
西村拓真が海外再挑戦で掴んだ経験。「もう少し賢く自分らしさを出せればよかった」
6月21日、横浜F・マリノスが期限付き移籍中だった西村拓真の復帰を発表した。西村は今年2月からスイスリーグ1部のセルヴェットFCで半年間プレーし、リーグ戦14試合に出場して3得点をあげたが、買取オプションは行使されなかった。では西村のスイスでの戦いはどのようなものだったのだろう? 海外3クラブ目となる挑戦で何を求め、何を得たのか?
(文=中野吉之伴、写真=ZUMA Press/アフロ)
横浜F・マリノスはヨーロッパに近いサッカーをしていた
2024年2月から6月までの約半年間スイスリーグのセルヴェットFCでプレーした西村拓真。2018年に一度海外でプレーし、2020年に日本に戻った後、2024年に再び海外でプレーする機会を勝ち取った選手だ。
CSKAモスクワ(ロシア)、ポルティモネンセ(ポルトガル)に次ぐ3度目の海外クラブで西村はどのように過ごしていたのだろう? 新型コロナウィルスの影響で日本に帰る決断をせざるをえなかった中、ベガルタ仙台、そして横浜F・マリノスでの時間が濃厚であっても、どこかに海外への思いは薄れることなく留まり続けていたのはなぜだろう?
4月半ば、スイスリーグのバーゼル戦後にそんな西村に話を聞くことができた。この試合ベンチスタートだった西村は8分に味方FWが負傷退場したことで、早々に途中出場。ピッチに立つと弾かれたように走りだし、サイドに流れてパスを引き出して起点を作る場面が続く。190センチ級の選手が数多くいる中、体のぶつかり合いが激しいゲームとなった。
ヨーロッパでサッカーができている今の素直な感情について尋ねてみると、「楽しいです!」という答えがすぐに返ってきた。
「とにかくめっちゃ楽しいです。日本とは違うサッカーの中で、いろんなところでバトルがある。やっぱりこっちのサッカーは別ものといえるくらい違います。そんな中、マリノスで経験できたことは大きく自分を成長させてくれたと思います。マリノスはインテンシティが高かった。インテンシティの高いアタッキングフットボールで、よりヨーロッパに近いサッカーをしていました。もちろんこっちに戻ってくると日本とは全然違うなっていう部分もありますけど、もう来たからにはやるしかない。楽しいですね」
全体的に速くてでかい選手が多いスイスリーグ
スイスリーグは日本のサッカーファンからするとあまり馴染みがないリーグかもしれない。確かに世界的な名手が集うわけでも、世界に名だたるビッククラブがあるわけでもない。UEFAが発表するリーグランキングだと12位。だが、ステップアップリーグとして数多くの選手が育っているし、バーゼルやヤングボーイズといったUEFAチャンピオンズリーグ(CL)やUEFAヨーロッパリーグ(EL)で好成績を残しているクラブもある。近年UEFAユーロやFIFAワールドカップでスイス代表が見せている質の高いサッカーからはこの国のポテンシャルの高さを感じさせられる。
セルヴェットFCで主力として活躍している常本佳吾は「ヨーロッパ全体的にもそうですが、スイスリーグも全体的に速くてでかい選手が多い。練習中から切磋琢磨できるのはいい財産だなっていうふうに思います」と語ってくれたことがあったが、若手が屈強な選手がせめぎ合う強度の高いサッカーの経験を積んだり、ユーロ圏外の選手がヨーロッパサッカーに馴染むうえで注目を集めているリーグといえる。
ここ7シーズンで6度リーグ優勝しているヤングボーイズは“再生工場”として知られている。各国で活躍しきれなかった若手選手にセカンド・サードチャンスを与え、再び羽ばたくきっかけの場となりながら、チーム力をキープするために主力の放出はセーブしたりというバランスのいい移籍政策が成功している。ヤングボーイズに倣えではないが、他のクラブでもここでチャンスをつかもうと野心にあふれたタレント性のある若手選手が集ってきている。個性的なアイデアでチャレンジしたり、粗削りながら爆発的なスピードやパワーで躍動する選手がたくさんいて、その中でしのぎを削り合う。それこそバチバチにやりあっても審判の笛はあまり吹かれない。西村にとってそうした環境はまさに願ったりな場所であった。
ドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏に分かれ、共用語として英語が用いられる多民族国家として、普段からさまざまなルーツを持った人と接するのが日常なので、外国人選手に対するサポートも丁寧なところが多いのも特徴だ。グラスホッパーでプレーしていた川辺駿(現スタンダード・リエージュ)もそのような理由で馴染みやすさを強調していたが、西村も同様に疎外感を感じることなく飛び込めたと話してくれた。
「このチームは本当にみんなが快く受け入れてくれています。監督(編注:2022年に鹿島アントラーズを指揮したレネ・ヴァイラー)も日本人のことはよく知っているので、全然難しさは感じないです」
西村が真剣に“逆取材”をしてきた一幕
西村は加入後の公式戦5試合で4ゴールをあげるなど、上々の滑り出しをみせる。ただ3月中旬からチームが公式戦6試合連続未勝利と調子を崩したことも影響し、ゴールから遠ざかっていく。
「根本的に自分の実力をもっと高めていかなくちゃいけないなと思います。今苦しい時期ですけど、ここからどう自分がレベルアップできるか。ロシアで経験したところもありますし、その経験を生かして、次に向けていきたいです」
バーゼル戦後にそう語っていた西村だが、チーム事情から監督が西村に求める役割と西村自身が得意とするプレーとの間でギャップが生まれてしまう。今季スイスリーグ17試合で10ゴール3アシストをマークしていたクリス・ベディアが冬の移籍でブンデスリーガのウニオン・ベルリンへと移籍していたことで、ファンも首脳陣もチームを勝利に導くゴールを決めてくれる選手を熱望していた。そのような事情で西村にもベディアのようなプレーを求めていたのかもしれない。だがそれが、ダイナミックなプレーが特長な西村の動きに迷いを生じさせてしまう。プレーオフ5戦目の首位ヤングボーイズとの一戦だった。
「監督からは動きすぎずゴール前にいてくれとずっと言われているので、そこを意識していました」
そう試合を振り返る西村だが、ヤングボーイズのセンターバックコンビはどちらも長身でマンマークにも強い。ゴール前にいようとしてもそもそもボールが出てこないし、不利な体勢でパスを送られても苦しいプレーになってしまう。スタメン出場だったが、得点チャンスに絡むことなく58分に途中交代。
「もう少し賢く自分らしさを出せればよかったかなと思います。素直に戦っちゃっていた部分があった」
そう反省の弁を口にしていた西村の話を聞きながら、元日本代表FW岡崎慎司が話していたことを思い出した。「監督の指示を考えすぎちゃうと直感的な動きはできない」と。そのことを伝えると、西村が真剣に“逆取材”をしてきた。
「考えながらやってますけど、本当におっしゃる通り、考えているときは一個動きが遅れるシーンも多い。考えすぎてないときのほうが体は自然と動いてる。他にも何か岡崎さんは気になることを話されてましたか?」
ヤングボーイズ戦での象徴的なワンシーン
「言われたことを聞くだけではなくて、その中で自分でチャレンジできる瞬間を練習から探していくようにしていた」「相手にとって怖い動きができない選手は交代要員になってしまうから、自分の間合いでチャレンジしていくようにもしていた」。そんな岡崎の談話を伝えると、西村は「間合いとかタイミングか……」とつぶやき、しばらく考えていた。
「ありがとうございます。ちょっと意識してみます。いや、俺も試合前に言われて、迷ってたんです。どこまで聞くか聞かないかのバランスは難しいですよね」
ヤングボーイズ戦で象徴的なシーンが一つあった。左サイドでフリーでボールを受けるとカットインドリブルで仕掛けた場面だ。持ち込んでシュートではなく、切り返してパスを選択し、結果としてチャンスが潰えてしまった。迷いがない時だったら切り込んでそのままシュートに持ち込んでいたのでは?と尋ねると、西村はうなずきながら、「打ってる。迷ってるからそういう判断が遅れているのかもしれないですね、うん」と頭の中を整理していた。
「自分に何ができるか。考えすぎず、チャレンジしまくります」
インタビューの最後にそう力強く語ってくれた。
その後のプレーオフ最終戦とスイスカップ決勝ではベンチスタートで出場時間も短いまま終わった。チャレンジを実践する機会がほとんどなかったのは残念なことだ。ルガノとのスイスカップではPK戦の末に優勝を果たしたセルヴェット。西村もPK戦でゴールを決めた。だが、最終的にセルヴェットとは買取オプションが行使されず、横浜F・マリノスに復帰することが決まっている。
半年間という限られた時間で確かな結果を残すことは簡単ではない。チーム事情との兼ね合い、チームメイトとの相性だって関係してくる。だが海外に再度渡り、そこで戦い、チャレンジをし、苦悩しながら自分と向き合った時間は決して無駄なわけがない。気持ちを切り替えてまた立ち上がり、戦い続ける。より強靭に、より怖さのあるFWになるために力を蓄える時期だったと振り返る日がくることを信じて。
<了>
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