吉田麻也の再招集に込められた狙い。新旧キャプテンが明かす、日本代表にもたらした重要な役割
FIFAワールドカップ・カタール大会後、日本代表から遠ざかっていた吉田麻也が、北中米大会直前の活動で再び代表のユニフォームに袖を通した。アイスランド戦での先発出場は、功労者への感謝を示すセレモニーとして受け止められた側面もあった一方、「ワールドカップで勝つ確率を少しでも高めたい」という森保一監督の明確な意図があった。代表のキャプテンを務めてきた吉田、遠藤航、長谷部誠、そして宮本恒靖。吉田自身の言葉と、3人の新旧代表キャプテンの証言から、再招集に込められた意味と、北中米大会へ向かう日本代表に吉田がもたらした価値を読み解く。
(文=藤江直人、写真=松尾/アフロスポーツ)
「もう縁がないと思っていた」代表から離れた4年間
FIFAワールドカップ・北中米大会に臨む日本代表メンバー26人の顔ぶれは、ネット上のニュースなどを通じて把握していた。それでも吉田麻也は、たとえるならば別世界にいた。
無理もない。最後に代表戦のピッチに立ったのは4年前の前回カタール大会。4番手のキッカーを担いながらPKを止められ、苦杯をなめたクロアチア代表とのラウンド16までさかのぼる。
当時34歳の吉田は一貫して代表からの引退は明言しなかった。カタールの地で第1次森保ジャパンが解散した2022年12月6日には、代表における今後を問う質問にこう答えていた。
「何も考えていません。というよりも、次の代表監督次第になるでしょうね。次の監督がどのように考えるのか。次の監督が誰なのかがまずわからないし、なるようになるでしょう」
指揮官とキャプテンとして、厚い信頼関係を築いてきた森保一監督の続投が決まったのは新しい年が近づいてきた年末だった。翌2023年3月には第2次森保ジャパンも船出した。
招集されたメンバーのなかに自身は含まれていなかった。キャプテンも遠藤航へ引き継がれた。同年8月にはメジャーリーグサッカー(MLS)のロサンゼルス・ギャラクシーへ移籍した。
日本プロサッカー選手会(JPFA)の第7代会長は、カタール大会前から引き続き務めている。それでも代表チームに関しては、もう縁がないと思い込んでいた。吉田はこんな言葉を残している。
「代表戦を追いかけながら、自分が入る姿をイメージしてきましたけど限界がありますよね。それでも恋愛じゃないですけど、離れてこそ、失ってこそ初めて気づくものがある。それをひしひしと感じてきたなかで、いかに自分が恵まれてきたのかが30歳代の後半になってわかりました」
長谷部誠コーチのひと言が後押しした代表復帰への決断
しかし、スマートフォンに届いた一通のメッセージが吉田を取り巻く状況を一変させた。
送り主は代表のスタッフ。文面にはメンバー発表を終えた森保監督が相談したい件があると記されている。案件をまったく知らないまま、吉田はスタッフ経由で森保監督へ電話を入れた。
カタール大会後で初めてかわす会話で何が伝えられたのか。吉田は後にこんな言葉を残している。
「森保さんと日本のサッカー界からの感謝の気持ちを自分が恐縮しながら受け止めるのと、ワールドカップで勝つ確率を上げるために自分のすべてをチームに注入するためにここにきました」
吉田が言う「ここ」とは、代表チームが5月下旬から国内キャンプをスタートさせた千葉市内の代表の活動拠点を指す。しかし、実際に日本行きの便に搭乗するまでには逡巡を重ねた。
森保監督はアイスランド代表を国立競技場に迎える5月31日の壮行試合で、歴代3位の代表戦出場126を誇る吉田を先発で起用して、感謝の思いを伝える場にしたいと伝えてきた。
プレー時間は10分ほど。セレモニー的な意味合いが強かった。しかし、アイスランド戦はメンバー発表後で、最初で最後の対外試合になる。その場で自分がプレーしていいのかと思い悩んだ。
自分を邪魔に感じる選手やスタッフもいるのではないか。ワールドカップへ向けてチームの和や団結を乱してしまうのではないか。そう考えると、とてもじゃないが即答できなかった。
吉田は長谷部誠コーチに相談させてほしいと伝えた。2014年のブラジル大会、2018年のロシア大会をともに戦ったキャプテンで、いまもリスペクトの思いを抱くレジェンドへ意見を求めた。
アイントラハト・フランクフルトでプレーした2023-24シーズンをもって現役を引退。フランクフルトのセカンドチームのアシスタントコーチとして指導者の道を歩み始め、2024年9月からは森保ジャパンのコーチも兼任してきた長谷部氏は何を語ったのか。答えは吉田の言葉にある。
「自分にもまだ何かできるんじゃないか、と。長谷部さんに背中を押してもらった感じです」
遠藤航が託したキャプテンマークと円陣の言葉
それでもアイスランド戦での先発出場に対しては、心の片隅で葛藤を募らせていた。しかし、時間の経過とともに、自分のなかでまったく異なる思いが頭をもたげてきたと吉田は笑う。
「日本サッカー協会が日本代表のために戦ってきた選手に敬意を表してくれるのは、決して僕だけじゃなくて、今後も実績を積んでいく選手たちのためにもなるというか、一つの文化や伝統として日本サッカーの今後につながっていけばいいな、と。なので、次の選手のためにもできるだけ盛大にやってもらったほうがいいと、途中からそういう考え方に変わりました」
アイスランド戦の前日会見。森保監督は「大事な壮行試合で、セレモニー的に起用するのは賛否両論があると思う」と前置きしたうえで吉田を先発させ、10分をめどに交代させると明言した。
このときは左足首にケガを負い、2月下旬に手術も受けた状態からの復帰途上にあった遠藤の先発も明言。キャプテンに関しては、第2次森保ジャパンで務めてきた遠藤にするともつけ加えた。
しかし、アイスランド戦で左腕に腕章を巻き、先頭で入場してきたのは吉田だった。前日会見後に森保監督へ、吉田にゲームキャプテンを務めさせてほしいと直談判した遠藤が言う。
「監督は僕を気づかってくれて『キャプテンにする』と言ったと思うんですけれども、形的には麻也さん(吉田)がキャプテンマークを巻いてプレーするのが一番いいというか、麻也さんへ抱くリスペクトの思いを示せると僕は思いました。代表チームに対して、麻也さんはそれに値するだけの活躍や貢献をしてきてくれたし、僕を含めたすべての選手がそれをわかっているので」
遠藤はさらにキックオフ直前のロッカールームで円陣を組み、チームへ檄を飛ばす役目も吉田に託した。日本代表の公式YouTubeチャンネルの「Team Cam」が吉田の言葉を伝えている。
「みんな、まずはありがとう。もう俺のことは気にしなくていいから、ワールドカップに集中して。日本代表に調整なんてないからな。1試合1試合、目の前の試合に勝っていこう。OK、行くぞ!」
宮本恒靖会長が見た再招集の価値
3バックの真ん中でプレーした吉田は、予定通り前半14分に伊藤洋輝と交代。日本とアイスランドの両チームが、ハーフウェイラインをはさんで作った花道をゆっくりと歩いて引きあげてきた。
そしてピッチを去る際に、左腕に巻いていた腕章を遠藤の左腕に巻いた。遠藤が言う。
「僕自身もキャプテンになったばかりじゃないし、3年とちょっとの時間がたったなかで、自分なりに今回のワールドカップへ向けてやってきた自負もある。なので、そこに対して麻也さんとあまり深い話はしていないというか、麻也さん自身も僕に対して何かアドバイスをするというよりは、純粋に今回の代表活動をすごく楽しみにして来てくれたと思うので。どちらかと言うとそのほうがお互いに大きかったし、僕自身も久しぶりに一緒にプレーできる喜びを感じていました」
現時点における吉田のベストのパフォーマンスを間近で見られたのがうれしい。2006年のドイツ大会でキャプテンを務めた、日本サッカー協会の宮本恒靖会長も遠藤に思いをシンクロさせた。
「今日のパフォーマンスを見てもやはり麻也っぽいというか、短い時間のなかでしっかりと跳ね返すところやパスをつなぐところを存分に見せてくれた。今回のワールドカップへ向けた準備のところで麻也がいてくれたのは、日本サッカー界にとって非常に大きい。たとえば(堂安)律のように、キャプテンやリーダーになりたいと思っている選手がいるなかで麻也が示したもの、背中で見せたものは大きいし、そういったものが次の世代に受け継がれていくんだと思いました」
現時点でのベストで、かつ全身全霊のプレー。それこそが、いっさいの逡巡や葛藤を心のなかから追い出した吉田が、アイスランド戦までの日々で貪欲に追い求めながら体現したものだった。
「競争も、プレッシャーも、批判もある」それでも代表が特別な理由
アイスランド戦を「自分にとってのワールドカップです」と位置づけた吉田はこう語っている。
「いまの選手たちは自分にものすごくリスペクトをもってくれているし、僕もそうした雰囲気に甘えずに貪欲に、僕や長友選手が一番貪欲さを出していけるようにこの合宿をやってきたつもりです。自分が(ワールドカップに)出たいという気持ちはもちろんありますけど、そうした悔しさを押し殺さずにむしろどんどん前面に出して、ギラギラしながら練習に臨んできたつもりです」
アイスランド戦で担ったゲームキャプテンに関しても「航(遠藤)が気をつかってくれたんだと思います」と感謝しながら、127試合を数えた代表戦出場を万感の思いで振り返った。
「一試合一試合に重みがあるなかで、やはりうまくて素晴らしい選手たちと国を背負って戦った思い出が一番大きいですね。競争もあるし、プレッシャーもあるし、批判もあるなかでなぜここがこんなにも素晴らしいのか。実際にプレーしなければわからないし、一度でも代表を離れたらよりいっそうそれを感じる。だからこそサッカー少年少女にこの舞台を、このステージを目指してほしい」
この熱い思いこそが、吉田の存在を介して森保監督が求めたものなのだろう。現キャプテンの遠藤だけでなく、元キャプテンの宮本会長や長谷部コーチの思いも前キャプテンの吉田に託された。
サポートプレーヤーとして再合流。託された新たな役割
第2次森保ジャパンの発足後で一度も招集されていない、8月には38歳になる大ベテランが、ギラギラした飢餓感を全身からまき散らしている。5日間におよんだ合宿中の練習だけでなく、プレータイムこそ短かったものの、アイスランド戦でも色褪せないプレーを見せた。
代表メンバーに名を連ねたのは26人。吉田を含めた何倍もの選手たちが悔しさを味わい、それを26人へのエールに変えている。代表に選ばれた意義を、果たすべき使命をあらためて感じて魂を震わせてくれれば、森保監督が求める「ワールドカップで勝つ確率を1%でもあげる」につながる。
選ばれなかった選手を代表する存在となった吉田は、カタール大会後と同じく代表からの引退を明言しなかった。それでも象徴としてきた背番号「22」は、復調を果たしつつある冨安健洋へ託した。さらに「ひと区切り、ということにしておいてください」と笑った吉田はこう続けている。
「ここに来るまでがあまりにも想定外すぎて、いろいろなものをキャンセルしてきたので」
代表が暑熱対策を兼ねた事前合宿地のメキシコ北部モンテレイへ飛び立った2日。吉田も自宅のあるカリフォルニア州ロサンゼルスに戻り、さまざまなスケジュールの調整に追われた。
しかし、5日になって吉田は急きょモンテレイ入りして代表に再合流した。立場的にはアイスランド戦限定の緊急招集から、サポートプレーヤーとしてのワールドカップ帯同へ変わった。
「環境が変わり、もっともっと緊張もプレッシャーものしかかってくるなかでチーム力を高めていって、最高の状態でオランダ代表との初戦を迎えてほしい。新しい景色を見るために、僕もそうだし、メディアのみなさん、そしてファン・サポーターのみなさんが一丸となって勝ちましょう」
アイスランド戦後にこう言い残した吉田は、この時点でサポートプレーヤーでの再合流を打診されていたという。チームに与える影響がまだまだ必要だと森保監督以下の首脳陣に期待される吉田は、重厚な経験を後方から支援する力に変えながら頼れる存在感を放っていく。
<了>
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