「美しさ」が際立つ橋本帆乃香が世界を翻弄。カットマンが再び卓球界を魅了する理由
近年、卓球の守備特化型の戦型“カットマン”は「世界では勝ち切れない古い戦い方」とも言われてきた。しかし今、その評価が揺らぎ始めている。世界卓球ロンドン団体戦・決勝で中国選手を破り、WTTコンテンダー・ラゴスでも海外勢を圧倒した橋本帆乃香。そのプレーは、単なる“粘り”には集約できない。後陣を大きく使うしなやかなフットワーク。ナックルと下回転を自在に操る華麗なカット。そして、突然前に飛び込んで打ち抜くダイナミックさ。その一連のプレーは「強く」、「美しい」。動画時代の今だからこそ、“スタイリッシュな守備型”カットマンが再び脚光を浴び始めている。
(文=本島修司、写真=Schreyer/アフロ)
“後陣のスタイリッシュ”橋本帆乃香が世界を翻弄
5月21日から24日にかけて開催されたWTTコンテンダー・ラゴス。橋本帆乃香が再び世界で注目を浴びた。4戦連続のストレート勝ちで迎えた準決勝では、韓国のチュ・チョンヒに3-0で完勝。
決勝戦では大藤沙月に敗れたが、「VS世界」という点では、まったくつけ入る隙を与えない試合を披露し続けている。
5月10日に行われた世界卓球ロンドンの団体戦・決勝では、ワンポイントとして登場し、最強の卓球大国・中国の蒯曼(クアイ・マン)に3-1で勝ち切って見せた橋本。この日を境に彼女の存在感はますます高まっていると言えよう。
ただ勝つだけでなく、その美しい動きの戦型は、世界中の猛者たちに勝利しながら見る者すべてを魅了する。“後陣のスタイリッシュ”、カットマン。その個性と強みを探る。
世界17位を圧倒。ラゴス準決勝で見せた“カットによる支配力”
WTTコンテンダー・ラゴス、女子シングルス準決勝。チュ・チョンヒは、世界ランキング17位の強豪だ。しかしここで橋本はこの実力者をまったく寄せつけない試合を展開した。
第1ゲーム。チュ・チュンヒが、フォアとバックに揺さぶりをかけながらドライブを打ち込んでくる。橋本はカットマン特有の構え方からこれに対応する。
サーブも独特だ。ラケットを反転させて、切りやすい裏ラバーを使ってのバックサーブ。右足を大きく前に出す。これはフォアの振り方とは逆足であり、「さぁ攻めますよ」という体勢ではなく「さぁ守り切りますよ」という立ち方。ザ・カットマンのまさに守備型らしい自信に満ちた独特の構え方だ。
サーブを出せばラケットを反転してひっくり返す。ツブ高ラバー寄りの表ソフトで、肘を英語のVの字の角度からキッチリと振り落として、ボールを切る。ナックルカットと、切れている下回転カットが、自由自在に相手の台に突き刺さるように入ってくる。
1-5とリードを奪われる展開ながら、丁寧にカットを重ねて打っていくことで点数はすぐに追いついた。4-6からは表ラバーを粒高プッシュのように使って変化をつける。これが決まって5-6。そのままカットの粘りは増していき7-7。そうかと思えば、いきなり攻撃に転じて10-7と追い詰める。11-7でこのゲームを勝利した。
第2ゲーム。このゲームも、レシーブで構える橋本は堂々と「平行足」だ。守備の構え。そこから右足を軽く引けば、すぐに攻撃にも転じられる「平行足」。
このあたりからは「また守り切りますよ」そして「逆にいつでも攻められますよ」という意思を感じる。序盤からカットが冴え渡り4-0。円を描くように華麗なカットは、芸術のようにも見える。6-2からは「橋本ストライク」と呼ばれる、前に飛び込んでいってのバックミートの攻撃も決まった。そのまま11-4で勝利する。
第3ゲーム。ここでは「慣れられない対策」か、バックサーブで横回転も混ぜていく。
カットも好調だ。チュ・チョンヒが「切れている」と判断して持ち上げたカットが大きく浮いてしまいオーバーミス。まったく切れていないナックルだった。このあたり、完全に相手を翻弄しきっている。
9-6からは突然のフォアドライブで相手を打ち抜く。そのまま11-6で勝利した。
なぜ今、カットマンは「見ていて面白い」のか?
橋本帆乃香は、もともと佐藤瞳と並ぶ日本を代表するカットマンだ。
しかし、ここにきて人気も実力も急上昇している。橋本という存在を通して「カットマン」自体が注目されていると言ってもいいかもしれない。
その実力は世界卓球ロンドンと、WTTコンテンダー・ラゴスでも証明された通り。しかし、そこに拍車をかけるような人気の理由がもう一つあるように思える。
それは「動きの美しさ」だ。
卓球の動きは、攻撃や守備に関わらず極めればどれも美しいものだが、カットマンの場合、台から離れた後陣でプレーをする。必然的に動く範囲が多くなる。ラリーが続く。それも、長い距離でのラリーが続く。
チャンスボールを見つけると、台の前陣まで飛び込んでいって、攻撃に転ずる派手なシーンもたくさんある。また、後陣から「ロビング」(ボールを高く上げる)のラリーもある。
ロビングで防戦一方かと思いきや、反撃に転じることができると見ると、いきなりカットラリーに持ち込んだり、時に、後陣からドライブで反撃してどんどん前に出てくるプレーを展開することもある。
この一連の動きはしなやかであり、強烈にスタイリッシュだ。シンプルに見ている者が「楽しい!」と感じる。テレビ映えもする。動画サイトなどでは、切り抜き動画にも使われやすくSNSを中心とした現代において「“映える”ラリー」とも言える。
世界卓球ロンドンの試合後には、そのプレーの美しさがSNS上で話題となり、卓球好きで知られる武井壮さんの「なんとも美しい 動作がまるで妖精のよう」というポストが共感とともに広く拡散された。
古くから存在しながらも、一度は「攻撃力で世界戦では見劣りする」と衰退しかけたカットマンスタイルが、ここにきて再び大きくクローズアップされている。
カットマンの「強さ」が復権しつつある理由
技術的には、橋本帆乃香は「ツブ高に近い、表ソフトラバー」を使用している。
ツブ高ラバーではない。しかし普通の表ソフトラバーでもない。ツブ高と表ソフトの中間くらいのイメージの「ツブの高さ・柔らかさ」のラバー。これをバック面に貼っている。
ツブ高ラバーの弱点として、ナックルに弱いという点がある。そこで、ナックルボールに対して自分から下回転を切れるラバーが表ラバーだ。
この絶妙なサジ加減のラバーが現在の橋本の個性であり、世界中にカットマンは多くいるが、まったく同じスタイルで戦っている世界のトップ選手となると、他では橋本とダブルスでペアを組んでいる佐藤瞳くらいだろう。
カットマンはバック面にツブ高を貼る選手が多い。特に中学生や高校生の卓球では、相手のドライブを、ツブ高で切り落とすカットを極めればかなりの強みとなる。
しかし、橋本は少し違う。バックから繰り出す「ツブ高に近いがツブ高ではない」絶妙なサジ加減のカットマン。それが橋本帆乃香であり、世界的に見ても極めて珍しいタイプのカットマンと言える。
もう一つ。カットマンには、カットマン全員に該当する「強み」がある。相手が「初見」の時に強いということだ。対戦経験が数回しかない時にも強い。
思えば、世界卓球ロンドンでも世界ランキング7位の中国の強豪・蒯曼が首をかしげながら、橋本のナックルカットと切れている下回転カットの前に完敗を喫する姿があった。
次戦のWTTコンテンダー・ラゴスでは、海外勢にはすべて3-0で圧勝して勝ち上がりながらも、日本人対決となった決勝戦の大藤戦では1-3で完敗している。
この決勝戦でも橋本自身の調子は決して悪くはなさそうで、むしろ、粘りに粘る橋本を、こちらも粘り強いカット打ちのドライブで対応しきった大藤を褒めるべきだろう。大藤にとっては過去何度も対戦したことのある日本人同士であり、橋本の癖や球質を知り尽くしていたからこそできた芸当でもあるはずだ。
「団体戦の切り札」――カットマンが今も特別な理由
国内対戦で負けていても、海外の強豪相手にあっと言わせる完勝劇を見せること。これが自身も「1つのカードとして捉えてもらえたらいい」と語る、カットマン橋本帆乃香の圧倒的な強みと言えそうだ。
世界卓球ロンドンのような新しいルールの中では、中盤のワンポイントという起用になった。
しかし、昔から卓球の世界には「団体戦5番手にカットマンを置く」という定石がある。
日本国内の、中体連や高体連などでは、今でもそういった「オーダー」を作る監督は多い。
3ポイント取れば勝ちとなるルールの中では、2対2で迎えた5番手ともなれば、両チームから総力を挙げた期待と声援が飛び交う中で“粘り”という要素が重要視されるからだ。
そういった意味で、世界レベルの団体戦でもカットマンの粘り腰に再びスポットライトが当たるのかもしれない。
女子シングルスで「カットマンの世界チャンピオン」は40年以上出ていない。
しかし、独特の「ホノカット」と称される華麗なナックルカットに初対面で遭遇した場合や、対戦経験が少ない場合、そして団体戦での起用法として抜群にハマった場合。
これらのシーンを想定した時、今、世界中の強豪選手たちが、橋本帆乃香への警戒を強めているはずだ。
スピードと破壊力が加速し続ける現代卓球。その最前線で、“守る美しさ”が再び存在感を放ち始めている。
<了>
「バックスイングがない」18歳・面手凛は現代卓球を変えるか。新世代に起きている新たな現象
卓球世界2位を3-0撃破。大藤沙月が中国エース王曼昱を崩した「巻き込みサーブ」の秘密
なぜ張本美和・早田ひなペアは噛み合ったのか? 化学反応起こした「今の2人だけが出せる答え」
代打出場から世界を驚かせた長﨑美柚、再ブレイクの兆し。早田とは違うもう一人のサウスポーの現在地
卓球・カットマンは絶滅危惧種なのか? 佐藤瞳・橋本帆乃香ペアが世界の頂点へ。中国勢を連破した旋風と可能性
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「Jクラブユースか、高体連か?」論争に終止符。プレミアリーグが示す“継続性”と“競争力”
2026.06.02Opinion -
ブライトンで高まる信頼。清家貴子が語るWSLの世界基準、三笘薫から受ける刺激とクラブが描く未来
2026.06.02Career -
【F1】41歳ハミルトン、フェラーリで再燃。「過去の自分は間違っていた」と語る“復活の兆し”
2026.06.01Career -
「シティに苦手意識はない」清家貴子が語る、FAカップ決勝進出ブライトン躍進の現在地
2026.05.29Career -
新スタジアムは「県が建てるか、民間か」の二択ではない。岡山が示す“共創型まちづくり”の現在地
2026.05.28Technology -
キャッチミスで降格圏転落も…。長田澪がブンデスリーガで“崩れず”評価を高め続ける理由
2026.05.25Career -
女性アスリートの「見えにくい情報」をどう扱うべきか。 月経をめぐる理解と支援の現在地
2026.05.18Technology -
FCジュロン是永大輔チェアマンが語る経営と冒険「シンガポールで100年続くクラブをつくる」
2026.05.18Business -
「正しいことほど広まらない」育成年代のトレーニング事情。専門家が“当たり前”を問い直す、親が知らない落とし穴
2026.05.18Training -
Jクラブのトレーニング施設は“貧弱”なのか? 専門家が語る日本サッカー「フィジカル論」の本質
2026.05.18Opinion -
日本のクラブから“地域のクラブ”へ。アルビレックス新潟シンガポール→FCジュロン改称に込めた覚悟
2026.05.15Business -
ケガ予防はデータでどこまで可能になるのか? ONE TAP SPORTSが可視化した「休ませる判断」の根拠
2026.05.15Technology
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
ブライトンで高まる信頼。清家貴子が語るWSLの世界基準、三笘薫から受ける刺激とクラブが描く未来
2026.06.02Career -
【F1】41歳ハミルトン、フェラーリで再燃。「過去の自分は間違っていた」と語る“復活の兆し”
2026.06.01Career -
「シティに苦手意識はない」清家貴子が語る、FAカップ決勝進出ブライトン躍進の現在地
2026.05.29Career -
キャッチミスで降格圏転落も…。長田澪がブンデスリーガで“崩れず”評価を高め続ける理由
2026.05.25Career -
「バックスイングがない」18歳・面手凛は現代卓球を変えるか。新世代に起きている新たな現象
2026.05.12Career -
なぜ日本人FWは欧州で苦戦するのか? 町野修斗、塩貝健人、原大智らが直面する“海外の評価軸”
2026.05.11Career -
佐野海舟が仕掛けるボール奪取の罠。「リーグ最高クラスの6番」がドイツで賞賛される理由
2026.05.08Career -
「まだまだですね」に込められた三笘薫の現在地。右、トップ、シャドー…左だけではないプレーの進化
2026.05.08Career -
欧州1年目で29試合スタメン出場。秋山裕紀が選択した“自分の良さを出さない”存在証明
2026.04.28Career -
40歳、まだ速くなる。山田章仁が語る、最多109トライの裏側と“時間の使い方”
2026.04.27Career -
日本での“良いプレー”が通用しない衝撃。秋山裕紀がドイツで学んだ評価のズレ、欧州標準のリアル
2026.04.23Career -
なぜ堂安律がキャプテンだったのか。北中米大会へ向け“10番”に託された森保ジャパンの現在地
2026.04.14Career
