スタジアムはSDGsの最前線?省エネに反する存在? スポーツが「その先」を目指す理由

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2021.06.11

“日本初のSDGsアリーナ”をうたうプロジェクト「神戸アリーナ」を始め、SDGsをプロジェクトの根幹としたスタジアム・アリーナ計画が次々と発表されている。スポーツ施設はなぜ社会課題と向き合い続けるのか。自身も数々のスタジアム設計に携わる上林功氏は「スタジアムそのものが省エネに反していることに頭を抱えたことがある」と語る一方、「スポーツとSDGsとは極めて相性がいい」と話す。

(文=上林功、写真=Getty Images)

なぜスポーツとSDGsは相性がいいのか?

SDGsという言葉を至る所で見るようになりました。2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals」の頭文字をとったもので、さまざまな社会課題への取り組みについて17の目標を掲げています。2030年を期限にしていることもあり、多くの国で急ピッチにさまざまな取り組みが行われる中、スポーツにおいてもSDGsへの取り組みが次々と発表されています。スポーツを通じた多様性や全員参加の社会の実現、スポーツボランティアを通じた地球環境への配慮や省資源への取り組みなど、草の根活動から競技団体やリーグからの行動方針に至るまでさまざまなプロジェクトが立ち上がっています。

スポーツは社会や産業との接点が多くあるとともに、関わる人がたくさんいることはこのような取り組みに少なからず影響を与えているといえるでしょう。特にさまざまな社会課題を解決した「その先」を目指す上でスポーツとSDGsとは極めて相性がいいのです。今回はスタジアムやアリーナにおける取り組みを見ながら、SDGsが目指す先について考えたいと思います。

スポーツ施設は存在そのものが環境負荷の固まり?

国内でのSDGsを意識した身近な取り組みとしては、コンビニなどの小売店でのビニール袋有料化が挙げられます。限りある資源である化石燃料を原料としたビニール袋の使用量を削減することで、地球環境に寄与しようとする考えです。袋を使わなくなったことで両手に持てるだけのモノしか買わなくなって無駄遣いが減り食品や物品のロスが減った、なんてところまで意識した政策であればスゴいのですが、目の前のプラスチック製品を減らすことに躍起になっているだけのようにも思えます。

SDGsは単なる省エネ・環境問題の解決ではなく、17の目標をもって「5つのP」に寄与することが掲げられています。「Planet(地球)」、「Peace(平和)」、「Partnership(連帯)」、「Prosperity(豊かさ)」そして「People(人間)」です。「人間」に対する寄与なんて一見エゴイスティックにも聞こえますが、人間自身の幸せや繁栄につながる取り組みとして、持続的に行うことのできる環境や社会全体の関係性に視野を向けた取り組みこそがSDGsの最大のポイントです。

日本では1990年代から先んじて環境問題に取り組んでおり、国体に利用されるスタジアムや体育館においてもさまざまな省エネ方策が取られてきました。一方でこうした取り組みが現在のSDGsにうまく当てはめにくい点として、従来の環境対策はおおむね数値目標をクリアするための省エネ方策であり、その先にある「人間」の将来像や目指すべき社会の姿が具体的に示されていなかったことに問題があります。

これらの方策は特にSDGsの前身であるMDGsが発信された2000年代、太陽光発電や風力発電、井戸水の利用や地中の熱源利用など大小さまざまな規模の方策が組み込まれ、当時のスポーツ施設提案は省エネ利用の見本市のような様相を呈していました。それというのもスポーツ施設は大量のエネルギー消費を伴う建設工事や大空間の空調負荷・大規模照明装置など存在そのものが環境負荷の固まりのようなものであり、計画要件にも自然環境配慮が必ず組み込まれ、まるで贖罪(しょくざい)のように環境問題に取り組んでいた面があります。

目先の数値目標だけを追い求めた「人間」不在の省エネ対策は時に目的と手段が入れ替わります。コンビニのビニール袋を使わせないことやスタジアムでの環境負荷低減は目的ではなく手段のはずです。それらを行った上で「人間」にとってどんな幸福な社会が得られるかが目的であるはずが、それはそれ、これはこれとしてひとまずの目先の目標数値をクリアしようと頑張る姿は20年前から変わっていないのかもしれません。

日本の技術力が世界基準であることを示す緑化事例

とはいえ、国内のスポーツ施設での環境配慮のすべてがすべて数値目標だけを追い求めたものではないことは確かです。例えば緑化は身近なSDGsといえます。17の目標そのものでもありますが、自然環境配慮を行いつつ人の心を癒してくれる緑化は「人間」のための社会には欠かせないものです。国内の多くのスポーツ施設ではスタジアム周囲を緑化し、心地の良いスポーツ環境として整備してきました。ランニングロードや運動公園、広域の緑化推進においてスポーツ環境の構築の寄与は決して少なくありません。

また、スタジアムそのものが大規模であることから、施設そのものを緑化する例も多く存在しています。例えばスタジアムやアリーナの大規模緑化提案として記憶に新しいものとして新国立競技場のデザインコンペ最終11案に残った通称「古墳スタジアム」とも紹介された建築家・田根剛さんの提案があります。競技場を覆う屋根全体を緑化してまるで古墳のようにした提案は本当にできるのか?という点でも注目を集めましたが、実のところ先行事例があります。

1996年完成の丸善インテックアリーナ大阪(大阪市中央体育館)や2002年完成の京都アクアリーナなどアリーナの屋根に軽量土壌を載せることで高木の植樹も可能な屋上緑化を達成し、屋内の熱負荷を抑える環境負荷低減を行っています。街の中に現れた大きな緑の丘のような建物であり、施設屋上が緑化された公園として使用されています。京都アクアリーナについてはIOC(国際オリンピック委員会)傘下のIAKS銀賞を受賞するなど国際的にも高い評価を受けており、日本のスポーツ施設における高い技術力が生んだ豊かな社会環境は十分世界水準に到達していることがわかります。

スタジアム・アリーナで行われる多様な取り組み

「人間」と社会との接点となるスタジアムでは、緑化だけにとどまらないさまざまな施策を検討することが可能です。イングランドサッカーのエヴァートンFCの新スタジアム計画ではSDGsに配慮した多様な施策が提案されています。環境問題に対して、海洋プラスチックの再利用による樹脂製観客席の導入や大規模太陽光発電などのほか、スタジアムができることによる地域への雇用創出やエネルギーステーションを完備することによる電気自動車の普及貢献など、単なる施設にとどまらない社会資本としての多様な役割を意識した機能が盛り込まれることで持続可能な地域への貢献を提案しています。

スタジアムにおけるSDGsの取り組みの特徴としてその多様性が挙げられ、自然環境配慮にとどまらない社会課題連携にスポーツとの協調があります。そういった意味では一見環境に配慮しているように見えても総体として疑義が投げられる場合もあります。フォレストグリーン・ローヴァーズの「エコパーク・スタジアム」は新国立競技場で白紙撤回を受けたザハ・ハディド・アーキテクツの設計による木造スタジアムです。カーボン・ニュートラルを意識した化石燃料材料にできるだけ頼らない建設計画となっており、自然環境配慮型のスタジアムとしてプロモーションされましたが、一方でファンからはスタジアム計画地が郊外にあり自動車移動によって環境への負荷が増すとの批判が寄せられました。

スポーツ環境としてスタジアムやアリーナに求められている社会への波及は、自然環境配慮のような直接的な取り組みではなく、スタジアムやアリーナでの共有を通じて得られる連携や体験かもしれません。2021年、バスケットボールBリーグの名古屋ダイヤモンドドルフィンズが国内初の「スポーツを通じた気候行動枠組み」の国連認定団体の一つとして加わりました。チーム自身による取り組みもさることながら、これらの環境への取り組みに対して地域企業とプロスポーツクラブが一緒になって活動することで地域全体の課題解決につながるパートナーシップの重要性を示しています。こうした地域協働の拠点としてアリーナが機能することも考えられるでしょう。

ほかにも地域共創的な取り組みにスタジアムやアリーナを活用する事例は増えており、協力企業との共同創造空間を標榜する「エスコンフィールド北海道」や港湾緑地のにぎわい創出にスポーツを生かした「神戸アリーナ」などSDGsの視点に通じる横断的な社会課題解決はスタジアム・アリーナ計画に必須となってきているともいえます。

ハコモノ行政批判を経て、SDGsの最前線へ

重要なのはキャッチーな環境対策ではなく、総合的な「人間」と社会の関係構築であることがわかります。私自身も過去にスタジアム設計者として省エネにこだわる中で、スタジアムそのものが省エネに反していることに頭を抱えたことがあります。環境負荷の低減に最大限の努力をすることはもちろん必要ですが、目指すべき社会像を描けなければやはり目的と手段を取り違えてしまうのだと痛感しています。

いまやスタジアムやアリーナはスポーツが社会と共存する接点であるだけでなく、多くの人が集まり「人間」と社会に対する課題解決の舞台として機能し始めています。ハコモノ行政との批判を受けた時代を経て、環境問題やSDGsへの取り組みを行う最前線として見なされつつあります。施設建築にとどまらない「ビルト・エンバイロメント」といわれる業界全体の環境構築への捉え方とスポーツとの共創的な取り組みがうまく噛み合ってきたともいえるでしょう。

こうした背景には1990年代からの国内建築業界の積極的な環境配慮施策があり、日本建築学会を中心とした地球環境・建築憲章(2000年)や地球温暖化対策アクションプラン(2015年)など、環境に対する影響を目の当たりにしている業界だからこその強い問題意識を見ることができます。特に現在のSDGsにもつながる取り組みとして、2000年の段階で建築関係4団体による四会連合による連携体制が挙げられます。SDGsの17の目標に「パートナーシップで目標を達成」が掲げられていますが、建築業界では21世紀の始まった当初から研究から現場に至るすべての関係者が一体となる取り組みが行われてきました。これらの連携があったからこそ、知見の共有や協働体制、誰かに不利益を押し付けない全員参加での取り組みが実現できたといえます。

現在、スポーツ界でも新たなSDGsへの取り組みが盛んに模索されています。今後もこれらの取り組みと建築とのシナジーはスタジアムやアリーナなどのカタチとなって生み出されることを期待してやみません。一方、こうした取り組みを持続的に行う上でスポーツ組織個別に行うにはどうしても限界があります。リーグや競技協会、もしくは競技の壁を超えたトップリーグ連携やJOC(日本オリンピック委員会)などのNF(国内競技連盟)が音頭取りをしながら今一度スポーツによる社会課題の解決手段をみんなで考える機会が必要と考えます。

今後もさまざまな取り組みが考えられますが、まずは手近なところで自分自身が行動を起こすことが大切です。私自身はスタジアムやアリーナなどを通じて、地域とともにある「人間」の幸福な関係をスポーツで達成することをまずは目指したいと思います。

<了>

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PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチをおこなう。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。

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