3800億円が生んだチェルシーの混沌。前任は「代理教師」と揶揄…。シャビ・アロンソ新監督は名門を変えられるか

Opinion
2026.08.04

大金を使えば、強くなれるとは限らない。チェルシーは2022年のクラブ買収後、約18億ポンド(約3800億円)を補強へ投じた。それでもリーグ順位は12位、6位、4位、10位。監督は次々と交代し、毎夏のように選手が入れ替わるなかで、「チーム」は最後まで完成しなかった。そんな名門の再建を託されたのがシャビ・アロンソである。新監督が最初に変えようとしているのは、戦術ではなくクラブの「文化」だった。

(文=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)

3800億円使っても勝てなかった理由

FIFAワールドカップが終わり、欧州各国リーグの開幕が近づいてきた。世界最高峰の選手が集うプレミアリーグで、ひときわ大きな注目を集めているのがチェルシーだ。

昨季はFIFAクラブワールドカップ王者としてシーズンに入りながら、プレミアリーグ10位に沈んだ。エンツォ・マレスカがシーズン途中に辞任し、後任のリアム・ロシニアーも流れを変えられないまま解任された。欧州カップ戦の出場権も逃した。

その立て直しを託されたのが、スペイン人のシャビ・アロンソ新監督である。

チェルシーは今夏も移籍市場の主役となった。アストン・ビラからイングランド代表モーガン・ロジャーズをクラブ史上最高額の1億1700万ポンド(約248億円)で獲得。クリスタル・パレスのフランス代表DFマクサンス・ラクロワには5200万ポンド(約110億円)、アタランタのDFマルコ・パレストラには4700万ポンド(約100億円)を投じた。補強費はすでに2億ポンド(約424億円)を超えている。

金額だけを見れば、いつものチェルシーにも映る。

米投資会社クリアレイク・キャピタルと、米実業家トッド・ベーリーらによるオーナーグループ「BlueCo」が、2022年5月にクラブを買収してから4年余り。選手獲得に費やした総額は18億ポンド(約3816億円)を超えた。

BlueCoが進めたのは、若い選手を長期にわたって保有するモデルだった。7~8年という長期契約を結び、基本給を抑える一方で成果報酬を厚くする。成長すれば主力として使い、市場価値が高まれば売却する。買収後の売却収入は9億ポンド(約1908億円)以上に達している。

それでも、獲得費はその倍にあたる18億ポンドを超えた。これほどの資金を動かしながら、リーグ順位は12位、6位、4位、10位。大量の選手売買は、安定したチーム作りには結びつかなかった。毎夏のように顔ぶれが変わり、監督が交代するたび、前年の補強が次の体制では余剰戦力になる。チーム内で何を大切にするのかも見えなかった。

指揮官が軽く扱われていたことをうかがわせる報道もある。

2022年9月から翌年4月までチームを率いたグレアム・ポッターは、一部選手から「ハリー・ポッター」と呼ばれていたという。昨季途中に就任したロシニアーも、ある選手から、英国で臨時教師を意味する「代理教師(supply teacher)」と陰で呼ばれていたと伝えられた。

監督の力量を選手が品定めし、尊敬できなければ距離を置く。そんな空気が少なからずあったのだろう。

「私は将軍ではない」アロンソが語る“チェルシーに必要なもの”

だからこそ、アロンソ監督に与えられた肩書は小さくない意味を持つ。BlueCo体制での正式監督は、アロンソ以前、いずれも「ヘッドコーチ」と呼ばれてきた。これに対し、アロンソの肩書は「マネジャー」である。補強はスポーツ部門の責任者たちと相談して進めるが、チームの責任者が誰なのかを、クラブはこれまで以上に明確に示した。

アロンソは、選手としてワールドカップと欧州選手権を制し、リバプールやレアル・マドリード、バイエルンで数々のタイトルを獲得した。監督としてもレバークーゼンをブンデスリーガ初優勝へ導き、無敗で国内2冠を成し遂げている。経験不足を理由に軽んじることは難しい。

就任会見でアロンソは、チェルシーに必要なものをこう語った。

「我々が求めるのは、正しいメンタリティー、ハングリー精神、基準を持ち、それを毎日積み上げていけるチームだ。それが重要になる。私は将軍ではない。しかし、良いプロフェッショナルであり、そのために何が必要かは知っている」

大声で選手を支配しようとしているわけではない。アロンソが求めているのは、練習への姿勢や、試合に出られない時の振る舞い、仲間への接し方まで含めた「プロとしての在り方」である。

近年の低迷によって冷めかけたサポーターとの関係も、そこから立て直そうとしている。アロンソは「我々には信頼とサポート、そしてスタジアムのエネルギーが必要だ。それは一方通行では生まれない。互いに力を与え合う必要がある」と話した。観客へ声援を求める前に、選手が走り、戦い、勝利への意欲を示す。その姿によって、スタンフォード・ブリッジの熱を呼び戻そうとしているのだ。

アロンソがレバークーゼンで重視したもの

レバークーゼンでも、彼が何より重視したのは、こうした一体感だった。

選手たちは毎朝8時30分に集まり、そろって朝食を取った。2022年ワールドカップ後、負傷からの復帰を目指す選手たちが練習しているのを見つけると、自らトレーニングウェアに着替え、同じメニューに1時間取り組んだ。出番の少ない第3GKニクラス・ロンブがUEFAヨーロッパリーグで先発すると、試合後にはその働きを積極的に称えた。

控え選手にも、自分が必要とされていると感じさせた。経験豊富なFWパトリック・シックが「僕たちはただ監督についていきたい」と語った背景には、そうした積み重ねがあった。

アロンソがレバークーゼンで重視したのは、先発メンバーだけで戦うチームではなかった。試合に出る選手も、ベンチで出番を待つ選手も、自分には役割があると実感できる集団だった。

戦術面でも、一つの布陣に固執しない。相手や試合の流れに応じて配置を変え、ボールを持てば前へ進み、失えばすぐに奪い返す。こうしたプレーを支えていたのも、選手同士の共通理解と信頼関係だった。

若手偏重からの転換。ウェルベックとヘンダーソンが担う役割

今夏の補強にも、アロンソが作ろうとするチームの輪郭が見える。

ロジャーズは24歳。アストン・ビラでプレミアリーグ85試合に出場し、昨季は公式戦14得点12アシストを記録した。数年後の成長を待つ選手ではなく、加入直後から中心選手として期待できる。アロンソも「すぐに戦力となれる選手が必要だった。モーガンはクラブやシステム、チームメートへの適応に多くの時間を必要としない」と話している。

そしてチェルシーは、35歳のダニー・ウェルベックをブライトンから獲得した。36歳のジョーダン・ヘンダーソンの獲得にも動いている。

共同オーナーのベフダド・エグバリは、若手を中心とするモデルへ経験を加え、「微調整する」と語った。ロジャーズやラクロワ、パレストラへの投資を続けながら、そこにベテランも加える。昨季までとは、選手補強の基準が少し変わってきた。

ウェルベックは昨季、ブライトンで自己最多のリーグ13得点を挙げた。前線で相手DFを引きつけ、背後へ走り、守備ではプレスの先頭に立つ。それだけでなく、ピッチを離れれば若手の相談相手でもあった。自分がマンチェスター・ユナイテッドの先輩たちから受けた助言を、次の世代へ渡そうとしてきた。

ヘンダーソンについて、イングランド代表のトーマス・トゥヘル監督は「所属したすべてのチームで接着剤のような存在だった」と評している。

先発でも控えでも周囲へ声をかけ、個性の異なる選手を結びつける。昨季のチェルシーには、苦しい時間帯に仲間を落ち着かせ、練習から姿勢を示せる選手が少なかった。だからこそ、ウェルベックやヘンダーソンには、プレーだけでなく、更衣室や練習場での役割も期待されている。

アロンソに託された最初の仕事は…

今季のチェルシーには欧州カップ戦がなく、ミッドウィークの試合も少ない。アロンソは「より良く準備できれば、週末の試合でも良いプレーができる」と語る。毎週のトレーニングで約束事を確認し、選手の動きをそろえる時間があることは、新監督にとって追い風となる。

ただし、2025年6月から2026年1月まで指揮したレアル・マドリードでの233日間は、アロンソが目指すチーム作りが、どのクラブでもすぐに実現できるわけではないことを示した。

高い位置からのプレスや全員で守る考えを浸透させられず、キリアン・エンバペやヴィニシウス・ジュニオールらスター選手との関係も悪化した。クラブが十分な補強と権威を与えなかった事情はあるが、それでも、自分の考えを選手たちに信じさせられなかった責任は残る。

チェルシーでも、監督の経歴だけでチームがまとまるわけではないだろう。多くの若手が出場機会を争い、移籍市場が閉じるまで選手の入れ替わりが続く。アロンソの考えを選手が受け入れ、オーナー陣が「マネジャー」という肩書に見合う信頼と時間を与えられるか。どちらか一方が欠ければ、また同じ混乱が繰り返される危険はある。

レバークーゼンでアロンソが率いた選手たちは、互いの動きを理解し、監督を信じて走った。戦術の前に、全員が自分の役割を受け入れていた。毎年のように顔ぶれが変わるチェルシーで、選手たちを同じ方向へ向かわせることができるか──。アロンソに託された最初の仕事は、集められた才能を一つのチームへ変えることである。

<了>

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