田中碧のプレミア1年目は失敗だったのか? 昨季MVPからベンチ要員へ。それでも復活を果たした挑戦の軌跡
プレミアリーグは甘くなかった。リーズのイングランド1部昇格に大きく貢献しながら、田中碧は世界最高峰の舞台で苦戦を強いられた。だが、一時は出場機会を失いながらも、田中はシーズン終盤に再び居場所を取り戻した。その苦しみの中で得た経験と成長こそが、日本代表の未来を左右する財産になるのかもしれない。
(文=田嶋コウスケ、写真=ZUMA Press/アフロ)
昨季MVPが直面した現実。プレミアリーグは甘くなかった
リーズ・ユナイテッドの日本代表MF田中碧が、イングランドのプレミアリーグ挑戦1年目を終えた。
苦しい時期もあった。序列を落とし、ベンチに温め続ける時期もあった。だが、シーズン終盤には再び先発の座を取り戻し、プレミア残留を果たしたリーズの中で確かな存在感を示した。俯瞰して見るなら、この1年は、田中にとって「プレミアリーグへの適応期間」と捉えることもできよう。
昨季の田中は、リーズの中心だった。ドイツ2部デュッセルドルフから加入すると、瞬く間にイングランド2部・EFLチャンピオンシップの環境に適応。中盤の底でボールを引き出し、攻守のバランスを整え、最終的にはチームメートが選ぶクラブ年間最優秀選手に輝いた。リーグの年間ベストイレブンにも選ばれ、リーズのプレミア復帰を支えた立役者となった。
昨季の活躍によって、田中はサポーターの間でも特別な存在になった。エランド・ロードでは、ラモーンズの『Blitzkrieg Bop』に合わせたチャントが歌われ、さらにクイーンのフレディ・マーキュリーを思わせる「エーオ!(Ao!)」の掛け声もスタンドから響いた。プレミアリーグ昇格後も、その人気は衰えなかった。序列が下がり、ベンチスタートが続いた時期でさえ、田中がピッチに立てばサポーターは大歓声で迎えた。
その流れを考えれば、プレミアリーグでも田中が中心になると期待した人は少なくなかったはずだ。実際、開幕戦のエバートン戦では先発し、1−0の勝利に貢献した。だが、プレミアリーグは甘くなかった。第2節のアーセナル戦で膝の内側側副靱帯を痛めた影響もあり、田中は一度流れを失った。その間に、夏に加入したアントン・シュタッハ、ショーン・ロングスタッフが中盤で出場機会を増やしていった。
今季のリーズは、明確にプレミア残留を最優先にしたチームだった。ダニエル・ファルケ監督は、チャンピオンシップ時代のように自分たちがボールを握り、主導権を持つ戦い方をそのまま持ち込むのではなく、より慎重な戦い方を選んだ。相手にボールを持たれる時間が長くなることを想定し、守備のブロックを崩さないこと、ポジションを守ること、不要なリスクを避けることを重視した。シーズン序盤に4バックから、5バックへシステムを変更したのもその表れだ。
ここに、田中が苦しんだ理由があったように見える。
「アオはもっと注意深くならなければ」監督が見た危うさ
現地では、田中のフィジカル面を課題に挙げる声もあった。確かにプレミアリーグでは、一つひとつのデュエルの強度が違う。中盤で受ける圧力も、チャンピオンシップ時代とは比較にならない。体格に優れるシュタッハやロングスタッフと比べれば、田中が違うタイプのMFであることも間違いない。
ただ、田中の問題を単純に「フィジカル不足」と見るのは少し違うだろう。むしろ今季の難しさは、ファルケ監督が求めるリスク管理と、田中が本来持っている能動的なプレー感覚とのズレにあったのではないか。
田中は、自ら動いて試合を動かしたい選手である。相手のパスコースを読み、前に出て奪いに行く。ボールを奪えば、すぐに縦へボールを供給する。味方を待つより、自分の判断で局面を動かし、チームに勢いをもたらそうとする。昨季のリーズでは、こうした彼の積極性がチームの推進力になっていた。
だが、プレミアリーグでは、その一歩がリスクにもなる。相手は空いたスペースを見逃さない。中盤の選手が一つ持ち場を離れれば、その背後を正確に突いてくる。だからこそファルケ監督は、田中に「行く勇気」だけでなく、「行かない判断」も求めたのだろう。
象徴的だったのが、昨年12月のリバプール戦だった。田中は途中出場から後半アディショナルタイムに劇的な同点ゴールを決め、エランド・ロードを沸かせた。しかし、その一方でファルケ監督は、リバプールの3点目の場面で田中が中盤のブロックを離れ、中央に大きなスペースを作ったことに不満を示した。
試合後、ファルケ監督はこう語っている。
「リバプールの得点場面で、アオ(田中)が前に出て、ブロックを空けたことに少し苛立った。彼は時々もっと注意深くしなければいけない」
指揮官は、「アオは同点ゴールを決めて取り返してくれた」と評価しながらも、「もっと注意深くならなければならない」と話した。田中は自らのゴールで取り返したが、監督の目には、同時に危うさも映っていた。
ベンチ生活からの脱出。転機は4月に訪れた
その後、田中の出場機会は減っていく。途中出場したエバートン戦(1月26日)を最後に、リーグ戦ではベンチスタートが続き、リーグ戦で7試合にわたり出番が与えられなかった。昨季のチーム年間MVPが、プレミア昇格後に序列を下げる。英国メディアで移籍の可能性が取り沙汰されたのも、この時期の状況を見れば不思議ではなかった。
それでも田中は、シーズンを終わらせなかった。
転機は4月だった。シュタッハが負傷し、中盤に一つポジションが空いた。そこに田中が入り込んだ。プレミアリーグ第32節のマンチェスター・ユナイテッド戦で先発に復帰すると、そこからリーグ戦で再び継続的に起用されるようになった。FAカップ準決勝のチェルシー戦でも先発を任され、シーズン終盤には再びレギュラーとして扱われた。
もちろん、そこにはチーム事情もあった。シュタッハが負傷し、中盤中央のポジションに一つ穴が空いた影響はもちろんある。だが、それだけではない。田中自身も、継続的に先発していたFAカップでパフォーマンスを上げていた。さらに、リーズの残留が少しずつ見えてきたことで、ファルケ監督にもある程度の余裕が生まれたのではないか。シーズン序盤から中盤にかけては、何よりも失点を避けることが優先された。だが終盤には、もう少し前に出る選択や、試合を動かす選択も許容されるようになった。
田中にとっては、その空気の変化も追い風になった。
数字を見ても、田中がチームに悪影響を与えていたわけではない。プレミアリーグでは28試合に出場し、14試合に先発。2ゴールを記録した。リーグ戦の先発14試合では7勝3分4敗。1試合平均の勝ち点は1.71で、チーム全体の平均を上回った。田中が先発した試合では、リーズは一定の結果を残していたのである。
もちろん、この数字だけで「田中が出たから勝った」と位置づけることはできない。相手との関係やチーム状態、起用されたタイミングなど、さまざまな要素が絡む。ただ少なくとも、田中がプレミアリーグで存在感を示せる選手であることは、この1年で証明したと言っていい。
プレミアで見えた武器と課題。田中碧は何を証明したのか
田中の長所は、派手なプレーだけでは測れない。特に中盤で相手のパスを読む力は秀でており、インターセプト率はチームトップクラスを誇る。さらに、こぼれ球への反応、ボールを受けてから前へ運ぶ判断、左右へ配球してリズムを整える力。
チェルシー戦のミドルのように派手なゴールを奪うこともできるが、攻撃が始まる前段階でチームを前進させる選手でもある。リバプール戦での劇的な同点弾によって得点の印象は強くなったが、彼の長所はそこだけではない。
一方で、課題も明確だった。プレミアリーグでは、良い判断をしているつもりでも、その一歩がリスクになる。奪いに行くべきか、ステイすべきか。あるいは「危険」と判断し、相手のランについていくか。こうした判断の精度は、今後さらに磨く必要がある。
地元メディア『ヨークシャー・イブニング・ポスト』でクラブ番を務めるグレアム・スミス記者は、田中の今シーズンについてこう総括する。
「シーズン前は、田中自身が、2部からプレミアへのステップアップを果たしてくれると期待していた。なぜなら昨シーズンの田中は、2部リーグでは頭一つ抜けた存在に見えたからだ。だが、プレミアへのステップアップは本当に巨大だ。まるで深い谷を飛び越えるようなもので、田中も苦戦した。
振り返ると、田中は適応に時間を要し、苦しい時期も経験した。しかし同時に、本当に素晴らしいパフォーマンスを見せた試合もあった。彼は何度もチームに好影響を与えた。プレミアリーグでも十分に通用すると証明したと思う」
スミス記者の話は、ストロングポイントと課題に及んだ。
「田中の大きな長所の一つは得点能力だ。ミドルレンジから非常に質の高いシュートを打てるし、ファーポストにこぼれてくるボールへの反応も非常に優れている。実際に今シーズンもそうした場面を見ることができた。もう一つの大きな長所は、ボールを奪う能力とボールを保持する能力だ。
改善点として、試合を読む力や判断力も向上させる必要がある。時には危険なエリアでリスクを冒してボールを失うことがある。自分がどこにいるべきなのか。あるいは、チームに守備の厚みを加えるために、どこに留まるべきか。こうした判断を見失ってしまうことがあった」
この1年で得た“判断力”がワールドカップで生かされる
来季に向け、田中の立ち位置はまだ完全には定まっていない。シーズン終盤にレギュラーの座を取り戻したことは大きいが、チームは生き物だ。例えば夏の移籍市場で、リーズがMFのさらなる補強を行う可能性もある。シュタッハやロングスタッフ、アンパドゥとの競争も続く。立ち位置が確定しないのがプレミアリーグの競争の激しさであり、選手にとっての難しさでもある。
それでも、田中はこの1年で大きなものを得たはずだ。
プレミアリーグで、何が通用し、何が課題なのか。自分の判断がチームに勢いを与える瞬間と、逆にリスクになる瞬間。その両方を体で知った。これは来季のリーズだけでなく、日本代表にとっても大きな財産になる。
5月31日に行われた強化試合、日本対アイスランド戦。
田中は3−4−2−1のセントラルMFとして先発した。左太もも裏の負傷でワールドカップ不参加となった三笘薫が背負っていた背番号7をつけてピッチに立った。試合前、田中はメディアに対し三笘と連絡を取り合ったことを明かし、背番号7について「着けるのは、お前しかいないだろという感じのことを言われた」と話したという。
このアイスランド戦で、田中は73分までプレーした。効果的な縦パスが多かったわけではないが、中盤で守備のバランスを取り、両サイドへボールを散らしながら、チームのリズムを作った。プレミアリーグで経験した「行くべきか、我慢すべきか」という判断は、FIFAワールドカップでも生きてくるはずだ。
そのワールドカップでは、格上との試合もある。相手に押し込まれ、守備ブロックを維持しなければならない時間帯もあるだろう。一方で、ただ耐えるだけでは勝てない。どこかで前に出て、奪いに行き、試合の主導権を取り返す必要がある。
その境目を見極めること。ステイして自陣を固めるべき時間と、自分から動き出して流れを変えるべき時間を嗅ぎ分けること。それこそが、田中がプレミアリーグ挑戦1年目で学んだ最も大きなテーマだったのではないか。
苦しい時期はあった。だが、田中碧は乗り越えた。プレミアリーグ1年目は、決して順風満帆な道ではなかった。むしろ迷いと苦しみ、競争、復活が入り混じった1年だった。だからこそ、価値がある。
田中はもう、チャンピオンシップで評価された選手ではない。プレミアリーグの厳しさを知り、その中で居場所を取り戻した選手である。そして次なる舞台、ワールドカップへ。田中碧の勝負はまだ続く。
<了>
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