まさに現代ペンホルダーの教科書。松島輝空と張本智和を封じたドイツのチウ・ダンが見せた“台上の罠”
日本の男子卓球にとって、それは“想定外の敗戦”だった。しかも崩されたのは一人ではない。松島輝空、張本智和――日本の2大エースが、同じ相手に、同じように、0-3で敗れた。相手は中国ではない。ドイツの一選手。しかもその武器は、いまや主流ではない「ペンホルダー」。だが、その中身は“懐かしさ”ではなく、むしろ最先端だった。
(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)
日本の2大エースに完勝した「現代型ペンホルダー」
世界卓球2026ロンドン 100周年記念大会・団体戦。リーグ戦の開幕初戦でいきなりの波乱が起きた。日本の男子が初戦で黒星。負けた相手は卓球大国の中国ではなく、ドイツだった。
ドイツはもともと卓球の強豪国。この国にはかつて、ティモ・ボルやドミトリ・オフチャロフといったビッグネームがいた。しかし今の相手は彼らではない。それでも負けてしまった。
さらに日本が誇る2大エースの松島輝空と張本智和が、たった一人の選手に共に0-3で完封負けを喫した。2試合連続の敗戦は、偶然ではない。
その勝者の名はチウ・ダン。ペンを持つようにラケットを握るペンホルダーの彼の華麗すぎる捌き方は、“台上のファンタジスタ”と称するべき華麗さがあった。
チウ・ダンはドイツ出身でブンデスリーガで着実に成長を遂げた選手だ。
一般的に名が知れている選手ではないかもしれない。だが、卓球の世界では「現代型ペンホルダーの教科書」と称される選手でもある。名高いコーチである父親の影響もあり、今では少なくなったペンの戦い方をマスターしている。
そのチウ・ダンが、国際舞台であまりにも派手なパフォーマンスを放った。
ペンは台上がうまい。その“構え”がすべてを狂わせる
日本男子の第1試合、日本対ドイツ。1番手で松島とチウ・ダンは激突した。
印象的なのは、チウ・ダンの台上のうまさだった。ストップとフリックが打つ瞬間までわからない。台に体ごと入ってくる際のラケットの角度が、ストップもフリックもまったく同じなのだ。これに、松島は最初から最後まで翻弄されることになる。
何よりも目を引くのがこのチウ・ダンの「台上技術全般のうまさ」だ。松島は今や「良い部分を全部出せれば中国のトップに勝てる」と言えるほどの存在。実際にWTTチャンピオンズ重慶では世界ランキング1位、中国の王楚欽に勝っている。それほどまでに松島は強い。しかし、ここではその松島の強さが封じられた。
この試合、チウ・ダンは松島の「良くないほうの部分を引き出した」。変幻自在の台上ストップで、台からワンバウンドでボールを出さない。台上でツーバウンド以上する短さだ。低さも絶妙でビタッと止まる。この攻防が必ずあることで、豪打爆発の打ち合いが得意な松島に「思い切り打てない」というストレスをかける。
その上で、ペンホルダー特有の台上フリックでボールを「払う」形で、チウ・ダンから先に攻め込んでくる。このフリックもペンホルダー特有の軌道だ。
松島はそのフリックを狙い打つような反撃を何度も見せているのだが、それまでに溜まった「いつもより打てない展開」の焦りからかミスを連発してしまう。
ここ最近の大会ではフルスイングで獲物を仕留めるような強者の卓球を見せていた松島だが、ここでは捕えきれなかった。近年でこれほどまでに相手を仕留めきれない松島を見るのは初めてかもしれない。
あっという間に試合は終わり、第1ゲームは、12-14。第2ゲームは、3-11。第3ゲームは、3-11。得点にも現れているように完敗を喫してしまう。何もさせてもらえないまま試合が終わってしまったという表現が正しいかもしれない。
ペンホルダーは台上がうまい。それは卓球競技の定石ではあるが、その恐さがここまで表面化した試合は珍しい。
台上で試合は終わっていた。張本智和もまさかの0―3
第4試合では、張本智和と対戦。ここでも同じような光景が見られる。
張本は右利き、松島は左利きで、まったく違う選手だが“光景”としては同じだったと言える。ここでもチウ・ダンの台上のストップとフリックが冴え渡った。
チウ・ダンはまた台上でフリックしそうな角度から入り、そのままフォアへ流していく「流し打ち」と呼ばれる打法も混ぜてきた。0-3とチウ・ダンがリードからのシーンで、この形を取った。これは、ストップなのかフリックなのかを読ませない中で、そのどちらでもない「第3の台上プレー」を使って翻弄する形だ。
張本の体がフォアへ流れる。ここでは得点は張本に入ったが、これが最高の「見せ球」となっていく。この流し打ちがいつくるかわからない。そのため、ストップやフリックも読み切れない。そんな展開が繰り広げられていく。
第1ゲームは、ストップからの長いツッツキなど、まるで卓球初心者がやるような「基本的な組み合わせ」に対し張本のドライブミス。9-11でチウ・ダンが勝利。
第2ゲーム。張本は自分を取り戻すかのように、積極的に攻めた。だが、3-1とリードから放ったフォアドライブが、前陣でなでるような打ち方でカウンターされ、ストレートに抜かれてしまう。
あまりの速さに張本は左手を出してしまうほどだ。ペンホルダー特有のトリッキーな打ち方であることもノータッチになってしまう理由の一つだろう。
大きなスイングで、ボールの外側を「なでるだけ」のようなカウンターだ。
チウ・ダンは、このあたりで裏面打法も駆使して攻め込んでくる。張本はそれを待っていたかのようなカウンター。7-5とする。このあたりは反撃のドライブを打てている。
最後まで勝負強さを見せたチウ・ダン
しかし、ここからのチウ・ダンの打ち方がまた予測不能だった。
長くなったボールを、自分の体を流すようにして、チウ・ダンのフォア側から、フォアドライブを打つ。張本のバックの深いところへストレートに打ち込んでくる。このボールに張本はまったく予測できていなかったような仕草を見せた。8-8と追いつかれてしまう。そのままの勢いでこのゲームも9-11でチウ・ダンが勝利。
第3ゲーム。0-3とチウ・ダンがリードから開始。3-4からは小さなスイングで、前陣速攻スタイルになったチウ・ダン。しかし、その後にはまたチウ・ダンの“大振り”のドライブも見られた。そのため張本は得意の「ラリーの打ち合い」に持ち込み切れなかった。
10―10からは、チウ・ダンの裏面を使ったバックカウンター。攻めのバリエーションが豊富過ぎる。この中国式ペンの裏側に貼ったラバーで「バックも振れる」ことが、シェークハンドの選手を相手にしても引けを取らないポイントになっている。そしてチウ・ダンの場合、それが思い出したように突然飛び出してくるのがとてもやっかいだ。最後まで勝負強さを見せたチウ・ダンが10-12で勝利した。
松島も張本も、万全な準備をしてこの大会に挑んできたことだろう。どんなトリッキーな戦型への対策も怠っていないはずだ。しかし、チウ・ダンはそのすべてを上回ってきた。
“懐かしい戦型”ではない。現代型ペンホルダーの教科書
あまりにも強く、あまりにもパーフェクトな形に「仕上がりすぎたペンホルダー」。チウ・ダンが大きな壁となり日本男子の前に立ちはだかった。
端的に総評すれば「やりにくい相手だった」ということになるだろう。ただ、その「やりにくい」や「戦い慣れていないスタイル」や「苦手」という要素も実力の一つ。
この結果は「現代版のペンホルダーの教科書」とまで称された男が、あまりも完璧な仕上がりを見せていたということに尽きる。
世界戦では、突然こうした大きな壁が立ちはだかることもある。日本の男子卓球はそういったケースを打ち破らなければいけない。そして今の完成期に入った松島と張本なら、ペンの台上技術に対する慣れさえあれば、この経験を糧にきっと逆転することができるはずだ。
結局、この試合はチウ・ダンが制した2勝が決め手となり2-3で日本は敗れ、ドイツに軍配が上がった。
まるで、令和のペンホルダーの教科書を“めくってしまった”かのような、日本男子卓球にとってまさかの敗戦だった。
一方で、この日のチウ・ダンのパフォーマンスは、世界中のペンホルダー選手にとっては希望になる。
プロだけではなく多くのアマチュア選手たちも自分がペンホルダーを使っていることを自慢したくなるような、そんな素晴らしい存在感を放っていた。
かつてチウ・ダンはこのように語ったことがある。
「世界ランキングは気にしない。実力がつけば勝てる。それが僕のフィロソフィー」
世界卓球団体戦2026ロンドン。序盤から、ドイツが生んだ「台上ファンタジスタ」の華麗な戦いぶりに、いきなりの衝撃が走った。
そして迎えた5月7日(日本時間20時30分予定)、日本男子はメダルを懸けた準々決勝でドイツと再び対戦する。
<了>
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