ケガ予防はデータでどこまで可能になるのか? ONE TAP SPORTSが可視化した「休ませる判断」の根拠
ケガ予防は、データでどこまで可能になるのか。選手の体調やトレーニング量、外傷・障害の情報を継続的に記録し、無理をさせるべきか、休ませるべきかを判断する。株式会社ユーフォリアの「ONE TAP SPORTS」は、その「休ませる判断」の根拠を可視化してきた。B.LEAGUEの外傷・障害調査に協力し、リーグ全体の傾向把握にもつながってきた。感覚や経験だけでは見落としやすかった変化をどう捉え、現場の意思決定にどう生かすのか。株式会社ユーフォリア代表取締役の宮田誠氏と、「ONE TAP SPORTS」のセールス・カスタマーサクセス担当、折笠愛氏に、現場で何が変わったのかを聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=アフロスポーツ)
紙とエクセルでは追えなかった「現在地」
――「ONE TAP SPORTS」は、ケガ予防の領域でどのような役割を果たすことを想定して設計されたのでしょうか。
宮田:10年以上前に遡りますが、最初に問題だったのは、スポーツ現場でケガの記録が十分に残っていなかったことです。記録がないわけではないのですが、アナログでした。1年ほど、あるいは学生なら3年、4年の間に起きたケガを時系列で長期間、正しく把握するのがとても難しかったんです。競技やカテゴリーによっては、今でもそこがしっかりと整理されていないケースもあります。
ケガを減らしたい、トレーニングして強化したいという意識は皆さん持っているのですが、現在地がわからなければ、どこから改善すればいいのかもわかりません。現状をきちんと把握することが難しい状況だったので、それを支える仕組みが必要でした。
当時は、手書きの紙やエクセル(ローカルファイル)で管理している現場が本当に多かったです。スタッフが辞めたら引き継がれずすべて消えてしまうこともある。そういう状況では、トレーナーやドクターが本来の仕事に集中できず、夜中にエクセルを集計してグラフにするような作業に忙殺されてしまっているシーンを目の当たりにし、そこをシステム化することが出発点でした。
――今は、どのように活用されているのでしょうか。
折笠:今は、ケガの情報そのものがチームの現在地を示すデータだと考えています。例えば、選手の稼働率や、高額年俸の選手がどれだけ離脱しているかは、クラブにとっての損失を表す指標にもなります。育成年代なら、無理をさせすぎていないか、ケガを防ぎながら日々のトレーニングや試合に参加できているかを確認できます。
実際にBリーグ等では、外傷・障害調査に活用していただき、リーグ全体でケガの実態を把握し、ルールづくりや、安心・安全にプレーできる環境づくり、育成年代のケガ予防に生かしていく動きもあります。そうしたデータはクラブ単位だけでなく、リーグ全体、さらには育成や強化の領域にもつながるものとして活用しています。
――育成年代とトップチームでは、使い方に違いがありますか。
折笠:かなりあります。プロは、プレーが仕事なので、自分のパフォーマンスを維持することや、ケガから早く復帰することへの意識が非常に高く、話す内容や取るデータの解像度も違います。
一方、育成年代では、まずは自分の身体に興味を持つことや、適切にトレーニングを積めているかどうか、無理をしすぎていないかを見ることが重要になります。目的や前提が違うので、使い方も変わります。
主観と客観を重ね、判断をそろえる
――現場で特に重視されているデータや項目は何でしょうか。
折笠:メディカルやストレングスなど、スタッフの役割によっても変わりますが、主観と客観の両方を見ることは非常に重視されています。選手自身が感じていることと、ウェアラブルデバイスや運動負荷のような客観データを重ねて確認できることが、「ONE TAP SPORTS」を使っていただくメリットとして大きい部分だと思います。
主観だけだと選手の感じ方に個別性がありますし、客観だけだと選手のリアルな感じ方が見えません。そのギャップがケガにつながることもあるので、両方を一緒に見ていくことが大事だと、多くの現場が考えていると思います。
――スタッフ間で同じデータを共有できることで、意思決定やコミュニケーションは変わりましたか。
折笠:かなり変わったと思います。特にプロや実業団では、スタッフが多くなるため、メディカルのデータは別、トレーニング計画は別、といった形で情報が分断されていることが多かったんです。でも、実際にはそれらの情報をまとめることによって、効率的なチーム内コミュニケーションに繋がっていると思います。
同じ場所、同じタイミングで見られるようになることで、情報格差がなくなり、リアルタイムで共有できるようになります。その結果、選手のパフォーマンスを向上させる意思決定の確度が上がります。そこは評価いただくことが多いですね。
Bリーグの統計データが変えた予防の発想
――Bリーグの外傷・障害調査には、継続的に関わっておられるのですね。
折笠:はい。コロナ明けの頃から本格的に始まり、毎年Bリーグから発表され、今も継続しています。
――リーグ全体でデータを蓄積、分析することには、どのような意義がありますか。
宮田:Bリーグは創設10年目になりますが、創設当初から働きかけはしていました。今はリーグが大きく成長していて、ファンの方も多く、選手の年俸も高騰しています。そうなると、ケガによる経済的損失は非常に大きい。例えば、単純計算にはなりますが、年俸1億2000万円の選手が2カ月離脱したとすると、それだけで2000万円の損失と考えられます。アメリカのメジャースポーツでは、そうした損失を前提に予防を考えるのが当たり前です。それが、メディカルスタッフの業績を評価する重要な指標にもなっています。選手の離脱によって戦術や、ひいては経営戦略までも狂ってしまいかねないので、ケガのモニタリングも、チーム経営に直結する重要な要素なんです。そこを、データによってサポートしている形です。
――実際に、「ONE TAP SPORTS」を利用することでケガの兆候を早くつかめるようになった、あるいはケガを減らせたと感じる典型例はありますか。
折笠:競技によりますが、例えばバスケットボールでは、慢性的なケガだけでなく、コンタクトによる急性外傷もあるので、特にプロスポーツではすべてをゼロにはできない面があります。ただ、Bリーグでは、慢性的なケガや、コンタクトがない形で足関節捻挫や肉離れの傾向が見えてきました。それによって、メディカルトレーナーの方たちが予防的な運動を導入したり、プレシーズンの運動負荷のかけ方を見直したりするチームが出てきました。そうした介入によって、次のシーズンに少しケガの件数を減らせた例はあります。
――統計によって現場のオペレーションが変わってきた実感はありますか。
宮田:はい。Bリーグの外傷/障害レポートでは、ここ数年、足関節捻挫がずっと1位です。それは周知の事実ではありましたが、そうしたデータをリーグ全体で包括的に統計したのは、プロリーグとして日本初の取り組みでした。しかも、外国籍選手で、センターのような大型選手にそのケガが多いこともわかってきました。そうすると、プレシーズンに余裕を持って招集して、徐々に負荷を上げていくことでケガ予防につながるという認識が広がってきました。そうした部分で少しずつですが、確実に変わってきていると感じます。
「出したい」と「休ませたい」の間にある判断
――選手が「大丈夫です」と言って無理をしてしまうことも、以前は多かったと思います。データで可視化されることで、現場の「休ませる判断」はしやすくなっていますか?
折笠:しやすくなってはいると思います。ケガの状況やリハビリの進行が可視化されることで、メディカルスタッフとコーチングスタッフの間で共通の材料を持って話せるようになります。感覚的な説得ではなく、「ここで無理をさせることでクラブにとっても損失につながる」といった根拠を持って説明できるのは大きいのだと思います。
――重要な試合を前に、「この選手を出したいけれどケガのリスクを伴う」という板挟みの場面でも、判断材料になりますか?
折笠:もちろん使われていると思います。例えば、優勝やプレーオフがかかるような試合であれば、ケガのリスクがあっても出場してもらう、といった現場の判断はあると思います。ただ、長いシーズンを通して戦い抜くことを考えると、そうした判断をするうえで、選手やスタッフが話し合うための材料として活用されているのだと思います。
宮田:リスクを知った上で決断するのと、知らずに決断するのとでは大きな違いがあります。ワールドカップやオリンピックは、選手にとっては4年に一度というより、一生に一度の舞台になる可能性もあるので、「やる時はやらなければいけない」という判断が優先されることもあるのが現場のリアルだと思います。
ただ、その時にデータを把握して根拠にしているかどうかは重要です。最終的な意思決定の多くは現場がするものですが、データを根拠に判断するというのは、プロスポーツでは当たり前になっているので、その土台にはなっていると思います。
――競技を超えて共通する、ケガ予防の課題はありますか?
折笠:個人的には、大きく二つの課題感を感じています。一つは、コーチングスタッフとメディカルスタッフの間の理解や連携の差です。現場には「プレーを継続させたい」側と、「このままだと危ない」と感じる側がいます。その時に、相談や提案をしっかりと受け止めて反映するチームと、当初の計画通りに進めようとするチームなど、チームによって連携の差はあるなと感じます。例えば脳震盪でも、「休ませたほうがいい」と言ってくれる指導者もいれば、「大丈夫だろう、戻して」と言われてしまうケースもあります。そこは大きな課題です。
もう一つは育成年代です。いわゆる“昭和の根性論”が残っているのは、育成年代のほうが多く、事例として耳にすることがあります。「とにかく練習したほうがいい」「根性が足りない」と、科学的な裏付けのない指導、スポーツ科学が十分に浸透していない現場もあります。そこは、地道な啓蒙・啓発が必要だと感じていますし、データの面からそれをサポートできればと考えています。
【連載前編】データはスポーツ現場の判断をどう変えたのか。71競技・1700以上のチームに広がる“共通言語”
<了>
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