
W杯イヤー、なでしこ奮起も”中継なし”に危機感。SNSで発信続けた川澄奈穂美の思いとは?
今年7月にFIFA女子ワールドカップを控え、チームの強化を進めているなでしこジャパン。しかし、試合はテレビでもインターネットでも中継されない――。2月17日から23日(日本時間)にかけてアメリカで行われた4カ国対抗「SheBelieves Cup(シービリーブズカップ)」は、“メディアに取り上げられないこと”の怖さを痛感する大会だった。
(文・撮影=松原渓[REAL SPORTS編集部])
大会参加4カ国のうち、中継も配信もなかったのは日本だけ
FIFAランク11位の日本は、今大会で同1位のアメリカ、6位のカナダ、9位のブラジルと対戦。ワールドカップに向けて試金石となる大会だったが、国内ではほとんどニュースにならなかった。今大会に参加した4カ国のうち、テレビ中継もインターネット配信もしなかったのは日本だけだった。
その状況にいち早く声を上げたのが、2011年のFIFA女子ワールドカップドイツ大会優勝メンバーで、現在はアメリカのナショナル・ウィメンズリーグ(NWSL)でプレーする川澄奈穂美と永里優季だ。
大会直前、川澄は「こんな良い試合を日本では観れないだなんて ファン・サポーターのみなさん、離れていかないでください」と発信。永里は「今年はワールドカップイヤーなのにクレイジーだ」とツイートした。
この両ツイートが反響を呼び、日本のサポーターからも続々と切実な声が上がった。後日、日本サッカー協会は日本戦3試合をディレイ配信することをアナウンスした。協会関係者によると、「ギリギリまでテレビ局と交渉していましたが、放映権の買い手が見つからなかった」のだという。放映権が高騰していることや、2015年以降、なでしこジャパンが国際大会で目に見える結果を出していないこと、2021年に開幕した「WEリーグ」の認知度が低いことなども要因として考えられる。
では、他国はどうだろうか?
アメリカは世界一の女子サッカー大国で、競技人口が160万人超といわれる。代表戦のチケットは売り切れ、プロモーションにも予算やマンパワーを割き、興行として成立させている。
ヨーロッパでは地域密着が根本にあり、男女関係なくサッカーを「観る文化」が成熟している。UEFAによると、ドイツの女子サッカーの競技人口は約20万人前後で推移している。日本は3万人前後だ。
川澄奈穂美の提言「協会がなでしこの存在をどう捉えているのか」
競技発展に欠かせないマーケティングやプロモーションでも強豪国との“温度差”は大きい。
川澄は、「日本で試合の中継がないことは非常に残念で、悔しく、情けなく、怒りに似た感情もあったというのが正直なところです」と言う。そして、大会中は日本のファンのために、試合をリアルタイムでツイートした。アメリカのチームメートや日本の注目選手などの貴重な情報も織り交ぜながら。行間には、強い思いが込められていた。
「今の時代、地上波でなくてもファン・サポーターの皆さまに試合を観ていただく方法はいくらでもあります。そこに手間やコストがかかることも十二分に理解できますが、それを届けるのが(日本サッカー)協会の仕事です。今年はワールドカップイヤーで、日本はアジア唯一の優勝経験国です。近年世界大会で結果は出ていませんが、結果に左右されない人気づくりの努力は不可欠だと思います。
昨年男子がワールドカップで強豪国に勝利し、日本サッカーを盛り上げてくれました。同じ仲間であればその流れにうまく乗って、『今年は女子の番だ!』と力を入れるはずです。協会がなでしこの存在をどう捉えているのかを目の当たりにして、とても悔しかったです。本来であれば、サッカーに興味のない層にどうアプローチして人気拡大を図るか考える段階だと思いますが、今回の一件は今までのファン・サポーターの皆さまでさえないがしろにした対応とも感じました。
女子サッカー大国アメリカに精通する者として、日本は課題が山積みだと感じています。今までもいろいろと意見してきましたが、なるべく大勢の人を巻き込む行動をすべきだと感じ、試合の速報ツイートをしました。想像以上の反響をいただき、日本の女子サッカーもまだまだ捨てたもんじゃないと思いましたし、皆さまからのありがたい反応を未来にしっかりとつなげていきたいと心から思っています」
川澄はアメリカに渡ってから、今年で9季目になる。その間、日本の国内リーグを欠かさずチェックし、女子サッカー大国の強さや集客力など、日本女子サッカー発展のヒントを発信し続けてきた。5カ国でプレーし、海外生活が14年目に突入した永里も、YouTubeのチャンネルで折に触れてWEリーグの見どころなどを取り上げている。川澄は言う。
「今回のシービリーブズカップを観た(アメリカの)チームメートから、なでしこジャパンのサッカーに高い評価をもらいました。当然、本番までにまだまだ修正点もありますが、全員で良い準備をしてほしいです。そして、やはり結果を出してほしい。選手たちがそのことを一番感じていると思いますが、女子サッカーの人気は代表の結果に大きく左右されます。WEリーグが始まって2年。このプロリーグを発展させ、サッカー少女が“夢”をつないでいける日本女子サッカー界になっていくことを願っています」
熊谷紗希「この短期間で、目指している方向に前進できた」
今大会に出場したなでしこジャパンの選手たちも、試合が中継されない状況の深刻さをそれぞれに受け止めていた。その中で、「自分たちが結果を残すしかない」という責任感や危機感は、戦いぶりにも表れていた。
初戦のブラジルと2戦目のアメリカにはいずれも0-1で敗れたが、球際や運動量で一歩も引かず、2試合とも相手を上回るシュートを放った。2万5000人超が入った“完全アウェー”のアメリカ戦でも雰囲気に飲まれることなく、世界女王をギリギリまで追い詰めた。
第3戦では、それまでの決定力不足を晴らすかのような戦いぶりで、東京五輪女王のカナダに3-0で快勝。池田太監督は試合後、「勝利への意地を見せたかった。選手たちがしっかり表現してくれました」と語気を強めた。
若手と中堅とベテラン、海外組と国内組の融合や3バックの連係向上など、さまざまな収穫があった。キャプテンのDF熊谷紗希は「この短期間で、自分たちが目指している方向に向かって前進できた手応えがあります」と、チームが得た自信を代弁した。
なでしこジャパンがワールドカップで優勝した2011年以前は、試合が中継されないこともあった。優勝後に“なでしこフィーバー”が席巻し、状況は変わったが、現在は再び、優勝前に戻ってしまった感がある。
この状況を変えるために、夏のワールドカップでなでしこジャパンが結果を出すことは不可欠だろう。その上で、放映権などのマーケティングと国内リーグのレベルアップを両輪で進め、選手の魅力やリーグの価値を世界に向けて効果的に発信できるよう、日本サッカー協会とWEリーグの取り組みにも期待したい。
<了>
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