
したがって、球団、選手、ファンともに、どうしてもレギュラーシーズンにプライオリティーを置かざるを得なくなる。
選手たちを取材していても、それははっきりと感じ取ることができる。
例えば昨季まで3年連続日本一に輝きながら、リーグでは2年連続2位という結果に終わっている福岡ソフトバンクホークス。開幕前やシーズン中に、柳田悠岐、千賀滉大といった主力選手に話を聞いても、全員が口をそろえて「今年はリーグ優勝して、日本シリーズに出たい」と語る。
一方、リーグ連覇を果たしながら2年連続でCSで敗れている埼玉西武ライオンズの源田壮亮に春季キャンプで話を聞いた時には、CSで勝ちたいという思いはにじませながらも、やはり目標は「リーグ3連覇」と明言していた。
ワールドシリーズ制覇が至上命題のMLB
一方のMLBはどうだろう。全30球団の選手たちは、「ワールドシリーズ制覇」を目標に掲げる。「地区優勝」「リーグ優勝」を掲げるケースはあっても、それはあくまでもワールドチャンピオンまでのプロセスを踏んでいきたいという意思の表れだ。
チームの戦略や補強を見てもそれは明らかで、例えば地区優勝が現実味を帯びてきた球団などは、シーズン中に積極的に補強を行い、プレーオフを見据えた編成、戦い方に大きくシフトチェンジする。
分かりやすく説明すると、2017年7月31日(現地時間)にテキサス・レンジャーズからロサンゼルス・ドジャースへトレード移籍したダルビッシュ有が該当する。当時、ドジャースはナ・リーグ西地区を独走。移籍時点で地区優勝をほぼ確実なものとしていた。加えてダルビッシュはその年のオフにFAになることが決まっており、入団してもたったの3カ月でチームを去る可能性があった(実際に翌年はシカゴ・カブスと契約している)。
にもかかわらず、ドジャースがダルビッシュを獲得したのは、「ポストシーズンの戦力」として考えていたからに他ならない。3カ月限定の所属でも構わないから、ワールドシリーズ制覇の戦力になってほしい。MLBにおける「ワールドチャンピオン」の称号には、それだけの価値があるのだ。
こういったケースはMLBでは毎年のように見られ、オフにFAとなる選手がシーズン途中に首位を快走するチームへと移籍することは、もはや当たり前になっている。
コロナ禍での特例措置は、来季以降にも影響を与えるか
そもそもアメリカでは野球に限らず、すべてのプロスポーツでこの「ポストシーズン」が完全に定着しているのも大きい。北米4大スポーツといわれるNFL(アメリカンフットボール)、NBA(バスケットボール)、NHL(アイスホッケー)、MLBはもちろん、世界的にはポストシーズン文化が希薄なサッカー・MLSでも、レギュラーシーズンを経てポストシーズンでチャンピオンが決まる。
ポストシーズンという文化が根付いているから、たとえシーズン2位以下のチームがチャンピオンに輝いても、批判が起こることはまずない。
MLBではワイルドカードでのプレーオフ進出が決まると、ロッカーでシャンパンファイトが行われるのが恒例だが、NPBでCS出場を決めた3位球団が胴上げやビールかけを行うことなど、まずない。
同じ「プロ野球」でありながら、実は日米ではこれほど大きな差があるのだ。
どちらが良い・悪いではなく、これは個人の好みや国民性の問題だろう。ただ図らずも、コロナ禍が日米野球界における「ビジネスモデル」と「スポーツ文化」の差を浮き彫りにしたのは、まぎれもない事実だ。
今季の変更はあくまでも「コロナ対応による特例措置」ではあるが、周囲の評価や反響次第では、来季以降のレギュレーションにも影響があるかもしれない。「コロナ禍」という予測不能の事態が、日米野球界の未来にどんな変化を与えるのかも、興味深い。
<了>
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