なぜ楽天×ステフィン・カリーの取組みが全米で称賛されるのか? アスリートの価値最大化のために大切なこと

Business
2021.04.28

トップアスリートが目指す舞台はいつでも“世界”だし、スポーツビジネスの国内市場の拡張性も限界が見えている。故に、スポーツで何かを成し遂げたいと考えている日本人のアスリートやビジネスパーソンは海外に目を向ける必要があることは疑いようがない。
本企画では、『アスリートのためのソーシャルメディア活用術』の著者・五勝出拳一氏が、海外スポーツやアスリートのスポンサーシップやSNS発信、ビジネスや社会活動に関する海外で話題になっているトピックスをクローズアップし、これからのアスリートはどうあるべきか? また、ビジネス界から求められるアスリートになる方法について探る。
今回は、ゴールデンステート・ウォリアーズで活躍するNBAきってのスター選手ステフィン・カリーと楽天のパートナーシップに注目する。

(文=五勝出拳一、写真=Getty Images)

楽天がNBA界の大スター、ステフィン・カリーとタッグを組んだ興味深いプロジェクト

ステフィン・カリーは“歴代最高の3Pシューター”と名高いNBAのスター選手であり、3度のNBAファイナル優勝と2度のMVPを獲得している稀代のポイントガードである。オハイオ州で生まれ、2009年にゴールデンステート・ウォリアーズからドラフト7位指名を受けた彼は、以来同チーム一筋12年を貫いている。またプロバスケットボール選手以外の顔として、投資家や事業家、社会活動家として子どもたちへあらゆる機会提供を行うなど、多方面での活躍を披露している。

その圧倒的なプレーやカリスマ性に加え、Instagramのフォロワー数3300万人を超えるファンからの圧倒的な支持はグローバル企業にとっても魅力的であり、インターネットショッピングモール「楽天市場」などを運営する日本のIT企業・楽天(Rakuten)もまた彼とパートナーシップを結ぶ企業の一つだ。

楽天は2017年9月、彼が所属するウォリアーズに当時のNBAジャージスポンサー史上最高額でパートナーシップを結んだ。カリー本人とのパートナーシップ締結は2019年1月になる。アメリカ本土での認知拡大を目的に2019年にカリーとパートナーシップを結んだ楽天だが、カリーと共に非常に興味深いプロジェクトを複数進めていくことになる。

まず初めに取り組んだプロジェクトがUnderrated Tourだ。

“過小評価されたツアー”「Underrated Tour」が注目を浴びたワケ

Underrated Tourの直訳は「過小評価されたツアー」。NCAA(全米大学体育協会)入りを目指している3つ星以下(※1)の高校生バスケットボーラーを対象に、まだ脚光を浴びていない若い選手にも成長するチャンス、自分の能力をアピールする場を与えたいというコンセプトのもと、バスケットボールキャンプ Underrated Tourが2019年1月より全米で実施されることとなった。

(※1 米有力スポーツメディアESPNが公表している高校生選手の「リクルーティング・データーベース」に掲載されているのは、5つ星と4つ星の選手のみ。NCAAが発表したデータでは、同協会に登録する高校の選手がNCAAの最高リーグDivision1でプレーできる確率はわずか約1.0%)

このプロジェクトを始めるにあたっては、その企画内容に関してカリーの過去の経験やストーリーが大きく影響を与えている。今となっては誰もが知るスター選手のカリーだが、彼の高校時代の評価は星3つで、未来のスタープレーヤー100人リストにその名前はなかった。そうした境遇からチャンスをつかみ、頂点まで這い上がってきたからこそ、このUnderrated Tourは楽天にとってだけでなく、カリー本人にとっても非常に重要なプロジェクトとなっている。

世の中に目を移すと、有色人種に対する差別や暴力に抗議するために試合前の国歌斉唱中に起立することを拒否したことで、現在に至るまで事実上NFLから追放されているコリン・キャパニックを起用したナイキの広告キャンペーン(※2)に代表されるように、近年はアスリートが伝えたいメッセージを企業が広く代弁するようなコミュニケーションが目立つ。そして、楽天とカリーのパートナーシップはここからさらに踏み込んだ内容になっていると筆者は感じている。前述のUnderrated Tourに加え、以降にて紹介するA Gift of Joyのアクティベーションは思うに、理想的なスポンサーシップの在り方の一つだ。

(※2 コリン・キャパニックを起用した広告は、2018年9月に発表された『Just Do It』30周年記念キャンペーンのメインビジュアルで、キャパニックの顔写真の上に“何かを信じろ。たとえそれで全てが犠牲になるとしても(Believe in something. Even if it means sacrificing everything)”とメッセージが掲載された。アメリカで最も権威ある広告・マーケティング誌として知られる「アドバタイジング エイジ(Advertising Age)」の最優秀マーケティング賞に選ばれた)

感動を届けるだけではない、アスリート本人が発信をする意義

2020年末に楽天とカリーが新たにローンチしたプロジェクトがA Gift of Joy。世界中が新型コロナウイルスに苦しむさなか、ボランティアとして地域のコミュニティに多大なる貢献をしている人へギフトを届けるこのプロジェクトは、彼のファンのみならず多くの人から共感を集めている。A Gift of Joyのアクティベーションの様子はカリー本人のYouTubeチャンネルで全4話配信されているので、ぜひチェックしてみてほしい。

A Gift of Joyの第1話では、アメリカ・オークランドで地域住民に食事を配給しているボランティアチームのもとにカリーが足を運ぶ様子が配信されている。カリーは、自分が新型コロナウイルスの影響でフルタイムの仕事を失ったにもかかわらず週3回ボランティアに従事している女性をたたえ、1万ドルの寄付金とサイン入りのユニホーム、さらには別のエリアへ食料を配送するのに必要な輸送トラックを同ボランティアチームへプレゼントしている。

このプロジェクトについてカリーは「A Gift of Joyは視聴者にただ感動を届けるだけじゃなくて、この苦難を乗り越えるためにはみんなが周りの人を助けようとすることが大事だって広く伝えたかったんだ」と発言しており、助け合いの連鎖の起点をつくろうとしていることが分かる。

またA Gift of Joy は「バスケットボール選手として認められるようになるまで、僕は決して思いどおりにいくことばかりじゃなかった。だけど、たくさんの人が見返りを求めず励ましてくれたり、自信を持つきっかけを与え続けてくれたからこそ、今僕はここにいる。だから、みんなに還元していきたいんだ」と、カリー本人が公言しているように、彼自身がさまざまな人から受けた無償のサポートに助けられて成長してきた過去のストーリーに沿った活動を行っている。

加えて、A Gift of Joy の動画含めYouTubeや各種SNSにて配信されているコンテンツは、カリー自身が共同創業者であるコンテンツ制作会社Unanimous Mediaにて自主制作している。

マーケットニーズが高いアスリート個人のメディア化は、昨年一挙にYouTubeスターに名乗りを上げた格闘家の朝倉未来選手のように今後日本でも一層進んでいくだろう。朝倉未来選手を筆頭に、アスリート個人が映像制作〜配信機能を備えたスモールチームを持つ事例は、特に格闘技界を中心に広がり始めている。

前述のUnderrated Tourに続き、このA Gift of Joy もカリーの価値観やストーリーを真摯(しんし)にくみ取って形にしている楽天の企画力と実行力は目を見張るものがある。

スポーツの灯を消さないために、これからのアスリートたちが考えるべきこと

SNSが浸透し、今や発信者とファンコミュニティが相互かつダイレクトにつながることができるようになった。その中で、企業がトップアスリートやアーティストなど、多くのファンを抱えるインフルエンサーとタッグを組んでメッセージを発信する際には、彼らの主義主張と合致していることが必要不可欠だ。なぜなら、インフルエンサーが常日頃発信しているメッセージと企業が発するメッセージにズレが生じた場合、ファンは強い違和感を覚えるからだ。つまり、アスリートと企業が伝えたいメッセージは、うそ偽りなく合致している必要がある。

起用するインフルエンサーの主義主張が明確であればあるほど、起用する企業側は深くインフルエンサーのことを理解しなければならないし、そもそもビジョン・ミッション・バリューが異なるインフルエンサーを起用してしまった時には双方のブランドおよび信用を毀損(きそん)することにつながりかねない。その点、楽天はカリーの持つ価値観をアクティベーションにうまく落とし込み、彼のファン層にアプローチすることにも成功している。

カリーと楽天のパートナーシップは、両者の持っている価値観が深く共有された上でアクティベーションが実施されていることがうかがえるが、一方でアスリートやチーム・競技団体へスポンサードした金額に見合うアクティベーションが実施できていない広告主が多く存在することも事実だ。コロナウイルスの影響を受け、スポーツへのスポンサードを打ち切る企業も増えてきたが、十分なリターンが見込めない費用は当然削減対象になり、今後アスリートやチーム・競技団体へスポンサードする企業の全体広告予算は縮小していくことが予想される。

アスリートへのスポンサードを検討する際、これまでは競技成績の良し悪しがスポンサードの判断基準になってきた。しかし、必ずしも競技成績が良いからといってアスリートがスポンサー企業の業績向上に直接貢献できるわけではない。それでも競技で結果を残すことこそがアスリート自身の価値を高める有力なアプローチであることに変わりはないが、活動資金を十分に稼ぐことができなければ世界と戦う競技環境を整えることはできない。

その意味でも、競技とビジネスはもはや言うまでもなく両輪で強化していかなければならず、東京五輪閉幕後に訪れるであろう予算縮小トレンドを鑑みても「自らの価値が何で、どのような手法で具体化することができるのか」をアスリートは真剣に考える必要がある。

その状況下でアスリートがスポンサーから選ばれるために重要なポイントは、ビジョンおよび提供価値の可視化とアクティベーションが実施可能な体制づくりである。世界で6番目に稼ぐアスリートのカリーと単純比較することはできないが、圧倒的な競技力(コート上でチームの勝利に貢献できる能力)に加えて、彼は日頃から明確なビジョンをSNSや各種メディアで発信し続けている。また競技生活と並行して複数のスポンサー企業と最適なアクティベーションを実施しつつ、投資判断や社会活動、映像コンテンツ事業の推進を行っている。ピッチ内外でこれだけインパクトのある活動をカリーが継続できるのは、世界トップの競技力に加えて彼を支えるビジネスチームの存在が非常に大きい。日本においても競技外の各領域のスペシャリストとアスリートが手を組む事例は増えていくのかもしれない。

コロナ禍で日本のみならず全世界のスポーツ産業が大きなダメージを受けた。スポーツの灯を消さず、再びスポーツの熱狂が日常に戻ってくることを信じてチームおよび競技団体のスタッフは今も試行錯誤を続けているが、アスリートもまた最高のプレーだけでなく、チーム・競技団体やスポンサー企業に対して実利を還元する能力を求められるようになる日が近い将来やって来るのだろう。

<了>

参考記事:
Stephen Curry Hoping to Inspire Positivity with New Series Giving Back to COVID Volunteers
Rakuten Launches Partnership with Stephen Curry
Stephen Curry and Rakuten Deliver ‘A Gift of Joy’ to Volunteers
SC30, Inc – Stephen Curry

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