W杯MVPが大卒? 日本サッカーが世界で勝つための「育ち方」考――中西哲生×岩政大樹

Opinion
2026.07.29

北中米ワールドカップが幕を閉じ、日本サッカーは再び「世界で勝つために何が足りないのか」という問いと向き合っている。議論はとかく、選手の「個の力」、選手起用や戦術といった「組織の力」に向かいがちだ。だが、それらが結果として表れる前の段階、選手が育つ過程にこそ、目を向けるべきではないだろうか。久保建英のパーソナルコーチを務め、筑波大学蹴球部のアドバイザーでもある中西哲生氏は、著書『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』で、世界の模倣ではなく、日本人の特性に根ざした強化への道筋を説いた。その視点は、選手の育成方法にも通じる。“大卒選手”が当たり前に日本代表へ名を連ねる育成環境は、世界的に見てもきわめて独特だからだ。世界と戦うための「日本の育成」について、同じく大学サッカーの現場に立つ東京学芸大学蹴球部監督・岩政大樹氏と語り合った。

(インタビュー・構成=大塚一樹、写真=大橋賢)

部活、ユース、大学が並び立つ日本の育成

日本では、学校の部活に加え、トレセン制度やJクラブの下部組織が整備されてきた。現在も部活、クラブユース、大学がそれぞれ選手を育成し、複数の経路からプロや日本代表へ進む選手が出ている。


今大会の日本代表26名にも、谷口彰悟(筑波大)、渡辺剛(中央大)、上田綺世(法政大)、伊東純也(神奈川大)、塩貝健人(慶應義塾大)、在学中にプロ入りした長友佑都(明治大)と、6名の大学出身者が名を連ねた。

――かつて「いずれユースが席巻する」と言われながら、実際には部活出身の選手もワールドカップに出場しています。部活、ユース、大学が併存する日本の育成環境を、どのように捉えていますか?

中西:これについては、どちらがいいということではないと思うんですよね。ジュニアユースからユースに上がれなかった選手が高校サッカーを経由して花開くケースは以前からありましたが、近年では、大学で急成長を遂げてプロ選手になるという例もあり、実際僕が関わった選手の中にも大学在学中に急激にプレータイムを増やし、プロから注目される選手になった例、高校まではプロを考えていなかった選手が、Jリーグ入りしその後も成長を続けている例も出てきています。

 特に日本人は、欧州、南米、アフリカなどの海外選手に比べて身体的に晩熟型で、成長が遅いという研究結果もあり、大学という経由地があることが、そうした選手の受け皿になる可能性を秘めているんです。

岩政:以前のサッカー界では、なんでもかんでもヨーロッパに倣いましょうという空気が強かったですよね。僕はそこにずっと違和感があったんです。最近やっと自分の中で整理がついたのですが、日本には日本の教育制度があり、海外との違いもある。それが良いかどうかはまた別の議論ですが、現状の制度に即して、長い歴史の中でサッカー選手が育ついろいろな方法論、道がつけられてきました。部活もユースも、そして大学もある。僕は進路については多様性がある方がいいと思っている派です。

「サッカーが上手いやつが偉い」が通用しない4年間

中西:海外では18歳、19歳でトップに出ていく選手もいますよね。でも日本の18歳が「自分で自分を成長させられる状態」になっているかというと、まだ疑問なんです。僕自身がそうでした。高校3年の時は、自分で自分を成長させられなかった。大学に行って、サッカー部の同級生に「お前、サッカーだけで生きてちゃダメなんだぞ」と言われて、初めて気づいた。一般入試で入ってきた部員も含めて、同級生に言われると、不思議と腹が立たない。素直に受け取れるんですよね。

 筑波に行くと、いつも同じことを感じます。サッカーが上手いやつが偉い、という空気が全然ないんです。完全にフラット。サッカーがすごくない学生の言葉が、上手い選手に突き刺さる瞬間が絶対にある。高校まではサッカーの実力がそのままヒエラルキーになって、上手いやつがチヤホヤされる。プロに入ればまた、試合に出ているやつが上の世界です。大学だけがフラットなんです。僕はあの4年間がなかったら、今の自分はないと思っています。

岩政:本当にそうですね。空気を読まずに「だからダメなんだよ」とはっきり言われる。それで自分にないもの、足りないものに、ちゃんと目を向けられる。高卒でそのままプロに入ると、「上手い、上手い」で扱われて、そこに目を向けないまま行ってしまうことも多い気がします。

大学は、テクニックを「スキル」に変える時間

中西氏は『日本サッカーはどこまで強くなるか』の中で、「テクニックからスキルへ」という考え方を示している。技術を持っているだけでなく、試合の状況に応じて、その技術をいつ、どのように使うかを判断できて初めて、テクニックはスキルになる――という考え方だ。

――大学の4年間は、テクニックを試合で使える「スキル」に変える時間でもあるのでしょうか?

岩政:そこは間違いないですね。18歳くらいで身体的な成長は止まりつつあります。高校までは、テクニックやヘディング、強さといった「個」としての技術を上げる時期です。それをいかに試合の中で使うか、チームの勝利のために何回活かせるか、というのが次の問いになる。プロの環境では、結果を出さないとクビになるというプレッシャーの中で、なかなかそこに向き合う時間が取れない。大学には、自分の能力の活かし方に4年間向き合える時間がある。18歳から22歳というのは、ちょうどいいんです。

中西:僕らの現役の頃は、戦術がまだ熟成していなかった。日本のサッカーがこの30年で積み上げてきたのは、まさにそういう「思考の技術」なんです。テクニックはあっても、論理になって言葉にならなければ、試合で使えるスキルにはならない。大学の4年間は、その言語化の時間でもある。

 それで言うと、筑波の選手たちは、一つひとつのプレーに対する探究心がものすごい。「そこまでやらなくていいんじゃないか」というくらいの熱さと純粋さがある。僕の教えていることをそのままやるんじゃなくて、それを自分で研究して、そのトレーニングなり身体の動かし方のどこが重要なのかをしっかりと理解した上で身につけようとしているんです。

W杯MVPロドリが示した「学び」と「思考力」

北中米ワールドカップでは、抜群の存在感でスペイン代表の中盤を仕切ったロドリがMVPに選ばれた。ロドリはアトレティコ・マドリードの下部組織で育ち、ビジャレアルでプロとしてプレーしながら大学に通い、経営学の学位を取得した。日本の「大卒選手」と同じキャリアではないが、プロ生活と大学での学びを両立した選手だ。

――大学を「思考力を身につける場」と捉えたとき、大学へ行くこと自体が重要なのではなく、学びの場、学び続ける姿勢を身につける機会が重要だと考えられます。お二人が選手の育成の場として大学を選んでいるのも、その部分が関係しているのでしょうか?

中西:日本の大学は、まさに「サッカーだけではいられない」場所なんですよ。その環境自体が、考える力を育てている。たとえば僕は筑波では、年に3回くらいしか選手たちに話をしないんです。普段の練習では、球拾いと水汲みしかしていない(笑)。でもそういうときに、6軍の選手が「僕にもサッカーを教えてくれ」と来ることがある。その子が3年生になって、めちゃくちゃ上手くなっていたりするんです。

 筑波の蹴球部は200人以上いて、1軍から6軍まである。小井土(正亮)監督の考え方が素晴らしいのは、「誰にでも門は開かれている。本気でやりたいやつだけ来てくれればいい」というところです。トップで出ている選手は、試合に出ていない選手たちのためにと思ってプレーしている。誰一人欠けてもこの組織は成立していない。サッカー部のエリートも一般学生も、一人の学生として全員フラット。考える力は、教え込むものではなくて、ああいう環境の中で引き出されるものなんだと思います。Jリーグのチームが大学に負けることがあるのは、番狂わせではなくて、サッカーの本質がそこに出ているからだと思っています。

 実際、ドイツのボーフムが筑波大学蹴球部の育成に興味を持って、パートナーシップを結んでいます。筑波の選手がボーフムに行き、向こうの選手も筑波に来る交流も行われています。ヨーロッパの側が、日本の育ち方を面白がり始めているんです。

岩政:学芸大も似ています。やっぱり、選手たちが追究しようとしている。僕が学芸大の現場に戻って増やしたのは、「どう思う?」という投げかけです。最初は選手もそういうことをされてこなかったから、みんな黙っていました。でも、正解を求めているわけじゃない、お前たちの意見を聞きたいんだ、と。

 意見を言うことをためらうのは、それが合っているかどうかを心配するからなんです。だから、問いかけた後の選手の意見に対して、「それが正解だ」「正解じゃない」という言い方は絶対にしない。これは日本の教育の問題でもあって、子どもの頃から「はい正解」「はい不正解」という問いかけをされてきたから、みんな間違いを恐れて言いたがらない。それを取っ払ってあげることを意識しています。むしろ、選手の答えのほうが正解かもしれない、という捉え方も大事です。彼らは僕らより頭が柔軟なので、「いや、こっちのほうがよくないですか」と言われて、確かにそうだなと思うこともある。サッカーは正解が一つじゃない競技ですから。

 学芸大の子たちは、理屈でちゃんと説明されて、納得してやるのが好きなんです。今は関東大学サッカーリーグ戦の3部で戦っていて、入ってくる選手の素材としては決して高くない。でも4年間でJリーグのレベルまで伸びていく選手がいる。それを目の当たりにすると、大学の4年間が持つ力を改めて感じますね。

教師の家庭で育ち、学芸大へ進んだ

――岩政さんは、選手を育てることを教育の問題としても捉えています。その考え方は、やはり卒業後教員になる人も多いという学芸大で学んだということもあるのでしょうか?

岩政:両親が小学校の教師で、祖父も、兄も教師なんです。僕が育った瀬戸内の島では、職業というものがほとんど見えないんですよ。漁師をやっているか、農家をやっているか、あとは駐在さんと郵便屋さんと……。インターネットもない時代ですから、サラリーマンが何をしているのかとか考えたこともなかった。「仕事」という概念自体が、よく分からないまま育ちました。

 そんな中で、両親への憧れだけはあったんです。二人とも、その地域では知られた教師で、それぞれが確固とした教育論を持っていた。毎日、食卓で「自分はこういうふうに教育したい」と語り合うんです。今考えるとすごい家ですよね(笑)。

中西:なるほど。それで岩政さんのことがさらによくわかった(笑)。

岩政:本当に「教育者」という感じの人たちだったんです。僕はそれを浴びて育ったので、教師に「なりたい」というより、自分は教師に「なるもの」だと思っていました。後輩の世話をするのも好きでしたし。それで学芸大に進んだんです。

――その学芸大で、選手としても大きく変わったそうですね。

岩政:さっき、大学はテクニックをスキルにする時間だと言いましたが、僕自身がまさにその当事者でした。田舎育ちで情報が何もないまま出てきて、学芸大で初めて「論理」に出会ったんです。学芸は、日本でいち早く4-4-2のゾーンディフェンスを取り入れていた大学で、80〜90年代のACミランのような守備を提唱していました。相手を背中に置くことにどういう意味があって、それによって次のボールにどう対応できるのか。

 自分は足が速いわけでも、技術があるわけでもない。能力を上げることしか発想がなければ、そこで終わりです。でも、相手が来る前にポジションで先にアドバンテージを取ってしまえば、スピードはいらない。それを隠せるようになれば、自分はもっと上でやれる。その発想に変わったから、僕はプロになれた。あの4年間がなければ、プロにも、代表にもなれていないと思います。

中西:速くなることはもちろん重要だけど、相手より先に着いてしまえば「速い」はいらない。まさに、テクニックが思考によってスキルになった瞬間ですよね。

日本の育成は、日本の教育とセットで考える

――教師の家庭で育ち、大学で「考えること」を学んだ経験は、冒頭で語った「ヨーロッパに倣うことへの違和感」にもつながっているのでしょうか?

岩政:そうなんです。最近やっと整理がつきました。あの違和感の正体は、結局これは、日本の教育とのつながりなんです。選手も人間です。人間がどう育つかという環境の中で考えると、日本は高校までの年代では、教育的にまだ大人としての成長ができていない。「これを覚えなさい」という環境で育って、サッカー部では上手いことがすごい、勉強はしなくていい、となりがちです。そのままプロになった子は、おそらく幼い。大学の4年間で人間的な成長を経た上でプロになるから、どんどん選手が出てきている。ヨーロッパの仕組みだけを輸入しても意味がない。日本の育成は、日本の教育とセットで考えるべきなんです。

 その上で、いま僕が考えているのは、学校教育そのもののことです。みんな「教育を変えなきゃいけない」と分かっている。でも、基礎をコツコツ教える今の学校教育や、その中で教えてこられた先生方を変えるのは、おそらくものすごく時間がかかる。だったら、学校全体が変わらなくてもいいと思っていて……。今の教育で教わった子どもたちに、外から少しだけ、「自分で考えて行動する」「自分の道は自分で作る」という発想を注入できないか。日本のサッカーの指導で育った子どもたちが、ヨーロッパに放り込まれた途端に、どんどん広がっていく世界があるじゃないですか。あれを、教育で起こせないかと思っているんです。学芸大の現場で試しながら、いずれ学校や自治体とも一緒にやってみたい。

中西:岩政さんみたいな人がいないと、サッカー界は外に広がっていかないんですよ。僕も、自分にできることを精いっぱいやっているつもりですが、岩政さんにしかできないことが、必ずある。僕はいつもそう思って見ています。

道は与えられるものではなく、自分で作るもの

中西:僕もずっと、みんなが選ばない方を選んできた人間なんです。高校年代では、選手権に出たかったのにクラブチームを選んだ。大学も関東ではなく関西へ行った。父に「可能性が広がる方に選択肢を持て」と言われて育ったので、やりたいこと以外の道も残る選択をし続けてきた。だから選手たちにもいつも言うんです。サッカーはいつか必ず辞める。辞めた後のほうが長い。プロになることが正解じゃないし、ゴールでもない。一人の人間として、誰かの役に立てる人生になることが一番重要で、その時にサッカー的な思考は実はすごく役に立つ。サッカーが上手くなることと、人間として成長することは、矛盾しないんです。

岩政:完全にリンクしていますよね。サッカーを通して学べる考え方は、ものすごくあります。指導者が正解を投げて、やったかやらないかで評価する。そういうものとしてサッカーを捉えてしまうと、サッカーはできたかもしれないけれど、その後の人生に活かされない。正解がないものに対して、「こうしたら可能性が広がるんじゃないか」と発想を自分で広げて、次につなげていく。道は与えられるものではなく、自分で作っていくものなんだ、ということがサッカーで養われるといい。そう思いながら、選手との接し方も、チームの作り方も考えています。

――高校の部活やユースで育つ道、10代で海外へ渡る道、大学を経てプロへ進む道があります。重要なのは、どの道を選ぶかだけでなく、その場所で学び続けられるかどうか、ということでしょうか?

中西:高卒、ユース、大学、海外。どの道が正解かなんて、誰にも分かりません。だからこそ、いろんな道があること自体が日本の強みなんです。大学という、世界のどこにもない経由地まで持っている。そこから谷口彰悟、上田綺世、伊東純也のような選手が世界へ出ていき、その仕組みに今度は海外が興味を持ち始めている。

 足りないものを外に探す時代は終わりました。今回の本にも書いたことですが、探していたものは、実は自分たちのすぐ近くにあった。日本のサッカーの答えは、内側にある。いろんな道から、いろんな人材が出てくること。それ自体が、日本サッカーをまだ見ぬ景色へ連れていく一番の近道だと、僕は思っています。

【連載前編】鹿島で岩政が学んだブラジル的「結果論」。世界に学んだ日本代表が見つける本当の個性――中西哲生×岩政大樹

<了>

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[PROFILE]
中西哲生(なかにし・てつお)
1969年生まれ、愛知県出身。名古屋グランパスエイト、川崎フロンターレでプレーし、2000年に現役引退。スポーツジャーナリストとして活動する傍ら、パーソナルコーチとして久保建英ら多くの選手を指導。筑波大学蹴球部アドバイザーも務める。著書に『日本サッカーはどこまで強くなるか』など。

[PROFILE]
岩政大樹(いわまさ・だいき)
1982年生まれ、山口県出身。東京学芸大学から鹿島アントラーズに加入し、リーグ3連覇などに貢献。元日本代表DF。引退後は鹿島アントラーズ、北海道コンサドーレ札幌などで監督を歴任し、2026年から東京学芸大学蹴球部監督を務める。

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