
なぜ県立高校のサッカー部から50人以上プロ選手が誕生するのか? 大津高校・平岡和徳総監督が掲げる“人づくりの流儀”
FIFAワールドカップ・カタール大会にも出場した日本代表の谷口彰悟選手や植田直通選手など、これまで数々のJリーガーを輩出してきた熊本県・大津高校サッカー部総監督の平岡和徳氏。「われわれは大津高校の三年間でプロ選手をつくるのではなく、社会で活躍できる人間をつくる」と語る平岡氏が掲げる、「人づくりの流儀」とは。大津高校で5年間 GKコーチとして時間を共にした澤村公康氏が、平岡氏に話を聞いた。
(インタビュー=澤村公康[ゴーリースキーム代表]、構成=多久島皓太[Footballcoachメディア編集長]、写真提供=yuzurukushida / Footballcoach)
「24時間をデザインする」その先にある成長と飛躍
――大津高校の練習後のミーティングで平岡先生が発せられる言葉はほとんどサッカー以外のことでしたよね。大津高校でGKコーチとして指導させていただいていた当時、僕も食い入るように聞いていました。
平岡:子どもたちそれぞれが持っている「自分フィルター」をオープンにするテーマを選んでいました。僕の言葉がそのフィルターを通過して、それぞれが咀嚼してインプットすることで自ら考える癖がつきます。情報の入り口となる目と耳を使って、観察力や傾聴力として鍛えていくことが大切なんです。早くこの話終わらないかなと選手たちが思っている団体は選手たちがめちゃくちゃ大きな声で返事するでしょ?(笑)「はい!」「はいっ!」と、あれは聞いてない証拠ですよ。日常的に目と耳を鍛えて、受けとった情報をどう理解して、どうアウトプットしていくのか。これがわれわれがよくいう、「24時間をデザインする」というテーマにつながっているんです。
――大津高校も参戦している(高円宮杯 JFA U-18サッカー)プレミアリーグは、近年ではJクラブと高体連のバランスが大きく変わってきています。
平岡:想定としてはJクラブアカデミーが増えていき、高体連が少なくなっていくのかなとイメージしていましたが、2023年度はむしろ高体連のチームのほうが多いです。前期を終えると、成績も高体連のほうが上にいっていたりします。つまりサッカーというインターナショナルスポーツにおいて、Jクラブだから高体連だからという線引きが存在しないということなんですね。
指導者がいかに世界のスタンダードを常に意識しながら子どもたちに不易と流行というところを意識しながらやっていくか。そういう部分では高体連は学校教育の中の部活動なので、プロ教育者である先生方の目もあります。教育は一方通行ではなく、教育者と生徒たちが一体となってつくり上げています。いかに考える習慣をつくるかということが大事。ということは、100分のトレーニングを充実させるためには毎日の授業、先生とのコミュニケーションが大事なんです。「われわれのスタンスでもある、文武両道を通して初めてサッカーのプレーにも生きてくるんだよ」という思いをみんなが持って、さまざまなスローガンのもと日々のトレーニングを取り組んでいます。

先輩たちへの憧れがエンジンとなり、選手が奮い立つ
――学校のグラウンドには歴代の日本代表選手のバナーが貼られています。これにも込められた思いがあるそうですね。
平岡:土肥(洋一)から始まり、巻(誠一郎)、谷口(彰悟)、車屋(紳太郎)、植田直通らの選手バナーを飾っています。2m×4mのバナーなんですが、あそこに貼っておくと部屋に貼ってあるポスターと同じ効果があるんですよ。どこに行っても目が合う。常にバナーの選手たちが自分の頑張りを見守ってくれている。そんな気持ちになり、活力になるんです。これは自分自身が帝京高校時代に自分の部屋に飾ってあったアイドルのポスターを見て元気をもらっていたので、自信を持って効果があるといえます(笑)。
モチベーション、意欲というのは人を動かすエンジンです。そのエンジンを子どもたち自身が大きくし、排気量を上げていく。そして指導者はよく観察してメンテナンスを行う。「誰かがやるのではなく、君がチームを動かせ」と。そういった思いを込めて、キャプテン以外を全員副キャプテンにするといった取り組みも行っています。
――これだけの大所帯でAチーム、Bチームしかないというのも他のチームではなかなか見ないですね。
平岡:それぞれのチームでメニューも同じで、選手の適性は特に大事にしています。能力に合わせたグループ編成をしっかりすることで、才能が大きく花開く時がくるんです。Aの中に、A1・A2・A3、Bの中にB1・B2・B3、そして1年生のグループであるフレッシュマンを設けています。差別化というよりも区別化です。新陳代謝をしっかり見極めながら行うので飛び級もあれば、人間力が落ちてきている子がいれば大津高校のプライドを確認させるために下ろしたりもします。
その時に僕が名前を言ってその子を上のチームに呼ぶのは簡単ですが、GKだったら「澤村コーチ、GK二人変えよう」と必ずそのステージでリーダーシップをとっているコーチやスタッフに促します。そしてコーチが「よし、じゃあ〇〇と〇〇行ってこい」というようにすると、選手は「このコーチが自分を推薦してくれた」と互いの信頼関係にもつながります。 僕がよく言うのは、育成の3A「安心・安全・安定」。それがないところには、不安と恐怖があるので人が集まりません。そんな空間で人が育つわけがないので、まずは選手たち自身がコミュニケーションを取り合ってサッカーの話をすべきだと思います。チャレンジ精神、主体性、コミュニケーション能力。これがうちの大事にしている3本柱で、それをいかにトレーニングの中で発揮させるか。そして日常生活の中でその準備ができるような習慣化をつくるか。これが「24時間をデザインする」というテーマの肝なんです。

名将から受け取り、形成された平岡流 「人づくりの流儀」
――平岡先生が話されているなかでも、「指導者としての五者」というお話は特に心に残っていて、自分自身にも生かされています。
平岡:指導者の五者は、僕の哲学になります。指導者として必要なのは「教育者であること」「学者であること」「易者であること」「医者であること」そして「役者であること」。子どもたちのお手本となり尊敬される人間になり(教育者)、学び続ける姿勢を持ち(学者)、先見の目を持って子どもたちの未来に関わるという姿勢を持ち(易者)、子どもたちの小さな振る舞いからコンディションを確認し、そこから個性を把握しなければいけない(医者)。
そしてこの4つをちゃんとやらせるためには役者でないといけません。やらせるからスタートして、子どもたちが夢中になるところにいかに持っていけるか。これができなかった人が体罰や暴言などで、子どもたちを犠牲にするんです。僕が帝京高校で出会った古沼(貞雄)先生という大監督は、言葉配りがとても上手でした。人を惹きつけ、夢中にさせる。これこそが、指導者にとっての大きなテーマだと思います。このような指導者のもとで育った選手たちは、右往左往せずに一つのものにフォーカスでき、伸び代が大きい選手になります。
――お名前が挙がった古沼先生や、小嶺(忠敏)先生、松澤(隆司)先生などの高校サッカー界の名将の方々も同様に教育的な指導がすごかったんですよね。
平岡:これは、昭和の名将・名伯楽・智将と呼ばれる方々の共通点でした。選手を夢中にさせ、意欲をコントロールする力が本当に素晴らしい方々。時には厳しいことも言うけれど、あの人たちには情がある。その情が人の人生や未来を変えていくんだなと僕も多くを学びました。昭和という時代から残したいものが4つあって、それが「義理」「人情」「夢」「ロマン」です。僕もそれをバックグラウンドに「平岡先生ってこういう人だったな」と過去形で言われる時には、一つでも多くの言葉を残しておきたいと思っています。残していけるような言葉配りはどんなものなのか、それをすごく大切にしています。
「頑張れ」「集中しろ」と試合中に言われるような選手は、試合に出てはいけない。そういったものは当たり前なんです。海外ではこのような声かけは存在しません。なぜなら、選手自身が「この魔法のボールを持っているほうがうまくなる」と知っているからです。だからボールを奪われないように協力するし、奪われたら奪い返す。これこそがサッカーの本質なんです。このあたりはまだまだ日本に文化の力が足りない部分で、われわれがこれから変えていかなければいけません。
――今日は貴重なお時間をありがとうございました。先生との5年間を思い返すとともに、また自分自身を整理できた有意義な時間でした。
平岡:こちらこそありがとうございました。こうやって澤村くんが来てくれたこともうれしいですし、これからも指導者や教育者の方々と一緒に人脈を築きながら、みんなで日本サッカー界や教育界をどんどん良いものにしていけたらと思っています。
(本記事は、Footballcoachの特別インタビューより一部抜粋)
<了>
【連載前編】スカウトは一切なし。居残り練習禁止。「1000日間の努力で1%の可能性を伸ばす」平岡和徳が全国に広げる“大津スタイル”
新世代の名将・黒田剛が覆した定説。ハイブリッド型の高校サッカー監督はプロで通用する? J2町田ゼルビア好調の背景
選手権を席捲する「中学時代無名」の選手たち。高校サッカーで開花した“2つの共通点”とは?
「目指すゴールのない者に進む道はない」大津・平岡総監督の信念が生んだ「師弟対決」のドラマ
本物に触れ、本物を超える。日本代表守護神を輩出した名GKコーチ澤村公康が描く、GK大国日本への道
[PROFILE]
平岡和徳(ひらおか・かずのり)
1965年生まれ、熊本県出身。大津高校サッカー部総監督。高校時代には帝京高校サッカー部の主将として2度の全国制覇を経験。筑波大学進学後も主将として総理大臣杯準優勝や関東大学リーグ優勝などの戦績を残す。大学卒業後は熊本商業高校で5年間指導、1993年より大津高校へ赴任。本校サッカー部を高校サッカー界を代表する強豪校に育て上げ、多くのJリーガーを輩出している。日本高校選抜の監督や日本サッカー協会技術委員会(日本代表強化部)、日本オリンピック委員会強化スタッフを歴任するなど、多方面で人材育成に尽力する。2017年4月から宇城市教育長に就任。
[PROFILE]
澤村公康(さわむら・きみやす)
1971年12月19日生まれ、東京都出身。GKアカデミー「ゴーリースキーム」代表。三菱養和SCユース、仙台大学でプレー。1995年に鳥栖フューチャーズの育成GKコーチに就任。以降、ブレイズ熊本アカデミー、大津高校、日本高校選抜、JFAナショナルトレセンコーチ、浦和レッズアカデミー、女子日本代表、川崎フロンターレアカデミー、青山学院大学、浜松開誠館中学校・高校などさまざまなカテゴリーでGKコーチを歴任。2015年からロアッソ熊本、2019年はサンフレッチェ広島でトップチームのGKコーチを務めた。これまでシュミット・ダニエルや大迫敬介など日本代表GK、JクラブのGK、GKコーチなどを数多く輩出している。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
2025.03.24Career -
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
2025.03.21Career -
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2025.03.21Education -
リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
2025.03.21Career -
なでしこJにニールセン新監督が授けた自信。「ミスをしないのは、チャレンジしていないということ」長野風花が語る変化
2025.03.19Career -
新生なでしこジャパン、アメリカ戦で歴史的勝利の裏側。長野風花が見た“新スタイル”への挑戦
2025.03.17Career -
なぜ東芝ブレイブルーパス東京は、試合を地方で開催するのか? ラグビー王者が興行権を販売する新たな試み
2025.03.12Business -
SVリーグ女子は「プロ」として成功できるのか? 集客・地域活動のプロが見据える多大なる可能性
2025.03.10Business -
「僕のレスリングは絶対誰にも真似できない」金以上に輝く銀メダル獲得の高谷大地、感謝のレスリングは続く
2025.03.07Career -
「こんな自分が決勝まで…なんて俺らしい」銀メダル。高谷大地、本当の自分を見つけることができた最後の1ピース
2025.03.07Career -
川崎フロンターレの“成功”支えた天野春果と恋塚唯。「企業依存脱却」模索するスポーツ界で背負う新たな役割
2025.03.07Business -
なぜJ1湘南は高卒選手が活躍できるのか? 開幕4戦無敗。「入った時みんなひょろひょろ」だった若手躍動の理由
2025.03.07Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2025.03.21Education -
高卒後2年でマンチェスター・シティへ。逆境は常に「今」。藤野あおばを支える思考力と言葉の力
2024.12.27Education -
女子サッカー育成年代の“基準”上げた20歳・藤野あおばの原点。心・技・体育んだ家族のサポート
2024.12.27Education -
「誰もが被害者にも加害者にもなる」ビジャレアル・佐伯夕利子氏に聞く、ハラスメント予防策
2024.12.20Education -
ハラスメントはなぜ起きる? 欧州で「罰ゲーム」はNG? 日本のスポーツ界が抱えるリスク要因とは
2024.12.19Education -
スポーツ界のハラスメント根絶へ! 各界の頭脳がアドバイザーに集結し、「検定」実施の真意とは
2024.12.18Education -
10代で結婚が唯一の幸せ? インド最貧州のサッカー少女ギタが、日本人指導者と出会い見る夢
2024.08.19Education -
レスリング女王・須﨑優衣「一番へのこだわり」と勝負強さの原点。家族とともに乗り越えた“最大の逆境”と五輪連覇への道
2024.08.06Education -
須﨑優衣、レスリング世界女王の強さを築いた家族との原体験。「子供達との時間を一番大事にした」父の記憶
2024.08.06Education -
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
2024.04.15Education -
モータースポーツ界の革命児、野田樹潤の才能を伸ばした子育てとは? 「教えたわけではなく“経験”させた」
2024.04.08Education