
日本スポーツ界で遅れる“放映権ビジネス”の最新事情。米国との決定的な差とは?
コロナ禍の影響で深刻な状況に直面しているスポーツ界において「OTT」の存在が注目を集めている。OTTとは「オーバー・ザ・トップ」の略で、インターネットを介したコンテンツ配信サービスの総称だ。アメリカではすでに「乱立するほど活発」なこのサービスは日本のスポーツ界においても非常に大きな可能性を秘めている。多様化する次世代スポーツビジネスに求められる“動画コンテンツ活用術”とは。
(文=曽根圭輔、写真=Getty Images)
日米スポーツビジネスの差を埋める救世主? OTTの存在
コロナ禍がスポーツビジネスに大きな打撃を与えているのはいうまでもない。無観客や観客数上限などの制限によって、これまで多くの競技で収益の柱としてきた試合の入場料収入は大きく落ち込み、競技との接点の減少による人気低下や新規ファン獲得の停滞が懸念されているところだ。
そうした苦境に直面し、各競技のチームや運営団体が、収益化やファン獲得の新たな手段を模索する中、有力な打開策として期待されているのがインターネットとテクノロジーを駆使した動画配信サービスだ。これまで一般的だった地上波やケーブル放送などでの映像配信から進化した「OTT(オーバー・ザ・トップ)」と呼ばれ、高速通信やスマートフォンなど端末の普及により急速に広まっており、①デバイス間を自由に行き来できる(スマホからTVなど)、②パーソナライズレコメンデーション(ビッグデータによってユーザーへ最適な動画を自動的に推薦)、③配信方法や課金方法が設定できるなどD2C型(消費者向け直販)のビジネスを展開できる特徴がある。
スポーツのライブ配信では、DAZN、Hulu、TVerなどが有名だが、そういった大手によるサービスだけにとどまらず、チームや運営団体が自前のOTTサービスを持ち、試合の生中継や番組を配信するケースは日本でも増えてきている。
例えば、プロ野球パ・リーグ6球団の共同出資会社が運営する「パ・リーグTV」は月額1595円で公式戦のライブ配信、特集動画、ニュースなどが見られる。他にバレーボールVリーグの「V.TV」、プロレスの「新日本プロレスワールド」などさまざまなジャンルのスポーツでOTTサービスが始動・普及してきた。
とはいえ、まだまだ日本VSアメリカの構図でスポーツコンテンツの価値(バリュエーション)に大きなギャップがあるのは、このスポーツコンテンツをマネタイズする力の差がそのまま表れているといえる。
「露出を増やす一番の目的はスポーツの価値を高めること」
日本での成功事例として挙げられるのは、スポーツのライブ配信事業などを手掛ける「rtv」がアメリカンフットボールの競技団体と協業で運営しているアメフト専門動画メディア「アメフトライブ by rtv」だ。2012年、時代に先駆けて開設し、関西学生アメリカンフットボール連盟との協業で関西学生リーグ全試合の無料ライブ配信をメインコンテンツとして提供。サイト閲覧数(PV)は、昨年こそ試合の中止や延期に伴って一時減少したものの、初年の約93万PVから毎年約120%ずつ増やして2019年には約246万PVと、成長を続けている。
自前のOTTサービスを始めたきっかけは、競技人気低下への危機感だったという。rtv代表取締役の須澤壮太氏は経緯をこう振り返る。
「観客数がどんどん減っていることを危惧した連盟側から、もともと大学時代にアメフトのライブ配信の経験があった私に声を掛けていただいたのがきっかけです。すぐに事業化するというより、大手メディアに取り上げられないところを表に出すことにやりがいを覚え、ファンを増やして市場を大きくすることを意識してきました」
しかし、単に試合のライブ配信をすれば自然と裾野が広がるというわけではないだろう。アメフトライブでは、既存のコアなファンだけではなく、新規ファンを呼び込むべく、当初からわかりやすさや臨場感を備えた映像のクオリティーにこだわってきたそうだ。須澤氏は続ける。
「機材や予算に限りがある中でも、テレビ局レベルを目指そうと思ってやってきました。最低限の解説・実況やテロップ、カメラ台数がなければ、コアなファンしか見ないだろうと考えて、質を高めるために試行錯誤を重ねてきました」
さらに、アメフトライブの成長の背景には、自らの映像コンテンツを多様な方面に活用できている点がある。まず試合のライブ配信は無料視聴とし、広告枠で収益を得ている。試合後のアーカイブ動画を月額1200円の有料会員向けに展開するとともに、録画したブルーレイディスクも販売。「ユーザーのニーズはさまざま。ブルーレイはサブスクリプションに比べて割高だが、選手の保護者らを中心に一定の売り上げがある」という。
加えて、BtoB(企業間取引)も行う。ケーブルテレビ(CATV)やCS放送などの配信事業に権利を販売したり、試合直後にハイライト映像を編集して地上波のテレビ局に提供したりしている。得点シーンやインタビューの一部といった映像を切り出してSNSやYouTubeに配信するマーケティングにも注力する。これは若い世代のファン拡大のためにも効果的だという。
「露出を増やす一番の目的はマネタイズではなく、連盟とともに関西学生リーグやアメフト、そしてスポーツの価値を高めていくということです。そうすれば、おのずとファンがついて事業としても成り立っていくと考えています」
ここでの成功要因は、ハイクオリティーコンテンツをレバレッジ化(複数プラットフォームで配信)することである。
OTTを活用する3モデルで最もあるべき姿「ハイブリッド型」
どのスポーツでもアメフトライブのやり方に沿ってOTTサービスを運用すれば成功できるのだろうか。
OTTサービスの活用方法について、動画配信のプラットフォームを提供している「ブライトコーブ」のマーケティングマネジャー大野耕平氏に説明してもらおう。
大野氏によれば、OTTには、サブスクリプション型(定額課金型)、広告型、ハイブリッド型の大きく3種類のモデルがある。アメフトライブがサブスク型と広告型を組み合わせていたように複数を扱うサービスも多い。その上で、大野氏は競技の人気やファンの熱量を踏まえてモデルを選ぶべきだと話す。
「例えばですが、野球や競馬、プロレス、ゴルフ、釣りなどのコアなファンがいる人気ジャンルならサブスク型でもユーザーが得られるかもしれません。一方で、マイナー競技やコアなファンがすくない場合、サブスクの場合でも価格を低く設定したり、広告型にして無料視聴できるようにする必要が出てきます。コンテンツの種類によって展開の方法を変える必要があるということです」
チームや運営団体が自前のOTTサービスを持つメリットは、広告や課金の収益だけではない。大野氏はD2Cの重要性を強調する。
「データが『現代の石油』といわれているように、ユーザーの属性や好みなどを細かく把握できるのが重要なポイント。データをもとにすれば、よりパーソナライズされたサービスや広告を提供できます。グッズの販売などのアップセルにも生かせます。既存のサービスに配信すれば楽ではありますが、そのような細かいデータが把握できませんし、D2C型のビジネスがいつまでたっても展開できません。骨太な運営を目指すならば、独自のOTTサービスを持ちながら、配信先として既に多数のユーザーを持つ既存の動画配信サービスを活用するのが本来のあるべき姿ではないでしょうか」
GAFAの一角が大きな影響力を示すアメリカの事情
少し視線を海外に向けてみよう。OTTサービスが「乱立するほど活発だ」(大野氏)というのがアメリカだ。アメリカ・ブライトコーブのマイク・グリーン氏によると、NBA、NFL、NHL、MLBの4大スポーツリーグではそれぞれOTTサービスを展開。この影響でTV視聴率は下落したがスポーツコンテンツ放映権料は年々上昇しているという。それ以外のゴルフや釣り、モータースポーツなどでも多くのファンをつかみ、「大きな成功を収めている」。
さらにアメリカでは、このコンテンツ業界でもGAFAの一角であるアマゾンが大きな影響力を示しておりプレミアリーグ、一部のNFLの放映権を次々と従来の権利ホルダーから次々と買い取っているそうだ。
大野氏が指摘するのが、日本とアメリカにおける、チームや運営団体の「放映権」に対する意識の差だ。
「アメリカでは、放送局や配信プラットフォームに対してスポーツ団体側に主導権があるといえます。MLBのように自社のOTTプラットフォームを持つ団体もあります。なぜなら放映権がビジネスの核であることを知っているからです。独占放送という形態もありますが、幅広く放映権を売って収益化している団体もいます。一方、日本では自前のOTTサービスが少しずつ増えてきましたが、スポーツ団体側の主体性が未だ低いのが課題の一つでしょう」
またアメリカ内で東京五輪放映権を持つNBCユニバーサルのCEOは、これまでに類を見ない7000時間を放送するとして「過去最高の利益となる可能性がある」と言及しています。
OTTサービスを展開するチーム・運営団体は今後、国内でもますます増えると見込まれる。その普及により、ファンや既存メディアとの関係性に変化が生じるばかりではなく、スポーツビジネスのあり方そのものを大きく転換させる可能性もあるだろう。注目が集まる。
<了>
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PROFILE
曽根圭輔(そね・けいすけ)
1977年生まれ、神奈川県出身。Story Design house GM、XPJPプロデューサー。広告代理店等でスポーツマーケティングなどの業務に従事。i-NNOディレクター。週末はラクロスをこよなく愛し、子どものサッカーコーチ。グロービズ経営大学院MBA、スポチュニティ・アンバサダー。
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