新国立は「時代遅れ」になる? カギとなる「街と一体化」は欧州最新スタジアムでも

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2019.12.22

スタジアムはそもそも建築ではない?

この問いの先に「都市化するスタジアム」像が見えてくる。

Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)などこれまで数々のスポーツ施設を手がけてきた「スポーツ×建築」の専門家・上林功氏が、幻の新国立競技場ザハ案や、最新のヨーロッパのサッカースタジアムの潮流を例に挙げながら、都市型スタジアムとは何かを紐解く。

(文=上林功、写真=Getty Images)

ザハ案は道路と一体となった画期的な「都市型スタジアム」

2012年に行われた「新国立競技場基本構想国際デザイン競技」では国内外から46の作品が集められ、ザハ・ハディド女史による案が最優秀として選出されました。その後、ザハ案については紆余曲折のなかで白紙撤回された残念な経緯があります。撤回の主な理由としては総工費が膨らんだことや施設の大きなボリュームが神宮外苑の街並みにそぐわないといった意見が見られました。多くのメディアで取り上げられたザハ案の特徴的な姿は「宇宙船」だとか「自転車のヘルメット」だとか言われていましたが、上空から見た全景はもともと比較しやすいようコンペ選定に合わせて作られたもので、別の視点からの完成予想図を見るとまったく違うイメージのものでした。

ザハ案の提案書のなかでもひときわ大きく扱われていた完成予想図は宇宙船のような異物というより、道路や歩道などを取り込んだ、どこからが敷地でどこからが建築かわからないような有機的な姿をしています。ザハ・ハディド女史の建築作品は、前衛的なその形に意識が向きがちですが、初期作であるヴィトラ社のファイヤーステーション(1993)、アウステルラングパビリオン(1999)や、BMWライプツィヒ工場セントラル・ビルディング(2005)、イタリア国立21世紀美術館(2010)など、道路や歩道がいつの間にか建築と一体化するような「都市化する建築」を残しています。こうした人や自動車の流れを建築では「動線」と言いますが、ザハ案は都市の動線と構造とスタジアムが一体となったこれまでにない都市型スタジアムの提案であったと言えます。実際にコンペ時のパネルを見てみると、東京五輪に合わせて詳細な動線計画が行われており、必ずしも奇をてらっただけのスタジアムではなかったことがわかります。

「施工図ってなんですか?」ビックリした施工者からの回答

スタジアムはそもそも建築ではないと言われることがあります。もともと「土木」の分類に入り、道路や公園、土手やダムといったものの仲間として扱われていた歴史的経緯があります。現在も自治体によっては建築の担当課ではなく造園関係の部署がスタジアム建設を担当したり、ときには一つのスタジアムの中でグラウンドは土木課、観客席スタンドは建築課と担当課が複数にわたる現場もあります。

これは実際に施工する工事側にもいえることで、あるスタジアムの現場管理を担当した際に、施工者に施工図の作成を指示したことがありました。施工図とは建築の設計図を元にした現場で作る最終確認のための図面で、施工者自身が自分たちの施工方法を反映させた詳細図を作成します。ところが、そのときの施工者からは「施工図ってなんですか?」との回答が返ってきてビックリ。そのときの担当者はいわゆる土木の実務者で、施工図を作る習慣がなかったために設計図通りに工事を進めようとしており、急ぎ体制の見直しをお願いしたことがあります。

「建築」と「土木・造園」の合いの子であるスタジアムは計画が難しい、というだけでなく、そもそも建築だけの視点ではいけないのではとの戒めを与えてくれます。ザハ案が都市の動線と構造とスタジアムが一体となったこれまでにない都市型スタジアムであったように、土木的な都市計画と一体となったスタジアム計画が必要ではないかとの疑問にぶつかります。

近年のヨーロッパのサッカースタジアムの潮流

近年、ヨーロッパのサッカーリーグにおけるスタジアム計画に微妙な変化を感じています。2006 FIFAワールドカップに使用されたブンデスリーガ(ドイツ)のアリアンツ・アレーナ(2006)やラ・リーガ(スペイン)のアスレティック・ビルバオのホームスタジアムであるサン・マメス(2013)など2000年代に計画されたサッカー専用スタジアムの多くがグルっと四方の外壁を囲み壁の圧迫感を無くすことや、壁に囲われたスタジアム内の様子がわかるようにフィルム膜で覆った外壁にLEDによる照明を当てるなどの意匠的な処理が行われていました。これには気候的な理由があり、秋春制の導入による冬の寒風を防ぐ意味から、外壁で覆わなければならないところからきています。

一方、2010年代に入ると、リーグ・アン(フランス)のボルドーのホームスタジアムであるヌーヴォ・スタッド・ド・ボルドー(2015)や、ラ・リーガのFCバルセロナのホームスタジアムであるカンプ・ノウの改修計画(2016年に始動)では、スタジアム外周部に大きく張り出したスタンドや庇(ひさし)により、軒下のオープンスペースが設けられ、スタジアムの周囲が単純な壁ではなく、都市との中間領域として機能するようになりました。これまでのスタジアムは外壁に覆われ、街の中に鎮座する大きな塊であったのが、軒下空間を介して周辺の都市環境との関係を積極的に持つようになったのです。

これは微妙な変化です。また必ずしもヨーロッパ全域にわたるようなトレンドではありません。その上で、バルセロナが四方をカラフルな壁で囲んだ改修案を白紙撤回してまで新たに外周コンコース案を選んだことは無視できないかもしれません。2007年に改修に関するコンペを行い、世界的建築家ノーマン・フォスターが出した計画案は、赤、黄、青、白の菱形のパターンが外壁を埋め尽くす案でした。のちにこの案は白紙撤回され、新たな案は、都市との関係を持ちながらスタジアムの内外にわたって利用者が見える、見えるだけでなく機能的にも街とつながるようなスタジアムの構成になりました。形こそ違え、都市とスタジアムが一体となるザハ案と同じような考え方と言えそうです。

参考URL:日建建設「新カンプ・ノウ計画」

新国立競技場は「新時代のスタジアム」となれるか?

マツダスタジアムでは試合のない日やオフシーズンにコンコースの一般開放日をもうけて、何げなくフラッと立ち寄ってスタジアム内を見られるようにしています。もちろん観客席やグラウンドに立ち入れないように、セキュリティラインをしっかり設計しているからこそできることなのですが、こうした仕組みは他のスタジアムではほとんど見られません。もともと外壁でしっかり隔てる構成なため、都市との関係はどうしても限定的にとどまります。例えば、横浜スタジアムでは2015年からセンター側の搬入口を「DREAM GATE」として開放し、スタジアムが建つ横浜公園からスタジアム内部を見ることができるようにしていますが、スタジアム内外を自由に行き来するには至っていません。

新国立競技場ザハ案やヨーロッパのサッカースタジアムでは、スタジアムを都市環境の一部として捉えて、壁で囲って街から閉ざすのではなく、観戦者以外もスタジアム内部に入れるようにしたり、外壁を開放してのぞき見られるようにしたり、中間領域を介してスタジアムと街をつなげたりとさまざまな工夫が行われています。私はこうした傾向を「スタジアムの都市化」と呼び、今後のスタジアムやアリーナの特徴として注目しています。これらは意図的というより、近年に起こっているスタジアム・アリーナを取り巻く必然によって引き起こされていると考えています。

先月引き渡しされた新国立競技場は外部コンコースを4層に設け、植栽帯に囲まれた立体公園として運用される計画があるとされています。一方で計画を進めるなかでその規模を縮小するなどの報道もあり、実際にどのような運用になるのか個人的にはとても心配しています。新国立競技場が新時代の新しいスタジアムの出発点となるかは周辺との連携にかかっており、普段から人が行き来できるような外部コンコースとして使用できる運営も含めた活用方法が必要です。形だけの外部コンコースで植栽された外観にとどまってしまうようであれば、規模が大きいだけの旧態依然の古いスタジアムと大差はなく、新時代のスタジアムにふさわしい神宮外苑と一体となった都市的な連携について早急に検討することを願う次第です。

<了>

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