黒田剛のサッカーはなぜアジアでも通用したのか? 町田ゼルビア“防衛的悲観主義”の真価
FC町田ゼルビアのアジア王者を懸けた戦いは、決勝で涙を飲む結果に終わった。だが、J1昇格からわずか3年のクラブがアジアの頂点にあと一歩まで迫った事実は、偶然ではない。その根底にあったのが、黒田剛監督の哲学――。徹底したリスク管理と規律をベースにした“防衛的悲観主義”は、いかにして町田をここまで押し上げたのか。
(文=篠幸彦、写真=アフロ)
「負けない」を設計する指揮官・黒田剛のアプローチ
FC町田ゼルビアが初めて臨んだAFCアジアチャンピオンズリーグエリート(ACLE)という壮大な挑戦は、決勝で王者アル・アハリ・サウジに延長線の末に0-1で惜しくも敗れ、準優勝という結果で幕を閉じた。初出場にして初優勝という夢は、あと一歩のところでついえた。
それでも2024年のJ1初昇格からわずか3年目という最短距離で、アジアの頂点に挑んだその足跡は十分に讃えられるべき偉業である。
その偉業のスタート地点は、言うまでもなく黒田剛の監督招聘だろう。青森山田高校で数々のタイトルを築き上げた高校サッカーの名将。その哲学は昨年出版された自著のタイトルでもある『勝つ、ではなく、負けない。』によく表れている。
町田の監督に就任し、プロ1年目となる2023シーズン。自身の哲学である負けないチーム作りでまず着手したのが、前年の町田の失点シーンをすべて分析することだった。要因となるものを排除・改善し、失点数は前年の50から35に減少。得点数は51から79と飛躍的に伸び、勝点87で2位に12ポイント差をつけ、就任1年目で町田をJ2初優勝へと導いた。
この最初のアプローチこそが、黒田監督が町田で結果を出し続けている根源である。
心理学用語で「防衛的悲観主義」という概念がある。それは常に最悪の事態を想定し、あらかじめそれに備えておくことで結果を出すという成功者に多い考え方だ。
もっとも有名な例で言えば、ビル・ゲイツが典型的な防衛的悲観主義のリーダーである。どんなに会社が傾いたとしても、1年間は社員の給料を支払えるだけのキャッシュを残しておくという慎重な財務戦略を徹底していたことは有名な話。それによって流れの激しいIT業界の中で会社を安定させ、世界一の企業へと発展させた。
サッカーにおける失点の多くは事前の準備や約束事の徹底という規律によって防ぐことができる。失点をできる限り排除し、攻撃では少ない決定機を確実に仕留めて勝利を手繰り寄せる。黒田監督はまさに典型的な防衛的悲観主義のアプローチに徹した。「1-0が町田の勝利の方程式」と表現し、選手たちも失点へのアレルギーを強く持つようになっていく。
そうしてやるべきことをやり尽くし、最後は行きつけの神社に行って神頼みをするのは黒田監督の有名なルーティーンである。
ACLE初出場につなげた「ブレない」戦い
2024シーズン、町田は昌子源や谷晃生、ドレシェヴィッチらJ1仕様に戦力を補強。開幕から破竹の勢いで勝点を稼ぎ、前半戦で首位を走り続けた。しかし、夏場になると町田は失速。相馬勇紀や中山雄太ら、大型補強をしても上向かなかった。
自慢のハイプレスは夏の暑さで疲弊し、ケガ人が続出したことにも苦しんだ。ただ、それ以上に後半戦になって町田のやり方が対策されていたことも失速の大きな要因としてあった。4-2-4のハイプレスは構造上の弱点を突かれ、オ・セフンを軸としたロングボール戦術はさまざまなアプローチで対策をされ、一辺倒の攻撃は機能を失っていった。
多くの勝点を取りこぼし、首位を明け渡しても黒田監督はやり方を変えようとしなかった。当時、その理由を次のように語っている。
「ここでブレてしまうと、なにが通用し、なにが通用しないかがボヤけてわからなくなる」
前半戦を快進撃で駆け抜けたとはいえ、J1初挑戦で手探りの中でシーズンを過ごしていた。J2では通用したものが、J1ではそうはいかない。日本のトップリーグでも負けないチームを作るためにはデータが必要だった。黒田監督は同じやり方を突き通すことで、J1のレベルを測っていた。
「昨年、なにを言われようとブレずにやってきたのは、それを見るためだった」
そして、前半戦に積み上げた勝点の貯金を2年目、あるいはその先のシーズンの礎とするためにギリギリまで投資した。
これ以上取りこぼすと優勝争いから脱落が決定的となる第36節・FC東京戦。黒田監督は4-4-2から3-1-4-2と、後のベースとなる3バックへのシステム変更を決断し、マンツーマンの守備に切り替えた。それによって勢いを取り戻した町田は2連勝を飾り、最終的に3位でシーズンを終了。後のACLEの初出場につながった。
「これだけ細部にこだわった守備の指導は受けたことがない」
2025シーズン、西村拓真や岡村大八、前寛之ら大型補強に成功し、秋以降に始まるACLEに向けて分厚い選手層を確保した。
「見えたものがあり、選手たちに実感できたものがある以上、そこへ果敢にチャレンジする一年になる」
キャンプインを前に、黒田監督はそう意気込んだ。インテンシティのさらなる向上、リーダーシップの不足、ピッチ内の修正力の低さ、一辺倒の攻撃、忍耐強くデータを集めた結果、アップデートしなければならない多くの課題を認識でき、実りは多かった。
「キャンプを通じて強度やスピード、トランジションの意識づけも含めて、昨年よりもう一つレベルの高いところに持っていきたい」
黒田監督の中でより高い基準を持ってJ1で2年目のチーム作りが進められ、前や岡村など実績のある新戦力の実力者たちは「これだけ細部にこだわった守備の指導は受けたことがない」と口を揃えた。
このシーズンから3バックに本格的に着手した黒田監督は、有馬賢二コーチをサンフレッチェ広島から引き抜いたことからもわかる通り、前年に2敗した広島のスタイルをある程度モデルにしていた。可変しながら前線からのマンツーマンによるハイプレス、3バックの強烈な個によって跳ね返すパワフルな守備で相手を圧倒した。
前半戦に3連敗を喫し、8戦で1勝しかできないなど、大いに苦戦する時期もあった。それでも後半戦には公式戦11連勝、5試合連続のクリーンシート達成など、チームは上昇気流に乗った。
クラブに初タイトルをもたらした言葉「絶対に…」
しかし、8月最後の第28節、アウェイでの川崎フロンターレ戦で町田は3-5と大敗。黒田体制になって以降、町田がリーグ戦で5失点を喫するのはこれが初めてだった。守備の要である岡村をケガで欠いていた影響は少なからずあった。それでも川崎のエリソン、マルシーニョ、伊藤達哉という強烈な個に、町田の守備が屈したことは事実だった。
そして9月に入り、ACLEのリーグフェーズが開幕。開幕戦のFCソウル戦を1-1で引き分けると、試合後の記者会見で黒田監督はこのように述べた。
「FCソウルに限らず、身体、球際の強さをすごく感じた。これからすべての試合において、これが基準になってくる。前線にすごく推進力、パワーがあり、一つのパスで仕掛けられる選手がいることを見込んで、これから対応、対策を練らなければいけない」
大敗した川崎戦、勝ち切れなかったソウル戦を経て、町田はマンツーマンの守備から、後ろに一人残す守備へと徐々に移行していく。それによって強烈な個に対応する際に、カバーできる選手を確保した。防衛的悲観主義の黒田監督の中で、ACLEを勝ち抜いていくための方法がアップデートされた時期だった。
このアップデートが成されてから、一つの成功体験となったが天皇杯初優勝である。
強烈な個を前線に擁する前回王者のヴィッセル神戸に対し、町田は後ろに人数を担保しながら徹底的に失点のリスクを管理した。誰かがデュエルに出て剥がされても、必ず誰かがカバーに入り、水漏れは起きなかった。
ちなみに試合前のロッカールームで、黒田監督が自身の豊富な決勝戦の経験から「絶対に開始15分でゲームが動くぞ。それに動揺するな。この15分が試合の残りを決めると言っても過言じゃないから」と何度も繰り返していたと昌子源が振り返っている。
これはまさに防衛的悲観主義のアプローチである。実際に開始6分で町田が先制し、守備が功を奏しながら、町田は3-1でクラブに初タイトルをもたらした。
さらに“削ぎ落とされた”隙のない守備
2026シーズン、町田は昨年の間にACLEリーグフェーズ突破をほぼ手中に収め、初出場のクラブとしては順調すぎるほどの躍進ぶりだった。そして、第7節・上海申花戦、第8節・成都蓉城戦に連勝すると、町田は首位でリーグフェーズを突破。町田のサッカーが、アジアで通用することを証明した。
しかし、黒田監督はこれに満足することなく、チームにさらなるアップデートを施していた。
百年構想リーグが始まると、町田の守備の変化はすぐに伺えた。それまでの町田は多くの局面で、前線から強烈なプレスによってボールの出どころを制限し、相手に蹴らせて跳ね返し、セカンドボールを回収というサッカーをしてきた。
それが明らかにプレスに出る回数が減り、ミドルゾーンでは潔くミドルブロックを敷いて構えるようになった。
町田は前年に75分以降の失点が多く、重要な試合で勝点を取りこぼし、リーグの優勝争いから脱落した。そこから闇雲にプレスをかけ、相手に振り回されて疲弊することを避け、チームとしてプレスがハマるタイミングを見極めるようになった。
それからもう一つ、町田がマンツーマンで人についていく守備に対し、相手はそれを利用して陣形をずらして攻略を試みることが増えたことで、敵陣のゾーン3ではハイプレスでハメにいき、ゾーン2からはスペースを守りながらスライドしていく守備に変化している。
前年の課題からディテールが詰められ、よりソリッドで隙のない守り方へとアップデートされた。
崩壊からの再構築。9試合15失点を経てたどり着いた町田らしさ
守備のやり方がアップデートされた中で、新しいやり方への順応不足、ACLE参戦による過密日程での疲労などが重なり、百年構想リーグ9試合で15失点と町田らしからぬ失点数となっていた。
それがようやくハマり出したのが第9節・FC東京戦だった。ACLEファイナルズ進出による日程変更で、4日前にも第11節 でFC東京と対戦し、0-3の大敗。この試合ではスライドのタイミング、強度、スピードが足りず、町田が守備で主導権を握ることはできなかった。
それが中3日での再戦となった第9節。町田はスライドに迷いがなくなり、前回とは打って変わり、FC東京になにもさせず0-0のクリーンシート。GK谷晃生の活躍もあり、PK戦で勝利した。
そして、ACLEファイナルズ前の最後の試合となる第10節・柏レイソル戦。この試合でも柏の変幻自在な立ち位置、ローテーションに対しても、町田はまるで一つの生き物のようにチーム全体でスライドとカバーを繰り返し、2試合連続のクリーンシートを達成し、勝利の方程式である1-0で2連勝を飾った。
試合後の記者会見で、黒田監督は次のように語った。
「ようやく町田らしい守備が出てきた。ボールに強く行く、スライドやチャレンジ&カバー、クロス対応といった部分も、選手たちが感覚としてつかんできている印象」
ACLEを直前に控え、町田の守備はようやく整った。
自信が確信へと変わったACLE初出場での決勝進出
ACLE準々決勝のアル・イテハド戦。試合開始から驚いたのは、初めてのACLEファイナルズというシチュエーションであっても、町田は誰一人その空気に飲み込まれず、Jリーグでやってきたいつも通りの町田のサッカーを当たり前のように表現していた。
前からのプレス、ミドルブロックを見事に使い分け、ムサ・ディアビやユセフ・エン=ネシリ、ステフェン・ベルフワインという欧州でも活躍したビッグネームに仕事をさせなかった。そして、1-0という町田にとって理想的なスコアでアル・イテハドを打ち破った。
この勝利が選手たちに自信を与えたことは言うまでもない。昌子はあの試合を振り返って次のように述べた。
「このやり方がすべて間違ってないというわけじゃない。でも『俺たちがいつも通りやって、体を張って今までやってきたことをやれば無失点でいけたんだとか、点が取れたんだ』と。それが成功体験として自信になった」
自信が確信へと変わっていった町田は、準決勝のシャバブ・アル・アハリも1-0で破り、ACLE初出場にしてファイナリストとなった。
横たわる1点の差。近いようで遠かった“あと少し”
決勝は前回王者のアル・アハリ・サウジ。先発にはリヤド・マフレズ、イヴァン・トニー、ガレーノ、フランク・ケシエら、豪華絢爛なメンバーが並び、ACLEにおいてまさに“ラスボス”と言える陣容である。
そんな相手にも素早いスライドによるアプローチとカバーによって、マフレズやガレーノらキーマンに時間とスペースを与えず、勝負をさせなかった。もちろん、カウンターで危ない場面はあったが、多くの時間帯で町田は細部まで詰め、磨き上げた相手のやりたいことをやらせない守備が光っていた。
これが防衛的悲観主義の黒田監督が出したACLEで勝つための答え。相手の強烈な個を徹底したリスク管理で出させずに耐え、一度や二度巡ってくるであろうチャンスを決めて勝つ。町田の勝利の方程式である。
たとえ決められなかったとしても、最後まで耐え抜けばPK戦がある。延長戦に入ったときに黒田監督は「ゼロで行ければ絶対に可能性あるから」と円陣で声をかけている。百年構想リーグで無類のPKストッパーとなっている谷晃生がいれば勝てる可能性は十分にあった。
後半23分にザカリア・ハウサウィが一発退場して一人多い状態になっても、町田は攻め急がなかった。焦らず、リスク管理をしながら一本中の一本を仕留める。この徹底度もまた、町田らしさだった。
しかし、わずかに及ばなかった。
「我々の戦略というものをしっかりと無失点で遂行していったことは本当に素晴らしかったなと思います」(黒田監督)
90分間を耐えたことは、これまでやってきた町田のサッカーの証明と言えた。
「一本のクオリティ、ゴールに向かう相手の集中力というものが1点を生み出したと思います。その1点が、本当に近いようで遠い。そういった1点として我々にのしかかってきたという印象です」(黒田監督)
あと少しだった。その“あと少し”が、今は遠かったと黒田監督は感じている。ただ、この経験を決して無駄にする指揮官ではない。
これまでも経験を確実にチームのアップデートにつなげてきた。それが町田を強くし続けてきた理由の一つである。このACLE決勝を基準に、黒田監督はこの先の未来になにを描いているのか。リベンジに向けて、もうスタートは切られている。
<了>
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