「黄金世代」は育成の失敗なのか? なぜ世界の強豪国は“偉大な才能”を育て続けられるのか
世界で結果を残す「黄金世代」と呼ばれる選手たちが現れると、私たちはその国の育成を成功と評価する。だが、本当にそうなのだろうか。一世代の才能に依存するのではなく、次々と新たな選手が生まれ、異なるクラブや地域が連携しながら成長を支える。世界の育成現場では、そんな「エコシステム(生態系)」という考え方が重要性を増している。では、才能を一過性の「黄金世代」で終わらせず、持続的に生み出す国には何があるのか。ドイツ・マインツで開かれた国際コーチカンファレンスでFIFAテクニカルコンサルタントのゲッド・ロディによって語られた言葉から、そのヒントを探る。
(文=中野吉之伴、写真=AP/アフロ)
なぜわずか4〜5カ国から数多くの優秀な選手が育つのか?
「未来は、先を考え、誰より早く学び、変化できる国、変化できる指導者のものになるでしょう。なぜならサッカーは止まらないからです。変化し続けることが、この競技の本質だからです」
ドイツのマインツで開催された国際コーチカンファレンスでFIFAテクニカルコンサルタントのゲッド・ロディがこう語りだした。世界の育成システムを見続けてきた人物のこの言葉には、これからの育成を考えるうえで重要な視点が詰まっている。
今回のFIFAワールドカップ北中米大会の出場選手600人以上を分析したところ、その多くが、わずか4〜5カ国の育成システムに集中していることがわかったという。これらの国々は、世界的な視点で見たとき選手育成を支えるエンジンルームとなっている。
現在はスペインが特に注目を集めているが、ドイツ、イングランド、フランスでも常に「何が足りないのか」「どこを改善すべきなのか」という自己分析が進められ、いまなお世界最高レベルの選手を生み出し続けている。
では、優れた育成システムには何があるのか。なぜこうした国々から数多くの選手が育つのか。
「まず、育成の規模が大きいこと。多くの選手が育つ環境があります。次に、多くのクラブが育成に関わっていること。一部の名門クラブだけが選手を育てているわけではありません。そして3つ目が、育成の質が全体として高いことです。つまり、規模(Scale)、広がり(Breadth)、質(Quality)この3つが揃っているのです。
しかし、もう一つ重要な要素があります。それがアラインメント(連携・整合性)です。どれだけ規模があり、どれだけ多くのクラブがあり、どれだけ質の高い選手を育てていても、システム全体が一つの方向を向いていなければ、その育成システムはいずれ機能しなくなります。
だからこそ、『どうすれば全体が同じ方向を向けるのか』。これが、育成システムを考える上で極めて重要になります」
選手の立場から考えてみるとわかりやすい。育成年代の選手が過ごす時間の約80%はクラブにあり、ナショナルチームで過ごす時間は約20%にすぎないという。
「つまり、国全体として成功したいのであれば、クラブと代表がつながっていなければならないのです」
未来のサッカーを形づくる「エコシステム」とは?
当たり前の話に聞こえるかもしれない。しかし、世界中を回っていると、この連携が十分に取れていない国が本当に多いのだという。代表チームが目指している方向と、日常的に選手がプレーしているクラブの方向が根本から違えば、選手は異なる世界を行き来することになる。互いにつながりながら、一つの環境を作っていく必要がある、とロディーは強調していた。
その考え方を説明するうえで紹介されたのが、「トロフィック・カスケード(栄養段階の連鎖)」という概念を扱った映像だった。
これは、生態系の中に一つの変化が起きることで、その影響が連鎖的に広がり、最終的に生態系全体が変化していくという考え方。アメリカのイエローストーン国立公園がその象徴的な例として紹介された。
イエローストーンでは1920年代にオオカミの駆除を進め、公園内から姿を消した。その結果、草食動物のシカが増加し、植物が減少。そこで1995年から1996年にかけてオオカミの再導入がおこなわれた。オオカミが再び放たれたことで、シカが捕食される危険を避けるため、川沿いや開けた場所に出ることを控えるようになり、植物が再び育ち始める。
植物が増えることで、ビーバーなどの生息環境も変わる。ビーバーがダムを作ることで湿地が生まれ、水鳥や魚、両生類、昆虫などにも影響が及んでいく。さらに川岸の植物が増えれば、土壌が安定し、川の浸食が抑えられる。水流や川の形そのものにも変化が生まれる。
一つの存在の変化が、生態系全体に連鎖していくのである。
「映像を見ながら考えてみてください。サッカーという生態系における『オオカミ』とは誰なのか。誰がシステムを変える存在なのか。皆さん自身は、未来のサッカーを形づくる『エコシステム・エンジニア』ではないでしょうか」
「黄金世代」は育成の失敗?
同世代の優秀な選手がそろっていい成績を上げるチームや国があると、よく「黄金世代」という言葉が使われて讃えられる。
一方で、ワールドカップ王者のスペイン代表を見ても、昨季UEFAチャンピオンズリーグ優勝のパリSGを見ても、一世代の成功が決定打になったわけでない。何年も、何十年もかけて、持続可能な仕組みを作ってきた成果がそこにはあった。
むしろ「黄金世代」は、前後の年代の選手が大成できていないのであれば、一過性のものであり、育成の失敗ともいえるのではないか?
近年急成長を遂げているオーストリア代表は興味深い例になる。2026年ワールドカップでは28年ぶりに出場し、36年ぶりに勝利し、44年ぶりにグループリーグを突破した。
そこにはさまざまな要因があるが、最大のものがラルフ・ラングニックの存在だろう。
ラングニックがRBザルツブルクに浸透させたハイプレス・ダイナミックサッカーがオーストリアサッカー全体に広がり、それをベースに代表チームを作り上げた。いまやオーストリアのサッカー関係者の多くが、「自分たちのサッカーとは?」というアイデンティティをしっかりイメージできるまでになっている。まさに新しいエコシステムが誕生したわけだ。
才能はあらゆる場所で、あらゆるタイミングで花開く
もう一つ重要なのが「才能をどう見つけるか」という問題である。
「今でも見つかっていない才能はたくさんいると思いますか?」
その問いに対するロディの答えは明確だった。
「もちろんです。私は世界中を訪れるたびに、『ここにはまだ発見されていない才能がいる』と感じます。5歳のインドの子どもと、ミュンヘンやマンチェスターで育つ5歳の子どもの才能に違いはない。しかし11〜12歳になる頃には、まったく違ってしまう。ミュンヘンやマンチェスターで育つ子どものほうが、圧倒的に恵まれた育成機会を得ているのが事実です」
逆に言えば、育成システムとプレー環境を整えさえすれば、新たな才能の発見につながる可能性があることを示している。そして育成で成功している国だから、タレントをすべて見逃さずに発掘できている、というわけではない。
イングランドで育成制度の改革が始まった頃、年配の育成指導者からロディがこんな言葉を聞いたという。
「そんな仕組みを作る必要はない。才能がどこにいるかはわかっている!」
しかし、現実はどうだっただろう。ロディは静かな声で明確に語った。
「でも、実際にはわかっていませんでした。そして今でも、すべてを把握できているわけではありません。そして才能はあらゆる場所にあり、あらゆるタイミングで花開く可能性があります」
この言葉は非常に示唆的である。そして、だからこそ大切なのが「リーダーの存在」だとロディは言う。
「お金はもちろん重要です。施設を整備し、指導者を配置し、選手に十分な練習機会を与えるためには投資が必要です。投資と成果には一定の関係があります。しかし、私は十分な資金を持たない国々でも、非常に優れた育成を行っている例を数多く見てきました。むしろ重要なのは、リーダーの存在です」
「誰がオオカミになるか」求められる“リーダーの存在”
ここでいうリーダーとは、ピッチ上で選手と向き合う指導者だけではない。クラブや協会を率いる人間、アカデミーの責任者、育成方針を決定する役員。そうした人たちが、育成に何が必要で、どんな人材が大切で、成果が出るまで時間がかかることを理解しているかどうかが重要になる。
「残念ながら、多くの組織では途中で方向転換してしまいます。投資をやめ、方針を変え、また別のことを始めてしまう。十分に検討して入念に練り上げたプランを、辛抱強く一貫性をもってやり続ける。その根気を持っているかどうかがカギになります」
これは日本の育成を考えるうえでも、非常に重要な視点ではないだろうか。育成を選手づくりとだけ見るのではなく、生態系づくりとしてシステムのあり方を考察する。その視点を持った瞬間、目の前の一人の選手への指導も、地域のクラブとの関係も、協会との連携も、すべて違って見えてくる。その意識を持つ指導者が増えたとき、一つのクラブ、一つの地域、一つの国の育成エコシステムは、少しずつ姿を変えていくのではないだろうか。
そして、その変化の最初の一歩を踏み出す「オオカミ」は、もしかすると、私たち一人ひとりなのかもしれない。
<了>
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