「空手が楽しくない」からアジア大会金メダルへ。尾野真歩、4年間届かなかった日本代表と“自分の空手”
愛知・名古屋アジア競技大会の空手女子個人形(かた)で、金メダルを獲得した尾野真歩。決勝では東京五輪銅メダリスト・世界ランキング1位のグレース・ラウを破り、日本勢による同種目の連覇を8大会に伸ばした。5歳で空手を始めてから、世界の頂点を目指す道のりには、何度も壁があった。高校では日本一に届かず、ナショナルチームの選考には4年間落選。大学時代にはケガと敗戦が重なり、「空手が楽しくない」と感じた時期もあった。そして世界トップクラスで戦うようになった後にも、再び自分らしさを見失ったという。何度も立ち止まりながら、尾野はなぜ世界一を目指し続けられたのか。その歩みについて話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=ロイター/アフロ)※写真向かって左から銀メダルのグレース・ラウ選手と、金メダル獲得の尾野真歩選手
アジア大会金メダルと、空手を始めた原点
――まずはアジア競技大会、女子個人形での金メダル獲得、おめでとうございます。尾野選手の競技は9月20日に終わりましたが、金メダルを獲得してから今日までの約2週間は、どのように過ごされていましたか。
尾野:メダルを獲得した試合当日や翌日は、本当に信じられないような気持ちで、あまり実感も湧いていませんでした。ここ数カ月は本当に「9月20日」という日だけを意識して過ごしてきたので、「ああ、9月20日がもう過ぎたんだ」「終わったんだ」という感覚でした。夢の中でもずっと試合をしていましたし、選手村に入ってからはご飯も喉を通らないような日々が続いていました。ようやく一度、緊張の糸が切れて、食事も喉を通るようになりました。喜びと一緒に、ほっとした気持ちを噛み締めました。
――尾野選手が5歳で空手を始めたきっかけは、6学年上のお兄さんだったそうですね。
尾野:もともとは、両親が「たくましい男の子にしたい」ということで、兄を近所の道場に連れていったのがきっかけだったそうです。6学年離れている兄が都大会や全国大会でもらった盾やメダルを見て、私も憧れていたそうです。ただ、気づいた時にはもう体を動かしていたので、自分自身は空手を始めた頃のことをあまり覚えていないんです。
――ご両親もスポーツをされていたのでしょうか。
尾野:父は野球、母はハンドボールをやっていました。母は高校時代にインターハイでベスト8だったそうです。
――いつ頃から「日本一になりたい」という目標を持つようになりましたか。
尾野:小学生で一度全国大会で優勝したことがありますが、当時は狙ったものではありませんでした。中学生の頃から、だんだん「日本一になりたい」という思いは持つようになりました。本気で目指すようになったという意味では、高校時代が一番大きな転機だったと思います。
届かなかった日本一と、4年間の代表落選
――高校時代はインターハイ優勝を目標にしていたそうですが、高校時代にはどのような経験がありましたか。
尾野:高校では、何度も挫折したような気がします。1年生の時から「インターハイで優勝したい」と本気で掲げていましたが、1年生ではインターハイ3回戦敗退(ベスト32)、選抜は3位でした。2年生の時にインターハイと選抜で個人3位になり、3年生でようやく決勝まで届きました。でも、その決勝では7-0で負けました。「インターハイでは負けたけど、国体こそ」ともう一度奮起して臨んだのですが、そこでも準優勝でした。ただ、当時は「自分はもっと伸びる」と思っていたんです。シニアの世界選手権も、その頃から意識するようになったと思います。
学生時代は、形を専門的に教えていただける先生が身近にいなくて、ずっと一人で考えながら練習していました。それでも、負けん気は強かったですし、「今は届かなくても、大人になるにつれてもっと成長できる」という手応えを感じられたのが、高校時代だったと思います。
――その後も、代表チーム入りまでには苦しい時期が続いたのですか?
尾野:高校2年生の時から大会成績によってナショナルチームの選考会を受けられるようになったのですが、そこから大学2年生まで4年間、不合格が続きました。「合格者なし」と言われた年もありましたし、一次選考を通過して最終選考まで残っても届かない。本当にあと一歩という状態がずっと続いていて、諦めかけたこともありました。
その頃、母から「このままナショナルチームに入れなかったら、真歩は一生後悔するよ」と言われたんです。当時は競技を大学で終え、就職することも考え始めていた時期だったのですが、その言葉もあって、なんとか競技を続けました。
「空手が楽しくない」挫折からの転機
――大学時代には、ケガやインカレでの敗戦も重なったそうですね。
尾野:大学1年生のインカレでは3位になったのですが、2年生の時には予選で負けました。周りから「彼女は終わったね」と言われていることが耳に入ってきたこともありました。学生時代まで形と組手の両方をやっていたので練習量も多く、体が負荷に耐えきれなくなって、オーバーワーク、オーバーユースのような状態になりました。全治3週間ぐらいのケガだったのですが、それがインカレの結果にも出てしまい、気持ちが落ち込んでしまいました。空手そのものもうまくいかなくて、「空手が楽しくない」という状態になっていました。
――そこから、もう一度競技に向き合えるようになったきっかけは何だったのでしょうか。
尾野:大学の先輩から、「もう少し自分の好きなようにやってみたら」と言われたことです。それまでは「やるべきこと」「やらなければいけないこと」に意識が向いていたのですが、一度そこから離れて、「自分がやりたいこと」にシフトしました。「自分がやっていて楽しい空手を、もう一度やってみよう」と。それは、振り返ってみると今の自分の考え方にも少し近いと思います。そうやって取り組んでいたら、大学3年生の時にU21のナショナルチームに初めて合格して、その頃から国際大会でも結果が出始めました。
――慶應義塾大学への進学には、競技以外の選択肢も含めてどのような思いがあったのでしょうか。
尾野:高校時代もある程度勉強を頑張っていたのですが、大人になった時に自分の選択肢を狭めたくなかったんです。だから、勉強も空手も、どちらにも取り組める進路を探して挑戦しました。
――勉強することが好きで、得意だったのでしょうか。
尾野:昔から、本を読むことが好きでした。こういうことを自分で言うのも少し恥ずかしいのですが(笑)、高校の成績は学年2位ぐらいで、入学式や卒業式で代表を務めたこともあります。
――競技と勉強の両方で結果を残せた理由を、ご自身ではどう考えていますか。
尾野:「話の要点をつかむ」とか、「本質がどこにあるのかを考える」ことが好きなのは、私自身の性格的な部分もあると思いますが、スポーツと勉強に共通する部分なのかなと思います。当時は自覚していなかったのですが、先生から「テストに出そうとしているところが全部ノートにマーカーで引いてあるね」と言われたことがありました。何が大切なのかを考える力は、スポーツと一緒に身についた部分なのかもしれません。
初の女子主将として向き合った伝統と変化
――2020年には、100年以上の歴史を持つ慶應義塾體育會(たいいくかい)空手部で初の女性主将になりました。主将として、特に意識していたことはありますか。
尾野:まず、大学空手部の主将は男子の組手選手が担うことが一般的でした。大学の試合も組手の比重が大きいので、女子の形選手である自分は、それまでの主将像とは違うということを認識していました。だからこそ、心技体すべてにおいて説得力のあるリーダーを目指すことが一番の課題でした。
だから組手も頑張っていましたし、技術面でも空手部を率いる上で不足がないように勉強しました。体力面でも、自分が全員を引っ張っていかなければいけない立場なので、「女子だから」とバテるわけにはいきません。そのあたりは人一倍意識していました。
――100年以上の伝統を持つ組織だからこその難しさもあったのでしょうか。
尾野:慶應の空手部は世界最古の空手部で、長い歴史があり、伝統を重んじる先輩方もたくさんいらっしゃいます。そうした中でも、時代に合わせて少しずつ変えていかなければいけない部分もありました。
その中で、「時代が変わっても、組織として守るべきものは何なのか」という本質を考える必要がありました。部の大きな目的として「人格陶冶(じんかくとうや)」があります。社会に出た時に、一人の人格者として恥ずかしくない人間になろうということです。そのテーマは絶対にぶらすことなく、その上で競技空手として日本一を目指すために、変えるべきところも考えました。
私は大学に入ってからナショナルチームにも入ることができて、外の世界を見る機会も増えていたので、部の中と外の両方を見ながら、「どうしたらこの先、部がより良くなっていくのか」を考えて主将を務めていました。
世界トップレベルで見失った「自分らしさ」
――初めて形を見る人には、トップ選手同士が何を競っているのか分かりにくい部分もあります。世界トップレベルになるほど差が表れるのは、どのような部分でしょうか。
尾野:一番は、体の連動性かなと思います。下半身から腰、それから上半身、背中へと伝わって、最後に手先に力が乗る。そういう動きは、やはり練習しないとなかなか生み出せません。その場でパッパッと動けば、形としては決まっているように見えるかもしれません。でも、体が連動することで力が増幅しているか、自分の持っている体をフルに使って力を生み出せているかというところに違いがあります。
逆に、力を抜くことも大切です。「抜き差し」と言うのですが、脱力した状態から瞬間的に力を発揮する。そのメリハリは、熟練すればするほどできるようになる要素だと思います。
――2025年の世界選手権では銀メダルでした。そこから今回までに、技術面だけでなく精神面でも変えたことはありましたか。
尾野:世界選手権までの2年間は、初めて日本代表を任せていただいたこともあり、「とにかく日本の形を表彰台の一番上に」という思いが先走りすぎていたところがありました。それで、課題をずっと追いかけるような2年間になってしまって、振り返ってみると、もともと自分が持っていた良さや楽しさ、自分の魅力を最大限出せていたかというと、そこまでの余裕がなかったと思います。
今年に入ってからは、一度初心に帰って、空手の楽しさを思い出したいと思いました。ずっと「つらい、つらい」という状態になってしまっていたので。そんな苦しい状態でやっている演武では、人に何かを届けることも、人の心を動かすこともできないなと感じたんです。
自分が表現者として魅力的であるためにも、自分自身が空手の楽しさを感じること。そうすることで演武にも工夫が生まれてくると思うので、今年はそのことを強く意識してきました。
――今、ご自身にとって「やっていて楽しい空手」とは何なのか、答えは見つかっていますか。
尾野:まだ明確に「これだ」というものが見つかったわけではなくて、まさに探している最中です。今年は「自分の持ち味って、何だったんだろう」ということを探す一年にしているのですが、自分で自分の形を見た時に、一番納得できる部分は「キレ」なのかなと感じています。キレがあると、そこをベースにいろいろなものを発展させていけます。でも全体の課題に取り組む中で、その中心にあるキレを失ってしまうと、自信も失ってしまうように感じます。
【連載後編】五輪から外れた空手、世界1億人に広がる現在地。アジア大会金・尾野真歩が伝えたい「日本の形」
<了>
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[PROFILE]
尾野真歩(おの・まほ)
1999年2月9日生まれ、東京都出身。キッコーマン株式会社所属。5歳で空手を始め、日本大学鶴ヶ丘高校を経て慶應義塾大学へ進学。大学3年時の2019年にU21日本代表に初選出され、2020年には慶應義塾體育會空手部初の女性主将を務めた。卒業後はキッコーマンに所属し、女子個人形の日本代表として国際舞台で活躍。2024年はKARATE 1プレミアリーグのパリ大会、カサブランカ大会で優勝し、年間グランドウィナーに輝いた。2025年はプレミアリーグ・パリ大会優勝、ワールドゲームズと世界選手権でともに銀メダル。2026年6月のアジア選手権で優勝し、同年9月の愛知・名古屋アジア競技大会では、決勝で東京五輪銅メダリスト・世界ランキング1位のグレース・ラウを5-0で破り、初出場で金メダルを獲得した。
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