審判は正しいジャッジを下すだけでいいのか? ドイツで日本人レフェリーが学んだ「判定の先にある仕事」

Opinion
2026.11.06

レフェリーの仕事は、正しい判定を下すことだけではない。問題が起きてから笛を吹くのではなく、問題が起きる前に試合の温度を感じ取り、選手たちが自らゲームをコントロールできる環境をつくる。今夏、ドイツのブンデスリーガ審判員の講習会に参加した日本人レフェリーの谷本涼と高崎航地。そこで2人が触れたのは、判定の正誤だけでは測れない、レフェリングの奥深さだった。

(文=中野吉之伴、写真=アフロ)

「レフェリングありきではなく、まず…」

「問題が起きてから対応するのではなく、問題が起きる前に試合をマネジメントすること。それが、現代のトップレベルのレフェリングに求められている考え方なのです。『試合をコントロールする』のではなく、『選手が自分たちで試合をコントロールできる環境を審判が作る』という考え方です」

この言葉の主はドイツ審判インストラクターの一人、マルコ・フリッツだ。

今夏、シーズン開幕前に行われたブンデスリーガ審判員の現地講習会に日本人の谷本涼、高崎航地の両レフェリーが参加。2人はその後もドイツに滞在し、3部、4部リーグで主審を務めながら、現地のサッカーを肌で感じた。

レフェリーは何を見て、何を考え、どのように試合へ入っていくのか。そして、レフェリングとはフットボールの中でどのような役割を担うのか。レフェリングをドイツのプレーヤーとファンはどのように受け止めているのか。

高崎がドイツで強く感じたのは、「レフェリングありきではなく、まずフットボールがある」という本質的なところだ。

「レフェリーは誰もが、笛を吹くためのルールと基準をもとに決断します。それは世界中どこでも変わらない。ただ、国や大会が変われば基準は変わり、線引きのためのグラデーションも変わります。Jリーグのそれと、ACLのそれはまた違う。その中で、レフェリーはみんなそれぞれの試合を成立させるために、フットボールを理解したうえで最適な決断を積み重ねていくことが求められる、というのをドイツで改めて感じました」

そんなレフェリーと選手の関係について、元ブンデスリーガ主審デニス・アイトキンから興味深い話を聞いたことがある。選手が試合で求めているものは必ずしも100%正しい判定よりも、納得のいく説明なのかもしれない。

「ファウルの笛を吹くとほぼ間違いなく、選手の誰かが『なんで笛を吹くんだ?』と声をかけてきます。その時に、『いや、ファウルだからなんだ』と落ち着いて返事をしたら、ほとんどの選手は『そうか。わかったよ』と言ってくれます。試合だからみんな感情的になりますし、怒りながらポジションに戻る選手もいますが(苦笑)。大事なのはコミュニケーションなんです。選手が駆け寄ってきても、こちらがそれに巻き込まれずに、相手の視点で話をする。それがあることで、試合コントロールはより良くなります」

試合開始1分に表れる、レフェリーの準備とゲームマネジメント

どれだけ素晴らしいポジショニングをとっていても、どれだけ準備をしていても、審判には見えないところとタイミングがある。それをわかっているから、試合中にミスジャッジがあったとしても、ドイツのテレビ実況は「選手や監督がミスをするように、レフェリーにもミスはありますから」とサラッと言う。

ミスはつきものだからミスをしてもいい、という話ではない。ミスが起こりうるのは前提にあるが、そのミスを可能な限り起こらないようにするのがトップレベルのレフェリーに求められているものだ。ドイツの講習会では、そのための「準備」の重要性が繰り返し語られた。

「この試合の映像を見てください。北中米ワールドカップ準決勝のアルゼンチン対イングランド戦です。試合開始からまだ1分ほどしか経っていませんが、この1分間の中に多くの情報があります」(フリッツ)

映像では試合開始直後からアルゼンチン選手の後ろからのアフターチャージが連続していた。1分過ぎ、イングランドのジュード・ベリンガムがアルゼンチンのレアンドロ・パレデスに倒されたシーンで主審はファールを選択し、試合を止め、両チームの選手に対して基準を示した。そこで主審がどのような対応と決断をするのか。それが試合の空気感を作り出すという。

ここで講師が示したのは、試合が始まる前から選手やチームの特徴を把握しておくことの重要性だった。何も情報を持たずに試合へ入る審判と、準備をしたうえでピッチに立つ審判では、開始直後の対応力がまるで違ってくる。

フリッツはこう説明する。

「試合の温度を感じ取ることが重要です。互いにリスペクトを持ってプレーしているのか。それとも、最初から感情的になっているのか。ゲームマネジメントとは、試合全体の流れを読み、その流れに合わせながら、自分の存在を適切に示していくことです。だから、小さな場面でも見逃してはいけません。

 軽い接触。少し強い抗議。相手を押すような行為。それぞれは大きな問題ではないかもしれません。しかしそれらが積み重なると、試合全体の雰囲気を変えてしまいます。だからこそ、早い段階で必要なコミュニケーションを取ることが大切なのです」

監督や選手がピッチ上のスペースを読み取るように、トップレベルのレフェリーもまた、ゲームの構造を見ながら自分の立ち位置を決めているのだ。

大切なのは笛を吹くこと、カードを出すことではない

谷本がドイツの講習会で大きな違いとして感じたのが、判定を「一つの事象」としてだけ切り取るのではなく、試合全体の中で評価する考え方だった。

「一つ一つの判定についてあまりにも細かく白か黒かにこだわるのではなく、『トータルのマネジメント』の中で見てくれると感じました。日本ではテクニカルな部分が注目されやすいのかもと。指導者も、メディアも、ファンも、一つの判定に焦点を当てる。それは当然、レフェリングの質を高めるうえで必要な視点でもありますけど、そこばかりを見てしまうと、フットボール全体が見えてこない。こっちの講習会ではそこを前提とした話や議論がされていたのが印象的でした」

アルゼンチン対イングランド戦に関する分析でもそれを象徴するような話があった。

序盤、基準を設けるのに苦労したレフェリーが、その後ファウルがあると冷静にテンポよく笛を吹き、シンプルなコミュニケーションで進めていく。すると徐々に試合に流れが生まれ、選手が詰め寄ってくるようなシーンが減り、グラウンドの雰囲気は格段に良くなっていった。

「大切なのは笛を吹くこと、カードを出すこと自体ではありません。ファウルをとること、カードを出すことによって、どのようなメッセージを選手へ伝えるかです」

フリッツのこの言葉は、ゲームマネジメントにおいてとても本質的なポイントをついている。

レフェリーがゲームを読むためには、フットボールそのものを理解しなければならない。さらに、現代サッカーではトランジションの速度も上がっている。ボールを失った瞬間に相手が奪い返し、コンパクトだったチームが一気に前へ出る。数秒後にはゴール前でファウルなのか、ノーファウルなのか、ペナルティーエリアの内側なのか外側なのかという判断を迫られる。だからこそモダンサッカーのなかで審判には、これまで以上に「次に何が起きるか」を予測したポジショニングとその展開についていけるコンディショニングが求められる。ボールだけを追っていては間に合わない。

日本の細部へのこだわりと、ドイツの全体を見る視点

だからといって、日本のレフェリングが劣っているという話ではない。むしろ高崎は、日本の強みも認識している。日本ではテクニカルな部分を細かく突き詰める文化がある。その精度は日本人レフェリーの武器にもなり得る。

「これを『ヨーロッパが正しくて、日本が間違っている』という話にはしたくないんです。必要なのは、どちらかを選ぶことではなくて、ドイツで感じた全体的なゲームマネジメントと、日本人レフェリーが持つ細部へのこだわりをどう組み合わせるか。強く存在感を示すべき場面では示す。一方で、あえて自分が前面に出ないことで、試合がスムーズに進むこともあります。そのバランス感覚をそれぞれのレフェリーがつかんでいけば、日本人レフェリーも世界の舞台で笛を吹けるようになると思っています」

そういえば講習会では、「審判員に必要なのはすべての能力を同じレベルで持つことではない」という話もあった。存在感、コミュニケーション、難しい状況での判断力。それぞれの審判員に特徴がある。だからこそ、自分自身の評価と、周囲からの評価を照らし合わせることが重要なのだ、と。

「プロになっても、国際レベルになっても、『レフェリングのためにレフェリーをしている』という状態になってはいけない。僕らもレフェリングを通してフットボールを良くしていきたいです」

谷本がそう語っていたのが印象に残っている。

試合前から準備し、ゲームの流れを読み、選手とコミュニケーションを取り、必要なときには存在感を示し、必要でなければ一歩引く。そうして90分を一つのゲームとして成立させる。レフェリーは共に育っていく大事なサッカーファミリーなのだ。

<了>

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