張本美和が秘める可能性。負ける姿が想像できない、パリ五輪女子卓球の“決定打”
2024年6月30日。WTTコンテンダー・チュニスの女子シングルス決勝で張本美和が圧巻のパフォーマンスを見せた。決勝戦の相手は、今季好調の大藤沙月。しかし、その大藤をゲームカウント4-0で下し、まったく隙のない姿を見せた。パリ五輪に向けて、順調に上昇曲線を描いていく張本美和。兄・張本智和と共に、最強・中国の選手を相手にした“大物食い”も期待される。だが、張本美和はとにかくプレーに隙がない。兄とは違う強み。その強さの「源」は何か。そこには卓球において一番大切な要素があった。
(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)
類いまれな「爆発力」が魅力の張本兄妹
張本兄妹の魅力といえば、類いまれな「爆発力」だろう。特に兄・智和は時に卓球大国・中国のレギュラー陣までもおびやかし、これまで樊振東と何度も激闘を繰り広げた。強豪のヨーロッパ勢が相手となると、“ドイツの英雄”ティモ・ボル、世界ランキング1位になった経験を持つドミトリ・オフチャロフを何度も倒し、各国で会場を沸かせてきた。張本智和の激闘の名場面は、数え上げるとキリがない。
一方で、張本智和には思わぬ取りこぼしもある。彼が出場した国際大会を見ていて「取りこぼしさえなければ……」といった感想を抱いた試合は一つや二つではない。
そのうえでも、強豪相手にも怯まず勝ち上がり、そして中国勢と対等に戦い、時に勝利する張本智和はやはり、押しも押されぬ日本男子のエースだろう。
時に、取りこぼしもある。しかし、勝ち上がりに少しばかりハラハラさせられ、爆発力とギャップがあることも張本智和ならではの魅力といえるのかもしれない。
「大物食い」が魅力の兄・智和、「取りこぼしがない」妹・美和
では、妹の張本美和はどうか。
絶叫して体をのけぞらせ、自身を鼓舞する“ハリバウアー”がトレードマークで、かつ、その雄叫びが勝ち続けるための精神的支柱であり、必要不可欠にすら見える張本智和とは違い、常に淡々としている。
張本美和も声を出さないポーカーフェイスというわけではない。むしろ、勝負どころではけっこうしっかりと声を出して卓球をするタイプだ。しかし、大声を出さなければプレーが乱れるという印象がない。大声を出すことで自分の気持ちを保っているという感じもない。
声量が一定であるのに比例するかのように、試合中のプレーの精度も安定している。相手が強かろうが、そうでなかろうが、変わることなく安定している。その安定が、一つの試合を通じてミスの少なさを生む。このミスの少なさこそ、張本美和の真骨頂をいえるかもしれない。
WTTコンテンダーでの決勝戦もそうだ。大藤沙月は、今季はすでにWTTフィーダーを3勝している。横井咲桜とのダブルスも絶好調で、張本美和にとっては年上とはいえ“今シーズン最高の新星”といえる存在。「もしかするとあの張本美和でも負ける可能性も……」。そんな風に思わされる微妙なカードだった。しかし、そんな試合でこそ張本の真骨頂「負けるシーンを感じさせない強さ」が見られた。
1ゲーム目。格上の張本に対して、序盤から大藤が台上プレーでリードを奪う展開に。5-7の場面では、徹底してこだわったように見える「ミドル一発」で張本のバックハンドが逆向きになる。思い切り逆を突かれた形だ。ゆさぶりがうまい大藤。
5-8とし、勢いに乗った大藤は、8-10と先にマッチポイントを奪う。しかし、窮地でも張本は“いつも通り”だ。丁寧に放つ、回転量重視のバックドライブで、1本。バックフリックレシーブから、バックミート一発で、1本。10-10とする。
続いては、バッククロスの打ち合い。ここでも何度も体を切りしミスなく打ち抜く。11-10。フォア側に来た長いサーブはセオリー通りにしっかり“引っ掛けて”いき、フォアドライブで12-10。このゲームを制する。
サーブを出す位置をミドルに変えるということは…
2ゲーム目。1ゲーム目より台上が冴える張本。特に、深いツッツキが効果的で、大藤を詰まらせる戦い方でリードを奪う。このあたりも“いつも通り”の安定感だ。
途中、大藤の巻き込みサーブに苦しめられても、すぐに修正が効き、いつも通りのレシーブの精度に戻していく。こうなると総合力で上回る張本のペースだ。最後は豪快なフォアドライブを2連発で叩き込み、11-8で取り切る。
3ゲーム目。大藤も“逆チキータ”を試みながら、何度か流れを変えようとする。このあたり、今季好調の大藤らしく、バリーエションを増やして流れを変えることを狙ってくる。
しかし、張本のバックミートは、ここでもいつも通りに安定している。スピードが速い。そしてミスがない。男子顔負けのフォアドライブも、ミスがない。
最後はバックミートを、左右に美しく打ち分け、これは手が出ないというほど綺麗に決まった。11-8で張本が取る。
4ゲーム目。ロングサーブからバックミート。切り返しも交えて。このコンビネーションに一切の乱れがない張本。3-1とリードを奪う。
途中、サーブを出す位置をミドルに変えたりもしたが、そこからパワーと回転量がしっかりと乗ったバックドライブの安定感は同じで、これが決定打として決まっていく。
サーブを出す位置をミドルに変えるということは、戦法を変えることであり、「相手に慣れられないように、ここで違うことを仕掛けて突き放しにいく」ということでもある。張本が自ら違うことをする選択をしたことになる。しかし、サーブの後に問われるのは、結局は攻撃の精度。パワーを込め、回転量を込めて、いつも通りの体重の乗ったドライブを放つことだ。
切り返しで連打、ストップの攻防。一切乱れることがなく、張本はそれをやってのけていく。11-3で試合が決まった。
サーブを出す位置を変えても、戦法を変えても、淡々とした冷静さと全体的な攻撃の精度はまったく変わらなかった。終わってみればゲームカウントが4-0という完勝だった。その姿からは「凄味」と「貫禄」すら感じさせた。
決定打は、競り合いでも乱れがない「心の強さ」
この試合。序盤では競り合う場面があった。張本が大藤にリードを許す場面もあった。
それでも、すぐに“いつも通り”の状態に戻していく修正能力は特筆もので、圧巻のパフォーマンスといえる。この淡々といつもの状態に戻していく修正能力は、生まれ持った天性のものだろうか。ここまで心の乱れを感じない選手というのは極めて珍しい。
しかし、むしろ才能だけでやってきたような選手のほうが、土壇場で崩れるシーンというのを、卓球を含めた多くのスポーツファンは見てきている。
猛練習。それも、常に競り合いの場面を意識しての猛練習を積み重ね、場数をこなしながら養われるもの。それこそがどんな時でも一糸乱れぬ平常心であるはずだ。
張本美和も、そんな激闘の日々の中で今の姿を確立したのだろう。
卓球の場合、特に「逆転満塁ホームランの一振り」という一発はない。豪快なドライブもスマッシュでの一点も、台上のツッツキやストップでの一点も、一点は一点だ。その一点の積み重ねを勝負所で淡々と続ける精神状態をつくるしかない。何よりも難しい、その淡々と続ける能力を、今の張本美和は身につけつつある。
パリ五輪。もし、中国代表と“もつれる”シーンがやってきた時。中国選手は、思い切った“新しい引き出し”からの意外性のあるプレーを仕掛けてくることが多い。
その攻防をクリアしてしまう“日本側の決定打”は、もしかすると、そんな場面でも平常心を保ちながら「淡々といつも通りのことをできる」ことなのかもしれない。
そのように考えると、張本美和には、今まで以上に大きな期待がかかる。
生まれながらの天賦の才と、何度も何度も繰り返してきた猛練習の日々が、パリ五輪の女子卓球で伝説の一幕を生み出す予感は、日に日に高まっている。
その歴史的瞬間を、見逃すことはできない。
<了>
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