
MLB観客300万人減少の異常事態も、収益は16年連続増加のわけ 堅実経営の行く末は?
昨シーズン、アメリカ・メジャーリーグ(MLB)の年間観客動員数が約300万人(4%)減少し、平均観客動員数は2年連続で3万人を割った。また今シーズンはさらなる減少を続けている。アメリカ4大プロスポーツの一つとして人気を博してきたメジャーリーグで起きているこの異常事態は、いったいなぜ起きているのだろうか?
(文=谷口輝世子、写真=Getty Images)
メジャーリーグに起きている異常事態
ことし1月、米経済誌『フォーブス』電子版が、メジャーリーグ機構の2018年シーズンの収益が103億ドル(約1兆1100億円)となり、16年連続で前年を上回ったと伝えた。 しかし、2018年のメジャーリーグの総観客動員数は6962万5244人で、2017年に比べると4%減。収益は増えたが、観客動員は減っているという奇妙な現象だった。総観客動員数が7000万人を下回ったのは、2013年以来のことだ。
フォーブスの記者マウリー・ブラウン氏は、観客動員が減少しているのに、リーグ全体の収益が増えたのは、これまでに契約したテレビの放映権料やスポンサーからの収入が大きいからだと分析している。
一方、2018年のメジャーリーガーの平均年俸は、2004年以来、初めてダウンに転じた。AP通信によると、MLB選手会の調べでは、2017年の平均年俸は409万7122ドルだったが、2018年の平均年俸は409万5686ドルに減少したという。選手会は1967年より選手の年俸を記録しているが、平均年俸が前年より減少したのは、過去50年あまりで4度しかない。
観客が減っているのに、メジャーリーグ機構の収益は前年度を上回った。しかし、その収益が16年連続で増えていることは、昨シーズンの選手の平均年俸額には反映されていない。
2019年シーズンも開幕から1カ月半が経過したが、メジャーリーグの観客数は低迷している。4月30日付けの『USATODAY』電子版によると、30球団中12球団で、前年と比べて開幕から4月末までの観客動員数が減っているそうだ。
昨シーズンの同時期と比べて最も減少幅が大きいのは、トロント・ブルージェイズで25%減。ミネソタ・ツインズが18%、サンフランシスコ・ジャイアンツが17%、マイアミ・マーリンズが16%、カンザスシティ・ロイヤルズが15%減。
昨年は開幕から寒い日が続いたことが観客動員に影響したといわれていたが、今シーズンは昨年よりも中止になった試合数は少なく、平均気温も前年度より高い。
今シーズンもこのまま観客動員が減少し、それに伴う場内の飲食店収入も減るかもしれないが、収入のアテはある。メジャーリーグはDAZNと2019年から3年契約を結んでおり、米FOXスポーツとは2022-28年の7年契約で延長して総額は約5800億円だとされている。
「堅実さ」が曇らせる「ワクワク感」
それにしても、なぜ観客は球場に足を運ばなくなったのか。
スマートフォンなどのデジタル端末で試合の経過やハイライトだけわかれば、多くのファンは満足できるからだろうか。短い動画やSNSを楽しむようになり、人々の注意持続時間が短くなっているという話もある。平均で3時間あまりかかるメジャーリーグの試合は、長すぎて退屈だからだろうか。野球の試合形式が、現代人のライフスタイルに合わなくなってきていることも一因かもしれない。メジャーリーグのロブ・マンフレッド コミッショナーは就任以来、試合時間の短縮に躍起になっている。
観客減の要因には、フロントの選手編成に、積極的に勝ちにいく姿勢が感じられない球団がいくつもあるということも挙げられるのではないか。
メジャーリーグでは2年続けて、フリーエージェント(FA)市場が冷え込んだ。今年のFA選手の目玉だったマニー・マチャドやブライス・ハーパーというメジャーを代表するFA選手の契約も、オフ期間には決まらなかった。オープン戦も半ばの3月になってマチャドはサンディエゴ・パドレスと10年総額3億ドル(約330億円)で契約。ハーパーはフィラデルフィア・フィリーズと13年、総額3億3000ドル(約370億円)で契約した。しかし、ヒューストン・アストロズからFAした2015年サイ・ヤング賞左腕のダラス・カイケルや、クローザーとして実績のあるクレイグ・キンブレルは、シーズンが始まっても未契約のままである。
FA市場がこれまでのような動きをしないのは、球団が経営のバランスシートを眺めて、賢いお金の使い方をしようとしているからだろう。FA選手に高額な年俸を支払い、球団の総年俸額が一定額を越えれば、超過額に対して「ぜいたく税」も支払わなければいけない。
メジャーリーグでは、ハーパーやマチャドのようにNPB(日本プロ野球)とケタ違いの年俸を得られることもあるが、メジャーの登録日数が3年に達するまでは年俸調停権がないため、球団はメジャーに昇格してきたばかりの若い選手とは、メジャーの最低年俸額の54万5000ドル(約6100万円)の支払いで済む。だから、金銭的な事情を最優先すると、若い選手と年俸の安い選手がロースターに並ぶことになる。
金銭的な理由から戦力で劣る球団は、下位に低迷することが多い。しかし、下位でシーズンを終えると、順位が下であることでドラフト指名順では優位になる。そこで優秀な若い選手を獲得できれば、メジャーに昇格しても3年間は年俸を抑えられるというサイクルもできる。
かつて話題になった映画『マネーボール』は予算の少ない球団が、いかに頭を使ってチーム編成をするかというストーリーで注目を集めたが、今は比較的裕福と思われる球団もお金の使い方にはシビアになった。堅実な経営といえばそれまでだが、ファンにしてみれば面白みに欠ける。
ファンが球場に足を運ぶ理由の一つは、「期待感」だろう。誰もが知っているスーパースター選手がFAになり、自分が応援している地元の球団と契約すれば、チームが強くなると期待が高まる。そのワクワク感が球場へと足を運ぶ動機になる。
今となっては、2010年に亡くなったニューヨーク・ヤンキースのジョージ・スタインブレナー元オーナーが、お金にものをいわせて、大物スターを次々に獲得していた頃が懐かしい。
お金にものをいわせるチーム編成は、いつも批判の的になった。2003年には、金持ち球団だけが強くなるのではなく、全球団の戦力が均衡し、観客にとって魅力的な試合が繰り広げられるように、前述した「ぜいたく税」が導入された。優勝争いできる球団が増えて、観客動員を増加させる効果があった。
しかし、ぜいたく税は年俸総額を限度額に納めなければいけないというサラリーキャップではない。年俸総額が一定の金額を超えれば、それに対して税を納めればよいのだから。だが、ここ数年、球団はサラリーキャップのように扱うようになっている。スター選手との巨額の契約を見送り、税の支払いも避けている。2018年にぜいたく税を払ったのはボストン・レッドソックスとワシントン・ナショナルズの2球団だけで、その総額は約1500万ドル。フォーブス誌のブラウン記者によれば、2003年以来最少額だったという。かつての名物オーナーたちのような「どうしても勝ちたい」というギラギラした意欲があまり見えない。
思い出す、イチローのひと言
近年のメジャーリーグは、グラウンドでのパフォーマンスをデータ化しただけではない。お金の使い方についてもオーナーの鶴の一声ではなく、バランスシートがものをいうようになったのだろう。今年の開幕戦で引退したイチロー氏は「2001年にアメリカに来てから、2019年の野球はまったく違う野球になりました。頭を使わなくてもできる野球になりつつあるような」と話した。イチロー氏の言葉は、経営のバランスシートとデータによる選手評価に価値を置くフロントにも、当てはまるのかもしれない。
手堅く賢い経営は、ファンにデータを分析するマニアックな喜びは与えているだろうが、「わかりやすいワクワク感」を削り取ってしまったのではないだろうか。
<了>
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