なぜドイツのスポーツ組織では18歳の理事が生まれるのか? 日本特有「実績信仰」の弊害
スポーツキャスターで元バレーボール日本代表の益子直美は、「監督が怒ってはいけない大会」の設立など日本のスポーツの育成環境に一石を投じた存在だ。現在は日本スポーツ協会スポーツ少年団本部長も務めており、2023年に彼女はドイツまで足を運んで研修を行い、たくさんの驚きがあったという。多くの若い人材が活躍するドイツスポーツ界のガバナンスに学ぶ知見とは?
(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=AP/アフロ)
益子直美がドイツ研修で受けた大きな衝撃
どんな組織でも人材育成はとても重要なファクターになる。どれだけ優れた人材がいたとしても、結果として特定の人物への依存度が高くなりすぎてしまうと、風通しはどうしても悪くなってしまう。限られた個人の頑張りがなければうまく回らない組織に機能性はないし、ちょっとしたことで崩れてしまう危険を常にはらんでいるものだ。
では人材育成をうまく進めるために、どんな取り組みや仕組みづくりが必要なのだろうか? 日本国内でも明確なビジョンとコンセプトで組織づくりができているところもたくさんあるだろう。そんななか、元女子バレーボール日本代表で、現在日本スポーツ協会スポーツ少年団本部長を務めている益子直美が夏に訪れたドイツ研修で大きな衝撃を受けたという。日独スポーツ少年団同時交流50回記念だった。
益子はドイツのどんなところに驚いたのだろうか?
「やっぱり人材がとにかく若かったことに驚きました。人材育成がすごく進んでいるなって思いましたね。若い方たちが主要のスタッフとして活動されていることには本当にびっくりしました」
ドイツにはスポーツユーゲントというスポーツ少年団と似たような組織がある。国際経験豊かな指導者を育成するため、日本とドイツ両国のスポーツ少年団のリーダーたちが互いに相手国を訪問し、スポーツを通じた交流や視察研修等のプログラムを実施する交流事業が1974年以来、長年行われている。 「スポーツユーゲントの理事に入っているメンバーに20代前半のスタッフもいて。一番若い子は18歳だったと思います。『えーっ! 18歳?』ってびっくりしました。この先ドイツがオリンピックの候補地に手を挙げたときに、こうした若い人たちが最前線で活躍できるように計画的に人材を育成しているのだなと、ドイツのどこに行っても感じられましたね」
「僕の前任者はもうすぐ60歳になる年だったんですが…」
筆者もここ最近ドイツのとある地域サッカー協会の審判インストラクターで理事を務める方と話したことがあるが、その彼も35歳。その地域で審判に興味がある人の最初の講習会を担当し、地域の審判団をまとめ上げる役割を担っている。理事交代はどのような経緯で行われたのかを尋ねてみたら、次のように答えてくれた。
「僕の前任者はもうすぐ60歳になる年だったんですが、『自分のような世代の人は後進に譲らなきゃいけないから、あとは任した』という感じで席を明け渡してくれたんです。僕はもっと責任感を持って取り組みたいと思っていたので立候補しました」
にこやかに、当たり前のことのように話してくれた彼。そこでスッと手を挙げる彼もすごいと思うが、そのような環境をつくり出した前任者の引き際の見事さもとても印象的だ。益子も同意してこんな話を続けてくれた。
「秋口の10月終わりから11月に両国指導者による日独スポーツ少年団指導者交流が行われています。ドイツから来てくださった指導者の方たちとの歓迎会の初日にご飯を一緒に食べたんですけど、みなさんすごく若くて。そこでもびっくりしました。もちろんベテランの方も2人ぐらいいるんですけど、本当に20代、30代と若い方たちが率先して日本に来ているんです。やっぱり意識の高さを感じますし、日本からももっともっと若い指導者さんたちに、外に出ていってもらいたいなっていう思いがすごく強まりました」
日本でも若い世代がもっと積極的にチャレンジできる環境づくりへの変革が求められているのではないだろうか。長年尽力されている方々を貶めようという意図はまったくない。そのような方々の努力と取り組みがあったからこそ、今の日本のスポーツの土台が築かれたのは間違いない。
ただ、責任感の強さが逆に若い世代が成長するチャンスを阻んでしまっているなら、それはもったいないし、悲しいことではないか。自分が抜けると心配だからと、ずっと要職に留まることで生じる停滞感やデメリットについても、もっとオープンに考察されるべきだろう。
「ドイツで若い世代の方々が活躍しているのを見て、いつまでも重鎮に頼るようではダメだなっていうのはすごく感じました。ではみなさん任期ギリギリまで勤められる方が多いなか、どうしたら若い人たちが入ってこれる仕組みや雰囲気をつくれるのか。ドイツから帰ってきてこれまで以上に考えるようになりましたね」
なぜ欧州では30代の校長が生まれるのか?
若い人たちが責任あるポストにつきやすい仕組みややり方があるのだろうか。益子はドイツで興味深い取り組みを耳にしたという。
「ガバナンスがしっかりとしていると聞きました。例えば27歳以下から2人というのがルールとして決まっていると伺いました。さらにそれぞれの年代ごとにあるいは女性が何人、何%以上は入るというルールもあるのかもしれません。今日本でも、女性が何%とかっていうのでいろいろやっていますし、男女比はガバナンスに出されて改善が少しずつ進んでいますけど、ただ年齢のところはまだほとんどないですよね」
こうしたガバナンスが整理しきれない背景に日本特有の“実績信仰”があるかもしれない。理事とか役員とかそうした役職における実績がない人を招き入れるのにはなかなか積極的になれない。“前例がない”ことをするのにどうしても奥手になってしまう風潮がある。
だが、誰でも最初は実績はないのだ。誰もが経験を少しずつ積み重ねなければならない。なのに、今すぐに結果を出さなければならないという縛りがきつすぎると前に進めない。適性のある人をポストに据えることで生じるメリットに目を向ける考えがもう少し強くなってもいいのかもしれない。長期的な視野で見たときに間違いなく大きな力になりうるはずだ。
「ここ2年ぐらいが勝負なんじゃないかなって
また、例えばドイツやオランダでは、学校で校長になる人は、そのための教職を大学で取得しなければならないと聞く。学校で先生をやる人と校長をやる人に求められるタスクとスキルがまったく異なるからだ。校長として学校運営するためには経営学を学ばなければいけないし、人材マネジメントも必要だし、チームビルディングへの知識も必須になる。それは子どもたちと向き合う先生に求められるそれとまったく別のタスクでありスキルだ。30代で校長やダイレクターを務める人が欧州では普通にいる。
日本ではどうだろう?
同じように指導者やスタッフにしても、それぞれスペシャリストとして適材適所で人材育成をして、輩出していく仕組みやシステムづくりがあったほうが、歯車はうまく回るようになる。若いころから適性を持っている人材が経験を積んで、いろんなことを学べる環境が当たり前にあってほしい。
「いまの時代、本当に学ぶべきものがたくさんあって、どんどん進化しています。正直時代の変化についていくのに必死ですよ。いろんなことがどんどん多様化していく。スポーツだけじゃなくって、ほんとうにいろんな角度から学ばないといけないんだなって実感しています。すごく困ってます(苦笑)
でも学校も含めて今が変化のときです。今後数年でいろいろ変わってくるでしょうし、変わらないといけないでしょう。スポーツの立ち位置とかあり方とか関わり合い方とか、再認識しなきゃいけない時期だと思うんです。ここ2年ぐらいが勝負なんじゃないかなってすごく感じています」
変わるためにはチャレンジしても受け止めてもらえるがっちりとした土台が必要だ。そしていいことはいいと言い、ダメなことはダメと毅然と伝えられる“大人”の存在が大切になる。甘やかすか厳しくするかではない。若手かベテランかでもない。やるべきことを正しく継承していく人材育成への取り組みが欠かせないのだ。
【後編はこちら】監督がいないと子供達はどう行動する? 続出する「スポーツ界のハラスメント」と向き合うヒント
<了>
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