指揮官“怒りのインタビュー”が呼んだ共感。「不条理な5連戦」でWEリーグ・新潟が示した執念と理念

Opinion
2024.04.04

WEリーグのアルビレックス新潟レディースが、3月後半の5連戦を勝ち越し、“3強”に割って入る形で後半の優勝争いに名乗りを上げている。一方、2週間でアウェー3試合を含む5試合という過酷な日程に対し、試合後のインタビューで橋川和晃監督は怒りを隠そうとしなかった。厳しい冬と連戦の逆境を乗り越え、新潟が見せる強さの理由に迫る。

(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=松尾/アフロスポーツ)

過酷な5連戦の背景

WEリーグで、アルビレックス新潟レディースが優勝争いに名乗りを上げた。3月29日のWEリーグ第13節・ノジマステラ相模原戦に1-0で勝利し、暫定3位をキープ。残り8試合で、タイトルを狙える位置につけている。

だが、試合後のフラッシュインタビューに登場した新潟の橋川和晃監督は、喜びの言葉ではなく、怒りを込めた強い口調でこう訴えた。

「戦術的なことは関係ないです。魂のこもったゲームです。選手は素晴らしいし、スタッフも素晴らしかった。これだけの(過密)日程をスタッフはマネジメントして、選手は戦いました。他に何を望みますか?」

それ以上のことを話すことなく、橋川監督はインタビューを打ち切った。その強烈なメッセージからは、2週間で5連戦という不条理な日程を強いられたことへの抗議の思いが伝わってきた。

これにいち早く呼応したのが、首位を走るINAC神戸のGK山下杏也加だ。山下は、「新潟Lの連戦は異常でしかない」とXでポストし、大きな反響を呼んだ。また山下だけでなく、他のチームや下のカテゴリーの選手たちもその日程に疑問を投げかけている。

WEリーグは今季、代表の日程やAFC(アジアサッカー連盟)が主催するAFC女子チャンピオンズリーグ(女子ACL)のプレ大会の日程などに押される形で、3月の中断明けから5月25日の閉幕までの3カ月弱で全15節を戦うハードな日程となっている。

中でも新潟と浦和は、3月後半の2週間で、アウェイ3試合を含む5連戦。その背景には、浦和が出場していた女子ACLのプレ大会の決勝がリーグ開催日と重なったことがある。その時点で過酷な日程になることがわかり、新潟は代替日として5月中旬開催を提案したが、リーグにより却下され、3月27日に繰り上げられた。

その後、プレ大会の決勝はAFCの判断によって中止となっている。だが、直前のために日程変更はされず、この大会に向けて調整してきた浦和と、日程変更に振り回された新潟は被害者となった。

ナイターの後のバス移動で帰宅は深夜に

新潟は5連戦のラスト2試合が中2日のアウェーで浦和、相模原と続いたため、移動の負担を減らすため、栃木で調整して30日のN相模原戦に臨んだ。宿泊費などで費用はかさむが、背に腹は変えられなかった。

上尾野辺めぐみは「上位にいくために選手やスタッフだけでなく、フロントも考えてくれて、(新潟に帰らず)関東に残してもらえました。だからこそ、自分たちが結果を出さなければいけないという思いがありました」と明かす。

それでも、連戦で溜まった疲労はピークに達していた。キャプテンの川澄奈穂美が「全体的に重さがあった」と振り返るように、前半はN相模原に押し込まれる時間が長かった。それでも、今季掲げてきた「堅守柔攻」を徹底し、GK平尾知佳を中心に相手のクロス攻撃をシャットアウト。57分、相手の最終ラインの連係ミスを見逃さなかった川澄のループシュートが決勝点となった。

試合後、選手たちの表情には安堵の色がにじんでいた。ただし、試合はナイターだったため、勝利の余韻に浸る間もなく、チームは20時半すぎにスタジアムを出発。新潟に戻る頃には深夜0時を過ぎていたはずだ。

「5試合連続で、もうボロボロですよ。戦術どうこうではなく、それをやってくれた選手たちは素晴らしいし、この状況をマネジメントしたスタッフにも感謝したい。相手の分析、セットプレー(の分析)、コンディション(管理)、洗濯を夜遅くまで行って帰ってきて、少ない人数で回してくれて……本当に、よくやってくれたなと思います」

記者会見で、言葉を途切れさせながら語った橋川監督の目には光るものがあった。

クラブ、選手の負担見直す必要性も

J1では、全クラブへの均等配分金として2.5億円、そのほかに、順位や人気によって変動する理念配分金を用意している。一方、女子のトップリーグであるWEリーグは、均等配分金が4000万円。各クラブがWEリーグに収める年会費2000万円(J1は4000万円)を差し引けば、実質2000万円しか残らない。リーグ運営の原資となる放映権料やスポンサー料が増えなければ、その影響は各クラブに及ぶ。

各クラブは、限られた予算の中でリーグが定める選手の最低年俸(年俸270万円のプロ契約選手を15人以上、うち5人以上が年俸460万円以上のA契約)を準備する必要があり、少数精鋭で戦っているチームも少なくない。

橋川監督によると「ターンオーバーできるほどの選手層はありません。新加入選手が5人加わってようやく紅白戦ができるようになったぐらいです」という。人数が少なければ、連戦の負担も大きくなる。

WEリーグの年間試合数は30試合前後だが、欧州の女子強豪クラブの中には50試合以上を戦っているクラブもあり、過密日程によって増えているケガの多さが深刻な問題になっている。興行として成り立たせるためにある程度の試合数を確保していく必要はあるものの、リーグとクラブのコンセンサスや、そのための環境整備が不可欠だと感じる。

WEリーグも、今回の過密日程の件に限らず、運営面ではクラブや現場の声が反映されていない部分が多いように感じる。

新潟の山本英明社長は、N相模原戦後に自身のXで「WEリーグは公益社団(法人)なので、構成員である社員=クラブ(選手チーム)にもっと寄り添い、公平公正に向き合えると未来は明るくなると考えます」と発信した。

新潟は冬場は雪の影響で練習場が使えない時期も長く、WEリーグが発足して秋春制になってからは練習場の確保にも苦労してきた。環境改善に向けては、現役のプロサッカー選手として初めてJFA理事になった川澄奈穂美を筆頭に、選手も発信しているが、現状変化はない。

WEリーグは、「Women Empowerment(女性のエンパワーメント)」というキーワードが象徴する社会理念の浸透に力を入れてきた。一方で、競技面や運営面の未解決課題は多く、対応も遅れがちだ。試合後の会見中、橋川監督は「(女子)選手たちが輝くことが一番の理念じゃないですか」と、アスリートファーストの原点に立ち戻る必要性を訴えた。

逆境の中でタイトル争いを支える新潟のサッカーとは?

そのような逆境の中でも、新潟は今季、タイトル争いができる位置につけている。14節を終えて9勝2分3敗。“3強”と言われるINAC神戸、浦和、東京NBに食らいつき、浦和に次ぐ3位の座をキープしてきた。

現役の代表選手はGK平尾一人しかいない。だが、過去にワールドカップを経験した川澄や上尾野辺、五輪予選に出場した川村優理ら経験のある選手が多く、世代別代表候補に入った選手たちが、ハードワークを徹底。得点数は「14」で他の強豪に比べると少ないが、無失点試合が「8」と守備が堅く、1点差の勝利は7試合と、ゲームコントロールが光る。

WEリーグでは2021年が8位、昨年は10位と下位に低迷。だが、今季は開幕前のリーグカップで準優勝という結果を残し、リーグ戦でも好調を維持している。その要因を探ると、2つの大きな変化が見えてくる。

一つは、今季就任した橋川監督の下で、目指すサッカーが明確になったことだ。

「トップチームですから、目標は1点差でもいいからとにかく勝つこと。それがプレーモデルの一番にあります。2点、3点取れるチームになれたらいいけれど、今はこの勝ち方ができるのが強みです」(橋川監督)

ロースコアで1点差の試合はスペクタクルに欠けることも多いが、新潟のサッカーは見ていてまったくストレスを感じない。

指揮官は昨年7月の就任後、「堅守柔攻」というコンセプトとともに明確なプレーモデルを示し、選手が自主的に判断してプレーできるスタイルを構築。試合中の選手同士のコミュニケーション量は明らかに増え、相手の戦い方に応じてハイプレス、リトリート、ボール保持、カウンターと、狙いが明確になった。司令塔の上尾野辺は、「守備は(コースの)切り方がわかりやすくてスムーズにできているし、ボールを受けてからみんながはっきりアクションしてくれるので、パスを出しやすいです」と、変化を口にした。

個も躍動している。最前線の石淵萌実が縦への推進力をもたらし、海外挑戦を終えて国内復帰した川澄は正確なクロスで起点に。ケガから2年ぶりにピッチに戻ってきた川村は、勝負どころを見逃さない玄人好みのプレーを見せている。また、サイドアタッカーだった園田瑞貴は初挑戦の左サイドバックで相手の脅威となり、滝川結女はストライカーとして進化を続けている。

変化した雰囲気「厳しいことを言う選手がマイノリティにならない」

2つ目は、練習の質の変化だ。上尾野辺は、「誰が出ても自分たちがやりたいサッカーを意思統一してできています」と語気を強めた。小さなミスをそのままにせず、成功したプレーも、質を上げるために妥協しない。上尾野辺は言う。

「練習の雰囲気が変わりました。以前、結果がついてこない時期は練習で覇気がなくて、『どうしたら勝てるんだろう?』と不安が重なって、結果が出なくてずるずるいってしまう状況だったのですが、今季はカップ戦で決勝までいけて、『自分たちも戦えるぞ』とわかりましたし、レギュラー争いもバチバチです」

加入1年目ながら、橋川監督からキャプテンマークを託された川澄は、チームの雰囲気を変えた一人だろう。ほんの小さな緩みを見逃さず、勝者のメンタリティーも知っている。

「お金を払って見てくれている人たちを相手にしている職業なので、その厳しさは練習から伝えています。ただ、それができるのは、本当に(新潟の)厳しい時代を知っている上尾野辺や川村、代表の平尾がいてくれるからこそだと思いますし、(中堅の)杉田(亜未)や道上(彩花)も経験を生かしてくれているので、バランスはすごく取れているなと。厳しいことを言う選手がマイノリティにならないし、(自分が)言っていることに対しても、みんながついてきてくれる感じがあります」(川澄)

そのベテラン選手たちとも信頼関係を築いてチームの自主性を引き出し、時には選手以上に熱さを全面に出してチームの手綱を締める指揮官のマネジメントも、チームの原動力だ。守護神の平尾は言う。

「監督は自分たちのことを信頼して、何もかも直球で投げてくれます。試合に来られなかったメンバーも、ベンチのメンバーもスタメン組も、同じぐらい選手を愛してくれているのが伝わりますし、監督のために勝利を届けたいと思わせてくれる人です」

WEリーグは残り9節。4月は代表戦を挟んで14日に第14節が行われる。束の間の休みを経て、タイトルレースは佳境を迎える。

厳しい冬と連戦の逆境を乗り越えた新潟は、強豪の背中に食らいつきながら、クラブ初タイトルに向けてここからさらにチームを仕上げていく。

<了>

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