「エディオンピースウィング広島」専門家はどう見た? 期待される平和都市の新たな“エンジン”としての役割

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2024.02.14

2月10日に行われたガンバ大阪とのプレシーズンマッチがこけら落としとなった、サンフレッチェ広島の新スタジアム「エディオンピースウィング広島」。この試合は1-2と逆転負けを喫してホーム初勝利は飾れなかったが、23日にはJ1リーグ今季開幕戦となるホーム初戦が浦和レッズを迎えて行われる。スタジアム・アリーナを専門とする建築家であり、「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」の建築を手がけたことでも知られる上林功氏は、こけら落としを現地で観戦した広島の新スタジアムをどのように評価したのだろう?

(文・本文写真撮影=上林功、トップ写真=YUTAKA/アフロスポーツ)

広島サッカーファンの悲願となるスタジアムが完成

2月10日にこけら落としが行われたサンフレッチェ広島の新ホームスタジアムであるエディオンピースウィング広島。敷地選定の迷走をはじめとしたさまざまなハードルを乗り越えてきたスタジアムであり、そのプロジェクト全体はスタジアム・アリーナ改革が公表された2016年よりもずっと前から粘り強く進められてきた広島サッカーファンの悲願となるスタジアムです。

私自身がこのプロジェクトに最初に「ふれた」のは2009年、マツダスタジアムが完成直前の時期に行われていた新サッカースタジアムに関する市民シンポジウムです。実現した敷地とは別の場所での検討が進められていた頃でしたが、ファンや市民が真剣に議論していたことを思い出します。時を経て、デザインビルド(設計施工)のコンペ提案が行われ、私自身は地域を巻き込むワークショップ「環の座」のファシリテータとして参画しました。

J1クラブのホームスタジアムとしては、2020年の京都亀岡のサンガスタジアム by KYOCERA以来となる最新のスタジアムであり、おそらく数十万都市の中心市街地に建つ「街なかサッカー専用スタジアム」としては日本初といえると思います。

スタジアム単体だけでなく周辺の公園整備などを含め、広島中心市街地の構造そのものの再編が関わっているこの計画。広がりは都市計画だけでなく歴史的文脈にまで至ります。

今回は最新スタジアムの速報としてエディオンピースウィング広島の魅力とともにその展望について考えてみたいと思います。

街に溶け込んだ“風景を取り込む”スタジアム

敷地は世界遺産である原爆ドームからもほど近い、美術館や図書館、こども科学館や図書館などの文化施設が集積された文教地区であり、広島グリーンアリーナ、中央公園ファミリープールなどが集まる広島を代表するスポーツクラスタの一部である広島市中央公園となっています。近年では広島東洋カープの本拠地であった旧広島市民球場跡地につくられた「ひろしまゲートパーク」など新たな賑わいの場として親しまれています。

広島平和記念公園の「平和の軸線」と呼ばれる原爆ドームを望む延長上に位置しており、東には広島城、西は旧太田川に接した東西に広い敷地で、コンペ時には施設の配置も含めて審査が行われました。「平和の軸線」を受け止める考えがさまざま出るなか、旧太田川に面する西側にスタジアムを配置して川側にスタジアムの顔を出しながら、敷地東側を公園として開放するレイアウトが採用されました。

実際に近県から訪問した場合の経路を見てみましょう。JR広島駅に降り立って、市電(路面電車)を使って原爆ドーム前駅に降り立つと、そこにはまず「ひろしまゲートパーク」が広がります。旧広島市民球場跡地を利用した公園広場で、屋外ステージや商業店舗などが組み込まれたイベント広場となっています。平和記念公園から原爆ドームに伸びる「平和の軸」に沿ってプロムナードが設けられており、新スタジアムはその先にあります。

緑の屋根が特徴的な広島グリーンアリーナを脇に見つつ、プロムナードは緩やかなスロープに連続しブリッジを介して新スタジアムにつながります。こけら落としはほぼ満席となる約2万6000人が来場していましたが、混乱もなくスムーズに人が流れていました。

ブリッジを超えた先には広々とした外部コンコースが広がります。階数でいうと2階に相当するコンコースはスタジアムと公園の間をつなぐ開放的な場所となっており、スタジアムと公園をつなぐバッファとして機能します。

ブリッジを超えてまず目に入るのがらせん状の吹抜けを持つスパイラル広場。スタジアムのウェルカムスペースとしてスパイラル状のスロープが1、2階をつなぐとともに、ミュージアムやピッチにつながる大型搬入口などが広場に面しています。この外部コンコースはスパイラル広場の他にも段々状の芝生の丘などで東側で整備中の公園と一体的に利用できるようになっており、スタジアムで試合が開催されていないときにも自由に行き来できるスペースとなっています。

スタジアム内部へつながるゲートは2階と3階に分かれます。スパイラル広場に面したエントランスは外部コンコースと連続する大きな開口部となっており、こけら落としではまだ使用されていませんでした。階段を上り3階のゲートをくぐるとここで一気にスタジアム内部の視界が開けます。大屋根の大空間、眼下に広がる青々としたピッチ、ここまで空間演出的にエントランスアプローチを作り込んでいるサッカースタジアムについて筆者は記憶にありません。今回のこけら落としで特に印象深かった体験でした。

スタジアムは満員御礼、観客席は人でいっぱいなのにコンコースに余裕があるのが特徴的です。3階のメインコンコースは600mのぐるっと一周周回できる循環動線になっています。600mは飽きることなく周回できる適度な距離といわれており、マツダスタジアムのコンコースの距離も同じく600mとなっています。サッカーの場合、サポーター間のゾーニングが重要となりますが、サポーターが集まるエンドスタンドについては階段などを利用した階移動による回避ルートが設けられているなど配慮された動線計画が作られています。

コンコースからピッチを望む部分には車いす席ともなるテーブルシートが設けられており、飲食しながらの観戦が可能です。コンコースから見える外の風景は広島城や旧太田川、広島平和記念公園などを取り込み、周回しながら広島の風景の縮図のような体験が得られます。現在整備中となる東側の公園が完成した際にはさらに街に溶け込んだ風景になると思われます。

大迫力のメリハリの聞いた観客席計画

観客席の計画にメリハリが効いているのも特徴です。

観戦体験に最適化されたスタンドの勾配と座席となっており、例えば、ピッチ際の1階席は選手の目線に近づけた臨場感のある視線設計になっています。緩やかなスタンド勾配であるにもかかわらず前列の観客が視線の邪魔になるようなストレスが無く観戦できる緻密な設計となっています。

対して、2階席はしっかりとピッチ全体が見下ろせる約35度の急勾配のスタンドになっています。ピッチまでの距離の関係か、他の同程度の勾配を持つスタジアムと比べてもピッチを真上から見下ろすような迫力ある観戦体験が得られます。

サポーター席となるエンドスタンドは1スロープの一体感のある観客席になっており、ゴール裏の熱狂がスタジアム内を満たします。ノエビアスタジアム神戸やユアテックスタジアム仙台のように観客席を覆う屋根には、歓声を屋根からピッチに降り注ぐような効果があるともいわれており、サポーターの応援を選手に届ける工夫が凝らされた観客席となっています。

ホスピタリティを高めた観客席も豊富です。コンコースに沿って随所に設けられたテーブルシートやラウンジシートのほか、バックスタンドの一部を可動観客席にして収納することで、一時的に多様な観客席を設けられるスタジアムテラスなど国内初の仕掛けも設けられ、将来的な変更にも対応したフレキシブルな計画となっています。

スタジアム全体を通じて、何を見せたいのか、どういった観戦体験を提供したいのかがハッキリとした観客席計画となっており、ベテランサポーターから初観戦者までさまざまな観戦スタイルを選択できるスタジアムになっています。最近のスタジアムでは新規来場者を増やすためにライトサポーターを集めるような計画が増えてきています。今回の新スタジアムのような古くからのサポーターも満足できるような徹底した計画は、今後のスタジアム計画において改めて重要な視点となると思います。

街の“エンジン”となるスタジアムへ

今回の試合観戦から帰る際に周りから「市民球場があったころはこんな風に歩いて帰りよったねえ」との言葉を耳にしました。もともと多くの市民を毎週末集めていた広島市民球場ですが、マツダスタジアムとして広島駅側に敷地移転したことで、広島の中心市街地の人流は大幅に変わりました。「ひろしまゲートパーク」をはじめとした市民広場や公園整備などが進んでいましたが、長年、旧広島市民球場が培ってきた人の流れと街の構造がうまく生かせないままだったように思います。今回の新スタジアムができたことでやっと“エンジン”が組み込まれたような印象です。

新スタジアムの設計者でもある建築家の仙田満先生は、広島平和記念公園の厳かな祈りの場に対して、スポーツによる朗らかな祈りのカタチがあるのではと指摘しています。

かつて広島カープの本拠地として多くの市民が集まったこの地域はまさにスポーツによってつくられた平和のカタチを体現していたように思います。スタジアムをエンジンに地域とともにつくる新たな平和都市の姿を期待したいと思います。

<了>

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[PROFILE]
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。

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