世界1位・松島輝空も安全圏ではない。卓球で相次ぐ大番狂わせ、101位が中国女王を破った背景

Opinion
2026.10.13

日本の19歳、松島輝空が世界ランキング1位に立った。日本男子では46年ぶりとなる快挙だ。一方、世界の卓球界では、ランキングだけでは予測できない波乱が相次いでいる。9月のアジア競技大会では世界ランク下位のイラン選手が張本智和を破り、10月のWTTチャイナスマッシュでは世界101位のタイ選手が女王・孫穎莎を撃破した。世界のトップに立つ選手たちを脅かすものは何なのか。いま、卓球界で起きている変化を追う。

(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)

中国勢も勝ち続けられない。“大物食い”頻発が示すもの

WTTチャイナスマッシュ・女子シングルス。世界ランク101位だったタイの29歳パラナン・オラワンが中国の絶対的なエース孫穎莎を破り世界中の度肝を抜いた。世界ランクだけ見れば驚異の「100人抜き」である。

思えば、9月に行われたアジア競技大会・男子シングルスでも世界ランク344位だったイランの34歳ノシャド・アラミヤンが、世界ランク4位、日本の張本智和を3-4で負かし大番狂わせを演じたばかりだ。こちらは世界ランクだけで見れば300人以上抜いたことになる。

孫穎莎は女子卓球において世界一の選手と言える中国のエースだ。今大会は体調不良の報道もあったが、それでも簡単に負かせるような相手ではない。そして日本の張本智和も今や名実ともに世界のトップクラス。それにも関わらず、現実に1カ月という短い期間に大番狂わせは起き続けている。

このような現象には“中国一強”が崩れかけていることも印象づける。では、こうした下位ランクの選手による“大物食い”の頻発が示すものは何か。これから世界の卓球は「世界ランクだけでは評価しきれない時代」に突入していく。

男子卓球「中国一強」へのカウンターカルチャー

9月に行われたアジア競技大会の男子シングルス、団体戦優勝の勢いを持ってここに挑んだエース張本智和が、イランのノシャド・アラミヤンにフルゲームの激闘の末に敗れた。

この時に張本が茫然と立ち尽くしていた姿は日本のファンの記憶にも新しいところ。では、先に世界を震撼させていたアラミヤンとはどんな選手なのか。

ノシャド・アラミヤン。この選手はイップスに悩まされ、時に「フォアドライブを捨てた男」と称される。イップスとは精神面の影響からくる原因不明の手の震えのような現象だ。

アラミヤンの場合、フォアドライブを打つと手が震える症状が出やすくなるという。そこで独自に築き上げたのが「洗練されたバックドライブ」。これをメインに、切れ味抜群のYGサーブを組み合わせるというトリッキーなスタイルだ。これが完璧に仕上がっていたのがアジア競技大会だった。

甘く浮いた球をバックで回り込んで打つトップクラスの選手などほぼいない。だが、その打ち方でシュートをかけてスライスしていくようなバック強打の連発に張本は翻弄された。

今、男子卓球の世界ではこうした「“国”ごとの特徴」だけではない「“個”の独自化」が見られるようになっている。9月8日~13日に行われたWTTチャンピオンズ・マカオでも、男子卓球の“個”の狼煙はすでに見られていた。

この時は最強と思われていた中国の男子が全滅。ベスト4に一人も入ることができない状態。中国メディアの『ジーボーバ』は「敗退! 中国卓球男子シングルスで再び全員敗退。WTTのハイレベルの大会で、5大会連続優勝を逃す」と報道。敏感に反応した。

この大会では、張本智和がスウェーデンのトルルス・モーレゴードに敗れる波乱もあった。もともと「天才肌」との評価が高かったモーレゴードだが、この大会では「台上ドライブ」に特化して磨きをかけていた。ボールがツーバウンドするかしないかギリギリのところを極めて、ボールの上側を引っかけるように打つ。その台上ドライブを世界最高レベルの見極めと角度で張本に打ち込んできた。

モーレゴードは世界ランク5位の選手であり、いわゆる「下剋上」ではないが、明らかに独自の進化を遂げた選手だ。

世界101位が女王・孫穎莎を撃破。オラワンが起こした波乱

こうした潮流の中で迎えたWTTチャイナスマッシュ。今度は女子で、下位ランク選手による世紀の大番狂わせが起きた。

女子シングルス2回戦。パラナン・オラワンは世界ランク101位。試合前は誰もが中国のエース孫穎莎の圧勝を予感していた。しかし様相は異なった。

第1ゲーム。サウスポーのオラワンは台の真ん中から、孫のミドルへ順切りサーブを出し、バックドライブで狙うパターンを多く使った。

一方、孫はさすがの“捌き”で、自分がサーブを持てばやはり強い。オラワンのバック深いところへ食い込ませてからの攻撃パターンは鉄壁のように見えた。このゲームは、8-11で孫が勝利。

第2ゲーム。ここでレシーブも慣れてきたオラワン。バックフリックでの返球にミスが出なくなる。さらには、孫にバックフリックをさせてそれを狙い撃つシーンも見せ始める。中国のエースを相手にこれができる時点で、“異変が起きている”ことを感じる。点数も5-0とリードする。

8-4の場面、フォアとバックの切り返しも華麗に決まった。ミスが出ない。このゲームは11-4でオラワンが勝利。このあたりから雰囲気が少しずつ変わってくる。

第3ゲーム。孫のミドルを突くオラワン。そこからバックの深いところへ持っていく。2-0でオラワンがリード。

4-5と一時は孫がひっくり返すが、オラワンがしぶとく食い下がると孫が甘いボールを打ちミスする珍しい光景でゆがんだ表情を見せる。

そのままもつれてジュースとなるが、オラワンのプレーがとにかく丁寧でミスが出ない。12-10でオラワンが激戦を振り切る。主導権は完全に格下のはずのオラワンにあるように見える。

第4ゲーム。孫もなんとか立て直そうと必死だ。フォアハンドの豪打を連発すると0-2と孫がリード。

その後も1-4と孫がリードを広げるが、ここでまた甘いボールを打ちミス。孫らしからぬ姿だ。大会を連戦している疲労か、もしくは体調そのものに問題があったのかもしれない。

2-7とするが、そこからまたオラワンが隙を見つけて丁寧に突いてくる。豪快な攻撃というよりは「相当練習をやってきたことがよくわかる」丁寧なプレーが光る。

8-9と激しいぶつかり合いに。タイムアウトが入ると、そこから孫も一本一本詰めていくのだが、オラワンもしぶとい。ジュースに持ち込み、最後はバックミートの打ち合いを制するとまたしても12―10でオラワンが勝利。

結果、ゲームカウント3-1で孫を退けたオラワンの笑顔が弾けた。

松島輝空が世界1位に。それでも順位だけでは測れない理由

こうして見ると、今、世界の卓球は男女に関わらず実力差そのものが拮抗してきているように見える。日本はアジア競技大会の男子団体でついに中国をとらえて優勝を飾った。

女子もまだ中国の壁は厚いとはいえ、世界ナンバー2の座にいるのは日本という認識は持たれているはずだ。

しかし、中国と日本の差が詰まってきたのと同じように、その他の国との差も詰まってきているように感じる。何より「国」で見るだけではなく、「個」の進化を遂げている個性派や、虎視眈々と牙を研いできた実力者もいる。

何しろ今回のジャイアントキリングの立役者オラワンは現在29歳。そこには「若手の台頭」というイメージはなく、時間をかけて努力を重ねて進化し続け、ついに大きな結果を出した姿には、拍手を送りたい気持ちにさせる。

10月5日には、国際卓球連盟が最新の世界ランキングを発表。男子では松島輝空が1位に輝いた。日本人としては1980年の小野誠治以来46年ぶり、現行ランキング制度では初の快挙だ。

しかし、「これで世界の中で松島が確実に突き抜けた」ということではない。いつ強敵がどこから飛び出してくるかわからない、まったく油断できない時代に入っている。

トップ選手と対等に渡り合える個性派、実力派の選手が世界ランクの3桁台にも存在し、突如として牙をむいて襲いかかってくる。そして実際に無欲の強みで勝利をもぎ取っていく。この現象は世界ランク上位いる選手たちにとって脅威でしかないはず。

いずれにしてもハイレベル。大会が始まれば、日本のトップ選手であっても一試合目からまったく油断できない。そしてわれわれ観客は目が離せない。

世界ランク下位選手のいきなりの大物食い。そんな「新しい面白味」が、これから世界の卓球をさらに彩ってくれそうだ。

<了>

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