22年ぶり優勝のアーセナルは何が変わったのか。無敗優勝の伝説とは異なる、新たな強さを手にした理由

Opinion
2026.06.05

22年ぶりだった。かつてティエリ・アンリやパトリック・ビエラを擁し、無敗優勝を成し遂げたアーセナル。しかし、その後クラブは長い停滞期を経験し、頂点から遠ざかっていた。そして迎えた2025-26シーズン。ミケル・アルテタ率いるチームはついにプレミアリーグを制覇する。だが、今回の優勝は伝説の“インビンシブルズ”とは異なる。堅守、セットプレー、勝負強さ――。華麗さだけではない新たな強さを手にしたアーセナルは、いかにして22年ぶりに最後の壁を越えられたのか。

(文=田嶋コウスケ、写真=AP/アフロ)

22年ぶりの戴冠。強く、堂々たる王者の復権

5月24日、セルハースト・パークの一角が赤く染まった。

プレミアリーグ最終節、クリスタル・パレス対アーセナル。試合が終わると、敵地のスタジアムはいつもと違う空気に包まれた。パレスの本拠地でありながら、バックスタンドの一部にはアーセナルの赤と白が広がっていた。ホームスタンドに紛れていたサポーターもいた。戴冠式が近づくにつれ、試合中に身を潜めていた彼らはアーセナルのアウェー席に近いエリアへと集まり、気がつけばその一角は大きな赤い塊になっていた。

22年ぶりのリーグ優勝だった。

主将マルティン・ウーデゴールがプレミアリーグのトロフィーを高々と掲げると、アーセナルサポーターの歓声が一気に膨れ上がった。続いてクラブのサポーターソングである『The Angel (North London Forever)』が流れると、彼らは一斉に歌い始めた。敵地での戴冠式で、相手クラブがアーセナルの歌を流す。クリスタル・パレスのその粋な計らいもまた、この日の光景を特別なものにしていた。

アーセナルが最後にイングランドの頂点に立ったのは、旧ハイバリースタジアム時代の2003-04シーズンである。ティエリ・アンリ、パトリック・ビエラ、ロベール・ピレス、デニス・ベルカンプらを擁したチームは、プレミアリーグ史に残る無敗優勝を成し遂げた。あの時代を知る者にとって、アーセナルは美しく、強く、そして堂々たる王者だった。

だが、その次のリーグ優勝までに22年もの時間がかかると、当時どれだけの人が想像できただろうか。

「また届かない」の記憶を乗り越えて

エミレーツ・スタジアムへの移転、主力流出、財政的な制約など激動の時を経て、UEFAチャンピオンズリーグ出場権争い、そして優勝争いから遠ざかった時代──。アーセナルは何度も立ち上がろうとしながら、そのたびに頂点には届かなかった。近年になって再び優勝争いに戻ってきたが、それでも最後の一歩が遠かった。過去3シーズンは、いずれも2位。あと少しのところで、またしても届かなかった。

だからこそ、今季の優勝は単なるタイトル獲得ではなかった。長い空白の時間を埋める勝利であり、何度も跳ね返されてきた壁をようやく越えた瞬間だった。

その道のりは、決して平坦ではなかった。今季もシーズン終盤、アーセナルは一度、危うい空気に包まれた。3月にリーグカップ決勝でマンチェスター・シティに敗れると、チームの勢いは鈍った。4月にはプレミアリーグで、そのシティとの直接対決にも敗れた。過去数年、終盤に失速して優勝を逃してきた記憶が、サポーターの胸にはまだ残っていた。「またなのか」。そんな不安が北ロンドンに広がり始めていた。

しかし今季のアーセナルは、そこで崩れなかった。シティ戦の敗戦後、チームはむしろ吹っ切れたように勝利を重ねた。プレミアリーグで5連勝を飾り、最後は迷いなくゴールテープを切った。

背景にあったのは、選手層の充実だ。昨夏にはヴィクトル・ギョケレシュ、マルティン・スビメンディ、エベレチ・エゼといった主力級の選手を補強。さらに、左サイドバックとしてプレーしてきたマイルズ・ルイス=スケリーが、ユース時代に務めた守備的MFの位置で台頭した。シーズン終盤になっても戦力を落とさずに戦えたことが、これまで越えられなかった最後の壁を突破する原動力となった。

失点27。王者の土台となった“守備の安定”

では、ミケル・アルテタ監督率いる今季のアーセナルはどんなチームだったのか。

まず目を引くのは、守備の安定である。リーグ戦38試合で失点は「27」。プレミアリーグ最少だ。今季のアーセナルは、相手に簡単なチャンスを与えず、勝つための土台を守備で築いたチームだった。

その中心にいたのが、ウィリアム・サリバとガブリエウ・マガリャンイスのセンターバックコンビである。サリバは落ち着き、スピード、配球力を兼ね備えた現代型DFだ。一方のガブリエウは、より荒々しく、より泥臭い。サリバが静かに危険を消すなら、ガブリエウは力強く相手の攻撃を断ち切る。タイプの異なる2人が並ぶことで、アーセナルの中央は簡単には崩れないものになった。

その背後には、GKダビド・ラヤがいた。今季のラヤは19回のクリーンシートを記録し、3年連続でゴールデングローブを受賞した。アーセナルの守備は、そもそも相手に質の高いシュートを打たせない組織だったが、それでも最後に打たれた時にはラヤが止めた。

守備強化の背景には、昨夏からコーチングスタッフに加わったガブリエル・エインセの存在もある。現役時代にマンチェスター・ユナイテッドやパリ・サンジェルマンでプレーしたアルゼンチン人は、激しいDFとして知られた人物だ。英メディアでは、関係者が彼を「常に噴火している火山」と表現している。練習場で主に守備陣を担当し、その熱量を日常的に注ぎ込んできた。

試合前には、エインセが中心となり、DF陣だけを集めたミーティングが導入された。守備者だけで円陣を組み、意識をそろえる。自分たちがどれほどの責任を背負っているのかを共有する儀式のようなものだったという。だが、今季の堅守は個人能力だけで成立したものではなかった。守ることへの集中を、チーム全体が共有していた。

リーグ最多25得点。スタンドに生まれる期待と笑いが混じった熱

その一方で、攻撃にもはっきりとした特徴があった。

今季のアーセナルはリーグ戦で71得点を記録した。ただし、その得点の生まれ方は、一般的な優勝チームのイメージとは少し違っていた。オープンプレーからの得点は36得点で、全体の約51%。近年のプレミアリーグ王者と比べても少なく、歴代王者の中でも低い水準だった。

流れの中から相手を崩し続ける、華やかな攻撃チームというよりも、今季のアーセナルは勝つための手段をより広く持ったチームだった。その最たる武器がセットプレーである。

コーナーキックやフリーキックなど、PKを除くセットプレーから奪った得点は25に達し、これはプレミアリーグ最多だった。総得点71の約35%を占める数字であり、今季のアーセナルにとってセットプレーがいかに重要な武器だったかを物語っている。コーチのニコラス・ジョバー率いるセットプレー部門は、アーセナルの攻撃を支える、もう一つのエンジンだった。

それを象徴するチャントも生まれた。

「Set Piece Again, Ole Ole」

またセットプレーだ、オーレ、オーレ。もともとはサポーターによる半ば自虐的なジョークだった。だが、リーグ最多の25得点をセットプレーから奪った今となっては、そのチャントは期待の表れへと変わった。アーセナルがコーナーを得るだけで、スタンドには期待と笑いが混じった熱が生まれた。

主将が示した違い。ウーデゴールがチームを救った一戦

終盤の接戦で勝ち切る力もあった。象徴的な試合として筆者が挙げたいのが、5月10日に敵地で行われた第36節ウェストハム戦である。

この試合でアーセナルは、ウェストハムの粘り強い守備に苦しんだ。ボールを保持しながらも決定的な形を作り切れず、時間だけが過ぎていく。0-0のまま後半も終盤へ入り、優勝争いの緊張感はさらに増していった。もしここで勝ち点2を落としていれば、シティとの優勝争いの流れは大きく変わっていたかもしれない。

その空気を変えたのが、途中出場のウーデゴールだった。

エベレチ・エゼに代わってピッチに入った主将は、攻撃的MFの位置でボールを受け、絶妙な立ち位置とパスワークで停滞していた攻撃を少しずつ動かし始めた。そして83分、決定的な場面が訪れる。ウーデゴールはドリブルで中央を前進し、そのままペナルティエリアへ入った。そこで慌てずボールを保持して相手を引きつけ、フリーのレアンドロ・トロサールへラストパスを送った。トロサールは冷静にネットを揺らした。

この試合は、後半アディショナルタイムにウェストハムが一度ネットを揺らしながら、VARによってノーゴールとなったため、「アーセナルがVARに救われた試合」として語られることもある。だが、それだけで片づけてしまうには、ウーデゴールの仕事はあまりに大きかった。

今季のウーデゴールは負傷に苦しんだ。常に本来の姿を見せられたわけではない。だが、優勝争いの最終盤、最も神経を使う場面で、主将は自分の持ち味を示した。ボールを受け、最後の局面で違いを作る。あのウェストハム戦は、今季のアーセナルが勝ち切るチームになったことを示す一戦だった。

精神面は最高に近い状態でワールドカップへ

長いシーズンを終えた選手たちは、休む間もなく各国代表へ散っていく。世の中の関心はすでにワールドカップへ向かっているが、その舞台でもプレミアリーグ王者たちへの期待は大きい。

日本とグループステージで対戦するオランダ代表には、右SBユリエン・ティンバーがいる。今季は故障に苦しんだ時期が長かったが、チャンピオンズリーグ決勝で復帰し、ワールドカップへ向けて状態を上げている。また日本が3戦目に対戦するスウェーデン代表では、ギョケレシュが前線に立つ。今季序盤は新天地への適応に苦しんだが、最終的にはアーセナルの攻撃を支える存在となった。前線から全速力で追いかけるプレッシングを含め、日本の最終ラインにとって警戒すべき存在だ。

イングランド代表では、ブカヨ・サカ、デクラン・ライス、ノニ・マドゥエケ、エゼが国を背負う。ノルウェー代表ではウーデゴールが、アーリング・ハーランドとともに攻撃の中心となる。もちろん、長いシーズンを戦い抜いた疲労は気がかりだが、精神的には最高に近い状態でワールドカップへ向かうことになるだろう。プレミアリーグ王者として迎える世界最高のサッカーの祭典で、彼らがどんなプレーを見せるのか。そこにも大きな注目が集まる。

ハイバリーの記憶から、エミレーツの新たな物語へ

2003-04シーズンのアーセナルは、今もなお伝説である。アンリ、ピレス、ビエラ、ベルカンプらを擁し、無敗でプレミアリーグを制した当時のチームは、華やかさと強さを兼ね備えた特別な存在だった。

一方、2025-26シーズンのアーセナルは、同じ形で頂点に立ったわけではない。堅守、組織力、セットプレー、そして勝負強さ。苦しい試合をものにしながら王者へたどり着いた。

形は違う。だが、22年の時を経て、アーセナルは再びイングランドの頂点に立った。ハイバリーの記憶を背負ったクラブが、エミレーツの時代に新たな優勝の物語を刻んだのである。

<了>

あの日、ハイバリーで見た別格。英紙記者が語る、ティエリ・アンリが「プレミアリーグ史上最高」である理由

運命を変えた一本の電話。今夏490億円投じたアーセナル、新加入イングランド代表MF“14年ぶり”復帰劇の真相

田中碧のプレミア1年目は失敗だったのか? 昨季MVPからベンチ要員へ。それでも復活を果たした挑戦の軌跡

イングランド撃破で得た確信。鎌田大地が示した「新しい基準」と「サッカーIQ」の価値

クロップの強度、スロットの構造。リバプール戦術転換が変えた遠藤航の現在地

この記事をシェア

KEYWORD

#COLUMN #OPINION

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事