海外サッカー遠征の目的は「強豪と試合すること」ではない。ゴシアカップで見えた、育成の本当の価値

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2026.08.05

日本でも育成年代から海外遠征へ出るチームは年々増えている。選抜チームを編成して、世界の強豪が集まる大会に出るケースもある。では、その「世界での経験」とは主に何を意味するのか。強豪クラブと試合をして、勝負の厳しさを知ることなのだろうか。スウェーデンで半世紀以上続く世界最大のユース大会「ゴシアカップ」を取材して感じたのは、決してそれだけではないということだった。約70〜80の国・地域から集まった子どもたちが経験していたのは、「試合」以上に、人との出会い、異なる文化を理解し、自分の世界を広げていく時間だった。

(文・撮影=中野吉之伴)

「世界を経験する」とは、何を経験することなのか?

サッカーは世界の共通語といわれる。

まさにサッカーを通じてみんなが理解し合うというのが、スウェーデンのイエテボリで50年以上開催されている「ゴシアカップ」において最も大切な理念だ。

現在では毎年世界約70〜80の国と地域から男女各10カテゴリー約2000チームが集まる大会へと成長したゴシアカップ。もちろん大会である以上勝敗は競う。優勝トロフィーも準備されている。参加チームはみんな本気で試合に臨む。勝てば喜ぶし、負ければ悔しい。でも実際に大会を取材して感じたのは、ここは「世界一を決める大会ではない」ということだ。

日本でも育成年代からの海外遠征や国際大会への参加が推奨される場面が増えてきている。ただ「世界を経験すること」とは、何を経験することなのだろう?

試合経験を積むこと? 強豪クラブと対戦すること? そこで勝ちにこだわること?

そうした経験は間違いなく選手たちの成長につながる。しかし、世界に出て本当に経験すべきこととは、それ以外のところにあるのではないだろうか?

大会事務総長のニクラス・フライホルツはこう語る。

「より多くの子どもたちや若者がここでサッカーを楽しみ、サッカーから刺激を受けて、いろんなことに集中して、積極的に活動するようになることを目指しています。『プロのサッカー選手になるために!』ではなく、主体的にサッカーと向き合おうとする環境があることは、子どもたちみんなにとって非常に重要なことです。

 ゴシアカップは若い世代が目標を持って、生涯にわたってサッカーを続け、活動的であり続けるために、そして若い世代がいろんな国の人たちと交流できる場所となってほしいんです。ピッチ上だけではなく、コミュニケーションや議論が活発に行われるコミュニティの場として機能させたいと考えています」

勝つこと、負けること。これも大事。これをないがしろにしたらゲームとしての側面を否定することにもなってしまう。こだわりを持って取り組み、勝ちたいという思い、負けたくないという思いと戦うことは、人の成長に欠かせない大切な要素だ。

しかし、それ以上にスポーツを通じて体験できるフェアプレー精神、相手をリスペクトする思い、互いにたたえ合う姿勢、そうした人生をよりよく生きる道しるべとなるべき理念がなければならない。これらは相反するものではなく、両立するものであるはずだ。

ゴシアカップ創始者の一人デニス・アンダーソンは「スポーツとしての結果だけではなく、『ゴシアカップに来れて良かった』と思えるものをいっぱい持って帰ってほしいんだ」と話してくれた。

サッカーは世界を理解する“共通言語”になれるのか

現代の子どもたちは、スマートフォンやタブレット、ゲーム機に囲まれて育っている。大人も同じだ。画面の前で過ごす時間は年々増え、人と直接会う機会は少なくなっている。だからこそ、「リアルな体験」の価値が語られるべきだ。そしてどんな体験が必要なのか考察されるべきだ。

フライホルツに「このような現代社会だからこそゴシアカップのような大会が持つべき意義はさらに大きいのではないか」と尋ねた。

すると彼は、少し考えてからこう答えた。

「例えば、ボランティアスタッフには若い世代もたくさんいます。彼ら、彼女らは多くの面でこれまでと異なります。働き方も、学び方も、コミュニケーションの取り方も違います。今の時代、多くの情報はあとでまた確認できるものになっています。いま聞いておかなければならないという場面が減ってきている。またコミュニケーションではより短いやり取りが普通になっています。長いメールは送らず、メッセージアプリで短いメッセージを送り合う。こうした違いを認識して、私たちも適応しなければならないことなんです。

 良い点はたくさんあります。新しい世代は新しい技術に対してより柔軟に対応できる。コミュニケーションを助けるデジタルな手段もたくさんあります。悪い面もあると言われますが、全体的には良い面のほうが多いと私は思いますね。古いものから新しいものへの最大変化を受け入れる。それが私たちが今も成長し続けられる理由かもしれません。

 忘れてはならないのは、みんなフットボールを愛してここにいるんです。それこそが国や文化だけでなく、世代を超えたギャップをもつないでくれるものなのです」

これはとても興味深い。若い世代も年配の世代も、それぞれ自分たちの考えをもっている。でも自分たちの考えを押しつけようとばかりしていたら、理解し合うことはできない。歩み寄らないままでは、いつまでも線は交わらない。

「そうなんです。だからこそ自分たちの信念を追い求めたいのです。ゴシアカップが始まったときの使命は、いまも変わらず大事なものだと信じています。

 あの頃はデジタルの世界がなく、インターネットでつながっていませんでした。いまのほうがコミュニケーションツールは豊富で便利です。でも現実はどうですか? たとえ多くの情報を持っていても、私たちは依然として対立を抱えています。対立や戦争があり、国同士だけでなく、国内でも分断が起きています。

 ゴシアカップのようなミーティングプレイスは、インターネット上の憎悪やソーシャルメディアのフィルターバブルに対して、解決策になれるのです。さまざまな文化や国々に触れることで、世界をより深く理解できるようになるんです。サッカーはそのための最高の機会を提供してくれます」

勝敗だけでは得られない学びは宿泊施設に。他国の参加者と…

大会会場にはさまざまな遊びができる用意がされ、宿泊施設として学校の教室にエアマットを敷いて雑魚寝。見学させてもらったが正直狭い。快適さを求めるのであればホテルのほうがいいだろう。こうした要素をポジティブと見るか、ネガティブと見るかで受け止め方は変わってくる。

学校にあるサッカーコートやバスケットコート、卓球台を使って、他国からの参加者と交流することができるのを魅力的と受け止めるのか? あるいは「ケガをして試合に支障があったらいけないから」という理由で、こうした交流を禁止してしまうのか? 「試合に向けて調整したいから」と開会式を欠席させるのか?

大会の宿泊施設を歩いていたら、ポルトガルの少年から声をかけられて、「どこから来たの?」「どこの街から来たの?」「ゴシアカップはどう?」みたいな世間話をとても気軽に自然にできたのがとても心地よかった。彼らは「日本人と英語で話ができた」という喜びを感じてくれたかもしれない。歩いていると各国いろんな子どもたちが交流しながら遊んでいる。子どもたちのほうが世界の真理を理解していると感じる。

この大会はこれから先へどんなビジョンを持っているのだろう? フライホルツが願う姿は、さらに規模の大きな大会にすることではない。

「将来の目標は私たちのビジョンがもっと多くの人々にとって意義のある存在になることです。プレーヤーや指導者だけではなく、他の参加者、観戦者、スタッフが大切なことを実感できて、自然と学べる機会を素晴らしいことだと知ってほしい。そして彼らが帰国したあとに、自分の体験を他の人々に伝え、共有されていくことが望ましいですよね。こうした理念が世界中により広く、より深く伝わっていくほど、より良い世界で生きることができると信じていますから」

サッカーは世界の共通語。

この言葉は、決して魔法のように世界を一つにするものではない。戦争や対立をなくすほど万能な力があるわけでもないかもしれない。

それでも、一人の子どもが一人の友達と出会うことはできる。一つの出会いが、その子の世界を少し広げることはできる。

ゴシアカップでできた友人をたどってボリビア留学をしたドイツ人の友人がいる。そこでスペイン語も学び、一緒にサッカーをした。そこでもらったユニフォームは彼のオフィスにいまも飾られているという。

世界の扉を開くこと。それはそれぞれが持つ可能性の扉を大きく開くことでもあるのだ。

【第1回連載】“世界一国際的な”育成年代サッカー大会「ゴシアカップ」。なぜ半世紀以上も人々を惹きつけるのか?

【第3回連載】大会の経済効果は約167億円。世界最大の育成大会ゴシアカップはいかにしてスポンサーを集めたのか?

<了>

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