「カットマンは5番手に置け」橋本帆乃香が中国撃破で示した、卓球の定石

Opinion
2026.11.02

「カットマンは5番手に置け」。卓球界には、そんな定石がある。相手の強打を粘り強く返し、隙を見つければ攻撃に転ずる。守備型の選手ならではの持ち味が、勝敗を懸けた最終戦で生きるからだ。アジア卓球選手権の女子団体決勝で、中国から2勝を挙げ、日本を優勝に導いた橋本帆乃香。粘り強いカットと意表を突く攻撃、そして5番手という舞台が生む重圧。橋本のプレーから、卓球界の定石が今も持つ意味をひもとく。

(文=本島修司、写真=新華社/アフロ)

なぜカットマンは5番手なのか? 卓球界に根づく定石

2026年アジア卓球選手権。団体戦で日本の女子が優勝を飾った。立役者となったのはカットマンの橋本帆乃香だ。中国との激突となった決勝戦では第1試合と第5試合で2度の登場。

まずは1試合目を完勝してチームに勢いをつけた。2-2で迎えた5試合目では最強中国のエース格の一人である王芸迪と真正面からぶつかり、持ち前の粘り腰を発揮。日本に歓喜の優勝をもたらした。

卓球の世界には古くから「団体戦ではカットマンを5番手に置け」という定石がある。これは卓球界で長く知られてきたセオリーの一つで、学生やアマチュアの団体戦でも、カットマンを5番手に置くオーダーが見られる。

しかし、近年ではハイレベルなプロ選手の卓球では「カットマン」という存在そのものが減ってきた。過去には橋本帆乃香自身が「一つのカードとして捉えてもらっていい」と発言したこともある。この発言にはカットマンという存在の誇りのようなものが込められているようにも感じられた。

こうしたカットマン自体が少ない状況もあり、近年、世界のトップレベルでは、団体戦の最終試合にカットマンが登場する場面が、以前ほど目立たなくなっている。

しかし、今の日本には女子選手に佐藤瞳と橋本帆乃香という「2枚のカード」が存在する。その中の1枚のカードである橋本帆乃香が、ともすれば忘れかけられていた卓球界の定石、「カットマンが5番手で登場した時の強み」を今大会で存分に見せつけた。

そもそも「カットマンの強み」とは何か?

今回のアジア選手権。エース格の張本美和を5番手に置かず、張本が4番手で登場して確実に勝利し、5番手のカットマン橋本へ回すという策が見事に功を奏した。なぜカットマンは5番手に置かれるのか。そこにはカットマン特有のストロングポイントがある。

カットマンの強みは何球でも返球してしまう「粘り」と、相手がカット打ちの際に繊細に触れなければいけない「回転量」だ。

橋本帆乃香のプレースタイルは、まさにカットマンの鏡といえよう。中陣から後陣あたりで動き回り、フォアに来たボールもバックに来たボールも拾ってしまう。その中でドライブをかけてボールを伸ばすロビングを挟む時もある。

相手にツッツキで止められて前に動かされても、その動きには一糸乱れがない。それどころかそのツッツキやツナギのボールが甘ければ「橋本ストライク」とも呼ばれる猛攻撃に転じる。橋本は決して守り一辺倒ではない。相手が一瞬でも隙を見せれば、一気に前に詰めて強打を叩き込み、攻撃型のような仕掛けをしてくる。

これほど「相手にプレッシャーを与える選手」はなかなかいない。それが団体戦の5番手で登場するとなると、世界最強の中国でさえも彼女を止めることができなかった。

中国を追い詰めたカットの連続。橋本が崩れない理由

女子団体、決勝戦。日本の1番手は橋本帆乃香。中国の陳熠を相手に3-0と完封劇を演じる。

2番手で日本の張本美和が登場。中国のエース格の一人、王芸迪と激しくぶつかり合うが2-3と落としてしまう。3番手は、ここではワンポイント起用となった早田ひな。蒯曼に0-3と完敗。日本は1-2と追い詰められる形に。4番手は再び張本美和。陳熠を3-0で仕留め、日本のエースの貫禄を見せる。

これにより日本は2-2と追いつく。

そして迎えた5番手、「橋本帆乃香にすべてを託す形」で、王芸迪との勝負の一戦を迎えた。

第1ゲーム。1-4と王がリード。しかしバックサーブから入り、ラリーに入るまで足の立ち位置が平行のまま乱れない橋本の安定感が抜群だった。このバックサーブも一つの“キモ”となった。

相手の隙を見つけてはバックハンドで攻撃。通称「橋本ストライク」と呼ばれるパターンだ。カットマンのいきなりの攻撃に押された王。そのまま豪打を連発して追いつく。このあたりはまるで攻撃マンだ。

5-8からはフォアハンドで攻撃。橋本から気合いを感じる一撃だ。そうかと思えば、6-10と追い詰められてから丁寧なカットで一本一本詰め寄る。この変幻自在さが強みだ。12-10で橋本が制する。

第2ゲーム。5-0と今度は波に乗って開始。王が、守って攻めて、また守ってというカットマンの術中にどんどんハマりつつある。

最後も、カットカットカットからの攻撃一発という抜群のリズム。11-3で橋本が勝利。相手を圧倒するような凄みのあるプレーが光った。

第3ゲーム。王は橋本のミドルを突いてくるが、これにも華麗なカットで対応する。

ずっとカットが返ってくること———。

これが国を背負う5番手での試合となれば究極のプレッシャーとなる。王も粘り強く打ち込み5-9とすると、そのまま6-11。ここは王芸迪が一矢報いる形に。

カットに入る前から勝負は始まる。バックサーブの狙い

迎えた第4ゲーム。3-3から開始。王は両サイドに打ち分けて徹底的に橋本を揺さぶる。3-4。しかしここからが「5番手カットマン」の真骨頂。前後左右にカットだけで拾いまくって4-4と追いつく。この“追いつかれ方”が、相手にとっては一番嫌なのだ。

その後も、このゲームでは明らかに攻撃よりも「カットの量」が増えた橋本。

5-6とされても、左右に体を切り返し、カットカットカットで、攻撃なし。たまらず王がカット打ちをミスして、ガックリと膝に手を突き、うつむいてしまった。プレッシャーの中の根負け。そんな言葉がピタリと合う光景だ。

11-7。終始プレッシャーを与え続けた「5番手だからこその橋本劇場」は完璧な形で日本に勝利をもたらした。

橋本個人のプレースタイルとして特徴的なのは、フォアサーブよりバックサーブにある。バックサーブはフォアサーブより「両足が平行に近い形」で出すことが多い。これだと攻撃型は一度、体勢をフォアハンドで攻める形に切り替える必要があるが、カットマンの場合はその平行足に近い形のままカットのプレーに入ることができる。そのため躊躇なくバックサーブを思い切り切り、圧倒的な回転をかけることに専念できる。王との試合でもレシーブミスでの得点が見られた。

橋本が相手にかけるプレッシャーは「粘りのあるカット」と「いきなり攻めてくる攻撃」だけではなく、実はこの1球目攻撃とも言える「切れすぎたバックサーブ」から始まっている。そしてそのプレッシャーをさらに相手に大きく与えるのが、勝敗が決まる最終戦で登場するという「状況」である。

技術と重圧が交差する最終戦。「5番手」である意味

カットマンは5番手に置け。オーダーを作る陣営や監督がこの定石を守るかどうか。これはその時々、相手なども含めて検討されることだろう。しかしこの定石は長い間、卓球の世界で一つの正解とされてきた。団体戦の一つの選択肢としてカットマンに強みがあることはわかる。ではなぜ「5番手」なのか。

それは、相手にとって「カット打ちをさせられる」というのが「根気」と「プレッシャー」が必要な作業だからだ。特にプレッシャーというのはメンタルスポーツと言われる卓球において大きな要素になる。

「精神的に最もプレッシャーの大きな5番手」で「技術的にもプレッシャーがかかるカット打ちをやらされる」ということ。これは注目を浴びる場面で相手にとって相当な重圧になる。

今大会では、国際大会の決勝戦でもこの定石が今も通用することを橋本が改めて示した。加えて日本女子には、橋本だけでなく、佐藤瞳という実力あるカットマンもいる。張本美和や早田ひなら攻撃型の選手に加え、異なる戦型を持つ選手が控えていることは、日本の団体戦にとって大きな強みになる。

カットマンの5番手起用という戦い方の幅が広がり、大きな手ごたえがあった大会。日本女子の団体戦に、しっかりとした厚みが増してきた。

なお、2人のカットマン、佐藤瞳は11月3日に開幕するWTTチャンピオンズ・フランクフルトに、橋本帆乃香は11月10日から行われるWTTコンテンダー・イスタンブールにそれぞれ出場を予定している。

<了>

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