ドイツ代表か日本代表か。ブレーメンGK長田澪が向き合う“代表選択”の葛藤と覚悟「それは本当に難しい」
サッカー選手として、一つの国だけのために戦うという枠では捉えきれない“多様なルーツを持つ者”たち。ドイツ人の父と日本人の母を持つ長田澪は、その象徴な存在だ。ドイツ・ブンデスリーガのブレーメンでプレーする194センチの大型GKは、ドイツで生まれ、幼少期には川崎フロンターレの下部組織でプレー。2018年よりドイツに戻り、ブレーメンの下部組織で成長し、今季トップチームの正守護神の座を手にした。U-21ドイツ代表に名を連ねながらも、日本代表を選ぶ可能性も「絶対行かないと言ってるわけではない」と語る彼に突きつけられる「どちらの国の代表を選ぶのか?」という問いに、21歳の若きGKはどのように向き合っているのか。
(文=中野吉之伴、写真=アフロ)
“一国の代表選手”に求められるものとは
一国の代表選手に求められるものとはなんなのだろう? いまや日本でも、そして世界中のいたるところで、さまざまな国のさまざまなルーツをもった人が暮らしている。世界の歴史はグローバル化と共にある。異なる文化や志向や宗教が異なる中で時にぶつかりながら、それでも時間をかけて融合したり適応したり、最適な距離感を見つけ、新しい価値観を生み出そうとしてきたから今がある。
多様性への理解と寛容さは、今後ますます世界で問われてくる。互いのリスペクトと歩み寄りがベースとしてなければ成り立たない。代表選手としてのあり方も、そうではないだろうか。
ブレーメンで今季正GKを務める長田澪(ブンデスリーガ登録名:ミオ・バックハウス)は、日本人の母とドイツ人の父を持つハーフだ。ドイツのメンヒェングラートバッハで生まれ、U-13まで川崎フロンターレ下部組織でプレー。その後ブレーメンの育成アカデミーで着実に成長を遂げた。U-15日本代表歴のほか、ドイツの世代別代表でもプレーをし、現在はU-21ドイツ代表の正GKとして活躍している。
現時点で日本代表にもドイツ代表にもなれる立場であることから、ここ最近ドイツメディアも、日本メディアもその去就を取り上げる記事が少なくない。
ただ「どちらの国を選ぶのか?」というのは非常にセンシティブなテーマ。確固たる何かが生まれない限り明確なコメントは出しづらい。さらに海外のまとめサイトの誤訳や根拠のない補足を加えた文章を、ソース元を調べることなく、あたかも真実かのように日本メディアの一部が報じるという問題も生じている。長田本人の正確なニュアンスや意図ではないまま日本のメディアを通して日本に伝わってしまっているケースがあるのは、さすがにしのびない。
これまで筆者が直接話を聞かせてもらったり、見聞きしたコメントにおいても、長田自身は誤解が生じないように言葉に気をつけて慎重に話をしているのがよくわかる。
出生だけでは語れないアイデンティティ
ルーツを複数持つこととはどういうことなのか。血縁だけで自身の将来が決定されるわけではない。例えば両親ともに日本人でも、ドイツで生まれ、ドイツ社会の中で育てば、自身の中にはドイツの中で生きる人間としての確かなアイデンティティが芽生える。でもそれが日本へつながりあう家族や友、仲間たちと過ごした時間がどこかへ消えることなどない。さまざまな縁があり、それぞれに大切なつながりがある。
筆者はドイツ生まれドイツ育ちではないが、24年間現地で暮らし、地元クラブで育成指導者をして、取材活動に勤しんでいると、それだけドイツへの愛情は深くなる。でもそれは日本への愛情が薄れることではない。
ルーツを複数持つ人たちは筆者以上にそういった思いも強いだろう。「そもそも日本とドイツのどちらが大切なのかという類いの二択で簡単に決められるものでもないのではないか」という筆者の問いかけに対して、長田はうなずきながら落ち着いたトーンでこんなふうに話してくれた。
「そうなんです。僕の感覚的には日本とドイツどっちが嫌いと聞かれているような感じもあって……。でもそういうことじゃないじゃないですか。だからもう少し時間をかけて考えたいなと思っています」
イングランドかドイツかで揺れ動いたムシアラの胸中
ドイツ代表MFジャマル・ムシアラは、ドイツで生まれ、幼少期をイギリスで過ごし、イングランドとドイツ両国の年代別代表を経験。イングランドU-21代表を経験した後、イングランド代表とドイツ代表の間で揺れ、最終的にドイツ代表を選んだが、それは苦渋の選択だったと後に振り返っている。
ムシアラの母はドイツ人で父はイングランドとナイジェリアのハーフ。世代別代表ではイングランド代表としてプレーすることも多く、そのままA代表入りも考えられた。ただ2019年にバイエルンへと移籍後、U-17からU-19、U-23、そしてトップチームへハイスピードでステップアップを成功させ、ドイツやドイツ人選手とのかかわりが深くなることで、その迷いはさらに難しいものになっていった。
「僕の胸には二つのハートがある。一つはイングランド、そしてもう一つはドイツ。どちらのハートもこれからもずっと動き続けていくんだ」
ムシアラはそう語っていた。本来“どちらか”ではなく、“どちらも”愛する国であっても、一国の代表選手としてはどちらかを選ぶことを求められる。
最近でいえば、フランクフルトで堂安律の同僚として活躍する19歳のMFジャン・ウズンがトルコ代表としてプレーすることを表明した。生まれ育ったドイツではなく、両親の祖国トルコの世代別代表でプレーし、昨年A代表デビューを飾った。
ドイツ代表スポーツディレクターのルディ・フェラーは「彼の父親と代理人とは素晴らしい話し合いをすることができたし、彼の気持ちも少し傾いたりしたが、でも最終的には彼の決断を受け入れなければならない」とその選択に理解を示した。
自身もドイツで生まれ育った元トルコ代表で現在はドイツ、ベルギー、オランダでプレーする若いトルコ系選手のスカウトを担当するイルディライ・バストゥルクは、「選手にはプレッシャーを与えずに、『こういうオプションがあるよ』という話を伝えている。最終的には選手とその家族の決断なんだ。どちらがいい悪いではなく、心が語るところによるものなんだ。私もそうだったから」と言葉を残している。
ムシアラは18歳の誕生日を迎えたときに、「ドイツ代表としてプレーすると決断した」と発表。最終的には自分の中の直感を信じ、「いまこの決断は100%正しかったと感じている」とその心境を明かしている。
長田澪の胸中――“どちらか”ではなく“どちらも”
長田は筆者に対してこのように語ってくれた。
「一つの決断をするというのは、そうではない決断をしなければならないこと。それは本当に難しい」
ドイツメディア「ダイヒシュトゥーベ」のインタビューに対しては、長田はこんな風に表現していた。
「まだ準備ができていないと感じています」
長田にとって今季はブレーメンで正GKを務める最初のシーズン。これから先ブンデスリーガでその座を譲り渡すことなくプレーし続けるためには、日々の取り組みと試合に向けての最適な準備が必要不可欠だ。現在プレーする地と同じU-21ドイツ代表としてプレーをすることは、環境的にもそこまで高い負担になることなく、新しい経験を積むことができる。そもそもU-21、U-23世代からA代表へのハードルそのものが極めて高く、まだ結果を出し続けた先の未来と捉えていることもあるだろう。
自身を高め、地力をつけ、コンスタントにトップパフォーマンスが出せるようになり、心の準備が整ってきたら、また次の世界が見えてくるはず。
「決断までどのくらい時間が?」というダイヒシュトゥーベの記者の質問に対して、「正しいと思える瞬間がくるときまで」という答えは、非常に理解ができるものではないか。
「いまは行かないとは言ってますけど…」
日本人としての自分とドイツ人としての自分は本来対立するものではない。
日本人であるし、ドイツ人でもあるというのは、完全に分かれているものではなく、どちらも自身を構成する大事な要素であり、そこに優越をつけながら生きているわけではないのだ。
生まれ育った環境、友人関係、親からの影響、将来的なビジョン、チームメイト、自分がプレーするポジション、これからの出会い。本当にさまざまな要素が考えられる。
「どっちも大事でどっちも好きだからこそ、最後は本当に細かいニュアンスのところになってくるのかもしれないということですか?」
最後に長田にそう尋ねてみたところ、穏やかな表情でうなずきながらこう答えてくれた。
「そういう感じです。(現在はドイツの年代別代表で戦っているため)いまは(日本代表へは)行かないとは言ってますけど、絶対行かないと言ってるわけではないんです」
誰もがみんな、ものすごく真剣に悩んで考えて、答えを出していることを忘れてはいけない。
<了>
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