監督が口を出さない“考えるチームづくり”。慶應義塾高校野球部が実践する「選手だけのミーティング」

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2025.12.01

勝つことだけがすべてではない。100年以上続く高校野球の世界で、「勝利至上主義」に一石を投じた指導者がいる。慶應義塾高校野球部監督・森林貴彦。2023年、同校を107年ぶりの夏の甲子園優勝へ導いた名将が、いま伝えたいのは「成長こそがチームの本質」という信念だ。負けにも意味を見出し、結果よりもプロセスを重んじる――。書籍『成長至上主義のチームデザイン――成長こそが慶應の野球』の抜粋を通して、勝ち負けを超えた“学びのある野球”のあり方を紐解く。今回は、森林監督が重視する“自ら考える力”について。

(文=森林貴彦、写真=スポーツ報知/アフロ)

正解を目的にしないミーティング

選手たちが自ら『考え・実行し・修正する』プロセスを経験することは非常に重要です。

これまでの高校野球では常識として誰も疑わなかった“監督絶対主義”が、選手たちの監督依存を生み、その構造が選手から自ら考える喜び、決断し行動する喜びを奪ってしまっています。ここでは、少し野球から離れた取り組みについてご紹介したいと思います。

慶應義塾高校野球部では、選手だけのミーティングの時間を大切にしています。甲子園優勝後の秋の大会を終えた翌日には、述べ5時間にも及ぶ選手ミーティングを行いました。

参加したのは選手だけ。チームの問題点、不満や改善点については、監督やコーチがいる場では意見が出しにくくなる可能性があるため、基本的に監督、スタッフは席を外し、選手たちだけの空間と時間を確保します。その間、私たちは別の準備や自分たちのミーティングを行い、選手たちが本音をぶつけ合う時間をしっかりと確保します。

選手だけで話し合えるものか? という疑問や不安をもつ人もいるかもしれません。意見の違いから議論が紛糾したり、話が脱線して無駄な時間を過ごしたように見えることもありますが、それもまた彼ら自身にとって重要な学びの機会です。そのため、「これはダメ」「こうするべきだ」といったルールを先に押し付けることはしません。あえて制約を設けすぎず、選手たちが自分の思っていることを正直に話し合い、率直に意見をぶつけ合う場を用意するのです。

ミーティングの内容は、キャプテンやマネージャーからの報告で把握するようにしています。その際に気を付けているのが、議論の方向性を誘導したり、内容に介入したりするような発言を控えることです。指導者が主導すれば効率的に進めることができるかもしれませんが、あえてキャプテンにファシリテーターをお願いして、さまざまな角度から意見を出し合える環境を用意します。すぐに答えが出ない問題、一人では解決できない問題にぶつかったときにチーム全体で話し合い、アイデアを出し合うことで、その先の人生にも役立つ問題解決能力が育まれると思うのです。

こうした取り組みを通じて、選手たちが主体的にチーム運営に関わり、共に成長する姿を見守ることができるのは、監督として大きな喜びです。これからも、練習時間だけでなく、こうした話し合いの時間を重視し、選手たちの可能性を引き出していきたいと考えています。

多くのチャンスを得る「考えるための勉強会」

私たちのチームでは、野球に直接関わること以外にもミーティングを行っています。モチベーションの上げ方や目標の立て方、チームワークを高める方法など、間接的にチーム力の向上に役立つものもありますが、雑誌や書籍を題材に社会問題や課題など、明確な正解のない問いについて話し合う勉強会も実施しています。

勉強会では、基礎的な知識を与えてくれる講師を招くこともありますが、目的は知識を得ることではありません。

最近の例を挙げると、これまで多くの選手が学んでこなかった「お金」を題材にした勉強会も行いました。金融や投資に関する教育は、これからの時代を生きる選手たちに欠かせないものです。すべてが身に付くとは思っていませんが、野球は自分にとって大切なものであっても、人生の一部に過ぎず全部ではありません。

さまざまな問いに対して、選手同士がお互いの考え方や価値観を表明し、ディスカッションをすることで、これまで自分にはなかった視点を取り入れたり、新たな問いを得る機会となっています。

一見野球と関係なさそうなことでも、別の角度で見てみると、すべてがつながっている。人間としての幅を広げることが、自分のプレーやチーム力の向上にもつながっていく……。人間的成長が野球の成長にもつながる経験をした選手は、こうした取り組みから多くのチャンスを得ることができるのです。

世界で活躍するOBをお手本に

また勉強会で得られる経験は、野球だけでなく、これからの人生でも役立つものです。

世の中で起きている多くの出来事を「自分には関係ない」と切り捨ててしまうのは簡単ですが、一見自分と関係ないことでも“自分ごと”として捉えることで、さまざまな学びや気付きの機会にすることができます。

幸い慶應義塾高校野球部には、多方面で活躍するOBがいます。こうした先輩の話を聞く機会も、選手の見聞を広め、多様な価値観を養う場になっています。

例えば、アメリカ・シカゴで国際弁護士として活躍するOBの日常をオンラインでつなぎ話してもらう機会を設けたときは、練習終了後の夜に「こちらシカゴは早朝です」と、話してもらうだけで、これまで経験しなかったリアリティが生まれます。時差のある海外で自分たちが知らない仕事をしている野球部の先輩の姿は、格好の教材です。

あるときは、瀬戸内海の離島で自給自足の暮らしをしながら起業した0B、アフリカで野球振興に尽力しているOBなど、高校時代野球に没頭し、野球を通して成長を遂げた先輩たちが多様な進路で挑戦を続けていることは、選手にとってだけでなく、慶應義塾高校野球部にとっての誇りであり、見習うべきお手本でもあります。

脳みそが揺さぶられる体験を

こうした取り組みはシーズン中や大会直前には実施が難しいため、秋から冬、そして春にかけての時期に取り組むことが多くなります。この比較的時間が取りやすい時期を活用し、ミーティングや勉強会といったグラウンド外の活動を増やすようにしています。これらの活動は、選手同士が刺激を与え合う場を増やし、チーム全体としての成長を促進する効果があると考えています。

プラスの効果が大きいとわかっていても、学校の授業や部活動の限られた時間を削ってこうした時間をもつことには、当初私自身も躊躇がありました。しかし、選手たちだけで行うミーティングの中で導き出される提案や、自分たちで決めたことへのモチベーションの高まり、野球とは違う問題に触れたときの選手たちの目の輝きを目の当たりにして、こうした時間をつくる意義の深さを確信するようになりました。

野球を一生懸命やる。そこに青春のすべてを懸けて野球中心の生活を送るというのもいいと思いますが、野球ばかりやっていると肝心の野球でも成長が頭打ちになります。野球だけでできる成長には限界があると私は思っています。

選手たちにこのことに気付いてもらうためには「脳みそが揺さぶられる」ような体験をしてもらうことです。お金の話や投資の話、海外で活躍する先輩の話をするのは、将来に備えてとか、就職や資産形成のための情報として役立てるためだけではありません。

野球中心でがんばるにしても、野球以外の刺激、知らなかったことを知る驚きや、新たな価値観に触れることで、自分の脳みそとこれまで自分がつくってきた価値観を揺さぶるような経験をしてほしい。そういう経験は、とにかく多い方がいいし、揺さぶられることで自分自身が本当に大切にしたいことに気付くことができるのです。

(本記事は東洋館出版社刊の書籍『成長至上主義のチームデザイン――成長こそが慶應の野球』から一部転載)

【第1回連載】勝利至上主義を超えて。慶應義塾高校野球部・森林貴彦監督が実践する新しい指導哲学「成長至上主義」

【第2回連載】「高校野球は誰のものか?」慶應義塾高・森林貴彦監督が挑む“監督依存”からの脱出

【第3回連載】107年ぶり甲子園優勝を支えた「3本指」と「笑顔」。慶應義塾高校野球部、2つの成功の哲学

【第4回連載】高校野球の「勝ち」を「価値」に。慶應義塾が体現する、困難を乗り越えた先にある“成長至上主義”

<了>

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[PROFILE]
森林貴彦(もりばやし・たかひこ)
1973年生まれ、東京都出身。慶應義塾高校野球部監督。慶應義塾幼稚舎教諭。慶應義塾大学卒。大学では慶應義塾高校の大学生コーチを務める。卒業後、NTT勤務を経て、指導者を志し筑波大学大学院にてコーチングを学ぶ。慶應義塾幼稚舎教員をしながら、慶應義塾高校野球部コーチ、助監督を経て、2015年8月から同校監督に就任。2018年春、9年ぶりにセンバツ出場、同年夏10年ぶりに甲子園(夏)出場。2023年春、センバツ出場、同年夏に107年ぶりとなる甲子園(夏)の優勝を果たす。

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