
家長が贈った優しいパス。貧困でサッカーできない環境は「僕たちが支援するべき」。12人のプロが語る仲間への愛
Jリーグがオフシーズンとなり、FIFAワールドカップの日本代表の躍進で日本国中が盛り上がっていた12月初旬。家長昭博や小林悠ら総勢12人のプロ選手たちが都内のフットサルコートに集い、love.fútbol Japanが主催する「子どもサッカー新学期応援事業」のリアルイベントに参加した。love.fútbol Japanは、2021年より経済的な貧困や社会格差でサッカーをしたくても諦めている子どもたちを支援する活動を続けており、この日、初めて活動を支援する選手たちと子どもたちとの対面が実現。このような意義ある社会活動に対して、プロ選手たちはどのように考え、向き合っているのか。イベントに参加した選手たちの言葉を通して、“サッカー仲間”がつなぎ、広がる絆を追った。
(文=守本和宏、写真提供=love.fútbol Japan)
家長の熱い心「自分も決して裕福な家ではなかったですけど…」
フットサルサイズのコート。カウンター気味に、左サイドへ開いた家長昭博(川崎フロンターレ)にパスが出る。これを、ワンタッチで中央に戻す家長。絶妙なスペースへ、完璧なタイミングで落としたボールに、走りこんだ参加者の中学生女子が放ったシュートは、ゴール左へ。フォローした尾田緩奈(アニージャ湘南)が中へ折り返すと、鋭いボールに合わせきれなかった家長は、その場に倒れこんだ。こぼれるような、満面の笑みを浮かべて。
その家長ら、男女十数名のプロサッカー選手が参画する、love.fútbol Japanの「子どもサッカー新学期応援事業」。日本国内で経済的貧困や社会的理由から、サッカーをしたくても諦めている子ども(小学生~大学生)を対象に、支援を行うプロジェクトだ。2021年から始まったこの事業は、2年で650人以上を応援。活動に賛同した選手たちは、オンライン中心に77人の子どもたちと交流を図ってきた。
そのリアルイベントが今年12月初旬、ついに実現。都内某所に男子サッカー選手10人、女子サッカー&フットサル選手2人が集まり、日本各地から集まった約25人の子どもたち(交通・宿泊費は団体側が支援)とサッカーを楽しんだ。当日は約3時間にわたってミニゲームやシュート対決、サインや談笑を交わして過ごした。
家長のプレーは、いつもどこでも冷静でセクシーだ。川崎フロンターレファンや熱心なJリーグファンなら、彼のひょうきんさを知っているだろう。以前、川崎フロンターレ初優勝直後の取材で、「飲み屋で空いたお皿をシャーレに見立てて、ウーーオィと持ち上げていた」と聞いたため、彼に明るい一面があることは知っている。だが、一般的なイメージは寡黙な職人タイプの選手。社会貢献活動に参加し、とびきりの笑顔を見せる姿は想像しにくい。
ただ、そんな偏見に関係なく、彼も一人の熱い心を持ったJリーガーである。
「自分も決して裕福な家ではなかったですけど、“自分のやりたいことができない環境”ではなかった。それは、今思うとありがたかった。でも、世の中にはそういう子もいる。自分のチャレンジしたいことが、ある程度できる環境になればいいなとは思っています」
「自分が知らないことを知ることができるのはプラスでしかない」
家長は、この企画に参画した理由を、こう語っている。
「元同僚の森谷賢太郎から、この活動のことを聞いて、僕も力になりたいと思ったのがきっかけです。自分の育った少年団などに恩返しできる側面はありますけど、サッカーをやりたくてもできない環境の子どもたちがいると、知らなかった部分もある。その子どもたちに僕らができることはいっぱいあるし、それを知った時点で自然に参加したいと思いました」
活動に参加してプラスになったのは、自分の視野が広がったことだった。
「自分が知らないことを知れるのはプラスだし、僕たちサッカー選手が、非力ながら応援できるんだとわかった。それをいろいろな人の協力の下でできるのは、ありがたいです。自分が子どもの時はわからなかったですけど、誰かが自分のために、何かを犠牲にしている。それが、親や周りの人、おばあちゃんおじいちゃんだったりしたことが、大人になるとわかる。それが整わない環境なら、僕たちが支援していくべきだなと。そういうのは大事です」
何事もまずは知り、理解すること。その姿勢が選手としてもプラスになると、語る選手は多い。
森谷はただの神なのか? Jリーガーたちが企画に参加する瞬間
何かしらの社会貢献活動をしたい、する必要があると感じながら、Jリーガーとしてプレーする選手はたくさんいる。ただ実際には、そういった活動がどこで行われているのか知るきっかけがない。この活動に参加する複数選手がそう話すように、実際この企画にも選手のつながりで参画するパターンが多かった。
富樫敬真(ベガルタ仙台→サガン鳥栖)は、Jリーガーにこの活動を広める、最初のきっかけになった選手である。「コロナ禍の2020年にJリーグが中断している時期、love.fútbol Japanの存在を知って、まずマンスリーサポーターという月額の支援から始めました。そこからつながって、選手として何か力になれないかという話の中から、選手のつながりが増えていった感じです」。
朴一圭(サガン鳥栖)は、過去の境遇に子どもたちを重ね合わせる。「同じチームの森谷賢太郎選手が雑誌を読んでいて、そこにこの活動が掲載されていて、自分もぜひ何かできればと思いました。僕自身も過去に、大学からプロへ行く時にチームが見つからず、サッカーができなくなる時期が少しあった。その恐怖心を覚えているから、一役買いたいと思ったんです」。
茂木力也(大宮アルディージャ)は、実際に子どもたちと話して気づいた感情があるという。「愛媛の時に同じチームになった(森谷)賢太郎くんが、この活動をしていて、僕も力になりたいなと思い、参加しました。サッカーをやりたくてもできない子どもと交流を始めて、オンラインで話したりして現状を知り、少しでもそういう子を減らしたいという思いを持ちました」。
多数の談話に出てくる森谷は、ただの神なのか? でも、そんなことはない。森谷賢太郎(サガン鳥栖)自身が語るのは、Jリーガーとしての責任感である。
「僕たちがlove.fútbol Japanの活動に参加した時はコロナ禍で何もできず、サッカー選手の価値を、多分みんな探していたと思う。そこで僕は、運良く、こういう団体に出会えた。その発信を小林悠選手や他の選手も見てくれた。つながって、こういう活動になったのは、僕自身もすごくうれしいです。僕たちもあの子どもたちと同じようにサッカーが楽しくて続けてきたし、選手になれた自分たちだから何かできるんじゃないかって考えていた。サッカー選手はただ自分のためにプレーすればいいわけではなく、サッカーしたい子どもたちの未来のためにも活動しなければいけない。そう思うので、この活動ができて僕は幸せです」
特別なことではなく、それは自然な行いの一環だと森谷は表現した。その活動で、たくさんの愛に触れることは、選手としての成長にも役立っていると、参加選手の多くは話す。
たくさんの愛に触れて見つめ直した、純粋なサッカーへの愛
僕たちはみんな、誰かしらの愛に包まれて育ってきたのだ。それを、大人になってから何かのきっかけで気づく。サッカーを続けさせてあげたいという親の愛。自分を支えてくれた、誰かの愛。それを知った時、人は何かしら成長できるものだろう。
かねてからこのリアルイベントを切望していた小林悠(川崎フロンターレ)もまた、親子の愛を再認識していた。「自分もそうでしたけど、やはり親の愛は子どもにしっかり伝わっている。今日のイベントで子どもたちと接して、みんなすごく素直でいい子だった。それは、親御さんたちの愛がしっかり育っているんだなと、リアルで会ってすごく感じました」。
新井直人(徳島ヴォルティス→アルビレックス新潟)は受けた愛を、他の子どもにも返したいと話す。「オンラインで話を聞き、レポートも読んで、子どもをサッカーに行かせるため、どれだけ苦労しているのかを知りました。実際、子どもの時って、何が大変かわからないじゃないですか。その苦労を聞いて、親孝行したいと思ったし、親に返すだけじゃなく子どもたちや保護者を助けられたら、という気持ちになりましたね」。
吉見夏稀(KSPO)は、自分の境遇を重ね、子どもたちに寄り添う。「今回イベントに参加したどの子どもたちも、基本的に家庭環境に困難や不自由な部分がある。私自身もちょっと複雑な家庭だったから、わかってあげられる部分はけっこうあるんです。でも、自分がそういう環境で育っても、大人になるとその頃の気持ちを忘れることもある。だから、子どもたちと接して、純粋に人と関わる大切さを感じました」。
そして最終的に帰結するところは、同じだ。尾田緩奈(アニージャ湘南)や下澤悠太(テゲバジャーロ宮崎)が語るように、みんないわゆる「サッカーへの愛」でつながっているのである。
「最初にオンラインを始める前、家庭環境の情報など事前にいただいて、文面だけ見たら逆にこっちが不安になったんです。私で大丈夫かなとか、見えない部分で不安を抱えているのかなとか、何か気を遣わなければいけないんじゃないかって。私自身が身構えていた。でも、オンラインでも今日会っても、純粋にサッカーが好きでうまくなりたい気持ちがあるだけ。なんでこんなに構えてたんだろうって思うぐらい、逆に勇気をもらいましたね」(尾田)
「改めてサッカーの素晴らしさや、ボール一つにいろいろな人の愛が集結して、笑顔になるすごさを感じました。ボールを蹴るだけで、みんな言葉も関係なくなるのは、本当に素晴らしいと思います」(下澤)
結局、ピッチでボールを蹴れば同じ。ただのサッカー仲間である。
確かに、この日「恵まれない子どもたちのために手加減しよう」なんて考えていた選手は、一人もいなかったはずだ。その証拠にGK朴一圭は、シュート対決で小さな女の子の会心のキックを、プロらしくファインセーブした。女の子は悔しくて泣いてしまったが、それで良かった気がする。彼女を励ます選手たちの手や、「次、頑張ろうな」とかける声さえ、温かかった。
未来への期待「さまざまな形の支援で、笑顔で助け合うのは大事」
こういった社会貢献活動にプロサッカー選手が参加し、期待することを聞いた。
田邉草民(アビスパ福岡)の声は使命感に満ちている。「本当にこういった活動をJリーガーがやることが、すごく大事。宣伝効果もそうですけど、サッカーでプロになった人たちが、子どもたちを助けるのはすごくいい流れだと思う。これがもっと大きくなったら、いい未来になる。もうJリーガー全員やったほうがいいぐらいの思いはありますね」。
このイベントでひときわ運動量を見せた齋藤学(水原三星ブルーウィングス)も、心は熱い。「10年前とかに比べたら、こういう活動は多くなっていると思うし、選手がこういう活動していると発信するのも重要。いろいろな人がさまざまな形で支援しながら、みんなが笑顔で生きていけるように助け合うのは大事だと思う。スポーツ選手は影響力があるから、こういう活動をこれからも続けていきたいし、すごく意義があると思います」。
いずれにしても、まずは知り、偏見を覆すこと。新たな視点を、人生にもたらすこと。そこから、新たな挑戦が始まると、家長は話した。
「実際に今、恵まれてそうなこの日本の中でも、現状としてサッカーがしたくてもできない子どもたちがいる。それをまず、知ってもらうことが大事かなって思ってて。自分たちが微力ながら、発信や活動を続けて、広がれば参画してくれる選手も増えると思う。そして、サッカーに対して希望を持ち、チャレンジできる子どもたちが増えたらいいなと思います」
何もこの活動がすべてではない。支援の形はさまざまで、愛の形は無限だ。無理する必要はなく、自分なりにこの恵まれない世界に、愛を与えればいい。そうしたら、何か世界は変わるかもしれない。
一見、クールな家長は、この日もうまかった。そのタッチはいつも通り優しく、センスにあふれていた。個人的に、そのパスがいつもよりちょっと優しく感じたけれど、きっとそれも偏見だろう。ボールはいつも、世界どこでも、平等であるはずだから。
<了>
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日本とアジアで、経済的な貧困や社会格差によって安全にサッカーをしたくてもできない子どもたちの「環境」を変える活動に取り組むNPO法人「love.fútbol Japan」。家計の負担が大きくなる新学期に「サッカーの奨励金給付」、「用具寄贈」、「精神的なサポート」等の活動を通じて、子どもたちに支援を届けてきた。コロナ禍も影響し支援を求める子ども規模が拡大している状況を受け、現在クラウドファンディングを開催している(12月23日に終了)。
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