
異端の“よそ者”社長の哲学。ガンバ大阪・水谷尚人×セレッソ大阪・日置貴之、新社長2人のJクラブ経営観
J1リーグのガンバ大阪とセレッソ大阪。伝統ある両クラブが、大阪万博が開催されて地元大阪が世界中から注目を集める2025年に相次いで社長交代を迎えた。それぞれ新たに就任したのは、水谷尚人と日置貴之。いずれも東京出身で、責任企業との関係を持たない“外様”である。一見、共通点の多い2人だが、その経歴も経営観もまったく異なる。7月5日の大阪ダービーで初めて対峙する両社長──。今週末にダービーを控えた社長対談企画を前に、まずは彼らの「哲学」に迫る。
(文=宇都宮徹壱、トップ写真=アフロ、本文写真提供=(C)GAMBA OSAKA)
「東京モン」であり「外様」だった2人の社長就任
「今は千里中央に住んでいます。25年ぶりの一人暮らしなんですよ。ただ、梅田の地下は毎回迷子になります(笑)」──。そう語るのは、ガンバ大阪の社長である。
「今は、週の半分以上は大阪にいて、大阪にマンションも借りました。大阪の人は本当に温かくて、人懐っこい。食事に行っても、すぐに覚えてもらえて。東京とは違った、いい意味での距離の近さを感じます」──。こちらは、セレッソ大阪の社長のコメントだ。
ガンバは今年1月に、そしてセレッソは4月に、それぞれ社長が交代。新社長となった、水谷尚人と日置貴之は、いずれも東京出身である。興味深いことに両者とも、責任企業であるパナソニックやヤンマーとは、まったく関係のない人物。二重の意味での「よそ者」「外様」であった。
大阪でいうところの「東京モン」で、しかもアウトサイダー。水谷と日置は、一見すると共通点が多いように感じるかもしれない。けれども、そのキャリアはまったくの真逆だ。
1966年生まれの水谷は、1989年に早稲田大学を卒業後、リクルートに入社。 JFA(日本サッカー協会)に転じて、2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会への出向を経験している。その後、株式会社SEAを設立し、2015年に湘南ベルマーレ代表取締役社長に就任。2022年末に退任すると、翌年23年からはJリーグのカテゴリーダイレクターを務め、今年から現職である。
一方の日置は1974年生まれで、上智大学卒業後、博報堂、FIFAマーケティングを経て2003年にスポーツマーケティングジャパンを設立。スポーツブランディングジャパン株式会社代表取締役、イージープロダクション株式会社取締役、H.C.栃木日光アイスバックスCOOといった肩書を持つ。また2020年東京五輪では、開会式と閉会式でエグゼクティブプロデューサーを務めた。
つまり、水谷は純然たる「サッカー界の人間」だったのに対し、日置は「サッカー界の外側の人間」。それゆえ、クラブ社長となる経緯も、自ずと異なっていた。
「ご縁でお話をいただいたんですが、うれしかったと同時に『自分でいいのかな?』という気持ちもありました。これは推測なんですが、おそらく(クラブ)社長経験者を探していたんだと思います。スポーツの世界ですから、理不尽なことを受け入れなければならない仕事じゃないですか。僕自身は、それがつらいと思ったことはありませんが(笑)。そういった現実を理解しながら、マネジメントができるという点を評価されたのかもしれませんね」
そう語る水谷に対し、2023年からアドバイザー的な立場でクラブに関わってきた日置は、オーナーに対して発した言葉がきっかけとなったことを明かしてくれた。
「ちょうどセレッソが、クラブ設立30周年だったんです。30歳の大人が、それまで親(=親会社)に大切に育てられてきて、これからどう社会で生きていくのか。単にお金を稼ぐだけではなく、強いチームになるだけでもなく、どうやって社会の役に立つ存在になるのか──。親だったら、そういったことを考えると思うんです。そんなお話をさせていただいたら、オーナーが非常に納得されて『それだ!』と。そこからでしたね」
「改革は不要」と語る男と、サッカー界の変革を描く男
7月5日のJ1リーグ第23節、今季2回目の大阪ダービーがセレッソホームで開催される。ガンバホームのダービーは開幕節に行われ、5−2でセレッソが勝利しているが、この時は日置の社長就任前であった。
東京モンのアウトサイダー社長が、大阪ダービーで顔を合わせるのは今回が初めて。そこでREAL SPORTSでは、両社長の対談企画をお届けするのだが、その前に彼らのパーソナリティやフィロソフィーについて、本稿で理解を深めていただこうと考えた次第だ。まずは水谷から。
「組織に入る前に『変革しよう』と思ったことはないです。中に入って感じるのは、みんな一生懸命働いているし、目標設定もしっかりしている。ですから、改革が必要だとはあまり感じていないですし、すごく恵まれた環境を与えられたなとは思っています。ただし、社員が『すでに完成されている』と感じているのなら、そのマインドは変えていきたいですね。だって、まだ世界一にはなっていないわけですから」
湘南の社長時代、ガンバは事業規模の面では仰ぎ見る存在だったし、Jリーグでの仕事でクラブの規模感がより相対化して見えるようになった。それゆえに「改革が必要だとはあまり感じていない」のだろう。一方、サッカーの外側からやってきた日置は、クラブというよりもサッカー界の変革に積極的だ。
「まずはやっぱり、スタジアムをもっと大きくしたいですね。そのためにも、クラブと地域が一体となって、新しい価値を生み出せる仕組みを作っていきたいです。サッカーの世界は、お金が動く分、利権も絡みます。楽しくて正しいことをやっているつもりでも、誰かの利害とぶつかることは当然あります。でも、だからこそ、制度や商習慣の見直しも含めて『誰が幸せになるのか?』を常に問い続けていきたいと思っています」
では、クラブが目指す方向性についてどうか。これについても微妙に異なる。まず、水谷。
「大事なのは、勝つことに対してどれだけ投資できるかということ。そのための財務的な基盤をつくることが第一です。もちろん、事業収益を増やすことも重要ですが、それは手段であって目的ではありません。重視しているのは、やはり人材。選手はもちろん、アカデミーやスタッフの育成、スカウティング体制、医科学、マーケティング。あらゆる部門で『人』に投資したいです」
水谷が語る人材投資に対して、日置はさらに「循環」というキーワードを付加する。
「就任の挨拶の中で『循環育成型クラブ』というキーワードを挙げさせていただきました。選手を育てて送り出し、その価値がクラブや地域、次世代に循環していくというモデルをしっかり作っていく必要があります。アカデミーに投資して選手を育て、その選手たちがトップチームや世界で活躍し、いずれはまたクラブに戻ってきて後進を育てる。世界のクラブを見ていても、そのサイクルがうまく回っているところは、競技面だけでなく経営面でも持続可能性が高いんです」
伝統あるクラブの社長として何を残したいか?
現場との距離感についてはどうか? 水谷は湘南での経験から、この塩梅をよく心得ている。
「現場の距離感はすごく意識しています。経営者としては『現場に口出ししない』『でも現場の空気は肌で感じる』という、絶妙なバランス感覚が求められると思っています。実際、練習場やロッカーの雰囲気を見に行ったりもしますが、指示を出すためではなく、組織としての呼吸を感じるためです。湘南時代に一番大切にしていたのは『現場の目線に立つ』ことでした。ガンバでもその姿勢は変わりません」
これに対して、クラブ社長はもちろん、サッカー経験もない日置は、よりガバナンス寄りの立ち位置を重視する。
「多くのJクラブもそうだと思いますが、補強や人事の意思決定は強化本部に大きな裁量が集中しています。これまで閉じられた世界だったので、仕方がない部分はあると思います。ただ、シビリアンコントロール、つまり説明責任や統治という観点からすれば、競技にもビジネス的な経営の視点を持ち込むことは不可避。マネジメントと組織の概念は、競技の現場にもインストールする必要があります」
最後に、ガンバとセレッソという伝統あるクラブの社長として、何を残したいかについて、それぞれ語ってもらうことにしよう。
「行政の方やパートナーさんにご挨拶に行くと、普通に『優勝だよね?』と言われるんです。Jクラブの中でも、自然に『優勝』という言葉が発せられるクラブは多くない。だから、勝つことに本気で挑む、そして全員が同じ方向を向ける、という一体感をつくることに力を尽くしたいと思っています。目先の結果だけでなく、10年先を見据えてクラブの基盤を整える。このポジションに何年いるかはわかりませんが、水谷の時代があって良かったと思ってもらえる仕事をしたいですね」(水谷)
「戦術や戦力に口出しできるとは思っていません。僕ができるのは、クラブという会社を社会の中で、どう位置づけていくか。自分がこのクラブに関われるのは、5年から10年くらい、長くても15年だと思います。そんな限られた期間にやるべきことは『次の世代により良い状態でバトンを渡す』こと。その積み重ねが、持続可能なクラブ文化につながっていくと思います」(日置)
ここまでお読みいただいて、ガンバとセレッソ、それぞれの社長のパーソナリティとフィロソフィーを感じ取ることができたと思う。次稿では7月5日の大阪ダービーに先んじて、両者の興味深い対談をお楽しみいただくことにしたい。
【対談前編はこちら】大阪ダービーは「街を動かす」イベントになれるか? ガンバ・水谷尚人、セレッソ・日置貴之、新社長の本音対談
<了>(文中敬称略)

[PROFILE]
水谷尚人(みずたに・なおひと)
1966年生まれ、東京都出身。Jリーグ・ガンバ大阪 代表取締役社長。早稲田大学を卒業後、リクルートへ入社。1992年より日本サッカー協会に転職し、1996年から2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会に出向。2002年に株式会社SEA、翌年には株式会社SEA Globalを設立し代表取締役に就任。さらに、02年より湘南ベルマーレ強化部長、取締役、代表取締役社長を歴任。その後、2023年にJリーグのカテゴリーダイレクターに就任。2025年1月より現職。
[PROFILE]
日置貴之(ひおき・たかゆき)
1974年生まれ、東京都出身。Jリーグ・セレッソ大阪 代表取締役社長。大学を卒業後、株式会社博報堂に入社、その後FIFAマーケティングに転職し、2002年日韓ワールドカップのマーケティング業務に携わる。2003年にスポーツマーケティングジャパンを設立し代表取締役に就任。2010年よりアジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスの取締役GMを務める。2013年よりNFLJAPANリエゾンオフィス代表も兼務。2014年より東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に関わり、2020年東京五輪では開会式と閉会式でエグゼクティブプロデューサーを務めた。2025年4月より現職。
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