
卓球日本女子のエース、早田ひなの矜持 最強中国撃破へ、手に入れつつある唯一の“突破口”
卓球女子のパリ五輪選考ポイント争いが終盤戦を迎えている。現在700.5ポイントと、432ポイントで2位の平野美宇、411.5ポイントで3位の伊藤美誠と大きな差をつけているのが早田ひなだ。それでも早田は、連戦の疲労も蓄積する中、次なる選考会をスキップすることなくエントリーした。直近のWTTチャンピオンズ・フランクフルトでは中国勢に敗れて悔しいベスト4敗退となった早田。彼女の現在地、そして目指すべき先とは―――。
(文=本島修司、写真=アフロ)
中国勢を破ってメダルを手にするための…
WTTチャンピオンズ・フランクフルト。日本勢はファイナルまで進めなかったものの、ここでも注目を集めたのは、早田ひな対中国勢。中国の選手が上位を占める中で、早田はベスト4に割って入る活躍を見せた。準決勝では、2021年世界選手権の優勝者、王曼昱と注目の初対戦が実現。
ここ数年、急激な進化を遂げてどの大会でも中国勢と対等に戦えるようになっている早田ひな。しかし、結果は王曼昱の前に1-4で敗れることになる。 それでもこの試合には、多くの見せ場があった。そして、日本人選手がパリ五輪で中国勢を破ってメダルを手にするための、唯一にして最も大事な要素も浮き彫りになっていた。
一番大事なファクターを持っている中国のトップ選手たち
1ゲーム目。前半は、意外なほどエンジンがかからなかった王がミスを連発する。一時は8-3まで早田がリードを広げ、このまま先取するかと思われた。
しかし、中盤から王の動きにキレが出始める。ポイントを重ね、8連続得点。8-5へ追いつく場面では、早田のフォアへ食い込むように、強烈な伸びを見せるドライブを豪快にたたき込んだ。お互い高身長でリーチの長さもある女子同士の試合。このあたりの攻防はもはや男子選手のラリーを見ているようだ。
序盤から得点になるポイントを見つけ、この位置に“食い込ませる”あたりに、百戦錬磨である王の凄味を感じる。そのまま8-11で王の逆転勝ち。王は、たった数回のラリーの攻防で、いきなり早田の球に「慣れ」た。
2ゲーム目。1ゲーム目の勢いそのままに、王が猛攻撃を仕掛ける。印象的だったのは「ミドル攻め」だ。1-6へ突き放す場面では、早田の体勢が崩れるほどのミドル攻め。完全に逆を突いている。1ゲームを消化しただけで、すでに早田の動きも読めているようだ。
逆に、2-7へ追いすがる場面では早田も王のミドルを攻めた。王のバックハンドが、逆の方向に手が曲がってしまうほど、反応できていない。早田から先に仕掛けた、お互いに相手の体をめがけて打つようなミドル攻めをやり合ったこのゲームは、結局、2-11で王が勝利となった。
3ゲーム目。1-1になる場面では、ラケットの面が、打つ瞬間までどちらに打つのかわからないようなスイングを王が見せる。ギリギリまでコースが読めない、絶妙な打ち方だ。そこから回転量重視のドライブをかけて早田のミスを誘った。 5-3へと早田が突き放す場面では、フォアクロスへサイドを切るような早田のドライブが決まった。このプレーでは、王が下がり、早田は台にしっかり張りついて、前でプレーできていることも印象的だ。その後、王がひざを痛めた場面もあり、このゲームは11-8で早田が奪取。
徹底的に「次のアイデア」が出てくる王の試合運び
4ゲーム目。1-2となる場面では、王がミドルの処理をうまくこなした。1ゲーム目でまったく対応できなかった時と同じコースのミドルを、手首を逆に捻りながらのバックハンドで処理して得点している。これもまた、「経験」が生む順応力なのかもしれない。
3-6の場面では、早田がミドルに短めに出したサーブをチキータ一発で決めてしまう。過去の経験値がそうさせるのか、王は1つのゲームの中で、どんどん「慣れ」て強くなる。このゲームは、8-11で王が取り切った。
5ゲーム目。早田がフォアフリックで、ストレートを打ち抜いて、3-1。リードを取りながら進める展開に。このあたり、早田も試合の中で強くなる。このストレートフォアフリックはこれまでに見せたことがないコースだ。
「後半に、どれだけ、サプライズのようなビッグプレーを出せるか」
よく、レジェンド水谷隼さんも口にするこのフレーズにピタリとハマるような一本だ。しかし、王の工夫も凄い。次の一本では、下回転を強めてサーブを出し、早田のチキータを封じてミスを誘った。早田のリードで迎えた5-4の勝負所では、出す位置を何度も変えるような仕草を見せた後の巻き込みサーブから、バックミートを一発で決めた。徹底的に「次のアイデア」が出てくる。 7-7では、ミドルも交えた打ち合いのラリーを、王は下がらずに“耐え抜く”ポジションで打ち合ってきた。たまらず早田は“下げられた格好”になる。最後は王が左右に早田を振り回して得点に結びつけた。2セット目とは違い、ここでは早田が台の後ろに下げられている。7-9へ王が突き放す場面では、少し焦ったか、早田にバックミートのミスも出た。結局、7-11で王が勝り切り、この試合を制した。
とにかく「増えていくアイデア」
この試合に限らず、中国のトップ選手は「試合の中で強くなる」感覚がある。
現にこの試合も、序盤はむしろ早田が有利に進めることができていた。しかし、王はラリーを重ねるごとに攻め方のアイデアが増えていった。
試合後に早田は「自分の動きもよく見られていた」と語った。
まさにそう感じる場面は多く、ミドルの攻防がカギかと思えば、台から離れない意識を高めてくる。そうかと思えば、次の瞬間、今度はサーブの切り方を変えてくる。サーブを出す立ち位置も変えてくる。そしてこの試合でまだやっていないサーブから3球目攻撃のパターンも仕掛けてくる。5ゲーム目での、立ち位置を変えての巻き込みサーブは、「ここでそれをやるか」と唸らされる場面だった。ピンチになればアイデアが増えて、突き放す時にはバリエーションが増える。
これらは、突如降って湧いたような「パターン」や「バリエーション」ではなく、もともと普段から持っているパターンやバリエーション自体が圧倒的に多いのだろう。そして、ここぞという場面でそれが飛び出すのは、国際大会や国内での中国のトップ選手同士での試合数による「場数の多さ」が生んでいるのではないか。
とにかく、どんどんアイデアが増えていく―――。
そのすべてが、常に世界の頂点で戦うことで得られる、膨大な経験値によるものなのだろう。
経験が大事、それを誰もよりも知る早田の発言
日本でも過酷なパリ五輪の切符を争う日々は続いている。今月25日からは第6回目のパリ五輪選考会となる全農CUP大阪が行われる。選手の疲労もピークを迎えているはずだ。
そんな中、すでにポイントで大きくリードを取り、当確のランプが灯っている早田ひなは、「それでも出場する」と宣言し、「試合に出ることにデメリットはない」と言い切る。
中国トップ選手に負けないほどに早田もこれまでの卓球人生で膨大な経験を積んできたはず。そして、その上で、今の自分に必要なことは、さらにまだまだ多くの経験値を手に入れること。誰よりも早田自身がそう感じているのだろう。
この試合でも、先にミドル攻めを実行したのは早田だった。台から離れないで相手を左右に振るパターンを繰り出したのも早田だった。パターンの工夫、引き出しの多さは、確実に増している。
そして、この、さらなる経験値を求める姿勢がある限り、早田ひなの強さの上昇と進化は、まだまだ止まることはなさそうだ。
パリ五輪の舞台。その時に、“経験の塊”となった早田ひなが、“卓球大国”中国の前に大きく立ちはだかるはずだ。
<了>
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