スタジアムは「建てるか否か」ではない。岡山で始動した「地域の未来設計」という新しい議論
「観たいのに観られない」――。J1昇格後のファジアーノ岡山をめぐり、スタジアムではチケット争奪戦が続いている。だが岡山県が始めたのは、新スタジアムを「いつ・どこに・何人規模で建てるか」を決める議論ではない。2026年3月に設置された検討協議会が向き合うのは、スタジアムは「誰のために、どんな日常をつくる施設なのか」という問いだ。大学、行政、企業、そして市民――。多様な主体が“自分ごと”として関わる岡山の試みは、スタジアムをめぐる議論を「建設の是非」から「地域の未来設計」へと変えようとしている。
(文=上林功、写真=YUTAKA/アフロスポーツ)
「観たいのに観られない」スタジアムの現状
サッカーJ1・ファジアーノ岡山の盛り上がりを背景に、岡山県における新スタジアムの議論がいよいよ本格的に動き始めました。2026年4月26日、岡山県庁で「フットボールスタジアム検討協議会」の第1回会議が開かれました。岡山県が設置したこの協議会は、岡山県におけるフットボールスタジアムの整備について、場所、規模、コスト、建設・運営主体などを検討・整理し、実現可能性等を取りまとめて県に提案することを目的としています。
この協議会が注目される背景には、ファジアーノ岡山の急速な盛り上がりがあります。ファジアーノ岡山は2025シーズンからJ1に昇格し、現在ホームとして使用している県立のJFE晴れの国スタジアムでは、2025シーズンのホーム戦全試合にわたってホームエリアのチケットが完売しました。現在のスタジアムには約1万5500人の収容上限がある一方で、2025シーズンは一般チケット6500枚に対して、チケット販売サイトに1試合平均で約3万9000件のアクセスがあったとされています。つまり「観たいのに観られない」人が少なくない状況です。
これを受け、岡山大学の那須保友学長が代表を務める「新スタジアムの整備を推進する会」が署名活動を行い、2025年10月には50万筆を超える署名が集まったことが発表され、岡山県知事と県議会議長へ要望書とともに提出されました。
経緯を見ると、「ファジアーノ岡山が強くなり、観客が増えた。だから新しいサッカー専用スタジアムが必要だ」という単純な話に見えるかもしれません。しかし、岡山の新スタジアム構想の進め方が全国と異なっているのは、むしろその先です。
今回は、岡山で始まった新スタジアムの議論を紹介しつつ、スポーツとまちづくりの関係という観点から、近年のスタジアム整備をめぐる論点を考えてみたいと思います。
「建てるか、建てないか」の前に、整理すべきこととは?
4月26日に開催された第1回協議会では、大学、企業、スポーツ団体などから集まった委員が出席し、筆者も座長として議論に加わることになりました。委員が話し合うテーマは新スタジアム整備の「実現可能性」。ここで重要なのは、岡山県が現時点で、建設費などを負担する事業主体になることを明言しているわけではない点です。県は新スタジアム建設の主体となるかどうかも含めて、さまざまな意見を聞きたいとして協議会を設置し、事務局として参加しています。
つまり、この協議会は単に「どこに、何万人規模のスタジアムを建てるか」を決める場ではなく、その前段階にあります。そもそも公共施設として整備するのか、民間主導で進めるのか。公設民営なのか、PFIのような手法を用いるのか、あるいは民設民営に近い形を考えるのか。さらに、敷地、交通、環境、財源、運営主体、地域への波及効果をどのように組み合わせるのか。こうした論点を整理し、県が判断するための材料をつくる会議として位置づけられます。
ここで問われているのは、ただちに「建てるか、建てないか」を決めることではありません。県民にとって意味のある施設となりうるのか、またどのような課題があるのかを、判断可能な形で整理することにあります。
新スタジアムの議論では、ともすると「建てるか、否か」という二項対立に陥りがちです。しかし、現代のスタジアム整備において本当に問われるべきなのは、「誰のために、どのような日常をつくる施設なのか」という点です。週末の90分間だけ使われる巨大施設ではなく、平日も人が訪れ、地域の教育、産業、観光、福祉、交流、まちづくりとつながる場所として構想できるかどうか。これは、これからのスタジアム整備を検討するうえで、避けて通ることのできない視点です。
スタジアム議論に大学が関わる岡山の特徴とは?
他の地域と比べ、岡山の新スタジアム議論で特徴的なのは、行政やクラブ、経済界だけでなく、大学が主体的な役割を果たしている点です。スポーツ庁のスタジアム・アリーナ改革における先進事例形成支援でも、過去に国立大学法人岡山大学が委託先として選定されています。大学がスタジアム・アリーナの構想段階に主体的に関わってきた点は、全国的に見ても特徴的な事例と考えられます。
熱意のこもった50万筆の署名を取りまとめたのも、やはり大学関係者でした。岡山大学の那須保友学長は「新スタジアムの整備を推進する会」の代表に就任し、新たなスタジアムについて、単なるスポーツ施設としてだけでなく、地域活性化や青少年育成、交流人口の拡大といった観点からも注目されていると説明しています。
行政と民間が連携する、いわゆる官民連携型のスタジアム構想は全国各地にあります。しかし、大学がここまで前面に出て、地域のスポーツ環境について議論を促し、若者や学生の視点を取り込もうとしている事例は、決して多くありません。岡山の場合、スタジアムをめぐる議論が、行政、クラブ、経済界にとどまらず、大学、学生、教育、地域産業へとつながっているところに特徴があります。
その代表的な動きの一つが、岡山大学の高岡敦史准教授らが関わってきた「おかやまスポーツプロモーション研究会」です。同研究会は2014年10月に立ち上がり、スポーツによる地域活性化をテーマに、産官学の関係者が集う場として活動してきました。さらに、その流れを受けて2018年には「おかやまスポーツプロモーション機構」が設立され、スポーツイベントの誘致・開催支援や、スポーツを通じたまちづくり支援などに取り組んでいます。
また、教員だけでなく学生たちも活発です。岡山大学公認サークルである「岡山プロスポーツ文化まちづくりサークル SCoP」は、岡山県内の学生を対象に、新スタジアム建設の意義や可能性を議論するワークショップを開催しています。過去に行われたワークショップでは、県内外の有識者を講師に招き、学生たちが新スタジアムについて学び、考え、その成果をフォーラムで発表する流れが組まれました。対象は県内在住または県内在学の大学生・高校生であり、岡山の将来を担う世代が新スタジアムに関わるきっかけにもなっています。
こうした動きは、特定の大学だけにとどまりません。岡山理科大学の林恒宏教授が座長を務める「おかやまスポーツ未来開拓会議」では、新スタジアムや新アリーナの建設に伴うスポーツによる地域活性化などを検討する場を独自に設けています。行政、企業、大学、スポーツ団体、観光団体、金融機関などが参加する横断的な会議として、アリーナ・スタジアム構想、観光、DX、部活動地域移行などを一体的に議論することを掲げています。
大学を起点とした動きは、今回の新スタジアム構想をきっかけに突然生まれたものではありません。岡山では以前から、スポーツを地域活性化やまちづくりと結びつけて考える活動を積み重ねてきました。これらの地道な活動が今回のスタジアム検討の地盤となっていることは、岡山独自の動きと言えるでしょう。
スタジアムは“教育政策”でもある? 岡山県政との接点
こうした大学の学生や教員が主体的に取り組む姿勢は、岡山県の政策の方向性とも重なります。今回、岡山県が協議会を設置した背景には、もちろん県立のJFE晴れの国スタジアムでホームエリアのチケット完売が続き、観戦環境の面で課題が顕在化していることがあります。しかし、それだけであれば、単に収容人数や施設改修の問題として整理することもできるはずです。
県があえて協議会を設け、大学、企業、スポーツ団体、県外有識者などを交えて議論を始めたのは、新スタジアムの検討が、観客席の不足だけでは完結しない課題だからです。新たなスタジアムを考えることは、スポーツの観戦環境だけでなく、若者の学び、地域産業、観光、健康づくり、交流人口、地域への愛着など、県全体の将来像とも関わってきます。
岡山県の上位計画である「第4次晴れの国おかやま生き活きプラン」では、「生き活き岡山」の実現に向けて、結婚・子育て支援、教育、産業振興、地域づくりなどを重点戦略として位置づけています。つまり、教育は単独の政策分野ではなく、県全体の持続的な成長や地域づくりと結びつくものとして捉えられています。
もちろん、こうした政策の方向性が、県民の日常感覚として十分に実感されているかどうかは別の問題です。上位計画に掲げられた理念と、地域の暮らしの中で感じられる変化との間には、常に距離があります。しかし今回のスタジアム議論では、岡山大学をはじめとする大学関係者や学生たちが実際に動き、スポーツ環境を地域の教育や産業、まちづくりと結びつけて考えようとしています。
その意味で、岡山の新スタジアム議論は、単なる観客席不足への対応にとどまるものではありません。県が掲げる教育、産業振興、地域愛着の循環を、スポーツの場からどのように具体化できるのか。その問いもまた、今回の協議会を通じて考えられるべき重要な視点の一つだと言えます。
スタジアムを「自分ごと」にできるか。議論の次のフェーズとは?
スタジアム整備をめぐる議論は、どうしても「建てるのか、建てないのか」「誰が費用を負担するのか」という点に注目が集まりがちです。もちろん、それらは避けて通れない重要な論点です。しかし、岡山で始まった議論を通じて、少なくとも三つの視点が見えてきます。
第一に、スタジアムは単なる観戦施設ではなく、学び、仕事、交流、健康づくり、地域への愛着といった、県民一人ひとりの日常生活につながる可能性を持っているということです。
第二に、今回の協議会は「建設ありき」でも「反対ありき」でもなく、岡山県民が判断できる材料を整理する段階にあるということです。どのような事業主体で進めるのか、どのような財源を組み合わせるのか、どの場所で、どの規模の施設を、どのような運営体制で維持していくのか。これらを一つずつ検討し、県民が判断できる材料として整理していく必要があります。
第三に、この議論を協議会内だけにとどめるのではなく、県民全体の「自分ごと」へと広げていくことです。今回の議論を動かしてきた出発点には、ファジアーノ岡山を支えてきたファンや地域の人々の熱意があります。これからは、この熱意を県民全体の議論へとつなげていくことが大切です。スタジアム構想を、一人ひとりが地域の将来に関わるテーマとして捉えるきっかけにできるのではないでしょうか。
岡山の新スタジアム構想は、まだ議論がはじまったばかりです。スタジアムを地域にとってどのような意味を持つ場所として考えるのか。大学や学生、行政、企業、スポーツ団体が関わる岡山の取り組みは、スポーツとまちづくりを結びつけるこれからのスタジアム整備を考えるうえで、一つの重要な試金石になると考えます。
【前編、第36回連載はこちら】“完成させない”MLSスタジアムが見せる、日本が学ぶべき新たな視点。「都市装置」としての最前線
<了>
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[PROFILE]
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。日本女子体育大学体育学部健康スポーツ学科教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計(2018)など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、一般社団法人運動会協会理事。いわきFC新スタジアム検討「IWAKI GROWING UP PROJECT」分科会座長、日本財団パラスポーツサポートセンターアドバイザー。2026年4月より岡山県の「フットボールスタジアム検討協議会」座長に就任。
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