湯田葉月が豪州挑戦、結婚・出産を経て見つけた“自分らしい生き方”。結果至上主義からの解放と新たな視点
フィールドホッケー女子日本代表として長く第一線でプレーしてきた湯田葉月は、オーストラリア挑戦、結婚、妊娠、出産を経て、人生の景色を大きく変えてきた。結果を求め続けたアスリート人生の先で出会ったのは、勝つことだけではないスポーツの価値や、家族を持つことで広がった新たな視点だった。妊娠・出産を通じて自分の体との向き合い方も変わり、その中で出会ったピラティスは、引退後に始めたコンディショニングセッションにもつながった。大きな転機を重ねながら競技人生に区切りをつけ、引退を決断するまでの経緯を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=UDN SPORTS)
「勝たなきゃいけない」からの解放。競技人生を広げた豪州挑戦
――前回取材させていただいた2021年頃は、現役の最前線で東京五輪への思いを強く語っていらっしゃいました。あの頃から今までで、競技者としても人生としても大きく変化されたと思います。湯田さんご自身が、特に大きかったと感じる変化は何でしょうか。
湯田:本当に、2021年から考えるといろいろ変わりました。当時は競技中心、ホッケー中心で、結果にこだわる毎日でした。でもオーストラリアに行ったことで、「結果を出さなければいけない」という責任感から少し解放された感覚があって、自分の中ではすごくいいトランジションになりました。そこから結婚して、妊娠して、家族ができて。アスリートとしての人生から家庭を持つ人生へと移っていったので、そこもすごく大きな変化でした。
――大きな転機の一つが、2022年のオーストラリア挑戦だったのですね。改めて、海外挑戦を決めた背景を教えてください。
湯田:日本での競技生活に一つ区切りを感じていたこともありましたし、もともと海外にはずっと行ってみたかったんです。もう一度、自分を試したい気持ちもありました。それに、スポーツ本来の楽しさというか、純粋にホッケーそのものを楽しみたい気持ちもあって。そういう意味では、本当に行って正解だったと思います。
――オーストラリアはホッケーの強豪国でもありますが、現地ではどんな刺激を受けましたか?
湯田:文化の違いはいろいろありましたけど、特に印象的だったのは、スポーツを続ける環境の豊かさでした。日本だと、どうしても学生時代の部活動から「競技する」「勝たなきゃいけない」という感覚が強い部分もあると思うんですが、オーストラリアはクラブ文化なので、小さい子どもから高齢の方まで、本当に幅広い人がスポーツをしているんです。トップレベルでプレーしていない人も、生涯スポーツとして長くスポーツを続けられる環境が整っていて、それがすごくいいなと思いました。代表レベルの選手は早朝から代表の練習に行くなど、それぞれのカテゴリーやレベルに合った練習をしていて、自分に合った環境を選べる。そういう仕組みはすごく魅力的でした。
――オーストラリアを経験したからこそ見えた日本の良さはありましたか。競技環境の面も含めて教えてください。
湯田:日本の選手は本当に真面目ですし、練習のレベルも高いと思います。ただ、その力を大舞台で出し切るメンタルや、自分の考えをしっかり伝える文化という点では、海外から学べる部分もあると感じました。日本では、選手がお互いに気を遣って言葉を選ぶことも上手ですが、オーストラリアでは立場に関係なくハッキリと意見を言い合うし、聞く側もまずそれを受け入れる土壌がある。それはすごくいいカルチャーだなと思いました。
競技への向き合い方が変わった転機
――オーストラリアでプレーする中で、勝利への向き合い方や競技を楽しむ感覚に変化はありましたか。
湯田:オーストラリアにいる時も、試合になればもちろん勝ちたい気持ちは強かったです。ただ、勝ちを意識しながらも、すごく楽しめていた感覚がありました。チームメートもすごくポジティブで、少しミスをしても「ナイストライ」という感じで挑戦したことを認めてくれるんです。そういう空気の中でプレーできたのは大きかったですね。
――現役中、セカンドキャリアを意識し始めた時期はいつ頃でしたか。
湯田:はっきり「この時から」と決めていたわけではないんですけど、2024年の出産を経て考える時間は増えました。自分の体ではあるけれど、自分だけのものではない感覚もありましたし、その頃から少しずつ考えるようになったと思います。
――出産を経て、自分の体との向き合い方にも、これまでとは違う変化を強く感じられたのではないでしょうか。
湯田:そうですね。妊娠が分かったのがシーズン中だったこともあってタイミングとしては難しかったんですけど、体の変化はすごく感じました。今までケガで休むことはあっても、自分の内側で子どもを育てている感覚というのは初めてのことでしたし、本当に不思議な感覚でした。妊娠中ももちろん大きな変化がありましたけど、正直、出産後のほうが大変だったという感覚はあります。
――妊娠中も出産後も、これまでとはまったく違う形で自分の体と向き合う時間が続いたのですね。そうした経験を経ても、当時は現役復帰への思いは残っていたのでしょうか。
湯田:タイミングが合えば、またやれたらいいな、という気持ちはありました。でも実際には、なかなか簡単ではなかったですね。
妊娠中に出会ったピラティス「難しい、でも面白い」
――引退後の新たな活動にもつながるピラティスとは、どのように出会ったのでしょうか?
湯田:妊娠中に、オーストラリアの家の近くにピラティススタジオがあったので、通い始めたことがきっかけです。私はもともとトレーニングが好きで、シーズン中もウエイトやランニングをしていたんですけど、妊娠中は「どこまでやっていいんだろう」と強度の判断が難しくて。あまり負荷をかけすぎたくはないけれど、少しは動いてリフレッシュしたい。そのちょうどいいバランスがピラティスだったんです。海外でピラティスをやってみたい気持ちもありましたし、そこから取り入れ始めました。
――妊娠中もかなり体を動かしていたそうですね。ピラティス以外には、どんなことをされていたのですか。
湯田:気をつけながらも、いろいろなことをやっていました。錘(おもり)は軽めにしてウエイトトレーニングもしていましたし、スイミング、ランニング、ウォーキング、あとはテニスもしていました。ハーフマラソンにも出ました。
――ハーフマラソンも完走したんですか!
湯田:体調を見ながら、無理だったら途中でやめようと思って参加しました。体と相談しながら、気持ちいい程度に動くぶんには大丈夫でした。
――ヨガなど、体を整える方法はいろいろありますが、その中で「自分にはピラティスが合う」と感じた一番の理由は何でしたか?
湯田:心身を整えるという面ももちろんありますし、自分の体をうまくコントロールしないといけないんです。体の外の筋肉を鍛えることは多いですけど、ピラティスってインナーマッスルを使う感覚がすごくあって、体の内側を使って体をコントロールする難しさを感じました。その難しさが、逆に楽しかったですね。「難しい、でも面白い」という感覚がありました。

――一方で、現役引退は大きな決断だったと思います。迷いや葛藤はありましたか?
湯田:そこは割とスパッと決めました。もちろん、現役中から少しずつ考えてはいましたし、自分の中でやりたいことはやり切ったかなという感覚もあったので、次のステージで違うことを楽しもうと思えました。
――トップレベルの選手ほど引退の時期を決めるのは難しいと言われますが、「もう少しやりたかった」と揺れることはなかったですか。
湯田:「やり残したことはありますか」と聞かれたら、もちろんあります。もっと肩の力を抜けばよかったなとか、もう少し人に頼ればよかったなとか、海外にももっと早く行きたかったなとか。ただ、その時その時の自分はいつも120%でやっていたので、それも含めていい思い出です。「そんなこともあったな」と思えるようになりました。
――ホッケーを通じて得たものの中で、今も強く残っているものは何でしょうか?
湯田:私の場合は、ホッケーのスキルそのものというより、目に見えないもののほうが大きかったと思っています。ポジティブでい続けるマインドや、ゴールを設定して、そこに向かって積み上げていく力だったり、リーダーシップといったものは、今の私生活にも確実に生きていると感じます。
――引退を経て、競技に人生を注いできた時間を、今はどんなふうに受け止めていますか。
湯田:すごく大きく何かが変わったというより、自然に引退できた感覚があります。無理に切り替えたというより、流れの中で次に進めたのかなと思っています。ホッケーほど熱を注げるものはこれまでになかったですし、毎日自分のために競技をして結果を求めるような生活も、きっともうないと思います。家族もいて、自分だけの人生ではなくなりました。でも、競技でやり切ってきた経験は、形を変えて絶対に生きてくると思っています。
<了>
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[PROFILE]
湯田葉月(ゆだ・はづき)
1989年7月11日生まれ、大阪府出身。羽衣学園中学でフィールドホッケーを始め、羽衣学園高校では全国高校総体優勝を経験。高校3年時に初めて日本代表に選出された。天理大学に進学し、2010年にはオーストラリア留学も経験。2013年からコカ・コーラレッドスパークスでプレーし、スピードを生かしたドリブルとボールさばきを武器に活躍、日本代表としても2014年ワールドカップ(オランダ)、2016年リオデジャネイロオリンピック、2018年ワールドカップ(ロンドン)などの国際大会に出場。2022年3月からはオーストラリアに拠点を移し、メルボルンのクラブで国内大会の優勝にも貢献した。結婚を経て、2024年5月に長男を出産。2026年3月に現役引退を発表し、新たな活動としてピラティスをベースにしたコンディショニングセッションを開始。現在は大阪府岸和田市の「カラダノコエ Pilates & Conditioning Studio」を拠点に、アスリートから一般の方まで幅広くサポートしている。
「カラダノコエ Pilates & Conditioning Studio」
公式SNS(Instagram):@karadanokoe.pilates
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