秋春制のメリットを享受できていないWEリーグ。「世界一の女子サッカー」を目指すために必要なこと
「WEリーグ」は、Women Empowerment Leagueの略称だ。ジェンダー平等を目指し、リーグの参入基準に役員の一定数を女性にすることを定め、プロリーグで活躍する女性指導者や審判が少ない現状を変えるために活躍の場を提供している。その一方で、競技力向上の観点からは外からの刺激も必要だろう。ただし、秋春制の焦点だった外国人選手や指導者の招聘は苦戦を強いられている。WEリーグの髙田春奈チェアに、ジェンダー平等の社会理念と「世界一の女子サッカーリーグ」を両輪で進めていく上で必要なことを聞いた。
(インタビュー・構成・写真=松原渓[REAL SPORTS編集部])
ジェンダー平等社会を牽引するために
ーーWEリーグはジェンダー平等の社会理念を掲げて、クラブの役員や指導者、審判、実況など女性に積極的に機会を提供しています。一方、海外のプロリーグほどの土台がない中で、リーグが目指す競技レベルの向上との矛盾を指摘する声もありますが、どのように認識されていますか?
髙田:私がWEリーグに来て一番違和感があったのが、サッカー事業と社会事業を分けて捉えていることです。女子プロサッカーリーグが社会事業をやることには必然性があると思うので、今、そこをつなげていく作業をしています。理事や職員の皆さんと話をして、「だから私たちは女性の地位を高めなければいけないんだ」という話をしています。その一方で、役員、審判、実況などもある程度女性でやっていこう、ということはまずスタート地点として取り入れたと思いますが、もう少しこうしたらいいよね、と改善するべきところはあります。両立できないことはないと思いますが、やり方を変える必要はあるのではないかと思います。
ーー掲げている理想と現実をつなげていく作業をされているのですね。
髙田:そうですね。機会を与えることで「女性だから」と言われてしまうことに対してきちんと反論をするためにも、制度や実際に今いらっしゃる方たちの位置付けを明確にしていかなければいけないと思っています。頑張っている方たちが追い目を感じながらやるのは、良くないなと思いますから。
サッカー界全体で、それぞれのパーツで動いていることで独立性があるのは良いと思いますが、サッカー界全体を向上させて人気を保つためには連携が必要です。私はJFA(日本サッカー協会)にもJリーグにも入らせていただいているので、WEリーグとつないでいくことも自分の役割だと思っています。どこかが良ければどこかが悪かったりと、矛盾が起こらないようにサッカー界全体で取り組まなければいけないと思います。
秋春制の意義だった外国籍選手招聘の現状は
ーーWEリーグで秋春制を導入した理由の一つは外国籍選手の招聘だったと思います。コロナ禍では難しい面もありましたが、世界的に日常が戻ってきたにもかかわらず、外国籍選手が増えていない現状についてはどう考えていますか?
髙田:シーズン移行については、海外とカレンダーを合わせるという観点もあると思いますが、これから日本のサッカー界全体がシーズンを移行していく流れがある中で、シーズンを戻すことはないと、はっきり言えると思います。ただ、せっかくシーズンを海外と同じ秋春制に合わせているにも関わらず、そのメリットを享受できていない部分は課題だと感じています。
外国籍選手獲得の支援制度の見直しは早いタイミングでやろう、と実行委員会で話をしているのですが、各クラブの方からすると、経営状況的には、外国籍選手を招聘することに対してそこまでモチベーションが高くはないのです。優先順位としては高めたかったのですが、「そこまででもなかったな」というのが正直なところです。
日本に来た選手が帰ってしまうという問題に関しては、単純な制度や報酬の問題だけではなく、環境や文化の問題もあると思います。文化というのは、指導者と選手の関係性もあって、ただでさえ言葉が通じないのに、「監督が言っていることがわからない」とか、「休みの日に一緒に過ごす仲間がいない」など、いろいろな要素で馴染めない選手もいますから、他に行く場所があれば行ってしまうだろうな、と。文化を変えるというのは相当に大きなことだと理解しているので、来日した選手のサポート体制も含めて見直していく必要がありますね。
ーー厳しい現状がありますね。ただ90年代、なでしこリーグに世界中からスター選手が集まっていた華やかな時代の前例もあります。
髙田:当時に比べると海外のリーグが発展して、レベルの高い環境が増えたことで日本が選択されなくなっているという流れはあると思います。Jリーグであれば、クラブが車や家、通訳などを用意して生活の面倒を見てくれていますが、今のWEリーグにはそういう点で先立つものがないことも一つのハードルですね。
WEリーグではマイナビ仙台レディースなどがその点で先行投資をしてくださっているので、そういうクラブが実績を出してくれると、他のクラブもメリットを感じてくれると思います。リーグとしては、クラブの強化担当者の皆さんが海外のクラブとの接点を作れるような機会を増やすこともやるべきだと思っています。
ーー指導者についてはどうでしょうか。Jリーグとシーズンが違う現状では、Jリーグで経験豊富な指導者がWEリーグで指揮を執ることが難しい面があると思います。
髙田:その問題も、今後議題に上げて話し合っていきたいですね。他のカテゴリーに先んじてWEリーグだけが秋春制に変更しましたが、サッカー界全体でスケジュールを動かそうとしているのだったら、先行してシーズンを移行したWEリーグが何かしらのフィードバックを出すとか、WEリーグがやっていることに対して何かしらの支援をいただくとか、そういうことをつないでいくことも自分の役割だと思っています。
競技レベル向上に必要なこととは?
ーー日本ではS級を取るハードルの高さがありますが、選手同様、外国籍コーチなどを招聘することは考えていないのでしょうか。
髙田:現段階でそこまで積極的に考えているわけではないですが、クラブからは「外国籍選手を獲得する支援をしてくれるのだったら、スタッフにはないのですか?」という質問をいただくこともあるので、そこは考える余地があると思います。
ーーWEリーガーの海外挑戦も増えています。Jリーグでは海外で成長した選手が戻ってきてリーグを盛り上げるサイクルが増えていますが、WEリーグはまだその前例が少ない中で、どのようにご覧になっていますか。
髙田:選手たちが海外へ出ていってしまうことについては、率直に悔しいと感じますね。やはりWEリーグという場所が選手たちにとって最高峰じゃなくなってしまっているわけですから。女子はそこまで海外との報酬に差があるわけではないですし…。隣の芝生が青いところもあるのかな?と考えた時に、まずはWEリーグの魅力を高めて、無理に引き止めるのではなく、外から見て「WEリーグも良かったな」と思えるようにしたいなと。
あと、海外のクラブに所属をしている日本人の方と話をすると、海外から選手を呼びたい思った時に一番効果的なのは、海外に行った日本人選手が広報をしてくれることだと聞きます。海外に挑戦をした選手がクラブやリーグの魅力を伝えてくれることができれば、「行ってみようかな」という選手も出てくるかもしれない。その意味でも、まずは選手たちに自分たちがいる場所を誇りに思ってもらうことが必要なのかなと思います。
ーー明確な指標を持っていろいろな課題と向き合っているのですね。課題解決のスピード感という点でも期待しています。
髙田:はい。体制を整えるのに時間がかかりましたが、当たり前のことを当たり前のようにできるようになりました。議題がたくさんある中で、どれを優先的にやれば良いかを考えていくと、案件によっては時間がかかるものもあるかもしれません。それを判断したり、変えていくことは、簡単に見えて実はそれが一番難しいことだと思うので。多くの人たちと議論しながら、日々取り組んでいきます。
ーーチェアは2年間という任期がありますが、これだけはやっておきたい、というテーマはありますか?
髙田:特に何かを、というよりは、まずこのマイナスの状況から脱却したいと思っています。私が2年しかいないにしても、次の人に渡せる状態にするということを一番の目標に置いている感じですね。たとえやりたいことが途中経過のままになったとしても、このままいけば良いだろう、と安心して渡せる状態にしないと次の人に失礼だと思っているので。そこは意識して、これからも取り組んでいきます。
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<了>
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[PROFILE]
髙田春奈(たかた・はるな)
1977年5月17日生まれ、長崎県佐世保市出身。国際基督教大学を卒業後、ソニーで4年半勤務し2005年独立。2018年JクラブのⅤ・ファーレン長崎の上席執行役員に就任。2020年同クラブの代表取締役社長就任。現在は東京大学大学院教育学研究科博士課程に在籍し、教育思想の研究を継続している。2022年3月Jリーグ常勤理事、JFA 理事に就任。Jリーグでは社会連携他、複数の部門を担当した。同年9月にWEリーグの2代目チェアに就任。Jリーグ特任理事とJFA副会長も務める。
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