「職業:プロ野球選手」最初の仕事は“契約交渉”という現実。元阪神の会計士が明かす、誰も教えてくれない“お金”のコト

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2021.10.14

毎年100人を超える選手がドラフト会議で指名を受ける。憧れの舞台への扉を開いた彼らが契約を経て最初に待ち受けるのが、契約交渉だ。野球に打ち込んできた選手の多くは、契約やお金に関する知識が十分でないまま交渉に臨まなくてはならない。プロ野球選手は“個人事業主”。自分のキャリアとお金を守り、豊かな競技人生を送るためには、野球の技術だけではいけない。「僕の“失敗談”を参考にしてもらえれば――」。高卒からドラフト6位で阪神タイガースに入団したもののわずか4年で現役生活を終え、現在は公認会計士として活躍する奥村武博氏が、誰も教えてくれない“お金”について明かしてくれた。

(取材・文・撮影=中島大輔)

ドラフト指名→契約→「職業:プロ野球選手」の最初の仕事は?

2021年のドラフト会議が10月11日に開催され、支配下は77人、育成枠は51人が指名された。プロ野球選手になるチャンスを得た彼らは、契約を結べば「個人事業主」としてキャリアをスタートさせる。

最初の仕事として待っているのが、入団交渉だ。子どものころから野球の技術を教わる機会は多い反面、契約交渉をどのように行えばいいかを学ぶチャンスは皆無に近いだろう。

アメリカでは有力選手の場合、ドラフト前から代理人がついて契約のアドバイスを受けられることに加え、契約金について資産運用のプロを紹介してもらうこともできる。対して日本のプロ野球では、そもそも代理人をつけることを球団は嫌がる。入団交渉では親が同席する場合が多いが、海千山千の球団幹部とどのように交渉していけばいいのか。

元阪神ドラフト6位投手の公認会計士が伝えたい“失敗談”

「僕の“失敗談”を参考にしてもらえればと思います」

そう話したのは元阪神タイガースの投手で、4年で現役生活を終えた後に猛勉強し、公認会計士の資格を取得した奥村武博氏だ。プロ野球界を知り、マネーのプロでもある同氏は、“誰も教えてくれない質問”を聞くのにうってつけの人物だ。

プロサッカー選手になる場合は各クラブと交渉できるため、高校生でもお金についてよく考える機会があると聞く。対して野球選手はドラフトで指名された球団としかテーブルに着けないため、交渉の余地が少ない。指名順位や、高卒・大卒など“格”のようなものにより、相場も決まっている。

高卒でプロ入りした奥村氏の場合、球団から条件を提示され、自分からは何も要求せずにサインした記憶があるという。ではマネーのプロとして社会経験を積んだ現在、当時の自分に助言をできるとしたら、何を言ってあげたいだろうか。

「最低限、契約書に何が書かれているかを把握し、内容について分からないところを分からないままにしないで、自分で理解して納得した上でサインする。基本的にそういうことはやりましょうと伝えたいです」

契約書の内容を理解するのは難解だが…

プロ野球選手になる者は全員、統一契約書を交わす。プロ野球選手会のホームページで過去の書式が公開されているが、専門用語も多く、理解は簡単ではない。球団が持つ「保留権」の下に置かれることも含め、統一契約書にサインすることが何を意味するのか理解する必要がある。(参照記事「本当にその球団と契約して大丈夫? 全ドラフト候補が知るべき、プロ野球の契約の本当の恐ろしさ」)

以上を踏まえて奥村氏は、プロ野球選手になることの意味をこう語る。

「契約とは、“こういうこと”を決める内容だと理解しておく必要があります。その後のお金のことにもつながってきますからね。自分の場合、法律用語に慣れていないこともあり、なんとなく流し読みでした。分からなければ球団の方に『これはどういう意味ですか』と確認し、どういうことが書かれているかを自身である程度把握することが大事。契約する時点からプロとして一人の個人事業主になるので、その意識は身に付けておいた方がいいと思います」

細かい点についていえば、契約金と年俸に消費税は含まれるのか、否かを確認する。それらの10%は、プロ野球選手にとって大きな額だ。

将来メジャーリーグに挑戦したいと考えている場合、球団がポスティングシステムを利用してくれる可能性があるのか、確認しておいた方がいいだろう。

契約更改の場は「言いにくい空気がある」。それでも交渉するべき2つの理由

ルーキーイヤーを終えれば、毎年秋には契約更改が訪れる。選手は代理人をつけなければ一人で臨むのに対し、テーブルの向こうには年齢と経験を重ねた球団幹部が複数人で待ち受ける。まだ1軍で実績を残していない若手の場合、「言いにくい空気がある」と奥村氏は振り返るが、それでも自分のために主張していかなければならない。

交渉することは、2つの意味で重要だと奥村氏は言う。

「自分が1年間やってきた活動の成果を把握し、担当者とディスカッションすることはすごく重要です。そこから改善点を見つけて次につなげていくことは、パフォーマンス向上にも絶対プラスになる。そういう作業は引退してからの仕事でも、ロジカルな思考として役に立ちます」

例えば中継ぎ投手の場合、必ずしも勝敗や防御率という一般的なデータに仕事の成果が表れるわけではない。例を挙げれば、走者の有無でアウトにしている確率に差はあるのか。自分はどんな状況で三振をとり、四球を与えているのか。そうした数値は交渉材料になるばかりか、パフォーマンスを改善する指針にもなる。いわば棚卸しのような作業であり、成績向上にもつながる切り口だ。

2つ目は、プロ野球選手として生計を立てていくことに関係する。

「1軍である程度活躍して、初めて球団幹部と対等に話せる空気感になると思いますが、契約は自分の生活に関わることです。少なくとも球団がどういうポイントを評価しているのか、聞いた方がいい。どんな条件でも『はい、分かりました』と一発でサインをして帰ってくるのはやめた方がいいと思います。個人事業主は、自分という名の会社の社長です。その会社の成績を細分化し、どんな相手とも対等に交渉できるように情報を持っておくのはすごく大事です」

引退までの平均在籍は7.7年と短い。だからこそお金の管理は重要

勝負の世界で待ち受ける現実は厳しい。2020年限りで現役引退や戦力外通告を受けた選手の平均在籍年数は7.7年だった。その中には元広島東洋カープの石原慶幸氏のように19年プレーした選手もいれば、わずか3年で去る者もいる。中央値をとれば、在籍年数は7.7年より短いだろう。入る前から辞める時を考える者は珍しいだろうが、少なくとも現実を知っておくべきだ。

そうした世界に飛び込むからこそ、契約金の管理が大切になる。「プロ野球選手の契約金は退職金代わりだ」とよくいわれるが、これは必ずしも正しくない。奥村氏が説明する。

「ドラフト1位で年俸1600万円、契約金1億円の場合、その年の年収は1億1600万円になります。経費など細かい話を無視すると、そこに単純に税率がかかってくるので50%に近い最高税率がかかり、半分くらい税金を納めることになります」

対して退職金には、税金を計算する上での優遇措置がある。

「老後の生活の資金になるものなので、税金の負担が軽くなるように配慮された計算方法が設けられています。その額は働いた年数によって変わるので一概にはいえませんが、退職金から一定額を控除し、控除後の金額の2分の1に税金がかかります。例えば同じ1億円でも、契約金でもらった1億円に税金がかかるのと、退職金として得た1億円を単純計算で半分の5000万円にして、そこに税率がかかるのでは、税金として納める額は大きな差になります。一律に契約金としてもらったものを『退職金代わり』といわれると、かなり不利です」

だからこそ、早くから将来を見据えて管理・運用することが重要だ。奥村氏が続ける。

「大きなお金を早くもらえるのは税率が高いというデメリットがありますが、メリットは投資の原資をもらえること。少額でもいいので、早くから運用を始めることで5年後や10年後に大きな違いを生むことになります。どんどん飲みに行ってお金を使うのではなく、お金にお金を生ませる使い方をできるようにしていけば、引退後のキャリアにもつながります。現役中も精神安定上に良いので、その分、野球に打ち込むこともできる。結果的に野球のパフォーマンスを上げることにもつながっていくと思います」

“個人事業主”としてキャリアを切り開くため…野球以外の知識も必要

以上の知識を選手自身が持つことに加え、野球界としては周囲の環境づくりが必要だ。例えば平均在籍7.7年というプロの世界の厳しさを、両親やアマチュア時代の指導者が伝えてあげる。球団が自ら口にしないだろうから、親身になってあげられるのは肉親や恩師に他ならない。

一方、選手が契約金の管理を親に任せるのはよくある話だが、自分の親が資産運用のプロとは限らない。また、「運用しませんか」と近づいてくる銀行員や保険外交員の中には、自身の営業成績を優先する者もいる。

奥村氏の場合、高卒でプロ入りした際に「払えるうちに払っておいた方がいい」と誘われて保険に入ったが、入団4年で戦力外通告を受け、元本割れの状態で解約した。今なら「商品の特性をきっちり理解するのは投資の基本」と分かるが、若者がそうした知識を持つのは容易でない。だからこそ、税理士やファイナンシャルプランナーなど“総合的”な知識を持った専門家に相談することが一手になる。

「僕に相談してもらってもいいですよ」

そう冗談めかした奥村氏は自身の経験を踏まえ、選手がもっとより良いキャリアを築きやすくなるよう、一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構で活動をスタートさせた。

「投資や資産運用のアドバイスをしている会社と提携し、税金対策やメディアとの付き合い方、投資や資産運用など、スポーツ選手に最適な提案をできるチームをつくって動き出しました。自分が専門とする分野についてアドバイスできる人はいても、現役生活の短さなどスポーツ選手の特殊性を踏まえて助言できる人は少ないです。以上のことを現役の時から準備しておくことが、長い目で見ると、引退してからのキャリアや(現役時代からの)デュアルキャリア支援にもつながると考えています」

多くのプロ野球選手は学生時代に十分なマネー教育を受けないまま、個人事業主としてキャリアを始める。競技生活を豊かな人生につなげるには、野球の技術以外の知識も必要だ。アマチュア時代にそうしたことを学ぶ機会は少ないだろうが、個人事業主は自身のキャリアを自ら切り開いていかなければならない。

意識と知識は、自分の武器になるものだ。ドラフトで夢を実現させた者たちの中から、一人でも多くの選手がより良いキャリアを築いてほしい。

<了>

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PROFILE
奥村武博(おくむら・たけひろ)
1979年7月17日生まれ、岐阜県出身。公認会計士。一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構 代表理事。土岐商業高校から1997年ドラフト6位で阪神タイガースに入団。度重なるけがで2001年に現役引退。打撃投手や飲食業を経て、2017年6月に公認会計士登録が完了。現在は監査や税務業務に携わる傍ら、講演や執筆などの活動をしながらアスリートのサポートを行う。2017年に一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構を設立し、代表理事に就任。その他、一般社団法人日本障がい者サッカー連盟 監事、公益社団法人全国野球振興会 監事を務める。

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