なぜ「三冠王」は18年間、誰も達成できなかったのか? 現代野球のトレンドから紐解く、村上宗隆の凄まじさ
2022年、実に18年ぶりとなる三冠王が生まれた。村上宗隆――。弱冠22歳、史上最年少で大偉業を成し遂げた。1980年代に限れば6度も達成されていた「三冠王」だが、それからの36年間ではわずかに2度。なぜこれほどまでに三冠王達成は困難になったのか? その背景には、現代野球のトレンドが大きく影響している――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
現代野球において「本塁打」と「打率」の両立がいかに難しいかを検証する
2022年のプロ野球はレギュラーシーズンが終わり、ポストシーズンに突入する。143試合を戦い抜き、セ・リーグは東京ヤクルトスワローズが、パ・リーグはオリックス・バファローズが共に連覇を達成。
両リーグともに熱い戦いが繰り広げられたが、その中でも世間の注目を一身に集めたのがヤクルトの主砲・村上宗隆だ。
シーズン最終戦で王貞治氏(元巨人、現ソフトバンク会長)の持つNPB日本人記録(※王氏は厳密には台湾国籍だが日本生まれのため日本人選手扱い)を更新するシーズン56号を放ち、打率.318、134打点と合わせて三冠王を獲得した。
NPBにおける三冠王は松中信彦氏(当時ダイエー)以来、18年ぶり史上8人目(12度目)。22歳は史上最年少、元号が令和になってからは初の快挙だった。
球史に残る本塁打数を記録し、なおかつセ・リーグで最も高打率を残した村上――。
その難易度の高さを、あらためてひも解いてみよう。
1980年代は23人の本塁打王のうち、14人が「打率3割」
まず、令和となった現代の野球界に置いて、「本塁打」と「打率」を両立することがいかに困難なことかを検証してみる。
別表は、三冠王が延べ6人生まれた1980年代と、直近10年間の本塁打王の打率を示したものだ。1980年代は23人の本塁打王のうち、実に14人が一流の証しといわれる「打率3割」をマークしている。一方、直近の10年間を見ると、22人の本塁打王のうち、「打率3割」は6人しかない。
この結果を受けただけでも、現代野球では「本塁打王を獲得するレベルの打者が、高打率をキープすること」が難しくなっていることが分かる。
では、その要因は何か――。考えられる理由はいくつかある。
一つが、投手のレベルアップだ。
現代野球では球速150キロオーバーの投手は決して珍しくなくなった。加えて、変化球の球種も豊富。日本球界最高の投手・山本由伸(オリックス)のように、150キロ中盤の速球を持ちながら、全ての変化球が「決め球」になるという投手もおり、打者はそんなハイスペックな投手を相手に結果を出すことを求められる。
必然的に、ボールを確実に「捉える」確率は下がってしまう。確実性を上げようとすれば、当然スイングはコンパクトになって長打が減る。こうなると、「長打力」と「確実性」の両立が困難になってしまう。
メジャーリーグから生まれた「フライボール革命」も影響
日米の野球界における「トレンド」も大きく影響しているだろう。
現代野球では、野球のプレーに関するあらゆる動作、結果が数値として可視化され、「得点を奪うための効率的な方法」が明らかになり始めた。その中で生まれたのが、いわゆる「フライボール革命」だ。
単打よりも長打の方が得点との相関関係が強く、特にメジャーでは多くの打者が「長打偏重」の打撃スタイルにシフトし始めた。この流れは少なからず日本球界にも影響を及ぼしている。「打率」よりも、重視されるのは「出塁率」であり、さらにいえば「出塁率+長打率」で求められる「OPS」も、打者を評価する指標の一つとして定着してきた。
そうなると当然、打者にも「多少、確実性が落ちても長打を打ちたい」というマインドセットが生まれる。もちろん、「狙って長打を増やせる」タイプの打者に限られるが、こういった意識を強く持っている代表的な選手が、本塁打王6度を誇る中村剛也や、今季パ・リーグ本塁打王の山川穂高(共に西武)だろう。
打率が高いに越したことはないが、そこを意識するあまり「長打」を減らす必要はない。その意味で、現代野球において「打率3割」はそこまで重要視されなくなったといえるかもしれない。
高卒2年目で36本塁打も「確実性が足りない」「三振が多過ぎる」の評価も…
話を村上に戻そう。プロ2年目、1軍でレギュラーに定着したころの村上は、まさにそんな打者だった。シーズン143試合に出場し、高卒2年目としては史上最多タイの36本塁打を放つ一方で打率は.231、三振もリーグ最多の184を記録。10代とは思えない圧倒的な長打力を見せつける一方で「確実性が足りない」「三振が多過ぎる」といった声が聞かれたのも事実だ。
ただ、現在にも続くトレンドや村上本人の成長曲線を考えれば、確実性を高めることを変に意識するより、ストロングポイントである長打力を思う存分伸ばせばいい、という見方があったのも事実だ。筆者自身も、「周囲の雑音に惑わされず、現在のスタイルを貫いてほしい」と感じていた一人だ。
あれから、わずか3年――。村上は、誰もが想像した近未来像をはるかに超える進化を見せた。
「持ち味」だった長打力はさらにすごみを増し、「課題」といわれた確実性までも兼ね備えた。
「村上は、すさまじい打者になる」
3年前の時点で、おそらく誰もがそう予感しただろう。ただ、22歳にして王氏の記録を超え、史上最年少で三冠王を獲得するまでに成長するとは、誰が予想できただろう。
「本塁打を求めるのであれば、ある程度は確率を犠牲にしなければいけない」
そんな野球界の新説すら覆し、完全無欠の領域までたどり着いた。
それでも、まだ高卒5年目の22歳。
これからやってくるポストシーズン、さらには来季以降――。
村上宗隆がどんな道を歩み、どんな打者に成長するのか。
もう、やぼな「予想」はやめよう。
なぜなら、常識にとらわれた凡百の「未来予想図」などは無意味だということを、村上は自身のバットで証明したのだから。
<了>
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