「ロボット」が世界一愛されるスターに。ハーランドの評価を変えたワールドカップの1カ月
「ロボット」「機械」「ターミネーター」──。ゴールを量産するストライカーとして知られてきたアーリング・ハーランドは、このワールドカップで別の顔を世界へ見せた。アメリカ人女性に「あなたはノルウェー代表?」と聞かれると、自らを「SNS担当者」と名乗って笑わせる。カウボーイ姿ではしゃぎ、失敗さえ笑いに変える。その姿は、“超人”ではなく、一人の青年だった。世界最高峰の点取り屋は、なぜ今、世界で最も親しみやすいスーパースターになったのか。
(文=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)
「ロボット」と呼ばれた男が見せた笑顔
「あなた、ノルウェー代表のサッカーチームの人?」
FIFAワールドカップの大会期間中、アメリカ人女性にそう尋ねられたアーリング・ハーランドは、涼しい顔で答えた。
「いや、俺は違うよ。SNS担当なんだ」
隣に座っていたYouTube制作スタッフを有名選手に仕立て、自分は撮影側の人間であるかのように振る舞う。さらにハーランドが「大丈夫だよ、みんな」とアメリカ南部風の発音をまねると、「あなた、南部なまりね」と突っ込まれ、「そうだよ、ダーリン」と笑ってみせた。
世界最高峰のストライカーの一人が、本人だと気づかれなかったことを不快に思うでもなく、その場を即興の冗談に変える。今大会のハーランドを象徴する光景だった。
マンチェスター・シティ加入から4年。プレミアリーグで過去3度得点王に輝き、すでにサッカー界では世界的な知名度を誇っている。だが、ここまでイギリスで語られてきたのは、ほとんどが選手としての異常なまでの能力だった。195センチを超える巨体、並外れた加速力、屈強なDFを押しのける強さ、左足から放たれる強烈なシュート──。同じ作業を繰り返すようにゴールを量産する姿から、「ロボット」「機械」「ターミネーター」といった表現が定着した。
もちろん、イギリスでも人気がなかったわけではない。子どもたちの憧れであり、シティの絶対的なスターでもあった。ただ、知名度の中心にあったのは、あくまで得点力だった。ピッチを離れたハーランドが、どんな人間なのか。その素顔まで広く知られていたとは言い難い。
ハーランドの見え方を大きく変えたのが、28年ぶりに母国ノルウェーが出場した今回のワールドカップだった。
「アメリカはハーランドに恋をした」
まず世界を振り向かせたのは、やはりゴールである。グループステージ初戦のイラク戦では2得点。味方が速いクロスを入れると、ハーランドはファーサイドへ全速力で走り込み、身体を滑らせながら左足で押し込んだ。大柄なセンターフォワードでありながら、長い距離を高速で走り、最後はわずかなタイミングのズレもなく合わせる。
セネガル戦でも2得点を挙げ、決勝トーナメント1回戦のコートジボワール戦では、86分に決勝ゴールを奪った。そして、ハーランドの恐ろしさを最も鮮烈に示したのが、ラウンド16のブラジル戦で決めた2得点である。
注目されたのは、アーセナルに所属するブラジル代表DFガブリエウ・マガリャンイスとのマッチアップだった。プレミアリーグでも何度も激しく身体をぶつけ合ってきた2人。そのガブリエウを相手に、ハーランドは先制点の場面で前へ入り、相手をはじき飛ばすようにして空中戦を豪快に制した。クロスに合わせたヘディングには、長身と強靱な肉体だけではなく、先に決定的な場所を取る能力も表れていた。
2点目は、ペナルティーエリアのわずかに外から左足を振り抜いた強烈なシュートだった。少しでも左足を振る空間を与えれば、距離があってもゴールを脅かされる。高さ、速さ、パワー、位置取り、そして決め切る力。ストライカーに必要な武器を一人で備えている恐ろしさが、2つのゴールに詰まっていた。
そのブラジル撃破を境に、アメリカで起きた熱狂は、英メディアの想像をも上回った。
英紙『デーリー・テレグラフ』は「アメリカはハーランドに恋をした」と書き、スポーツサイトの『ジ・アスレティック』は「今大会最大のスターキャラクター」、英BBC放送は「アメリカのどこへ行っても目にする存在」と表現した。
大会序盤にノルウェー代表が拠点を置いたノースカロライナ大学では、公開練習に3500人が集まった。地元の運営担当者によれば、実際には2万人分の観戦希望が寄せられていたという。「ハーランド、9番。お願いだからこのギプスにサインして」と書かれた手作りのボードを掲げるファンもいたという。ダラス・フォートワース空港では、テキサス州警察の警察官たちが地面に座り込み、選手たちを迎えるためにノルウェー代表の代名詞にもなった「バイキング・ロー」を披露した。
アメリカの大手テレビ局も、ハーランドを人気トーク番組へ出演させようと動いているという。テレグラフ紙は「将来、ハーランドがトム・クルーズやテイラー・スウィフトと並んで番組に出演する姿を見ても驚くことではない」とまで伝えた。
欧州のスターにアメリカ人が熱狂した理由
ハーランドはすでに欧州サッカーのスターだった。それでもイギリス側が驚いたのは、従来のファン層を越え、サッカーを日常的に見ていなかったアメリカ人までが、彼を自分たちのスターとして受け入れ始めたことだった。
その人気を世界規模で加速させたのが、自身のYouTubeチャンネルやSNSで見せたピッチ外の姿だ。特にアメリカでは爆発的な人気につながった。ゴールで注目を集め、自らの発信によって新たなファンを増やしていく。ハーランドは、まさに新時代のスターだ。
コートジボワール戦で決勝点を決めた数時間後には、ハーランドはダラス中心部のウエスタン用品店へ向かった。この様子を、YouTubeの制作チームが追っている。
そこでカウボーイハットと、ヘビ革のカウボーイブーツを購入した。ハットには、自身のイニシャルと背番号を組み合わせた「EH9」のロゴを入れた。
「これをかぶって、カウボーイ気分でダラスの街を歩くのが楽しみなんだ」
そう笑う姿は、ワールドカップのビッグマッチを終えたばかりの世界的なストライカーというより、旅先ではしゃぐ一人の若者だった。
しかも、開催国の文化を表面的に利用するのではなく、本人が心から楽しんでいた。「ダラスは最高だ。また必ず戻ってくる。ここの人たちは本当に前向きで、人生を楽しんでいる」と話した言葉も、アメリカの人々には好意的に受け止められた。
またこの日、ハーランドは「Y’all can kiss my Dallas」と書かれたTシャツも着ていた。「Y’all」(ヤール)は「みんな」を意味する、テキサスを含むアメリカ南部特有の言い回しだ。「Kiss my ass(俺のケツでも舐めろ)」という少々下品な決まり文句を、「Dallas」に置き換えたダジャレで、直訳すれば「みんな、俺のダラスにでもキスしてろ」といったところ。地元の人なら思わず笑ってしまうような、テキサスらしいユーモアを楽しんでいた。
SNS上でも、スターらしく完璧に見せようとはしない。
緑色の怪物が主人公の人気アニメ映画『シュレック』のフィルターを使った自撮りを投稿し、「双子とのセルフィー」と自らの容姿を笑いに変えた。自分を『ドラゴンボール』のキャラクター「魔人ブウ」にもなぞらえる。
フロリダ州オーランド(Orlando)の地名を誤って「Ornaldo」と投稿してしまうと、後日、カメラを真っすぐ見つめ、「いつも完璧なお兄さん、お姉さんたちへ。間違えてごめんなさい」と笑いながら謝罪した。そして、アメリカ人女性に話しかけられた場面では、自分を「SNS担当者」と名乗った。
ピッチ上では、相手を無表情に打ち砕く。ところが画面の中では、自分の容姿も失敗も平気で笑いの材料にする。その落差こそが、ハーランドを単なる超人から、親しみを感じられるスターへと変えたのだ。
YouTubeチャンネル再生数の増加率は約535%
もちろん、この人気には周到な戦略もあった。
動画はプロの制作チームによって丁寧に編集され、公開時期や内容もワールドカップに合わせて組み立てられている。ワールドカップ日記の最初の2話は、クリストファー・ノーラン監督の新作映画『The Odyssey』の提供で制作された。
数字も効果を示している。テレグラフによれば、ワールドカップ開幕前の28日間に590万回だったYouTubeチャンネルの再生数は、大会開幕後の28日間で3750万回に増えた。約6.4倍、増加率にして約535%である。アメリカからの視聴は、実に1130%増。カウボーイ姿を収めた動画は、公開から5日間で600万回以上再生された。
ただ、すべてを計算されたマーケティングの産物と見るのも適切ではない。
ハーランドは動画の中で、「人生で一つだけ言えることがある。自分を深刻に考えすぎないことだ」と語っている。「何が起きても笑っていればいい。そんなに深刻になる必要はない。ただ人生を楽しもう」。ワールドカップ中の取材でも、冗談を言い、その瞬間を楽しむことの大切さを繰り返した。
自宅での生活や普段の食事を見せるのも、自分が子どもの頃、プレミアリーグ選手の家や日常を見てみたいと思っていたからだという。制作チームが新しい人格を作り出したのではなく、もともとあった性格を、ワールドカップとYouTubeという舞台が最も効果的に世界へ見せたのである。
さらに、ノルウェー代表で過ごすハーランドは、シティで見る姿とは少し違っていた。クラブでは毎季タイトルを求められ、得点して当然と見られる。しかし、28年ぶりにワールドカップへ戻ってきた代表では、幼い頃から知る仲間たちと、国全体の喜びを分かち合っていた。
ワールドカップが世界に見せた、本当のハーランド
ブラジル撃破後、選手、スタッフ、サポーターが一体となって「バイキング・ロー」で勝利を祝う場面では、主将のマルティン・ウーデゴールが、自ら持っていた2本のドラムスティックをハーランドに手渡し、輪の中央へ促した。世界的なスーパースターでありながら、自ら前へ出ようとはしないハーランドを、仲間が自然と祝福の中心へ押し出した。『ジ・アスレティック』が、「この1カ月ほど幸せそうなハーランドを見たことがない」と伝えたのも、そのためだ。
これまでイギリスの人々が見ていたのは、仕事としてゴールを決めるハーランドだった。今大会で見えたのは、仲間とサッカーをする喜びを隠さないハーランドだった。
準々決勝のイングランド戦では、体調不良や負傷の可能性も指摘され、本来の動きを見せられないまま無得点に終わった。ノルウェーの快進撃もそこで止まった。それでも、アメリカや世界各地で生まれた熱狂まで消えたわけではない。
マンチェスターへ戻れば、再び彼にはゴールが求められる。シティの9番として、ネットを揺らす姿も変わらないだろう。ただ、スタンドや画面の向こうから彼を見る人々の目は、以前と同じではない。
ワールドカップでハーランドが得たのは、7得点という数字だけではなかった。ゴールを決める機械のように見えた男は、笑い、仲間を祝い、自分自身を冗談の種にする。人間らしい姿によって、世界で最も親しみやすいスーパースターになった。
<了>
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