「悔しみ」は才能を伸ばすのか? JリーガーとWEリーガーが語った、厄介な感情との向き合い方
プロサッカー選手の日常は「悔しみ」の連続である。Jリーグでいえば、30人の選手が在籍するチームがあるとする。公式戦に向け20人が帯同する。残った10人が悔しい思いをする。20人のうち、先発するのは11人。選ばれなかった9人が悔しい思いをする。先発した11人も、負ければ当然悔しい。勝ったとしてもミスを、自分の至らなさを噛み締める。他人に選ばれ、厳しく評価される世界。常に挫折とは隣り合わせだ。問題はその悔しさとどう折り合いをつけるか。ではJリーガー、WEリーガーたちは、この厄介な感情とどう向き合っているのか。
(文=佐藤亮太、写真=西村尚己/アフロスポーツ)
U-21日本代表・石橋瀬凪が練習に打ち込んだ理由
これまで順風満帆な経歴のようにも感じられる、新進気鋭の若手選手は悔しみとどのように向かい合ってきたのか。
「中学のときも、高校のときも悔しいばっかりでした」
J2・湘南ベルマーレ石橋瀬凪。ヴィッセル神戸アカデミー出身の石橋は神戸弘陵学園高校卒のプロ2年目。現在U-21日本代表に選出される期待のサイドアタッカーだ。
石橋は「練習が悔しさを紛らわせてくれました」と高校時代を振り返る。登校前、全体練習後にも自主トレに明け暮れた。ゲームで得意のドリブルが通用しなかったときには、チームメイトを誘っては1対1を繰り返した。不安や焦りを抑えるべくボールをひたすら触ったという。
「(うまくいかないときは)モヤモヤはしました。でも何もしないままだと、もっとモヤモヤしました。結局サッカーが好きなんで」
悔しさを原動力にした石橋。その背景にはサッカーが好きだからこそもっとうまくなりたい、その純然たる思いが伝わる。
「笑門来福」常に笑顔でプレーする守護神・西川周作
悔しみがよりシビアに影響するポジション。それがGKだ。
守護神。最後の砦。頼りにされる分、失点で責任を負わされる立場。反省や後悔を強く抱きやすい。それでも試合は続く。落ち込む猶予はない。
明治安田J1百年構想リーグを含め、J1で680試合出場の浦和レッズの西川周作は以前、感情を安定させる大切さを語った。
「点が入っても入らなくても、決められても感情の波は作らない」
試合中、GKがひとたび動揺すると一気に味方に伝わり、ピッチ全体が不安に覆われる。いかに平常心にプレーするかが肝となる。とはいえ簡単ではない。西川はその秘訣を明かした。
「反省はするけどそれ以上のことはしない。周囲の声に対して気にしすぎない。起きてもいないことで心配しない」
西川のモットーは「笑門来福」。常に笑顔でいるのは感情のブレを見せず、あるいは悟られず、チームに安心感を与える。この境地にたどりつくには日頃の考え、人生観が深くかかわっている。
「良いこともあれば悪いこともある。悪い時にどう立ち振る舞うか、人として成長させられました。また良い時ほど足元をすくわれかねない。ちょっとした行動、言動でチャンスをなくしてしまいます。良い時ほど気をつけています」
時に感情のブレなさが相手に精神的なダメージを与える。その振る舞いを西川はイチローのあるシーンから学んだ。
2009年に開催された第2回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝の韓国戦。イチローは延長10回、2点タイムリーヒットを放ち、優勝に導いた。この大会絶不調だったイチローの会心の一打。場内の歓声に反し、イチローは喜ぶでもなく、はしゃぐわけでもなく、淡々とした表情だった。
のちに残したイチローの言葉を引用しながら西川はこのように語る。
「FKやPKを止めてもあえて涼しい顔をします。感情に任せたガッツポーズはしません。決して叫ばず、涼しい顔をしているほうがより相手にダメージを与えられますから」
悔しさを見せない。出さない。見透かされない。技術や経験だけではない。心理戦でいかに優勢に立つか。守護神に求められる素養の一つのようだ。
真田幸太。悔しみの連続を味わってきたキャリア
GKは一つしかないポジション。長くベンチに控えるGKは試合に出られない悔しみを常に味わっている。
その一人がJ2・湘南の真田幸太。悔しみの連続を味わってきたキャリアといえる。
生え抜きの真田は2018年トップチームに昇格後、下のカテゴリーのクラブで転々と移籍を繰り返した。
24年に湘南に復帰した真田は翌年6月、上福元直人の負傷離脱によりチャンスが訪れる。第22節・横浜F・マリノス戦でJ1デビューを果たし、真田本人も少ながらず手応えをつかんだ。しかし次節以降は新しく加入したばかりのGK2人が起用され、真田は再び出場機会を失った。
その後、終盤戦で再び正守護神に返り咲き、存在感を見せるも、チームはJ2降格。あくまで結果論だが、必ずしもGKが替われば、守備が好転するわけではないが、継続して真田を起用してほしかった――そんな声も少なくなかった。
移籍先で思うような出番がなく、湘南でやっと出番がめぐってきたが、新加入選手に取って代わられた。人一倍、悔しさを噛み締めたであろう真田は何を思うのか。
「最近、テツさん(湘南・長澤徹監督)も話していましたが……」と言葉を続ける。
「サッカー界はうれしいことより悔しさのほうが多くあります。うれしさが訪れたときはたまらなくうれしいです。そのために悔しさがあります。それがなければうれしさが大きいものにはなりません。悔しくてもピッチで表現するしかない。ピッチで表現するためにはうまくなるしかないんです」
悔しみの先に喜びがある。真田のキャリアを示した一言。また自分の力ではどうしようもないことには仕方がないと受け止める、諦念(ていねん)が真田にはある。
「結局、他人が選ぶことで自分は選ばれる立場。例えばテツさんに『なんで使わないんですか』と言ったとします。人と人のぶつかりあいをしてもテツさんだって良い気はしません。嫌な思いをしてほしくないですよ、単純に。
なぜ選ばれないだろうか。その足りない部分を埋めていくため練習をするだけです。どううまくなるか。そこにエネルギーを使っていく。そのサイクルです」
悔しみを逃げずに受け止め、次の練習に、次の試合につなげ、自分に矢印をむけることを続けた。
「悔しみ」に敏感な猶本光がたどり着いた答え
悔しみは成長の糧になる。しかし、その悔しみが自らを苦しめることもある。
「悔しさとの向かい合い方ですか? 最近、そのことをずっと考えていたんです」
WEリーグ、日テレ・東京ヴェルディベレーザ(以下ベレーザ)の猶本光はストイックだ。例えばシュート練習。5本蹴って4本決まるとする。猶本は決まらなかった1本にこだわる。何度も繰り返しできるまで続け、力をつけてきた。
悔しみには敏感と自認する猶本。以前は試合で勝っても得点を決められなくて落ち込み、得点したとしても「あのシュートが決められなかった」と落ち込んだ。毎試合、どこか納得いかず、ため息ばかりついていた。できたことより、できなかったことばかりを気にしていた。だからこそ成長できた、その強い自負はある。
ただ自分に厳しすぎるのも考えもの。猶本が「一番ひどかった」と振り返るのが2020年夏。ドイツ・フライブルクSCから三菱重工浦和レッズレディースに戻ってきたばかりの時期。海外での経験を還元したい。自身の力を示したい。そう意気込んでいた。しかし、思い描くイメージ通りのプレーにはどこか遠かった。募る違和感に襲われた。
「あれもダメ。これもダメと思いすぎていました」
追い込むあまり、ストレスで体調を崩して入院。公式戦を欠場するほど自らを追い詰めた。
真逆の考えを持つ選手がいた。「あっけらかんとしていた」と猶本が話すのが浦和時代のチームメイトで現在ブライトン所属の清家貴子。
「(清家は)GKと1対1で5本シュートを外しても1本決めれば『決めたぜ!』という性格。アスリートとして大事なことだし、皮肉ではなく、すごいと感じました」と振り返る。
できたこと。できなかったこと。どちらに目を向ければいいのか。どんなバランスで考えればいいのか。
「完璧を求めすぎるのもちょっと違う。かといってアスリートの持つメラメラ感が薄くなるのもちょっと違う」
安藤梢。44歳になっても悩む。“感情の調節”は難しい
思い悩む猶本に予期せぬ転機が訪れる。2024年1月20日。皇后杯、サンフレッチェ広島レジーナとの準決勝。この試合で相手選手と接触し負傷交代。左膝前十字靭帯損傷。全治8カ月から10カ月との診断を受けた。長期離脱となった猶本。リハビリを経て厳しすぎる自身への姿勢が徐々に変わった。
膝のケガ自体、たとえ完治しても選手として復帰できるかどうか。それほど重いものだった。引退の二文字がよぎったかもしれない。それでも膝の状態が良くなると少しずつサッカーのことが考えられるようになった。だからこそ思うことがある。
「満足にサッカーできてなくても、そもそもサッカーができていることが幸せだし、たとえパフォーマンスが悪くても何もケガなく練習や試合を終えている。なによりしっかり立っていることがやっぱり幸せだよねと。そこに戻ってきました」
その間、長年在籍したレッズレディースからベレーザへ移籍。2025年10月から全体練習に合流。左膝にテーピングを巻きながら、ピッチに立った。2025/26シーズンは10試合2得点。完全復活にむけ、足がかりをつかんだ。
大ケガから2年半が経とうとしている。悔しみに対する考え方に変化はあったのか。
「膝のケガが教えてくれました。変わらなければならない考え方だったので良いキッカケになりました」
この変化にレッズレディースでのチームメイトであり師匠である安藤梢はこう話す。
「光は完璧を求めるタイプ。ゴールを決めても『動作がダメだった』と言うくらい厳しかった。そりゃ自分を苦しめますよね。でもピッチに立てたから良いと思えるようなったことで少し自分がラクになったんじゃないですか」と目を細めた。
その安藤、実は猶本と同じ試合で同じ箇所をケガしている。コンディションが思うように上がらなかったのか、2025/26シーズンの出場はわずか2試合。38分間にとどまった。現役生活26年。44歳になった安藤でも思い悩むことはある。
「感情の調節はこの年齢になっても苦しみながらやっています。常に同じ調節をではなく悔しさの落としどころをつけています。悔しさがあるのは良いことだと思います。どうでもいいと思えば、この世界ではやれないので」
安藤もまた悔しみと戦いながら現役を続け、新天地をベレーザに定め新シーズンを迎えている。
「僕はあまり悔しくならない」山田直輝という異色の選手
悔しみは必ずしも原動力にならない。
「僕は特殊な性格というか、あまり悔しいという気持ちが沸いてこない人だと思うんです」
浦和、湘南、FC岐阜と3つのクラブを渡り歩き、百年構想リーグをもって現役引退した山田直輝はこう語る。
「自分よりうまいと思われる目の前の選手たちを超えるため悔しさをエネルギーに替えて頑張っていきました。そしてなによりサッカーが誰よりも好きだった自信がありました。そこが僕の強みでした」
プロになる前までは、とにかく負けたくない、その一心だった。試合に出たい。活躍したい。ただ、その気持ちはキャリアを重ねるにつれ変わっていく。
「プロに入ってすぐのころは出場しないと嫌でした。でもケガを経て、チームのために戦うようになってからは、ベンチスタートのときもベンチ外のときも悔しさを感じることがなくて、常にチームが勝てばいいと思っていました。実力で悔しいというより、勝ち負けで悔しい気持ちが沸いてきました。プロの世界は選手みんなのレベルが高い。自分がずっと試合に出られるとは思っていない分、チームの勝敗に対する悔しさを感じるようになりました」
試合に出る出ないといった個人的な感情よりフォア・ザ・チームを第一に考えるようになった。この思いが強くなったのは2019年7月。湘南へ2度目の期限付き移籍をしたときだ。
ある試合当日、ベンチ外となった山田は居残り組の若手と一緒にトレーニングに励むが、そこに悲壮感はまったくなかった。
「みんなから『なぜベンチ外なのに明るく楽しく練習できるんですか?』とよく聞かれました。トレーニングを見るコーチたちからは『(振る舞いが)本当に助かる』と言われました。なぜかといえば、僕からしたら『チームのために』というのと、ボールを蹴ったら、楽しんじゃう自分の性格。もともと悔しさの感情が他の人よりも少なく、さらにチームのためにと気持ちを振ったので、そう感じることが少なかったかもしれません」
試合中、ベンチに下がった山田が味方を鼓舞し、励ます光景を何度も見た。特別に何か言葉を発するのではなく、いるだけで雰囲気が変わるチームメイトに頼られる存在になった。
「悪い言い方すれば僕はプロ向きではないかもしれません。もっと自分よがりになれば、もう少し違ったかもしれません。でもここまで長くやってこれたのはフォー・ザ・チームに徹するようになったから。メンバー外になったとき、一瞬、悔しさはあります。でも次の日、ボールを蹴ったら楽しめるというのは浦和のときから変わりません。サッカーが好きすぎて、ボールを蹴るのが好きすぎるので」
悔しみばかりが原動力ではない。チームのために戦う。サッカーを純粋に楽しむ。これが山田直輝たるゆえんなのかもしれない。
選手たちは「悔しみ」といかに向き合うのか?
そもそも悔しみとは何か。
あえて定義づけると、望んでいたことが想定した結果や現実と違ったときに生じる、現状あるいは自身への失望や不満、後悔、怒り、反省、苦み。悔しみはさまざまな気持ちが入り混じった複雑で豊かな感情といえる。
その悔しみとどのように向き合うか。これまで紹介した選手たち以外にも複数のJリーガー、WEリーガーに訪ねてきた。
選手個々の人生に踏み込む質問に「難しいですね」と腕を組み、または「面白い質問ですね」と興味深く答えた選手もいた。言えるのは多少の共通項はあるが、不思議とまったく同じ内容はなかったこと。
悔しみは年齢、キャリア、ポジション、チームでの立ち位置、状況によってとらえ方がやはり違う。
夏を迎え、各Jクラブ、WEクラブが始動。全国各地でキャンプが開催されている。
ピッチに立つ選手はそれぞれの悔しみを味わい、対峙し、受け流しながら、今日という日を全力で過ごしている。
<了>
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