佐野海舟が仕掛けるボール奪取の罠。「リーグ最高クラスの6番」がドイツで賞賛される理由
中盤に危険なスペースが空いている。それでも崩れない。一見すると危険な構造を成立させているのが、マインツのアンカー・佐野海舟だ。彼は単にボールを奪う選手ではない。相手の判断を操作し、“奪える状況”そのものを作り出している。さらに今季は攻撃面でも存在感を示している。チームメートの証言と本人の言葉から、ドイツ・ブンデスリーガ「リーグ最高クラスの6番」の実像に迫る。
(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)
佐野海舟が賞賛される理由「掃除機みたいに…」
マインツのウルス・フィッシャー監督が、あれほど感情をむき出しにする姿は珍しい。
普段は大げさに喜んだりはせず、選手がゴールを決めても軽く拳を握る程度。そんな指揮官が両腕を突き上げ、何度も拳を振り回し、長く拍手を送り続けたシーンがある。
4月のUEFAカンファレンスリーグ準々決勝・第1戦ストラスブール戦で見せた佐野海舟の一撃に、思わず感情を爆発させたのだ。
ハーフウェーライン付近でボールを奪うと、川﨑颯太とのワンツーから左のスペースを持ち上がり、最後は右足でファー上隅へ叩き込む。力強さと美しさが融合した見事なシュートについて、試合後のフィッシャー監督は「素晴らしいゴールだった。カイシュウがあの長いコースを狙い切ろうとする決意が見えた」と賛辞を惜しまなかった。
だが、彼が称賛されるのはそんな鮮烈な得点を決めたからだけではない。ボランチとして広いエリアをカバーし、自ら奪い、自ら運び、チャンスメイクをしていく。ボディバランスも卓越。そんな一選手の枠に収まらない総合力をコンスタントに見せているためだ。
マインツのチームメートたちも口をそろえて称賛する。
「センターバックとして前にこういう選手がいてくれると本当に助かる。掃除機みたいに全部のボールを吸い取ってくれる」(シュテファン・ポッシュ)
「今や攻撃面でも非常に危険な選手になっている。なにより彼は静かで、地に足のついた男だ。ゴールを決めようが決めまいが、いつも同じパフォーマンスをする。チームにとって本当に大きな存在だ」(パウル・ネーベル)
“奪う”のではなく“誘う”。ボール奪取の設計
インターセプトの数、1対1の競り合いの勝率、セカンドボールの回収数……。そうした数字も優秀だが、実際の最大のすごみはその奪い方にあるのではないだろうか。佐野は決して力任せにボールを奪いにいっているわけではないのだ。
以前「ボール奪取を狙える瞬間を自分の中でどのように整理しているか?」と質問をした時に、こんな風に答えてくれた。
「常に狙いすぎるとそこにボールが来ないと思うので、いかにそこにパスを出したいと思わせるのかが大事だと思っています。そういう見せ方だったり、駆け引きを意識しています」
そう。意図的に罠を仕掛けているのだ。あえて少しスペースを空ける、身体の向きで行けそうに見せる、距離をとって時間があると思わせる。
そうして相手に「そこが空いた!」と錯覚させて、ボールが動いた瞬間を逃さず、爆発的なスピードで一気に刈り取る。
「自分で取れると思ったタイミングでは、そうやって狙っています」
まるで猛禽類が獲物をしとめるような鋭さだ。
「そこに佐野がいるから」成立する戦術バランス
ボランチにおける守備の優先順位はまず、危険なエリアや選手への相手のパスコースを消しながら、中央を閉じること。優れたボランチは相手の出し先を読んで自分の間合いに持ち込み守備をしやすくする。
佐野はさらに一歩先にいるようだ。相手の選択肢そのものを操作し、奪いやすい状況を自分で作り出しているのだ。
これは決して簡単なことではない。ブンデスリーガのトップレベルを相手に隙があるように見せるということは、一歩間違えれば危険なエリアへの侵入を許すリスクと隣り合わせだからだ。
1対1に強いというだけではなく、読みの良さ、相手との距離感、爆発的な加速、そして試合全体を俯瞰する能力。そのすべてがそろって初めて成立する。
だからこそフィッシャー監督は、佐野のワンアンカーに絶大な信頼を置く。両脇にはドイツ代表MFナディーム・アミリやネーベルといったオフェンシブな選手が並ぶことが多い。チームとしてバランスよく守ることが徹底されているが、彼ら2人は積極的にどんどん前に行く。中盤に広大なスペースが生まれることも少なくはない。それでも大崩れしないのは、そこに佐野がいるからだ。
チームメートの賛辞。自身が感じる手応え
佐野自身がいまのチームにおける役割について、次のように話してくれたことがある。
「いまは僕のインターセプトが出にくい構造になっているとは思います。実際奪って前にドリブルできるというときも、より低い位置からのスタートになるので、ゴールまではなかなかつながらない。チームで求められていることは、中盤の底で守備と攻撃の両方に関わることなので、まずはそこをしっかりやることが大事だと考えています」
どんな場面でも自分のタイミングで飛び出して奪いに行っていいわけではないのだ。タスクを守りながら、状況を見て仕掛けていく。そんな指揮官からの要求をハイレベルでこなしながら、ここ最近はインターセプトや1対1でボールを奪い切る頻度を高め、そこからチャンスメイクやゴールメイクにまで顔を出している。
そんな佐野のすごみを最も近くで感じているのがチームメイトの川﨑だ。
「海舟君でしょ。どの試合でも一番いい。本当に彼がいないとヤバいくらい」
ブンデスリーガで「一番衝撃的だった選手は誰?」と聞いた時に、迷わずそう答えたことを思い出す。
「彼1人で戦っちゃっている場面が多い」「ああやって前に出てボールを奪うプレーはなかなかできない」「隣で見ていて本当にすごいなと思います」と、そのすごみに舌を巻く。
チームメートの賛辞には多少なりとも社交辞令が混じることもあるが、隣で同じ景色を見ている選手の実感として語られるこの言葉には、重みがある。
佐野本人もまた、成長の手応えを感じている。
「バランスを見てやらないといけない難しさはあると思うんですけど、守備の持ち味っていうのは高い基準でやれていると思います。攻撃の部分でも、去年よりはできるプレーが少しずつ増えていきつつある。質の部分でしっかり基準を高く持って、一試合通して波のないプレーをやれればいいかなと思います」
毎試合のように必ず厳しく反省をし、課題と向き合いながら、対応力も着実にアップしている。フランクフルトとのリーグ戦ではシステムのかみ合わせで生じる両脇と後ろのスペースを狙われたが、試合中に監督と確認し合いながら修正し、見事に対応しきった。
「自分の裏が常に空いていて、そこを1人で守るのはなかなか難しかったですけど、守備のフォローをしながら、決して後ろに引きすぎないように、と修正しました。前から行く姿勢を見せながら、後ろのカバーもするように、と」
ワールドカップへ。“欧州基準の6番”が持つ価値
言われたことを理解して、瞬時にピッチで実践する。それもまた、指揮官が佐野を高く信頼する理由だろう。
これはマインツだけの話では終わらない。
ワールドカップ北中米大会に臨む日本代表にとって、絶対的な守備力を持った中盤選手が持つ価値はとても高い。さらに守備だけではなく、配給力、推進力を併せ持ち、攻撃においても重要な役割を担うことができる。欧州基準のワンアンカーを経験している今の佐野にとって、国際舞台の強度はむしろ歓迎材料だ。そのクオリティは、3月の代表シーズンでイングランド代表を相手にしっかりと見せてくれた。
ドイツの現地メディアは、今や「リーグ最高クラスの6番」として扱い始めている。激しいぶつかり合いにも動じることなく、ボールを単独でも奪い切ることができ、なおかつ攻撃でも貢献できる選手はそうはいない。
どんなシステムでも、どんなタスクでも、どんなチーム相手でも、どんな選手相手でも、今の佐野ならなんとかできる。そんな気にさせてくれるだけのクオリティを見せている。
そしてその進化はまだまだ止まることはなさそうだ。
<了>
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